転生予定より11年早かった件について、とりあえず経営科でドラゴン旅行会社を起業する 作:ルクエリシオン
グラウンドを埋め尽くす大歓声。
予選を勝ち抜いた16名による、体育祭の目玉イベント——1対1のトーナメント戦(本戦)が始まろうとしていた。
『さあさあ盛り上がって参りました本戦トーナメント! ヒーロー科のエリートたちがしのぎを削る中……なんと第1シードに君臨するのは、予選・騎馬戦をぶっちぎりの1位で通過した【経営科】の男、翡翠凪だぁぁあ!!』
「……ハァ、眩しい」
トーナメントリングの前に立つ俺——翡翠凪(ひすい なぎ)は、眩しそうに目を細めてあくびを噛み殺していた。
「おいおい経営科ちゃん、あくびなんかしてて大丈夫かよ? 相手はヒーロー科の本格派だぞ」
審判を務めるプロヒーローが苦笑いする。
そう、俺の1回戦の対戦相手としてリングの反対側に立っていたのは——金髪ボブの凛とした少女、竜間龍子(たつま りゅうこ)だった。
「……翡翠くん」
龍子は真面目な瞳で俺を真っ直ぐに見つめていた。
騎馬戦でハチマキを奪われた屈辱と、底の知れない俺の強さに対する強い警戒心が、彼女の全身から伝わってくる。
「私はプロヒーローを目指している。経営科のあなたに負けるわけにはいかない……! 容赦はしないわ!」
「あー、うん。怪我しない程度に適当にやってくれれば……」
『第1試合、スタートォォォッ!!』
合図が響いた瞬間、龍子の全身から猛烈な圧力が噴き出した。
——ガアアアアアンッ!!
雄たけびとともに彼女の姿が膨れ上がり、クリーム色の滑らかな皮膚と巨大な皮膜翼を持つ【巨大なドラゴン】へと変貌を遂げる。
風を切り裂いて上空へ舞い上がった龍子は、巨大な翼を大きく羽ばたかせ、圧倒的な質量とスピードで上空から俺に向かって急降下してきた。
「(本気でいかせてもらうわ……! この一撃で決める!!)」
空を覆う巨龍の影。圧巻の風圧。観客席から悲鳴にも似た歓声が上がる。
だが、俺はリングの中央で首をコキコキと鳴らした。
「そっちが本気の龍なら……こっちもサイズくらいは合わせないと失礼か」
やれやれ、と溜め息を一つ。
俺は緑髪黒メッシュの長髪を解き放ち、体内の『個性の核』を解き放った。
直後——世界の法則そのものが書き換わった。
ズッ………………ガンッ!!
突如として会場全体の空気が重く跳ね上がり、気圧が急激に変化する。
晴れ渡っていた空の雲が瞬時に散り去り、風の乱れが一切存在しない完璧な『凪(なぎ)』の空間——パッシブ能力『エアロック』が発動した。
『な、なんだ!? 急に風が止んだぞ……!?』
『おい見ろ! 経営科の生徒の姿が……!!』
緑色の神聖なオーラが天空へ向かって柱のように立ち上る。
俺の身体は人間の器を脱ぎ捨て、全長数十メートルにおよぶ鮮やかなエメラルドグリーンの巨大な天空の神——【第2形態:レックウザ本体】へと姿を変えた。
——グルォォォォォォォンッ……!!
世界を揺るがす重低音の咆哮。
雄英スタジアムの上空を悠然と回遊する、あまりにも神々しく、あまりにも巨大なエメラルドの神龍。
その圧倒的な存在感、神聖な威圧感に、数万人の観客、実況のプロヒーロー、そして根津校長たち教員陣までもが息を呑み、スタジアム全体が完全な静寂に包まれた。
「(な……何……この圧倒的な存在は……!?)」
突進しかけていた龍子(ドラゴン)が、上空で旋回するレックウザ(俺)を見上げて思考をフリーズさせる。
同じ「龍」の個性でありながら、放つ存在感の次元が違いすぎる。まるで本物の『神』を前にしたかのような錯覚。
「(あ、ちょっと威圧感出しすぎたか? まあいいや、サクッと終わらせよう)」
上空から滑空してくる龍子に対し、俺はレックウザの大きな爪をそっと差し伸ばした。
激突の瞬間——ドオンッ!
だが、破壊的な衝撃音は響かない。
俺はレックウザの柔軟な巨体と気流操作(エアロック)を駆使し、龍子の巨大な突進エネルギーを『柳に風』の如く完全に受け流し、優しく包み込むようにしてグラウンドの場外へと着地させたのだ。
ドサッ、と場外の芝生の上に安全に着地する龍子。怪我は一切ない。
『ば……場外!! 翡翠凪、勝者ぁぁぁぁあ!!』
審判の叫び声で、ようやく金縛りが解けたように会場が割れんばかりの歓声に包まれた。
俺はレックウザの姿から即座に人間の姿(凪)へと戻り、とてとてと場外の龍子の元へ歩み寄った。
龍子もまた、個性を解除して人間の少女の姿へと戻り、呆然と芝生の上に座り込んでいた。
「大丈夫? 怪我ない?」
「あ……」
けだるげな目元を細め、俺は座り込む龍子に向かって優しく手を差し伸べた。
「綺麗な飛び方だったよ。すごくいい筋してる」
「っ……!!」
その言葉を聞いた瞬間、龍子の白い頬が一気に真っ赤に染まった。
圧倒的な神の力で見下ろすこともできたはずなのに、彼女を一切傷つけず、優しくエスコートするように敗北させてくれた配慮。そして、この余裕のある言葉。
(な……何なの、この人……っ! あんなに強くて……あんなに優しいなんて……!)
ドクン、と真面目な龍子の胸の奥で、確かな『恋心』の芽が力強く花開いた瞬間だった。
龍子は顔を真っ赤にしながら、差し出された俺の手を震える手で取った。
「っ……あ、ありがとう……翡翠くん……」
◇
その後も、トーナメントは俺の独壇場だった。
準決勝を難なく突破し、迎えた【決勝戦】。
対戦相手は、目を血走らせて野生の闘志を剥き出しにする兎山ルミ(ミルコ)だった。
「ハハッ! 龍子を倒した神龍様のお出ましだな!! アタシを失望させるなよ、緑髪ぃぃあっ!!」
開始の合図とともに、ルミが驚異的な跳躍力でリングの天井近くまで跳び上がり、超音速の踵落としを叩き込んできた。
「アタシの蹴りを受け止めてみろぇぇえっ!!」
「いや、受け止めたら制服破れるから嫌なんだけど……」
俺は溜め息をつきながら、人型のまま『龍の波動』の風圧領域を身体の表面に薄く展開。
ルミの強烈な蹴撃が俺の数センチ手前で目に見えない風の壁に弾かれ、空中で体勢を崩す。
「なっ……何ィ!? 触れてもいねぇのに体勢が……!?」
「はい、場外」
俺はすれ違いざま、ルミの背中をトンと指先で優しく押し出した。
勢いを殺しきれないルミは、そのまま綺麗にリングの外へと飛び出していった。
『そこまでぇぇぇえ!! 決勝戦終了! 優勝は……1年【経営科】、翡翠凪ぃぃぃぃあっ!!』
「くっそぉぉぉおおお!! 触らせてもくれねぇのかよ!! 納得いかねぇぇえ! 再戦させろぉぉお!」
場外で地団駄を踏んで暴れるルミ。
こうして、雄英高校体育祭の歴史上初となる「経営科の生徒による完全優勝」が達成されたのだった。
◇
表彰式。
スタジアムの中央に用意された表彰台の頂点に、俺はだぼだぼの体操着姿でけだるそうに立っていた。
マイクを持った実況のプロヒーローが、興奮気味に俺へマイクを向ける。
『圧巻! 圧倒的! ヒーロー科のエリートたちをことごとく薙ぎ払い、見事優勝を果たした経営科の超新星、翡翠凪選手です! 翡翠選手、素晴らしい戦いでした!』
「あ、どうも……疲れたんで早く帰りたいです」
『ハハハ! 謙虚ですね! さて翡翠選手、これほどの圧倒的な個性を持ちながら、なぜ経営科に!? 校長やヒーロー科の先生たちからも『ヒーロー科へ即刻編入すべきだ』という声が上がっていますが、ヒーロー科への転科希望はありますか!?」
全観客、プロヒーロー、スカウトたちが息を呑んで俺の回答を待つ。
誰もが「もちろんヒーロー科へ行きます!」という情熱的な言葉を期待していた。
だが、俺はマイクに向かって、脱力しきった声で言い放った。
「あ、そういうのめんどくさいんで大丈夫です。経営科で自分の会社作る準備があるので」
『…………え?』
「ヒーロー活動とか過密日程で忙しそうだし、俺は省エネで生きたいんで。転科はしません。じゃ、お疲れ様でした」
ペコリとお辞儀をして、俺は表彰台から降りようとする。
——ズコーーーーッ!!
スタジアム全体がずっこけた。
実況も、観客も、スカウトも、ヒーロー科の生徒たちも、全員が開いた口が塞がらない様子で固まっている。
「な、何なのアイツ……あんなに強いのに……!?」
客席で見ていたルミが唖然とする中、隣にいた龍子は、優勝メダルを首に下げてだるそうに歩く俺の後ろ姿を、うっとりとした瞳で見つめていた。
(かっこいい……自分の意志をしっかり持ってて、ブレない……!)
こうして、翡翠凪という男の名は「雄英史上最強の経営科生」として、プロヒーロー界と政府に強烈な衝撃を与えることになったのだった。