保留案   作:sososo

1 / 3
第一章 完成
第三特務処理班


 

 第三特務処理班の車両が温浴施設へ着いた時には、入口の前に《臨時休館》の表示が出ていた。

 館内から人の姿は消えている。代わりに、閉じた自動扉の向こうから低い駆動音が続いていた。

 三人が車を降りると、施設の腕章をつけた男が駆け寄ってきた。

 

「来てくださいましたか」

「第三特務処理班のニムラです。状況を」

「制御中継機の出力が上がり続けているみたいなんです。停止も試したんですが、中継機側の出力が落ちません」

 

 サカキが入口の向こうを見る。

 

「結構きてるね」

 

 隣でイチノセが、携行計測器を起動しながら施設職員に尋ねた。

 

「中継機はどこです?」

「地図が送られてる。それで確認しろ」とニムラが返す。

「あ、はい」

 

 ニムラが職員に向き直った。

 

「避難は」

「完了しています。ただ、給湯と循環がまだ動いているので、このまま上がると配管が持ちません」

 建物の奥で、低く何かが鳴った。

「わかりました。あなたも避難を」

 

「回収して遮断する。サカキは先導。イチノセは出力を見ろ」

「はい」

「あいよ」

 

 館内へ入ると、空気が少し湿っていた。

 営業中なら人の声が響いているはずの廊下には、警報音と、奥から聞こえる水音だけが残っている。

 

 イチノセが計測器を見て言う。

「配管の圧力は今も上がり続けてますね。まだ警戒値ではないです」

 

 ニムラが館内図から顔を上げる。

「中継機は大浴場の奥の設備室か」

 

「裏の保守通路か大浴場を通るかの二択かな」とサカキが言う。

「保守通路だと遠回りです。大浴場を通った方が近道なんでそっちですかね」

 

 ニムラが口を挟む。

 

「いや、まず確認だ」

 

 イチノセが少しムッとする。

 

「楽だからじゃなくて、このまま上がり続けたら危険だから――」

「近道が使えるかはまだ分からない」

 

 イチノセが口を閉じた。

 

「サカキ、浴場側を」

「あいよ」

「イチノセは設備反応。保守通路側も見ろ」

「……はい」

 

 三人は大浴場の入口まで進んだ。

 脱衣所を抜けた先から、絶えず水の流れる音がしている。

 サカキが扉を少し開け、中を覗いた。

 

「床は濡れてる。まあ、歩けなくはないな」

 

 扉をもう少し開く。

 浴槽の水面が大きく揺れていた。縁を越えた湯が床へ流れ、排水口へ吸い込まれている。

 

「給湯も出っぱなし。通り道は見えるよ。倒れてるもんもなし」

「温度はどうだ」

「ちょい高い。でも通るだけならまだ平気そう」

 

 ニムラがイチノセを見る。

 

「反応は」

「循環系が上がってます。給湯も」

 

 イチノセが表示を切り替える。

 

「保守通路側は低いです」

「通信は……問題ないな」

「はい、迂回だと四分。近道だと一分です」

「ああ」

 

 ニムラはもう一度、浴場を見る。

 水は増えている。

 

「浴場を抜ける」

「……結局、近道なんじゃないですか」

 

 イチノセが小さく言った。

 サカキが振り返る。

 

「まあまあ」

「いや、別になんも思ってないですよ」

「合ってても確認するもんなんだよ」

「……だから別に何も思ってないですって」

 

 サカキが浴場へ入る。

 ニムラも続いた。

 

「イチノセ。計測を切らすな」

「分かってます」

 

 一拍遅れて、イチノセも二人を追った。

 

 浴場へ入ると、水音が一段大きくなった。

 床には浴槽から溢れた湯が薄く流れている。湯気で周囲は見えにくかった。

 サカキが先を歩き、ニムラがその後ろを進む。イチノセは計測器を見ながら二人についていった。

 

 その時、奥で金属が擦れるような音がした。

 サカキが片手を上げる。

 三人が止まった。

 もう一度、短く音がする。

 イチノセは音のした方を見てから、すぐに計測器へ目を戻した。

 

「中継機の出力に急な変化はありません」

 ニムラは一拍待った。

 イチノセは何も言わない。

「周辺はどうだ」

「あ、すみません。見ます」

 

 表示を切り替える。

 少しして、イチノセが浴場の壁際を見た。

 

「循環系の一つだけ反応してますね」

「そうか」

 

 配管の向こうから、また小さく金属音が鳴る。

 ニムラは周囲を見る。サカキは前方を警戒している。

 イチノセが二人を伺うように見た。

 

「……配管の固定具のところじゃないでしょうか。圧力が上がって、配管が動いてるんだと思います」

 

 ニムラも表示を確認する。

 

「恐らくそうだ」

「いいね、冴えてるじゃん」

 

 サカキが振り返った。

 イチノセの顔が少し明るくなる。

 

「はい!」

 

 声が浴場に響いた。

 

 ニムラがちらりと見る。

「いい響きだな」

 

「なんですかそれ」

 

 サカキが笑いながら前を向く。

「班長、褒めるの慣れてねえんだよ」

 

 イチノセが少し笑った。

 ニムラは何も言わず前を向く。

 

「進むぞ。イチノセ、引き続き変化があったら先に言え」

「はい」

 

 今度は少しだけ声を落とした。

 三人は再び、設備室へ向かって歩き出した。

 

 設備室は浴場のすぐ裏にあった。

 サカキが扉を少し開け、中を覗く。

 

「うん、こっちはまだ静かだね」

 

 イチノセが計測器を扉の内側へ向けた。

 

「配管圧は上がってます。中継機の反応もあります」

 

 ニムラは扉の脇にある操作盤を見た。赤い警告灯が点滅している。

 

「入る。サカキは入口。イチノセは引き続き数値を」

 

 設備室へ入る。

 壁沿いには太い配管が何本も走り、その間に給湯や循環設備の制御盤が並んでいた。床の下から、低い唸りが続いている。

 ニムラは館内図の示した位置まで進み、床の金属板の前で止まった。

 

 ニムラは一度二人を見てから、腰の工具を取り出した。

 金属板の留め具へ工具を当てる。先端が触れるたび、金属音ではなく、細い笛のような音が短く鳴った。

 板を持ち上げると、下から白い光が漏れた。

 中には、拳二つ分ほどの制御中継機が固定されている。表面には、擦れて薄くなった記章があった。AとBを重ねたような形をしている。

 ニムラは端末の表示と照合した。

 

「型番一致」

 

 イチノセが計測器を見る。

 

「配管圧、まだ上がってます。警戒値までは少しあります」

「サカキ」

「入口、問題なし。急いで」

 

 ニムラは制御中継機の固定具へ手をかけた。

 一つ外す。

 

 次を外したところで、浴場から水音が一段大きくなった。

 直後、ガン、と硬い音が響いた。

 

 何かが床を滑る。

 続けて、ガラガラと物が崩れる音がした。

 

 サカキがすぐに浴場側を見る。

 ニムラは一瞬だけ手を止めた。

 

 サカキは何も言わない。

 

 ニムラは固定具へ手を戻した。

 イチノセの計測器が短く鳴る。

 

「配管圧、警戒値に入ります」

「了解、このまま回収する。イチノセは容器の準備を」

 

 イチノセが遮断容器を開く。

 ニムラは最後の固定具を外した。

 白い光が一度強くなる。

 

 ニムラが制御中継機を持ち上げ、遮断容器へ収める。

 イチノセが蓋を閉じると、白い光が消えた。

 

 ニムラはすぐにサカキへ視線を向けた。

 イチノセはその横で、計測器を取り上げる。

 サカキはニムラに小さく頷いた。

 

 床下から続いていた低い唸りが止まった。

 少し遅れて、浴場から聞こえていた激しい水音も弱くなっていく。

 

 ニムラはそこで初めて、息を吐いた。

 

 イチノセは浴場の方を見ず、表示を追っている。

 

「中継機、出力停止。循環系も下がってます。配管圧、正常域に戻ります」

 

 サカキが浴場から顔を戻した。

 

「さっきの音、清掃用のラックだな。流されて棚にぶつかってる」

「警戒はまだ緩めるな」

「うん、帰るまでが仕事だからな」

「そうだ」

「……遠足じゃないんですから」

 

 ニムラは遮断容器の固定を確認し、持ち上げた。

 

「回収完了。戻ろう」

「了解」

「はい」

 

     ◇

 

 詰所へ戻ると、三人はマミヤの机の前に並んだ。

 

「温浴施設の制御中継機、回収と遮断を完了しました。給湯と循環設備も正常域へ戻っています」

 

 ニムラの報告を聞き、マミヤが頷く。

 

「はーい、お疲れさま。怪我はなかった?」

「ありません」

 

 マミヤは三人を順に見てから、端末へ視線を戻した。

 

「じゃあ良かった。設備の点検は保全部に回すね。中継機もそっちで原因を見てもらうから」

「お願いします」

「ニムラくんは報告書、イチノセちゃんは計測記録を送ってね」

「あ、計測記録はもう送りました」

「あら、優秀だね」

「ありがとうございます」

 

 イチノセは口元が緩んでいた。

 それを見て、ニムラもわずかに口元を緩めた。

 

 マミヤが笑いながら記録を開いた。

 

「じゃ、三人ともご苦労さま~」

 

 ニムラは自分の机へ戻り、報告書を開いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。