転生予定より11年早かった件について、とりあえず経営科でドラゴン旅行会社を起業する 作:ルクエリシオン
体育祭が終わり、5月中旬にヒーロー科の生徒たちがそれぞれのヒーローネームを決めてから、季節は巡り——8月、夏休み。
日差しが照りつける猛暑の中、俺——翡翠凪(ひすい なぎ)は、雄英高校の校長室へと呼び出されていた。
「やあ、翡翠くん! 暑い中すまないね」
白毛の根津校長が、涼しい室内で穏やかな笑みを浮かべながら冷たいお茶を差し出してくる。
「以前の交渉で公安から取り付けておいた『仮免試験の特例受験枠』だがね。いよいよその本番である8月がやってきたよ!」
「あー……あの時の受験票ですね。ついにその時期ですか」
俺はだるそうに首を鳴らしつつ、出された冷たいお茶を一口飲んだ。
「うむ! 単なる自由飛行許可だけでなく、本格的に会社を立ち上げてヒーロー事業を行うには、どうしても国家資格である仮免許が必要だからね。受けてきておくれ!」
「試験会場まで行くの、普通に面倒なんですけど……」
口ではそうぼやきつつも、俺の頭の中では冷徹に損得勘定を弾いていた。
(まあ……いくら特例の飛行許可があるとはいえ、いざ事業を始めてトラブルに巻き込まれた時『無免許』じゃ警察に引っかかる可能性があるからな。合法的に旅行会社を立ち上げてスローライフを送るためには、ここでしっかり『仮免許』の肩書きを取っておくのが一番確実だ)
「本来は2年生からしか受けられない制度だが、1年生で受験資格を得たのは雄英の長い歴史の中でも君ただ一人だ。公安上層部も『これほどの圧倒的な戦力を野放しにするわけにはいかない。特例で合格させて合法的な枠組みに収めなさい』と焦っていてね」
根津校長は苦笑混じりに肩をすくめた。
ヒーローの免許制度やカリキュラムのルールを曲げてまで特例措置を下せるのは、国家の超法規的機関である公安委員会だけだ。
「分かりました。サクッと取ってきます」
「うむ! では試験に出願するにあたって……君の【ヒーローネーム(コードネーム)】を、正式に登録しておこうかね!」
校長に促され、俺はシンプルに答えた。
「じゃあ……『天空ヒーロー:レックウザ』でお願いします。コードネームは【レックウザ】で」
「素晴らしい! 神々しく力強い、実に君にぴったりの名だね!」
◇
校長室を出た後、俺は雄英の校門前で、ヒーロー科1年の竜間龍子(たつま りゅうこ)と兎山ルミ(うさぎやま るみ)の二人と合流した。
「翡翠くん……あ、ううん、これからはレックウザくんって呼んだ方がいいのかな? いよいよ今日が仮免試験なのね!」
私服姿の龍子が、心配と応援が入り混じった瞳で俺を見つめてくる。
「うん。無許可で飛んで捕まるのは嫌だし、サクッと合格してくるよ。龍子ちゃん……あ、公の場じゃリューキュウって呼んだ方がいいのかな」
「ええ! 私のヒーローネームは『リューキュウ』よ。ルミは『ミルコ』だしね」
「へっ! アタシはラビットヒーロー・ミルコ様だ!」
褐色肌のルミが、白いウサギ耳をピンと立たせてニシシと八重歯を見せた。
——ヒーローの世界には明確なルールがある。
【公の場や戦闘・試験中】はヒーローネーム(レックウザ、リューキュウ、ミルコ)で呼び合い、【プライベートな日常・私生活】では本名(凪、龍子、ルミ)で呼び合うのだ。
「いい名前だね。リューキュウもミルコもすごく似合ってるよ」
「ふふ、ありがとう! ……あ、あのね……『レックウザくん』って、なんだか少し呼び方に違和感というか、不思議な感じがしちゃうのだけど……」
龍子(リューキュウ)が少し申し訳なさそうに指先をいじもじさせる。
確かに「レックウザ」という神龍の名に「くん」がつくと、なんとも言えないシュールさがある。
「あはは、確かにね。コードネームだし『くん』は付けなくていいよ、リューキュウ」
「えっ……! 呼び捨て……!? あ、うん……頑張って『レックウザ』って呼び捨てにしてみるわね……っ!」
真面目なリューキュウは照れくさそうに顔を赤くしながらも、コクコクと小さく頷いた。
(ふふ、真面目だなあ。まあ、いつかは『くん』付けじゃなく自然に呼び捨てで呼んでくれるようになるといいな)
そんな彼女の可愛らしい様子に、俺の胸も少しだけ温かくなった。
1年生は当然ながら今回は仮免試験を受けられないため、特例で受験する俺を二人が見送ってくれる形だ。
「おいレックウザ! 1年で受けるのはお前一人なんだからな! 落ちて雄英の恥晒したら蹴っ飛ばすぞ!」
「落ちないよ、めんどくさいし一発で合格してくる」
「ふふ、頑張ってね、レックウザ……くん! ……あ、また言っちゃった……っ」
恥ずかしそうに口元を押さえるリューキュウと、ギャハハと笑うミルコのエールを受け、俺は試験会場へと向かった。
◇
仮免試験の会場——国立多古場競技場。
会場に足を踏み入れると、そこには本来の受験対象者である全国の【2年生ヒーロー科】の生徒たちが一斉に集結していた。
皆、各自の個性を引き出すためにデザインされた色とりどりの【ヒーロースーツ】に身を包み、鋭い殺気と緊張感を放っている。
そんな中、ヒーロースーツを持っていない経営科の俺は、普段着である緑と黒を基調とした粋な和服(羽織姿)の上に、指定のビブス(番号ゼッケン)を引っかけて立つ形になっていた。
緑髪黒メッシュの長髪に、ゆったりとした深緑の羽織と漆黒の着物。浮世離れした神々しさと脱力感が漂う着こなしだ。
その混戦の中、雄英高校の洗練されたヒーロースーツを着た集団——雄英ヒーロー科2年生の先輩たちの姿があった。
「ん……? おい見ろよ、あいつ……ヒーロースーツじゃなくて和服……? ビブスには『1年経営科』って書いてあるぞ!?」
「マジだ……なんで1年の、しかも経営科の奴が2年の仮免試験会場にいるんだ……!?」
ざわつく先輩たちの横を通り過ぎる際、俺は和服の袖に手を入れながらぺこりと軽く頭を下げた。
「あ、どうも。お邪魔してます」
「お、おう……! 君が噂の……体育祭で優勝したっていう1年の翡翠(レックウザ)か! その和服、めちゃくちゃ様になってるな……! 公安の特例受験ってマジだったんだな……!」
「すげぇな1年で仮免かよ! お互い合格しようぜ!」
雄英の2年先輩たちは驚きつつも、同じ雄英生として好意的に声をかけてくれた。
俺も「あ、はい。お互い頑張りましょう」と挨拶を交わし、サクッと自分の待機エリアへと移動した。
——だが。
他校の2年生たちの反応は、全く異なるものだった。
◇
『えー、全受験生に連絡する。今年の仮免試験には……異例中の異例として、公安の超法規的特例により、雄英高校1年【経営科】の生徒が1名特別参加している』
会場スピーカーからアナウンスが流れた瞬間。
静寂。そして——ドバァッ!! と燃え上がるような怒号が会場を包んだ。
「「「はあぁぁぁあ!? 1年経営科ぁぁあ!?」」」
士傑高校や傑物学園をはじめとする、ヒーロースーツを着込んだ他校の2年生ヒーロー科たちが一斉に激高した。
「ふざけんな! 俺たちが2年間血の滲むような訓練をしてスーツ着て挑む8月の仮免試験だぞ!?」
「なんで1年の、しかもスーツすら持ってねぇ和服着た裏方の経営科が混ざってんだよ!」
「舐められたもんだな! 雄英も公安も俺たちをバカにしてんのか!?」
「おい、あの和服であくびしてる緑髪だろ! 最初にあいつを潰してトラウマ植え付けてやる!!」
他校の2年生たちが完全に目を血走らせ、俺を「雄英潰し&鬱憤晴らしの標的」としてロックオンした。
◇
『それでは仮免一次試験! ルールはターゲット球を相手の体の3箇所に当て、2人を脱落させた者から先着100名が通過! ……スタートォォォッ!!』
合図とともに、広大な市街地エリアへと受験生たちが散っていく。
俺が市街地の路上を和服の裾をゆらゆら揺らしながらだるそうに歩いていると——。
「死ねぇぇえっ、生意気な経営科のガキがぁぁあっ!!」
ドガァァァンッ!!
建物の上や陰から、ヒーロースーツを着た数十名におよぶ他校の2年生ヒーロー科が一斉に飛び出してきた。
炎、氷、岩石、電撃、爆発——2年間鍛え上げられた多種多様な強力個性が、俺一人の身体に向けて集中的に叩きつけられる。あからさまな集団リンチだ。
「おいおい、声がでかいって……」
俺は深く溜め息をつき、和服の袖の中に両手を突っ込んだまま——変身(レックウザ化)すら放置した。
ズッ………………ガンッ!!
「なっ……何ィ!?」
襲いかかってきた炎や岩石、電撃の群れが、俺の数メートル手前で「目に見えない空気の壁」に激しく衝突し、一瞬で自然消滅・相殺された。
人型のままでも発動可能な、レックウザのパッシブ能力『エアロック』による完全絶対防御。
周囲の気流や異常エネルギーを強制的に『凪(無効化)』にする異次元の空間制御だ。
「な、なんだあのバリアは!? 和服のガキに攻撃が一切届かないぞ!?」
「バリアじゃないよ。ただの空気」
俺はだるそうに欠伸をしながら、和服の袖から右手を出し、指先を群がる他校生たちへ向けた。
「じゃ、サクッと終わらせて待機場所に行くわ」
——『神速(しんそく)』。
ドォンッ!!
空気が爆ぜた。
緑と黒の和服が翻り、音速を超えた踏み込みで瞬時に間合いを詰めると、俺は連続で技を繰り出した。
「——『龍の波動』、ついでに『りゅうのいかり』」
ドドドドドカァァァンッ!!
目に見えない龍の衝撃風圧と、激しい威圧の気流が渦を巻いて炸裂する。
相手を怪我させないよう絶妙に加減された打撃風圧だが、スーツを着込んだ2年生たちの体勢を崩し、その場に縛り付けるには十分すぎる威力。
「ぐはっ!?」
「速っ……見えなっ……風圧だけで体勢が……!?」
悲鳴をあげる暇すら与えず、一瞬で十数名の2年生の動きを封じると、俺は自分のターゲット球を『神速』の高速手さばきで彼らの胸や肩のターゲットへパンパンパンッ!と寸分の狂いもなく叩き込んだ。
ピピピッ! ピピピッ!
『翡翠凪(レックウザ/雄英・経営科)、一次試験通過! 翡翠凪、通過……!』
試験開始の合図から、わずか10秒。
「「「………………は?」」」
ターゲットを叩き込まれ、その場に崩れ落ちた他校の2年生たち。
そして遠くから様子を伺っていた受験生たちが、開いた口が塞がらない様子で静まり返った。
レックウザの巨大な龍姿になることすらなく、緑と黒の和服をまとった人間の姿のまま、脱力スタイルのまま、2年生の猛者たちを虫ケラのように完封してぶっちぎりの【一次試験1位通過】。
「ふぅ……。よし、通過者用の待機場所に行こ」
俺は転がっている他校生たちを一瞥もせず、欠伸をしながらスタスタと一次通過者専用の控室(待機場所)へと向かい、缶ジュースを買いに行ってのんびりと二次試験を待つのだった。
経営科と1年生を舐めてかかった他校の2年生たちに、絶望という名のトラウマを深く刻み込みながら——。