転生予定より11年早かった件について、とりあえず経営科でドラゴン旅行会社を起業する 作:ルクエリシオン
体育祭の熱狂から数週間が過ぎた。
「ふぁ……眠」
1年経営科の教室。
放課後の静まり返った室内で、俺——翡翠凪(ひすい なぎ)はノートパソコンの画面に向かい、カタカタとブラインドタッチで書類を作成していた。
画面に表示されているのは、事業計画書。
屋号は——【株式会社レックウザ・トラベル 兼 翡翠ヒーロー事務所】。
「ターゲットは国内外の超富裕層および政財界要人……基本料金は1フライト数千万円から……」
手に入れた『特例プロライセンス』と『日本全国自由飛行許可証』を最大限に活かしたビジネスモデル。
前世の金融知識と、投資家である親父からのアドバイス、そしてCAであるおふくろから伝授された「ファーストクラスにおける最高峰の接客ノウハウ」を盛り込み、経営計画を着々と組み上げていく。
「あとは、レックウザの背中に取り付ける特注キャビン(客室)のインテリア設計か。防音・防振加工を施して、高級ホテルのスイートルーム並みの革張りソファを配置して……」
一人で楽しそうに事業構想を練っていると、教室の扉が控えめに「トントン」と叩かれた。
「あの……翡翠くん、入っても大丈夫かしら……?」
扉の隙間からそっと顔を出したのは、私服姿の竜間龍子だった。
金髪のボブヘアーに、落ち着いた紺色のブラウスとホワイトのフレアスカート。真面目で上品な彼女の雰囲気に実によく似合っている。
「あ、龍子ちゃん。どうぞ。もう作業は一段落したから」
「ふふ、ありがとう。お邪魔するわね」
龍子は少し緊張した様子で室内に入ると、パタパタと俺の隣の席へ歩み寄り、ちょこんと腰掛けた。
——体育祭の本戦で俺に敗れて以来、龍子とは連絡先を交換し、こうして放課後に時々話す間柄になっていた。
真面目で不器用だが心優しい彼女と過ごす時間は、省エネ主義の俺にとっても心地よい『凪』の時間だった。
「すごいわね……もう会社と事務所の設立準備を進めているなんて。同い年とは思えないわ」
「まあね。俺の目的は『省エネで美味しいものを食べて生きる』ことだからさ。そのための準備は早ければ早いほどいい」
俺が画面を見せながら説明すると、龍子は真剣な瞳で頷き、ふふっと柔らかく微笑んだ。
「翡翠くんらしいわね。……あ、あのね! 翡翠くん、もし良かったら……この後少しお時間あるかしら? 近くにすごく美味しいパフェのお店を見つけたの」
「パフェ?」
「ええ! あなた、甘いものや美味しいものが好きって言っていたでしょう? だから……もし嫌じゃなければ、一緒に行かない……かなって……」
後半になるにつれて声を小さくし、龍子は白い頬をほんのり桜色に染めて下を向いた。
体育祭で俺に優しく手を取られて以来、彼女が俺に対して淡い恋心を抱いてくれているのは、流石の俺でもなんとなく察していた。
(可愛いなぁ……真面目な子が照れてるのって、なんでこんなに破壊力あるんだろ)
「行く行く。美味しいものには目がないからさ。行こうか、龍子ちゃん」
「! ええ、喜んで!」
ぱっと表情を輝かせた龍子の笑顔に、俺の胸も少しだけ温かくなった。
◇
雄英高校から少し離れた、落ち着いた雰囲気の街角にあるカフェ。
テーブルに運ばれてきたのは、季節のフルーツが山盛りになった特大の苺パフェだった。
「うわ、美味しそう……いただきます」
俺はスプーンですくって口に運ぶ。
濃厚な生クリームと甘酸っぱい苺の果汁が口いっぱいに広がり、思わず「んー……うま」と目元が緩んだ。
「ふふ、気に入ってもらえて良かったわ」
向かい側に座る龍子が、嬉しそうに頬を緩める。
彼女も小さめのパフェを上品に口へ運び、幸せそうに目を細めていた。
「龍子ちゃんはさ、将来どんなヒーローになりたいの?」
俺がふと尋ねると、龍子はスプーンを止め、真剣な瞳で俺を見つめ返した。
「私はね……人々が安心して笑顔で暮らせるような、寄り添えるヒーローになりたいの。私の『ドラゴン』の個性は大きくて、ともすれば人を怖がらせてしまうけれど……誰かを守るための温かい力になりたい」
「いいと思う。龍子ちゃんのドラゴン、すごく綺麗だし暖かい飛び方だったよ。きっとみんなに愛されるヒーローになると思うな」
「っ……!!」
俺が何気なく本音を口にすると、龍子は耳まで真っ赤になってパフェのスプーンを落としそうになった。
「あ、ありがとう……っ。翡翠くんにそう言ってもらえると、すごく自信がつくわ……」
照れ隠しに小さくパフェを口に運ぶ龍子。
西日の差し込む静かなカフェで、二人だけの甘い時間が流れていた。
——そう、『アイツ』が乱入してくるまでは。
◇
ガラガラガシャンッ!!
「みーっけたぞぉぉぉおおお!! 翡翠ぁぁぁあっ!!」
カフェの扉が暴風のような衝撃とともに叩き開けられ、店内に大音響が響き渡った。
居合わせた客たちが悲鳴を上げて振り返る中、そこに仁王立ちしていたのは——褐色肌に白いロングヘア、そして頭頂部から生えた長いウサギ耳をピンと立たせた少女、兎山ルミだった。
「なっ……ルミ!?」
龍子が目を丸くして立ち上がる。
ルミは豪快に鼻を鳴らし、ドカドカと激しい足音を立てて俺たちのテーブルへと近づいてきた。
「やっぱりここにいやがったか! 龍子が放課後ウキウキで出かけるから尾行してみりゃ、緑髪といい雰囲気でパフェ喰ってんじゃねぇか!」
「び、尾行……ッ!? ルミ、あなた何やってるのよ!?」
顔を真っ赤にして抗議する龍子を完全無視し、ルミは俺の目の前に身を乗り出してテーブルにバァンと手を突いた。
「おい緑髪! 体育祭の時はよくもアタシを場外に押し出してくれたな! 触らせてもくれねぇなんて納得いかねぇ! 今すぐここでアタシと勝負しろ!!」
「嫌だよ、めんどくさい。お店に迷惑だろ……」
俺はため息をつき、パフェの苺をモグモグと咀嚼する。
「あぁ!? 店の外ならいいってことだな!? よし表へ出ろ!」
「言ってないから。ウサギちゃん、相変わらず声がでかいって」
「ウサギちゃん言うな! アタシは兎山ルミだ!!」
キャンキャンと吠えるルミに対し、龍子がキッと目を怒らせて二人の間に割り込んだ。
「ルミ! いい加減にしなさい! 今日は私が翡翠くんとお話しする約束をしていたの! 邪魔をしないで!」
「あぁ!? なんだよ龍子、自分だけ緑髪と仲良くしやがって! アタシだってコイツと再戦してブッ飛ばしたいんだよ!」
「暴力的な目的じゃない!!」
「一緒だろ!!」
ガーガーと不毛な口論を始めるヒーロー科の女子ふたり。
龍子は真面目ゆえにカンカンに怒っており、ルミはガサツな笑顔で「ギャハハ!」と煽っている。
(ハァ……省エネな休日が台無しだ……)
俺は冷めた目で見つめながら、残りのパフェを美味しく平らげた。
◇
結局、ルミの乱入によって甘いデート(?)は賑やかなコメディ空間へと変貌を遂げた。
カフェを出た帰り道。
夕空の下、3人で並んで歩く。
「へぇ……お前、自分で会社と事務所を作るのか。へっ、物好きな奴だな!」
俺の起業の話を聞いたルミが、ニシシと八重歯を見せて笑う。
「ヒーロー科にも入らねぇで個人事務所経営とか、おもしろいじゃねぇか! よし、アタシが将来プロになったら、お前の事務所と業務提携してやるぜ!」
「いらないよ。ルミちゃんうるさいから事務所壊れそうだし」
「壊さねぇよ!! 蹴り飛ばすぞ!!」
ギャーギャーと騒ぐルミの横で、龍子が申し訳なさそうに俺に寄り添ってきた。
「ごめんなさいね、翡翠くん……せっかくの二人きりの時間だったのに……」
「ううん、気にしないで。賑やかで楽しかったよ」
「……っ」
俺が優しく微笑むと、龍子は嬉しそうに胸を撫で下ろし、そっと俺の制服の袖口を小さく掴んだ。
「ねぇ、翡翠くん。もし良かったら……また、今度二人で出かけてくれる……?」
「うん、もちろん。美味しいお店、探しておくよ」
「ええ! 楽しみにしているわ!」
パッと花が咲いたような龍子の笑顔。
そして後ろで「おい! アタシも連れてけよ美味い店!」と騒ぐルミ。
勝手気ままな脱力生活を目指す俺の周りは、いつの間にか賑やかで、愛おしい熱気に包まれ始めていたのだった。