詰所へ戻ると、サカキとイチノセは装備を返却しているところだった。
ニムラは一人、机の上へ報告書を広げた。
万年筆を取り、任務番号と現場名を書く。
後ろで、金具の外れる音がした。
サカキがイチノセに言った。
「残り、見つかったって」
「五体全部ですか?」
「うん。さっき連絡きてた」
「じゃあ、全部回収できたんですね」
「うん、良かった良かった」
ニムラは会話に参加せずに報告書を書いている。
> 行方不明個体八体、全個体回収済み。
「……良かったんですかね」
「うん?」
「その、退去のことです」
「まあ、危険だったのは間違いないからなあ」
「……ですよね」
ニムラは次の欄へ移った。
三体の所在を確認したこと。
現地の四名が継続的に使用していたこと。
対象個体群が建造物および人間を作業対象に入れうること。
残存個体の所在が確認できず、四名を退避させたこと。
ニムラは表示へ目を移した。
《安全制御――ノア式》
《指向性――廃材回収》
その下には、最終調整日の記録があった。
「……古いな」
「何が?」
「最後の調整です」
「いつ?」
ニムラが日付を読み上げる。
「そりゃ古いわ」
ニムラは表示を閉じ、報告書へ戻った。
用紙を一枚めくる。
退避者の内訳を記録する欄があった。
登録作業員。登録居住者。外部作業員。一般来訪者。身元不明者。
ニムラはペン先を止めた。
「……面倒だな」
身元不明者の欄からペン先を離す。
該当する区分がない場合は、上席者の確認を受けること。
ニムラは端末を取り、マミヤへのメッセージを開いた。
> 住居登録のない退避者四名の収容区分について確認があります。まだ残っていますか。
既読はすぐについた。
> いるよ。持ってきて。
ニムラは報告書を重ねた。
◇
主任室の照明はまだ点いていた。
ニムラは扉を二度叩き、報告書を持って入る。
「んで? どこで止まったの?」
「退避者内訳です。四名とも、既存の区分へ入りません」
マミヤは空欄を見る。
「うーん、登録居住者じゃない。でも住んでた」
「はい」
「本人確認は?」
「継続中です」
「じゃ、身元不明者」
「形式上は。ただ、それだと侵入経路や警備について追加調査が入ります」
「追加調査は嫌か」
「事実と違います。必要なら受けます」
「うん。そうだねえ」
マミヤは一枚戻し、四人を退避させた経過を追う。
「最初、四人は動かさないって言ってたよね」
「はい」
「良かったの?」
「対象個体が彼らの家を作業対象にしていました。残り個体の所在も、その時点では確認できていませんでした」
「そっか」
「残留させた場合、安全を確保できないと判断しました」
「ま、そうだね」
マミヤはもう一度、空欄を見る。
「この用紙ね。住んでる人間は、居住登録されてる前提なんだよ」
「現地で生活実態は確認しました」
「うん。だから困ってんだよね」
マミヤは別紙を取り出し、日付と任務番号を書く。
> 本人確認中・住居登録なし 四名
「今回はこれを付ける。内訳は別紙参照、私の承認で受ける」
「身元不明者には入れないということですか」
「入れない。本人確認が終わっても、登録居住者になるわけじゃないしね」
マミヤは署名した。
「今後どう扱うかは本部に聞く。すぐには決まんないと思うよ」
「いつ頃になりますか」
「さあねえ。私より上の人が、もっと上の人に聞くからねえ」
「そうですか」
ニムラは報告書を受け取った。
「では、修正して提出します」
「うん。明日でいいよ」
「いえ、もう終わるので」
ニムラは壁の時計を見た。日付が変わるまで、まだ七分ある。
「自由にしていいのに」
「明日に残したくないだけです」
ニムラは一礼し、主任室を出た。
◇
翌朝、詰所の壁に掛けられた画面では、昨日の作業区域の映像が流れていた。
使われなくなった設備の間に、管理局の車両が何台か停まっている。画面の隅には、「旧作業区域・使役魔物八体を回収」と表示されていた。
イチノセは装備を点検する手を止め、画面を見ている。サカキはエアコンの下でコーヒーを飲んでいた。
『管理局は昨夜、長期間所在不明となっていた使役魔物八体をすべて回収したと発表しました』
映像が切り替わる。
回収容器がいくつか並べられ、その周囲を職員が行き来している。
『回収された個体は、以前この区域で廃材回収に使用されていたもので、管理していた事業者の倒産後、適切な処理が行われないまま残されていたとみられています』
「全部見つかったやつですね」
「そうだな」
ニムラは机で端末を見ていた。
『一部では回収対象の拡大が確認されましたが、重大な人的被害はありませんでした』
画面には、外板の外された建物が映った。
すぐに別の映像へ切り替わる。
四人の姿と名前はなかった。
イチノセは何も言わず、手元の装備へ目を戻した。
『また、回収された使役魔物には、“第二の魔王”ノアが確立したノア式安全制御が施されていたことも分かりました。管理局は、長期間管理されていなかったこととの関連を含め、詳しい原因を調べています』
サカキが画面を見る。
「魔王式だったんだ、あれ」
「安全制御だけですよ」
ニムラは端末を見たまま答えた。
「壊れてたわけじゃないです。再調整されてなかっただけです」
「でも、ニュースだと魔王が暴走させたみたいだなあ」
ニムラが画面に目を移す。
「そうですね。まあ、そんなもんでしょ」
「魔王だししょうがねえか」
『管理局では今回の事案を受け、同年代に登録された使役個体について、管理状態の緊急確認を行う方針です』
ニムラの手が止まった。
「……あー」
イチノセが振り返る。
「どうしました?」
「緊急確認で異常が出れば、処理班に回ってくる」
「ああ……」
サカキがコーヒーを飲む。
「緊急は手当出るし悪くないじゃん」
「手当出ませんよ。緊急確認に伴う通常案件です」
「おのれ魔王めが!」
サカキがカップを置き、妙な構えを取った。
イチノセはそれを見て、すぐに立ち上がる。
「我ら第三特務処理班が成敗してくれる!!」
ニムラは二人を見て、口元が緩んだ。
サカキとイチノセが、揃ってニムラを見る。
ニムラは椅子の背に体重を預けた。
「貴様らに我が倒せるか……」
画面の中では、すでに次のニュースが始まっていた。
第二章 完