転生予定より11年早かった件について、とりあえず経営科でドラゴン旅行会社を起業する 作:ルクエリシオン
体育祭の熱狂が冷めやらぬ、翌日の放課後。
俺——翡翠凪(ひすい なぎ)は、雄英高校の校長室へと呼び出されていた。
「やあ、翡翠くん! お茶でも淹れようかね!」
ふかふかのソファに座る俺の前に、白毛の小動物——根津校長が笑顔で紅茶を差し出してくる。
その周囲には、ヒーロー科の教員たちがズラリと並び、熱い視線を俺に注いでいた。
「単刀直入に言おう! 翡翠くん、君の『レックウザ』の個性と戦闘センスは、間違いなく世界の宝だ! 経営科に置いておくのはあまりにも惜しい! 即刻、ヒーロー科へ転科したまえ!」
「嫌です」
俺は即答した。コンマ一秒の迷いすらない。
「な、なぜだね!? ヒーローになれば名声も富も手に入るというのに!」
「ヒーロー科の過密日程とか訓練とか、普通にめんどくさいんで。俺、省エネで生きたいんですよ」
俺は紅茶を一口すすり、けだるげに溜め息をつく。
教員たちが「な、なんて省エネな理由だ……」と頭を抱える中、根津校長だけが「ふむ……」と黒い瞳を光らせた。
「では、君はどうしたいのかね?」
「折衷案があります」
俺は緑髪黒メッシュの髪を後ろに払い、前世の経営知識と親父ゆずりの投資家思考を込めて提案した。
「俺は経営科に籍を置いたまま、在学中に個人会社兼ヒーロー事務所を立ち上げます。プロとしての最低限の活動は受けて立ちましょう。……ただし、一つだけ条件があります」
「条件、とな?」
「日本全国の空を、一切の事前申請なしで自由に飛び回れる『特別飛行許可(領空通過権)』をください。俺の会社でプライベートドラゴン旅行事業をやるとき、これがないと始まらないので」
「……!!」
教員たちが息を呑む。
自国の領空を、一人の生徒に自由に飛ばせる——前代未聞の要求だった。
だが、根津校長はニヤリと笑みを深めた。
「面白い! 君ほどの圧倒的戦力を野放しにするより、特例として繋ぎ止めておく方が政府にとってもプラスだ! すぐに公安委員会と政府高官へ話を通そう!」
根津校長の素早い根回しと、体育祭で見せた俺の「山をも吹き飛ばす神の力」の映像により、政府は即座に動いた。
政府側も「オールマイト級の規格外の怪物を敵に回すリスク」を理解しており、数日後——俺の手元には『8月のプロヒーロー仮免試験への特例受験枠(受験票)』と『日本全国自由飛行許可証』が、前代未聞のスピードで交付されたのだった。
◇
それから数日後の深夜。
「ふぁ……気持ちいいな」
俺は夜の静寂の中、人間の姿のまま、雲の上を悠然と散歩(飛行)していた。
手に入れた自由飛行許可証のおかげで、深夜の散歩も咎められない。
パッシブ能力『エアロック』と『デルタストリーム』のおかげで、上空数千メートルの超低音・無酸素空間でも、風の抵抗すら感じず快適そのものだ。
眼下に広がる街の夜景を眺めながら、のんびりと夜風を浴びていた——その時。
ズウッ………………。
突如として、背後の空間が黒くドロリと歪んだ。
雲を切り裂くように現れたのは、重苦しい殺意と邪気を全身から放つ、不気味な黒いスーツ姿の男だった。
「……やあ、こんな夜更けに素晴らしい空中散歩だね」
闇の中から現れた男——オール・フォー・ワン(AFO)。
11年前のこの時代、裏社会の頂点に君臨する魔王が、体育祭の映像を見て俺の個性に目を付け、自ら出向いてきたのだ。
……だが。
前世知識が『USJ襲撃事件』止まりの「超にわか」である俺には、目の前の男が誰なのかサッパリ分からなかった。
(ん……? 誰この顔が傷だらけの不審者オッサン……? ヴィランか……?)
俺が怪訝そうな目を向けていると、AFOはうやうやしく手を広げ、粘着質な声を響かせた。
「体育祭の映像を見たよ。天候すら従えるあの巨大な神龍の力……実に見事だ。君のような子供が持っているには勿体ない。……私のコレクションに加えさせてもらうとしよう」
そう言うと、AFOは黒い液体のような触手を伸ばし、俺の体に手を触れてきた。
——個性を強奪する悪魔の力『オール・フォー・ワン』の発動。
(へぇ、人の個性を奪う個性か。……不審者すぎて普通に引くわ)
俺はドン引きしながら、AFOの手を払いのけようとした。
次の瞬間——。
「なっ……!? なに……!? 個性が……奪えない……!?」
AFOの余裕に満ちた表情が、激劇の焦燥へと一変した。
何度も、何度も個性を引き抜こうと奪取の力を注ぎ込むが、俺の体内の『個性の核』は微動だにしない。
——当然だ。
俺の個性『レックウザ』は、転生時に神様が裏で絶対に奪われないようプロテクトを固定済み。
全知全能の神の力でロックされた個性が、人間の能力で奪えるはずもないのだ。
(まあ、俺自身は神様がプロテクトしてくれてることすら知らんけど)
「お前……何してんの? 人の体にベタベタ触って不快なんだけど」
俺は心底嫌そうな顔で、右手の指先をAFOに向けた。
「うざいから消えて」
——『龍の波動』。
ドォォォォォンッ!!
音速を超えたエネルギーの槌が爆ぜ、空気が歪む。
AFOは慌てて複数の防御系個性を展開したが、神の波動の前には紙くず同然だった。
衝撃波に呑み込まれ、何百メートルも夜空を吹き飛ばされるAFO。
「ぐっ……!? バカな……なんだこの圧倒的な威力は……! 個性を奪えないどころか、私と対等以上に……!?」
夜空で体勢を立て直したAFOの額から、冷や汗が流れる。
まさか、この裏社会の魔王たる自分が、高校1年生の少年に手も足も出ないとは。
「チッ……計算外すぎる……!」
AFOが次の手を打とうと構えた、その時——。
空を割るような大音響とともに、眩いばかりの『平和の象徴』が夜空を切り裂いて飛来した。
——バアアアアアンッ!!
「もう大丈夫! なぜなら……私が来た!!」
圧倒的な黄金の威圧感。
全盛期の筋骨隆々とした巨体を誇るオールマイトが、爆風とともに二人の間に降臨したのだ。
「そこまでだオール・フォー・ワン! 雄英の生徒に手出しはさせん!!」
「……チッ、オールマイトか。今日は不確定要素が多すぎるな……撤退する!」
オールマイトの参戦と、俺という不気味すぎる存在の前に、AFOは即座に引き際を悟り、黒い泥のような空間歪曲の中に姿を消した。
◇
夜空に残されたのは、俺とオールマイトの二人だけ。
「ふぅ……間一髪だったな! 怪我はないかね、少年!!」
オールマイトがバッと振り返り、俺の無事を確認しようとする。
そして、俺の顔を見るなり、その青い目を丸くした。
「む、むむ!? 君は……体育祭で圧巻の優勝を果たした経営科の、翡翠少年じゃないか!?」
「あ、どうも。お世話様です」
俺はだるそうに首を下げ、欠伸を一つ噛み殺した。
(うおー……全盛期のオールマイトだ。マジでけぇな……本物だ)
内心では「生のオールマイトかっこいいな」と少し感動しつつも、俺は相変わらずの脱力モードを崩さない。
「君、あのヴィランと一人で渡り合っていたのかね!? 素晴らしい度胸と力だ! だが、なぜこんな深夜に……?」
「あ、これ持ってるんで」
俺はポケットから、さっき交付されたばかりの『日本全国自由飛行許可証』をチラッと見せた。
「夜風が気持ちいいんで空中散歩してたら、あの顔の傷だらけの不審者オッサンに急に絡まれたんですよ。気味悪いんで追いはらおうとしてたところです」
「ふ、不審者オッサン……ッ!?」
あの裏社会の魔王・オールフォーワンを「不審者オッサン」と言い放つ俺の肝の据わりぶりに、オールマイトはガバッと口を開けてフリーズした。
「ハ、ハハハ! 頼もしいと言うべきか、マイペースと言うべきか……! だが翡翠少年、君が無事で良かった!」
オールマイトは白い歯を見せて豪快に笑うと、俺の肩をポンと優しく叩いた。
「君のその力と意志、確と見せてもらったよ! ヒーロー科でなくとも、君はきっと立派な『平和の柱』になれる! 何か困ったことがあれば、いつでも私を頼るといい!」
「あ、どうも。まあ、俺は省エネで起業するだけなんですけど……」
脱力した返答をする俺を、オールマイトは眩しそうに、そして深い信頼を込めた瞳で見つめていた。
こうして俺は、知らぬ間に作中最大のラスボス・AFOをドン引きさせて追い払い、同時に「平和の象徴」オールマイトからの絶対的な信頼をも獲得してしまったのだった。