アルビオンの時と同じくらい。
2話に分けてもよかったんですが、まぁいいかなと。
なので、もしかしたら次は少し投稿が遅いかも知れないですね。
なんていつもの如くさっぱりわかりませんが。
ルイズがオカマに誘われてキャバクラ入りしたというルーシーの言葉に、ダッシュでその“魅惑の妖精”亭という店へと駆けつけた大賀だったが、パッと見、普通の酒場であったために今回は乗り込まずにまず様子を見てみることにした。
「(ルイズがいかがわしいことをさせられてるっつーならアウトなんだが、キャバクラで働くだけならセーフ……なのか? つか、キャバクラって実際どうなんだ。セーフか? わかんねー。お酌して話すだけならセーフだよな……でも、夜の店って印象だしな)」
キャバクラの実態がわからないために、店の窓から店内の様子を窺う大賀。
店内にはやっぱりアウトじゃねーかと思ってしまいそうな、直視しづらいキャミソールやら薄手のワンピースやら、きわどい格好で接客をしている女の子たちがいた。
しかし、あのルイズを雇ってくれる店なんてそう多くもない気がするのが問題であった。
しかも住み込みだという。
それを自分の一存で台無しにしてしまってもいいのかと大賀は悩んでいた。
「(どうすんだ俺、乗り込むか、乗り込まねーか。だーくそっ、何でこんな判断に困る店で働くなんてことになってんだよ。つーか、ルイズはどこだ? あー、これが柊だったら問答無用で連れ出すんだけどな)」
大賀はこんな時でも元の世界にいる柊愛花のことを思い浮かべた。
もっともルイズとはかけ離れた性格をしている愛花なら、そもそもこんな事態になることはないだろう。
大賀的には厄介なことでもあるが、魔法教師の柊父も愛花に対して親バカっぷりを発揮してるし、離れていてもそういった安心感はある。
そんなことを考えていた大賀の視線の先に、桃色がかったブロンドの髪の少女が入り込んだ。
普段の髪型とは少し違い、サイドを三つ編みにしているし、丈の短いホワイトのキャミソールなんて着ているが、ルイズであることには間違いないだろう。
そばにルーシーの姿が見えるし、それはその少女が羞恥なのか怒りなのか不思議な表情をしていることからもわかる。
「(セーフかアウトか、セーフかアウトか、どっちなんだ倫理協会! この世界におけるキャバクラのR指定を教えてくれ……!)」
その場で頭を抱えて葛藤する大賀。
それ故に自分に近づいてくるその存在に気づかなかった。
「ちょっとあなた! さっきから店を覗き込んでどーいうつもりなのかしら。入るのを躊躇してるお客さまなら歓迎よ。けどうちの女の子たちに付きまとっている変質者だとでも言うならわたくしが相手をすることになるわよ」
「おわっ、変態!!?」
筋骨隆々の屈強な男……しかしオイルで輝く髪にピンとはねた髭と割れた顎を持ち、加えてその衣装は無駄に煌びやかなのだが、胸毛はボーンと露出している。
もうその見た目だけでお近づきになりたくない人種だが、そのオネエ言葉に、シャナリとした仕草のおまけ付き。
大賀の口からそのままの言葉が飛び出てしまったのも仕方ない。
「んまー!!? 誰が変態よ! 不審者のあなたに言われたくないわよぅ! 衛兵を呼ばれたいの!」
「い、いや、俺は不審者なんかじゃ……ただ、ルイズのやつがこの店で働くっつーから、ちょっと心配で……」
大賀がぶんぶんと腕を振って否定すると、そのオカマはおや? と態度を少し和らげた。
「あら、お耳が早いわね。あなたルイズちゃんの知り合いなの?」
「あ、ああ。まぁ……ここって普通のキャバ――酒場ってことでいいんだよな? いま見てる以上に変なサービスとかしたりしてないよな?」
「当たり前じゃないの。ここで働く女の子たちはみんなわたくしの娘のようなものなのよ。実際ほんとの娘も働いてるしね。まぁそれぞれ事情があるからギリギリまでお金を稼げるようにこういうお店になってるけど、一線を越えたりはしてないわ」
「そ、それならいいんだ。あいつ性格アレだし、接客業にも向いてないだろうけど、我慢してるってことはやる気はあるんだろうし、その、何つーか、よろしくお願いします」
大賀が頭を下げると、オカマは優しい目つきになった。
しかし、言っちゃ悪いが気持ち悪かったので大賀は少し引いた。
「……ええ。確かに任されたわ。わたくしの名前は“スカロン”よ。あなたはルイズちゃんの恋人かしら?」
「はっ? い、いや、違うっス! あいつは……まぁ変な縁で出会ったけど、ダチで……」
「そうなの?」
「ああ。ただ……あいつになんか変なことをするようだったら、そんときはこの店を潰してでも問答無用で連れて行くつもりなんで」
「なるほど。肝に銘じておきましょう」
オカマことスカロンは神妙な顔で頷いて見せた。
その反応を見て、大賀はとりあえず、彼? にルイズを任せてみることにした。
ルーシーもついているから、何かあってもほんとにヤバい事態になる前には駆けつけることができるだろう。
これでルイズが少しでも社交性というものを身に着けてくれるなら、たぶんそれに越したことはない。
一般的なそれとは少しズレた常識を身に着けてきそうな不安もなくはないが、大賀はルイズが自分自身でした選択を信じてみることにした。
それから数日が経過した。
大賀もルイズもそれぞれの職場で働く毎日を送っている。
ルイズの仕事は基本夜なので、二人は昼にお互いの情報を確認し合った。
ルイズは大賀の前では見栄を張って余裕を装っていたが、大賀はルーシーからも情報を仕入れていたので、その悪戦苦闘ぶりはわかっていた。
それでも辞めたり暴れたりしていないルイズを、大賀はちょっとだけ見直した。
「ふうん。お前もやればできるじゃねーか」
「と、当然よ! いまもお店ではチップレースとか言うのをやってるんだけど、それも楽勝で1位だわ。もうお客がわたしにちょっとお酌されたりするだけで金貨を落としていくんだから、このままだとほんとにお城くらい買えちゃうんじゃないかしら」
大賀がちらっと視線をルーシーに移すと、ルーシーは首を振った。
「(ほんとは銅貨が数枚)」
まぁこれまでの話からすればそんなものだろう。
しかし、さすがにそれをツッコむのは野暮というものだ。
大賀はその後もルイズのあからさまに誇張された話を適当に相槌を打ちながら聞いた。
「さて、と。この姿なら問題ねーよな」
夜。
大賀は大賀ではなくなっていた。
見る人が見ればすぐにわかるその姿は、元の世界の聖凪高校・魔法技術主任教員“柊賢二郎”――柊父のものである。
大賀がハゲセンセーことコルベールとは逆に、ロン毛姿の若ければホストでもやっていそうな容姿の柊父になったのは、当然ながらルイズの仕事ぶりを様子見するためだ。
同時に自分もそこまで余裕があるわけではないが、一応は頑張っているらしいルイズのために、少しくらいはチップレースに協力してやろうという思いもあった。
そして、魅惑の妖精亭……大賀は若干躊躇する気持ちを奮い立たせて、キャバクラという未知の領域に足を踏み入れた。
最初に柊父の姿の大賀の接客についたのは、黒髪の“ジェシカ”という女の子であった。
ジェシカは気安い感じでその腕を取ると席へと案内して注文を聞いてきた。
この世界では大賀たちくらいの年齢でも普通にワインを飲んだりしても問題ないようなのだが、大賀はワインは遠慮してオススメで料理を注文してもらった。
オススメにしたのは、ぶっちゃけ大賀が未だにこの世界の文字をマスターしておらず、メニューがイマイチ読めなかったためである。
これまでに多少は文字の勉強をしていたりもするのだが、正直一緒に勉強したルーシーの方が、大賀よりもよほどマスターしているような状況だ。
そのルーシーは、突然現れた柊父の姿に一瞬驚いたが、すぐに大賀だとわかったようで、そばで寛いでいた。
「(ふー。こういう店でオススメとか言うと、スゲー高い物が注文されちまうかと思ったけど、そんなこともなさそうだな。酒とチップの方がメインなんかな。しかし……どうにも視線のやり場に困るぜ)」
店内は薄着の女の子たちがあちらこちらに存在している。
この接客してくれているジェシカという女の子にしてもそうだ。
初めジェシカは大賀というか柊父の容姿を褒めたが、それは大賀ではなく柊父なのだから、大賀に響くことはなく、それを察したのかすぐに話題を変えた。
ジェシカは話し上手であったが、大賀はちょくちょくルイズの様子を気にしているし、ワインを飲まないから酔わせられないとあっては、他の客の相手をした方がいいと思ったのか「あの子が気になるの?」とルイズを呼んで自分は別の相手を接客しに行った。
「「…………」」
そして生まれたのは薄着のルイズに接客される柊父の姿をした大賀という、無限に気まずい空間であった。
もっとも、チップレースに協力してやろうと思って来た大賀なのだから、これは大賀自身が望んだ状況でもある。
とりあえず何か話すべきかと、適当な話題を口にしようとすると――それよりも先にルイズの方が口を開いた。
「あの、お客さま、とっても素敵ですね」
「そ、そうか」
ルイズのおべっかに大賀は微妙な気分になった。
柊父の姿だからという以前に、ルイズにそういうことを言われる状況に違和感しか感じない。
「はい。何か注文しますか?」
目の前には先程のジェシカが注文した料理がほとんど手つかずで残っているのだが、ルイズの目には入っていないのだろうか。
「……いや、注文はもうしたから」
「あ、そうですよね……。なら、その、お喋りしますか?」
ルイズは何とか話を続けようと頑張っているようだ。
大賀はその意を汲んでやることにした。
「そうだな。じゃあ何の話をするか……。ああ、ここでの仕事はどうだ」
「え、えっと、頑張ってます」
「大変だったりしないか?」
「頑張ってます」
「何か辛いことがあったりとかは……」
「が、頑張ってます」
「「…………」」
「(こいつ、アドリブ利かねー! 頑張ってはいるんだろうけど、話が広がらねー!)」
ルイズの返答に大賀は内心で頭を抱えた。
「……そうか。頑張ってるのか」
「は、はい、頑張ってます」
「あー、じゃあ今後も頑張れよ。これ、取っておけ」
これ以上の会話はキツイと感じた大賀はルイズにチップを渡してやった。
ルイズは、ぱあっと顔を輝かせる。
普段からそういう顔でいればまだマシだろうにとも思うが、やはり会話が続かなければダメだなとも思う。
この世界にツンデレ喫茶でも存在していれば素でも通用するかも知れないが、元の世界に比べれば娯楽に乏しいこの世界においては、その存在は時代を先取り過ぎている。
あるいはルイズは生まれてくる時代を間違えたのだろうか。
まぁツンデレとか言われたところで、普通に素直で可愛い系の女子――要は柊愛花が好きな大賀にとっては、その需要がどこにあるのかイマイチわかっていないのだが。
とにかく大賀はルイズの仕事ぶりを見たし、チップも渡したので、やることはやったなと並べられた料理を食べて立ち上がる。
「じゃあ、俺はこれで」
「あ、はい。お見送りします」
そう言って大賀が会計を済ませるのをちょこんと待っているルイズ。
そんなところにバタン――と店の羽扉が開き、新たな客の一群が現れた。
マントを身に着けたでっぷりと太った中年の男を先頭にした、貴族の集団である。
中年の男は大賀を押し退けてズカズカと店の中へと入る。
大賀は若干イラッとしたが自重した。
「これはこれは、“チュレンヌ”さま。ようこそ魅惑の妖精亭へ……」
接客するべきか迷う様子を見せていたルイズより早く、スカロンが揉み手をしながらチュレンヌに応対した。
どうやら社会的な地位か何かを持った人間のようだと大賀は横目でそのやりとりを観察する。
「しかし申し訳ありません。本日はこの通り満席となっておりまして……」
スカロンはチュレンヌのことを良く思っていないのか、口実をつけて追い出したいようだったが、チュレンヌが目配せすると取り巻きの貴族たちが杖を抜いてみせて、他の客は慌てて逃げ出してしまった。
「どうやら今日は空いているようだな」
「そのようで……お席にご案内いたします」
チュレンヌは横柄に頷くと、店内の女の子たちを好色な目つきでジロジロと見る。
そんな視線に晒された女の子たちは誰も自分からチュレンヌに近づく様子を見せなかったが、唯一場の空気を読めないことで定評があるルイズがワインを持って近づいた。
「お客さま、素敵ですね」
「ん? 何だ貴様は、子供に用はないぞ! そうだな……そっちの黒髪の娘と、それから……」
ルイズは大賀にしたようにおべっかを口にするが、小さいルイズはチュレンヌの好みから外れているようで、邪険に扱われる。
ルイズのこめかみがひくついた。
「ほら、とっとと来んか! ……貴様もいつまでそこに突っ立っているつもりだ。子供に用はないと言っているだろう! ん……よく見ると子供ではないか。ただの胸の薄い娘だな。何なら触って調べてやろうか」
そんなチュレンヌの言動に、ブチっと二本ほど血管が切れた音が聞こえた気がした。
「テメー、いい加減にしろよ、ごらぁ!!!」
入り口付近で様子を窺っていた大賀は傍若無人なチュレンヌの態度に、さすがに我慢の限界と、素早くチュレンヌに駆け寄ると、勢いそのままに殴り飛ばした。
「どりすっ!!?」
変な声を上げたチュレンヌの身体がゴムボールのように吹き飛ぶ。
一瞬の間、それが破られると大賀はすぐに取り巻きの貴族に囲まれたが、魔法を使われるより早く、何か喋ってる間に拳一つで問答無用に制圧していく。
「き、きしゃま……このわたしゅにこんにゃことをしてタダで済むと思っているのか! 徴税官を務めるわたしゅに手を上げたのだから公務執行妨害――いや、国家反逆罪で打ち首だも!」
チュレンヌは大賀に思いっきり殴り飛ばされたために上手く喋れないのか、半身を起こしながら聞き取り辛い声でそんなことを叫んだ。
まさか起き上がってくるとは思わなかったので、大賀はちょっと面倒なことになったかなと思ったが、最悪“
もっとも、この場には大賀と同じ感情を持った者が他にもいるわけで。
「そこまでよ! これが目に入らないの!」
ルイズは今回の活動に当たるに渡って、アンリエッタから授けられた許可証を印籠よろしくチュレンヌの目の前に掲げた。
それを見て怒りで沸騰していたチュレンヌの顔が真っ青に変わる。
「わたしがここのNO.1美少女だと思ってたなら悪かったけど、ほんとはあんたみたいに権威を笠に着て勝手なことをやっている相手を捕まえるお仕事なわけ。おわかり?」
さり気に自分を上げつつ、太ももに忍ばせていた携帯用の杖を突きつけて恫喝するルイズに、チュレンヌはツッコむ余裕もなく、平身低頭、ぺこぺこと頭を下げた。
「は、ははーっ、命ばきゃりはお許しを……」
「それを決めるのはわたしではなくて女王陛下か裁判よ」
ルイズがキッパリとそう告げると、チュレンヌはその場で項垂れた。
悪あがきをしてどうにかなると思っているほど自分を過信してはいないらしい。
「ったくタイガ! ――って、あ、すみませんお客さま。あれ、何でタイガだと思ったんだろ?」
チュレンヌから興味をなくしたルイズは大賀に振り返り、しかし未だに柊父の姿であったために首を傾げながら謝った。
「(うっ、やべ……)じゃ、じゃあ、俺はこれで」
このままこの場所に留まるとこの姿でも正体がバレてしまいそうな予感がしたので、大賀はそそくさと魅惑の妖精亭を後にした。
その後、ルーシーからの情報でルイズがチュレンヌの財布をふんだくってチップレースに優勝したと聞いた。
ただ、ルイズはそのお金をアンリエッタに献上するつもりのようだ。
妙なところでマジメな選択をするものである。
そのせいもあって、ルイズは変わらず魅惑の妖精亭で働くつもりのようであった。
コツを掴んだとか調子に乗っていたようだが、その結果は――まぁ言わずもがなである。
ちなみにあの一件で魅惑の妖精亭の女の子たちの間で柊父の人気が凄いことになっているしい。
大賀にとってもまさかだが、遠く離れた異世界において自分がそんなことになっているとは、柊父も思ってはいないだろう。
とりあえずちょっぴり悔しかったので、大賀は柊父の姿であの店には二度と行くまいと心に誓ったのだった。
何だかんだありながらも、そんな風に一応はアンリエッタが望んだ治安強化に協力できてる気がしないでもない今日この頃。
「こんばんは、使い魔さん」
その日の仕事も終わりと、宿に戻ろうと挨拶をして店を出た大賀の前に姿を見せたのは、大賀に面倒事を運んでくるもう一人の災厄とでもいうべき無茶振りプリセンス――いまはクイーンのアンリエッタその人であった。
「な、何でお姫さまが俺んとこに……」
「あなたに協力をお願いしたいのです。ルイズにも極秘で」
アンリエッタは衛士たちの目を盗んで抜け出してきたようで、追っ手の目から逃れるように大賀を引っ張ってそばの路地へと身を潜める。
「ルイズにも内緒ってそりゃまたどうして?」
「……ルイズには、貴族の汚い部分をあまり見せたくないから」
「どういうことっスか?」
アンリエッタからは不穏に続く気配を感じる。
しかし、真剣に何事かを為そうとしている確かな意志も感じられるために、大賀も事情を聞かないわけには行かなかった。
「わたくしはこれからある貴族の不正を暴こうとしているのです。その者はかなり高い地位に就いている者で、ルイズが知ればこの国や貴族の実情に幻滅してしまうかも知れない。けれど確実にその者の手が及んでいない協力者も必要なのです」
「それで俺か」
「ええ。使い魔さんには面倒をおかけしますが、どうかお願いします」
大賀は悩むフリをした。
いや、実際本人は悩んでいるのだろうが、こういう風に助けを求められて大賀が断るということはまずない。
今回もそうだった。
「それはそうと、その不正を暴くってのはお姫さま自身がやらなきゃダメなことなのか?」
「はい……。先程も言いましたが、その者はかなり高い地位にいる貴族なのです。半端な者では論破されるどころか籠絡される可能性もあります。わたくしの手で確実にやらなければなりません」
「そうなのか……わかった、協力するよ」
大賀の言葉にアンリエッタは安堵の微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。あの、とりあえず服を着替えたいのですが……」
そう言ったアンリエッタはローブを着て誤魔化してはいるものの、その下は普段と変わらず白く清楚なドレス姿であった。
服か……と大賀はそのドレスを見て考える。
ルイズならともかく、大賀が女物の服を持ち歩いているわけがないのだから当然だ。
「お、そうだ! ならちょうどイイ魔法があるぜ」
「魔法……ですか?」
首を傾げるアンリエッタに、大賀は頷くと見せ用の携帯用の杖を取り出した。
アンリエッタには使い魔のフリをしていることをルイズが話したので、メイジであると思われることは問題ない。
「アクセス――“
「この姿は確かグラモン元帥の……」
「ああ、ギーシュの姿だ」
大賀にもう大丈夫だと路地から連れ出され、店の窓に映った自分の姿を見たアンリエッタは、その容姿について自身の脳内を検索して思い出す。
「なるほど。容姿を誤魔化す魔法ですか。しかしなぜこの者を選んだのですか? わたくしは女なのですが」
「いや……俺も知り合いが多いわけじゃねえからさ。ルイズとかでもよかったんだけど、鉢合わせると面倒だし、男の姿になってる方が誰もお姫さまだと思わねーかなって」
「それはまぁそうですが……わかりました。この際だから仕方ありません。どうやら外見がそう見えるというだけでほんとに性別を変えられたわけでもありませんし、我慢します」
「(……哀れ、ギーシュ)」
微妙に不満の色を見せるその様子に、アンリエッタの中のギーシュの評価が、あまり高くないことを察して、タイガは内心でギーシュのことを憐れんだ。
「それでどうするんスか」
「そうですね。今日はもう遅い。実際に行動するのは明日です。なので今日はあなたの泊まっている場所に匿ってください」
「……俺の宿にスか。それはまぁいいけど、かなり安宿だぜ」
「知ってます。ルイズとは別の場所なのでしょう? ならば問題ありません」
ルイズがどこまでアンリエッタに報告しているのかは知らないが、基本別行動であることは伝わっているようだった。
まぁそうでもなければ、ルイズには内緒にと言いながら大賀の前に姿を現しはしないだろう。
アンリエッタは大賀の同意が得られるとその手を取って、さあ行きましょうと促すが、大賀はどうにも微妙な表情を浮かべた。
「ちょっ、お姫さま――じゃなくて、ギーシュ。あまりそうやって近づかないで欲しいんスけど、はっきり言って気持ち悪くて」
美貌の女王さまは他人に気持ち悪いと言われる経験などいままでなかったであろうから、ショックを受けたのかプルプルと身体を震わせた。
「あなたがそうしたんじゃないですか! ……っと、ゴメンなさい。声を荒げてしまって。でもわたくし――ぼくだって別に好きでこの姿になっているわけでは」
「そ、そうっスよね。いや、まぁそれはわかってるんスけど……」
大賀も頭ではわかっているのだが、それでもギーシュに手を取られるというのは、やはり遠慮したいことであった。
それもあって、二人は微妙に距離を開けた状態で、大賀の泊まっている宿へと向かった。
「スンマセン……ほんとこんな宿で、俺一人だし出費を抑えたくて……あ、いや、活動資金はちゃんとルイズが持ってるんスけどね。はい」
大賀は石造りの建物も多いこの城下町において、年季の入った木造の宿に泊まっていた。
だからこの国の女王であるアンリエッタを匿うに当たって、申し訳ない気持ちになったのだが、別にギャンブルで活動資金を失ったわけではないと一応フォローを入れておいた。
「そう。でも、気にすることないわよ――ないよ。素敵な宿だ」
「そうスか?」
「ああ、取り繕ってないからね。少なくともぼくの寝首をかこうとする者はいなさそうだ」
大賀はギーシュを演じてるアンリエッタの言葉にそういえばと思い出した。
「あの、何か誘拐されそうになったとか聞いたんスけど……」
「……まあね。今回の件もそれが発端と言っても過言ではないよ。ぼくの部屋にまで辿り着くなんて、手引きをした者がいるはずだってね」
大賀はなるほどと頷いた。
「さぁ……じゃあ君の部屋に案内してくれ」
「え、俺の部屋? それはさすがにちょっとマズイ気が……もう一部屋取ろうぜ。金は俺が払うんで」
「それはダメだよ。いまはぼくの寝首をかこうとする者はいないだろうが、さすがに一人になるのは不安なんだ。だから信頼できるルイズの使い魔である君を連れて来たんだからさ」
「うぐっ……」
そう言われてしまえば大賀としても拒否れないのだが、アンリエッタがギーシュの姿でいるのはあくまで宿の外での話だ。
部屋の中でまでそうであろうとはしないだろう。
となると、宿の一室に男女が一晩二人きりということになる。
もちろんアンリエッタに手を出そうなんてこれっぽっちも思ってはいないのだが、どうにも抵抗があった。
しかしマジもんの女王さまの正論で構成された言葉に逆らえるわけもなく、大賀は観念して自分の泊まっている部屋へと案内した。
「ここであなたは生活しているのね」
「まぁ……つっても、寝に戻るくらいスけど」
大賀が泊まってる部屋に足を踏み入れると、アンリエッタは興味深そうにその中を見回した。
そして、ランプに灯を点け、ベッドに腰掛けると、当然のように魔法を解除するように大賀を促す。
やはりギーシュの姿でいることには抵抗があったらしい。
促された大賀がしぶしぶ“
アンリエッタは室内だからとすぐにローブを脱いだので、もうそれだけで完全に安宿には似つかわしくないクイーン・アンリエッタが大賀の前に顕現していた。
「ルイズは元気?」
「え、ああ……たぶん。慣れないことも多いみたいだけど、今回のことはあいつにとっても良い社会勉強になってんじゃねーかな」
「そうですか。あの子からは毎日ちゃんと報告の手紙が届くのだけど、そういった愚痴のようなことを書いたりはしないので、身体などを壊してはいないかと心配していたのです」
アンリエッタとの会話に大賀も部屋に備え付けの椅子に座った。
安宿であることを証明するように、ギシッと音が鳴る。
「ルイズの報告、役に立ってるっスかね?」
「ええ。民衆の生の声は、わたくしにとっては耳が痛いことも多いですが、ルイズは嘘のつけない子だから、誰の情報よりも信頼できます。それに徴税官の悪行を見つけたりとなかなか手が届かない細部のことも正してくれて」
「そうスか」
大賀はアンリエッタの言葉に安堵した。
とりあえず、自分たちは役に立ってはいるようである。
これで、活動資金をギャンブルで失っただけという状態からは解放されたようだ。
もしほんとにそれだけだったら、申し訳なさ過ぎて、こうして顔を合わせることなんてとても出来はしない。
「雨が降ってきたみたいね……」
ぽつりと呟いたアンリエッタに大賀は外に意識を向ける。
すると確かに小さな雨音が窓を叩き出していた。
「……今頃みんなわたくしを探しているでしょうね。仕方のないこととはいえ、また迷惑をかけているわ」
「誰にも言ってないんスか?」
「いえ……貴族と繋がりのない、平民から採用した銃士隊の者たちには作戦を話してあります」
「平民から?」
貴族至上主義っぽいこの世界では珍しいことだよな……と大賀は首を捻った。
「わたくしが平民を採用することが不思議ですか? ですが別に不思議なことではないのですよ。だって貴族よりもそれに仕える平民の方が数は多いのですから。貴族だけで戦争に勝てないのなら、平民を鍛えようと思うのはおかしくないでしょう?」
「……また戦争するんスか」
「またというか……いまも戦争中なのよ。ずっと防戦ばかりだけどね。だから、勝つためにはいずれはこちらから攻めなければならないでしょうね」
大賀はちょっと躊躇したが、この機会を逃すと尋ねられないかも知れないので口を開く。
「ルイズの力を使って?」
「……わたくし個人としては使う気はありません。ですが、いざその時に女王としてその考えが過らないことはないでしょう。わたくしと女王、どちらが勝つかはまだわかりません」
ざあざあと強まる雨音に、大賀はアンリエッタから視線を逸らした。
アンリエッタもその視線を追って外を見る。
「見えませんね、何も……。外は大丈夫かしら」
夜なことに加えて、雨が窓を叩いているために外の様子は窺い知れない。
もっとも室内に明かりがあるから、元々窓には自分たちの姿が映るばっかりではあるのだが。
「外の様子……俺の魔法で少しなら確認できるかもしんないスけど」
「そうなのですか? では、お願いします」
前に愛花が使っていた魔法ならば、窓ではなく壁を透過して外を見ることができるはずだと大賀が提案すると、やはりこんな状況ということで、外の確認をしておきたいらしいアンリエッタは頷いた。
「アクセス――“
窓を開けると雨が入ってくる。
それ故に遠視系の魔法ではなくて、こちらを選んだのだが、そのためにあくまで大賀の視力で外を確認しなければならないので、大賀は集中する。
「どうですか?」
「んー……? ――ぶっ!!? (そ、そうか、しまった! 聖凪じゃねえから透視対策された服じゃねえんだ!!!)」
アンリエッタの言葉に振り返った大賀は、その姿を認識すると同時に慌てて向き直った。
「どうしました?」
当然ながらアンリエッタは大賀の行動の理由に気づかずに、首を傾げるが、現在の大賀の視点から見ると、アンリエッタはまぁ何というか、その服が透けて全裸なのであった。
大賀が焦るのも当然の状況である。
「い、いや……あ、何か衛士が来るっぽい! また姿を変えるぜ!」
ちょうど向き直った先に、それっぽい姿が見えたので、大賀は魔法を解除して、再びアンリエッタをギーシュの姿にする。
数分後には、ドアが乱暴にノックされた。
ギーシュの姿になったアンリエッタは豪気にも、自分でドアを開けに行った。
「ここにいるのはお前らだけか?」
「そうだが」
「……男二人でベッドが一つ?」
「え、その、お金がないもんで……」
「そうか。その年で道を誤るなよ」
室内を見回した衛士はそれだけ言うとまた隣の部屋のドアをノックする。
アンリエッタを探しているのであろう衛士を何とかやり過ごすことには成功したようだが、微妙に不名誉な称号をつけられた気がしなくもない。
しかし大賀はそれ以前の問題で動揺したままであった。
「(や、ヤベー、お姫さまの裸を見ちまった……これってあれか、バレたら打ち首ってやつか? ギロチンかなんかで首ちょんぱか? いや、それ以前に事故とはいえ、こんなヒキョーなマネ、柊にバレたら幻滅されて嫌われる! か、隠し通さねば……)」
だがそんな大賀の動揺も知らずに、また元の姿に戻ったアンリエッタはいきなりそのドレスを脱ぎ捨てた。
「ちょっ、何してんスか!!?」
「え、何って、見回りの衛士もやり過ごしたし、もう寝ようかと思って。まさかドレス姿のままで寝るわけには行かないでしょう?」
何を当たり前のことをと、アンリエッタは至って普通の表情であった。
大賀の動揺は加速して混乱する。
「(こ、ここ、これはアレか? お姫さまともなると、映画とかであるみたいに普段からお付の人が着替えさせたりしてるから、ちょっと感覚がズレてる的な。しかし、これはマズイ! さすがにこんな格好のお姫さまと同じ部屋に一晩なんてありえねー!)」
大賀は部屋に置いてある自分の荷物を漁って、その中から着替えのシャツやらを取り出してアンリエッタに放った。
「そ、それ着ていいから! っていうか着てくれ!」
アンリエッタは、大賀の動揺の理由は理解していないようだが、素直にその服を着てくれたので、大賀はとりあえずこれで一安心と息を吐く。
どうにも心臓に悪い状況である。
「あなたの匂いがするわね」
「え、ああ……汗臭かったらスンマセン」
ベッドに入ったアンリエッタはそんなことを言う。
渡した服は洗濯されたものだから、ベッドの方だろうと思われたが、自分のことだから大賀にはイマイチわからない。
「ううん。夢の中でもあなたが守ってくれそうで安心するわ」
「そ、そうスか……」
アンリエッタはどうにも自分を誘惑でもしようとしてるのではと勘違いしてしまいそうになる言動を繰り返している気がしたが、アンリエッタが好きなのはウェールズだし、自分が好きなのは柊愛花と、大賀は冷静になることに努める。
「あなたも寝ていいわよ。たぶんもう大丈夫だと思うから」
「あ、ああ」
確かに一度探した場所にまた来ることはないだろうと、大賀は頷いて壁に寄りかかって座る。
「ベッドで寝ないの? こんな時なのだから気にしないでいいわよ」
「いっ、いや、それはさすがに気にしてくれ……」
大賀はこれ以上はもう勘弁と、早々に意識を閉じて眠りの中へと退却を試みるのだった。
……まぁ、眠れるわけもない状況なのだが。
翌朝――結局一睡もできずにいた大賀は、自分とは違いこんな安宿のベッドでもぐっすり眠っていたアンリエッタが目覚めた気配を感じて視線を向けた。
「おはようございます、使い魔さん」
「はよーっス……」
「久しぶりによく眠れた気がしますわ。あなたがそばにいてくれたおかげかしら」
「はぁ……そーすか」
それはよかったなと眠れていない大賀はテキトーに相槌を打つ。
「彼の者が動くのはもうすぐのはずです。さっそく準備を致しましょう」
「了解……」
準備を終えた二人が向かった先は“タニアリージュ・ロワイヤル”座。
演劇が行われる劇場であった。
「ここで捕り物が行われる予定です。使い魔さん、この時間に無事にこの場所に辿り着けたことであなたの役目は終わりました。なので、あなたはここまででも構わないのですが……最後までついて来てくれますか?」
「ああ。ここまで来てケツまくるよーなことはできねーって。そういうことは魔法執行部の仕事で慣れってからよ」
「魔法執行部?」
「あ、衛士の真似事みたいな……」
「そう。頼もしいわ。なら、よろしく頼むわね」
大賀は詳しい作戦の内容を聞いて、その姿を隠した。
その際に銃士隊の女性とルイズが一緒に現れたことに気づいたが、その事情はルーシーに聞くに留めて姿を現さなかった。
自分には内緒で勝手に動いてると知ると、また面倒なことになりそうだったからだ。
ルイズが前にのたまっていたように、この世界はルイズを中心にとは言わないまでも、ルイズには何も言わなくても事件に遭遇できる、伝説とは別の厄介な才能があるらしい。
まぁ傍目にはそれは大賀にも備わっている才能なのだが。
とりあえず、アンリエッタはルイズをこの件に関わらせる気はないようなので、ルイズのことは気にしなくてもいいだろうと思考から外した。
そして劇場の幕が上がり芝居が始まる。
アンリエッタが今回その不正を暴こうとしているのは王国の司法権を担う高等法院長の“リッシュモン”という貴族であった。
アンリエッタが生まれるよりもずっと前、30年という長きに渡って王家を支えてきた政治家である。
アンリエッタにとっても頼れる人間の一人だと思われていたが、その実態は自らの職権を乱用して賄賂を集め、その金を使って様々な国とパイプを作り、ついにはアンリエッタを拐わかすことにも手を貸した野望の人であった。
用心深い男であるために、悪事の証拠をイマイチ掴めずにいたのだが、今回アンリエッタが自ら姿を消してみせたことで、状況を確認するために他国のスパイと連絡を取るために自ら動いた。
アンリエッタのことを軽視しており、そういう罠を仕掛けてくるとは思っていなかったことも彼の敗因であった。
「あなたと今日ここで接触するはずだった者もすでにわたくしの配下が捕えました。そしてあなたもこれで終わりです。せめて最後くらい潔く杖を渡してください」
「ふ、ふふふ……私は罠にハメられたというわけだ。しかしまだ甘い! 私の合図があれば、すぐにでも――」
アンリエッタに正体がバレながらも余裕の態度を崩さずにいたリッシュモンだったが、逆転の合図を送ろうとしたその言葉は不自然に止まった。
突然身体に起きたその異変に目を白黒させている。
「っ……」
「あらどうしました? もしかして、身体が動かないとか?」
アンリエッタは淡々と確認するような口調でリッシュモンをなぶる。
「だから言ったじゃないですか。気づくのが遅いですよ。あなたはすでにわたくしたちの掌の中。生かすも殺すもわたくし次第。カーテンコールですわ」
アンリエッタの傍らには大賀が立っていた。
“
さらに魔法香によって現れた無数の“ホッチャー”が忙しく劇場内を動き回っており、役者に紛れ込んだリッシュモンの配下から杖を奪い取っていた。
その者たちも同じく観客に扮していた銃士隊の者たちに逮捕される。
リッシュモンの命運は尽き、いまここにトリステインを覆おうとしていた暗闇は撃たれた。
「あのオッサン、どうなるんだ?」
連行されていくその背中を見送りながら、大賀はアンリエッタに尋ねる。
「……生きている以上やはり裁判にはかけます。あの者の配下を全て排してからですが。けれど国を売ろうとしたのです。死刑か大監獄への収監のどちらかになるでしょう」
「そうか……」
犯罪者を相手にしたのだ。
心から満足できるような結末が待っていないことはわかっていた。
「あなたにはまた助けられましたね。使い魔さん。――いえ、タイガさん」
「いや、それは全然いいっスよ。確かに面倒は面倒だけど、それはお姫さまの責任ってわけじゃなくて、犯罪に手を染めてたあのオッサンのせいなんだから」
「……ありがとう。今回の件の後始末が終われば、もうルイズにお願いしたことも終わりということでいいでしょう」
「お! マジすか」
「ええ。残りの休暇は存分に満喫してください。今回の活動資金の残りは報酬としてそのまま差し上げますわ。それで楽しむといいわ」
アンリエッタの労いを含んだそんな言葉に、大賀はしかし心を痛めた。
活動資金は初日に失われたのだから当然である。
「そ、そうスね! あの金でせいぜい満喫させてもらいます。あ、あはは……!」
「ええ。楽しんでね」
それは乾いた笑いが青空に響く、夏の日の出来事。
魔法学院の夏季休暇は長く、まだ半分以上も残っている。
それを今度こそ満喫したい大賀に、その果てに世にも恐ろしい烈風の脅威が待ち構えていることなど知る由もない。
リッシュモンとか死亡でもよかったんですけど、大賀がいたので逮捕でいいかなって感じです。
なので、大賀はもしかしたらアニエスには恨まれてるかも知れないですね。
まぁリッシュモンの逆襲とかはないと思うので、どちらにしてもな末路しかないですが。