第三特務処理班
第三特務処理班の車両が温浴施設へ着いた時には、入口の前に《臨時休館》の表示が出ていた。
館内から人の姿は消えている。代わりに、閉じた自動扉の向こうから低い駆動音が続いていた。
三人が車を降りると、施設の腕章をつけた男が駆け寄ってきた。
「来てくださいましたか」
「第三特務処理班のニムラです。状況を」
「制御中継機の出力が上がり続けているみたいなんです。停止も試したんですが、中継機側の出力が落ちません」
サカキが入口の向こうを見る。
「結構きてるね」
隣でイチノセが、携行計測器を起動しながら施設職員に尋ねた。
「中継機はどこです?」
「地図が送られてる。それで確認しろ」とニムラが返す。
「あ、はい」
ニムラが職員に向き直った。
「避難は」
「完了しています。ただ、給湯と循環がまだ動いているので、このまま上がると配管が持ちません」
建物の奥で、低く何かが鳴った。
「わかりました。あなたも避難を」
「回収して遮断する。サカキは先導。イチノセは出力を見ろ」
「はい」
「あいよ」
館内へ入ると、空気が少し湿っていた。
営業中なら人の声が響いているはずの廊下には、警報音と、奥から聞こえる水音だけが残っている。
イチノセが計測器を見て言う。
「配管の圧力は今も上がり続けてますね。まだ警戒値ではないです」
ニムラが館内図から顔を上げる。
「中継機は大浴場の奥の設備室か」
「裏の保守通路か大浴場を通るかの二択かな」とサカキが言う。
「保守通路だと遠回りです。大浴場を通った方が近道なんでそっちですかね」
ニムラが口を挟む。
「いや、まず確認だ」
イチノセが少しムッとする。
「楽だからじゃなくて、このまま上がり続けたら危険だから――」
「近道が使えるかはまだ分からない」
イチノセが口を閉じた。
「サカキ、浴場側を」
「あいよ」
「イチノセは設備反応。保守通路側も見ろ」
「……はい」
三人は大浴場の入口まで進んだ。
脱衣所を抜けた先から、絶えず水の流れる音がしている。
サカキが扉を少し開け、中を覗いた。
「床は濡れてる。まあ、歩けなくはないな」
扉をもう少し開く。
浴槽の水面が大きく揺れていた。縁を越えた湯が床へ流れ、排水口へ吸い込まれている。
「給湯も出っぱなし。通り道は見えるよ。倒れてるもんもなし」
「温度はどうだ」
「ちょい高い。でも通るだけならまだ平気そう」
ニムラがイチノセを見る。
「反応は」
「循環系が上がってます。給湯も」
イチノセが表示を切り替える。
「保守通路側は低いです」
「通信は……問題ないな」
「はい、迂回だと四分。近道だと一分です」
「ああ」
ニムラはもう一度、浴場を見る。
水は増えている。
「浴場を抜ける」
「……結局、近道なんじゃないですか」
イチノセが小さく言った。
サカキが振り返る。
「まあまあ」
「いや、別になんも思ってないですよ」
「合ってても確認するもんなんだよ」
「……だから別に何も思ってないですって」
サカキが浴場へ入る。
ニムラも続いた。
「イチノセ。計測を切らすな」
「分かってます」
一拍遅れて、イチノセも二人を追った。
浴場へ入ると、水音が一段大きくなった。
床には浴槽から溢れた湯が薄く流れている。湯気で周囲は見えにくかった。
サカキが先を歩き、ニムラがその後ろを進む。イチノセは計測器を見ながら二人についていった。
その時、奥で金属が擦れるような音がした。
サカキが片手を上げる。
三人が止まった。
もう一度、短く音がする。
イチノセは音のした方を見てから、すぐに計測器へ目を戻した。
「中継機の出力に急な変化はありません」
ニムラは一拍待った。
イチノセは何も言わない。
「周辺はどうだ」
「あ、すみません。見ます」
表示を切り替える。
少しして、イチノセが浴場の壁際を見た。
「循環系の一つだけ反応してますね」
「そうか」
配管の向こうから、また小さく金属音が鳴る。
ニムラは周囲を見る。サカキは前方を警戒している。
イチノセが二人を伺うように見た。
「……配管の固定具のところじゃないでしょうか。圧力が上がって、配管が動いてるんだと思います」
ニムラも表示を確認する。
「恐らくそうだ」
「いいね、冴えてるじゃん」
サカキが振り返った。
イチノセの顔が少し明るくなる。
「はい!」
声が浴場に響いた。
ニムラがちらりと見る。
「いい響きだな」
「なんですかそれ」
サカキが笑いながら前を向く。
「班長、褒めるの慣れてねえんだよ」
イチノセが少し笑った。
ニムラは何も言わず前を向く。
「進むぞ。イチノセ、引き続き変化があったら先に言え」
「はい」
今度は少しだけ声を落とした。
三人は再び、設備室へ向かって歩き出した。
設備室は浴場のすぐ裏にあった。
サカキが扉を少し開け、中を覗く。
「うん、こっちはまだ静かだね」
イチノセが計測器を扉の内側へ向けた。
「配管圧は上がってます。中継機の反応もあります」
ニムラは扉の脇にある操作盤を見た。赤い警告灯が点滅している。
「入る。サカキは入口。イチノセは引き続き数値を」
設備室へ入る。
壁沿いには太い配管が何本も走り、その間に給湯や循環設備の制御盤が並んでいた。床の下から、低い唸りが続いている。
ニムラは館内図の示した位置まで進み、床の金属板の前で止まった。
ニムラは一度二人を見てから、腰の工具を取り出した。
金属板の留め具へ工具を当てる。先端が触れるたび、金属音ではなく、細い笛のような音が短く鳴った。
板を持ち上げると、下から白い光が漏れた。
中には、拳二つ分ほどの制御中継機が固定されている。表面には、擦れて薄くなった記章があった。AとBを重ねたような形をしている。
ニムラは端末の表示と照合した。
「型番一致」
イチノセが計測器を見る。
「配管圧、まだ上がってます。警戒値までは少しあります」
「サカキ」
「入口、問題なし。急いで」
ニムラは制御中継機の固定具へ手をかけた。
一つ外す。
次を外したところで、浴場から水音が一段大きくなった。
直後、ガン、と硬い音が響いた。
何かが床を滑る。
続けて、ガラガラと物が崩れる音がした。
サカキがすぐに浴場側を見る。
ニムラは一瞬だけ手を止めた。
サカキは何も言わない。
ニムラは固定具へ手を戻した。
イチノセの計測器が短く鳴る。
「配管圧、警戒値に入ります」
「了解、このまま回収する。イチノセは容器の準備を」
イチノセが遮断容器を開く。
ニムラは最後の固定具を外した。
白い光が一度強くなる。
ニムラが制御中継機を持ち上げ、遮断容器へ収める。
イチノセが蓋を閉じると、白い光が消えた。
ニムラはすぐにサカキへ視線を向けた。
イチノセはその横で、計測器を取り上げる。
サカキはニムラに小さく頷いた。
床下から続いていた低い唸りが止まった。
少し遅れて、浴場から聞こえていた激しい水音も弱くなっていく。
ニムラはそこで初めて、息を吐いた。
イチノセは浴場の方を見ず、表示を追っている。
「中継機、出力停止。循環系も下がってます。配管圧、正常域に戻ります」
サカキが浴場から顔を戻した。
「さっきの音、清掃用のラックだな。流されて棚にぶつかってる」
「警戒はまだ緩めるな」
「うん、帰るまでが仕事だからな」
「そうだ」
「……遠足じゃないんですから」
ニムラは遮断容器の固定を確認し、持ち上げた。
「回収完了。戻ろう」
「了解」
「はい」
◇
詰所へ戻ると、三人はマミヤの机の前に並んだ。
「温浴施設の制御中継機、回収と遮断を完了しました。給湯と循環設備も正常域へ戻っています」
ニムラの報告を聞き、マミヤが頷く。
「はーい、お疲れさま。怪我はなかった?」
「ありません」
マミヤは三人を順に見てから、端末へ視線を戻した。
「じゃあ良かった。設備の点検は保全部に回すね。中継機もそっちで原因を見てもらうから」
「お願いします」
「ニムラくんは報告書、イチノセちゃんは計測記録を送ってね」
「あ、計測記録はもう送りました」
「あら、優秀だね」
「ありがとうございます」
イチノセは口元が緩んでいた。
それを見て、ニムラもわずかに口元を緩めた。
マミヤが笑いながら記録を開いた。
「じゃ、三人ともご苦労さま~」
ニムラは自分の机へ戻り、報告書を開いた。