真面目な頑張り屋さん
第三特務処理班の机に、設備盗難として届けられた三件の被害報告が並んだ。
三件が一つの案件としてまとめられたところで、主任室からマミヤが出てきた。
「届いた〜?」
ニムラは端末の資料を開いた。
「……今届きました。全部設備盗難ですか」
「一応ね」
「一応?」
「見てくれたらわかるけど、なーんか、ねえ」
同じ資料を受け取ったサカキが、エアコンの真下でコーヒーを飲みながら一覧を眺めた。
「大型魔力安定器、制御中継器、圧力制御装置。変な趣味の窃盗団ですね」
「売れるものから持っていったんじゃないですか?」
イチノセは三件の一覧を見比べた。
「全部新型ですよ。で、残ったものには型落ちの部品を取り付けられてたとか」
「窃盗団がわざわざ取り付けるかねえ」
「持っていくだけだと可哀想だからですかね」
イチノセの言葉にニムラが顔を上げる。
イチノセは冗談を言った様子もなく、端末を見ている。
サカキが資料を指で弾いた。
「内部の人間がやったんじゃねえの?」
「何のためにですか?」
「さあ。でも古いの持っていって、新しいのと取り替えてんだろ?」
サカキがコーヒーを一口飲み、眉を寄せた。
指先をカップに添え、魔法で少し温める。
「ずいぶん真面目な犯罪者だ。そもそも交換自体してないとか」
イチノセは一覧を下へ送った。
「三社とも、正規の業者が入って新型へ交換した記録はあります。購入記録と、えーと……稼働記録も残ってますよ」
マミヤがぱっと顔を上げ、指を一本立てる。
「じゃ、犯人はその業者だ!」
ニムラは聞き流しかけ、隣を見た。
イチノセは納得した顔で報告を見直している。
納得するなよ。
「主任。いきなり断定するのは……」
「冗談だよ。ちょっと怪しいかなってだけ」
「……あ、業者は別ですね」
「そっか〜。じゃあ保険会社!」
「二社は同じです」
サカキが指を鳴らした。
「チェックメイトだ」
「まだです」
ニムラが即座に否定する。
「まだ王手か……」
ニムラは三件を見比べた。
いずれも高額な新型設備だったが、業種も所在地もばらばらで、それ以外に目立った共通点はない。
「侵入、搬入口は?」
「三社とも記録はないね。監視映像には死角があるみたい」
サカキが添付資料の一つを開いた。
「これ、大型安定器って、どれくらい大型なの?」
「本体だけで四百キロだって~」
「四百キロ盗んで、代わりに古い安定器置いて、誰にも見つからず帰ったのか」
「分解すれば運べますよ」
「古い方も持ってこないといけないだろ」
「……頑張り屋さん、なんですかね」
ニムラが顔を上げた。
イチノセは目が合うと、わずかに眉を下げた。
「そうだな。頑張り屋の犯罪者かもしれない」
ニムラは三件目の報告を開いた。
会社側でも、盗難なのか不正な交換なのか判断がついていないらしい。
その下には、現物写真が添付されていた。
写真には、錆の浮いた固定具、古い被覆の配線、製造番号の読み取れない制御盤が写っている。
撤去されたはずの設備が、そこにある。
「会社側は、いつ盗まれたと?」
「分からない」
マミヤが答えた。
「朝起きたら盗まれてた〜って。最初の二社はまだ内部調査中」
マミヤは三件の報告を順に指した。
「三件目の担当が、前の二件と似てるって気づいてまとめたみたい」
「なるほど……」
「そ。要するになんもわかんないから、とりあえず調べてこーい! ってこと」
「第三班の担当範囲は?」
「現物と保守記録の照合。不正交換があったかの確認。人を捕まえるのは、そのあと別の班」
ニムラは三件の発見日時を並べた。
「最初の会社から見ます」
サカキが端末を閉じる。
「一番古い案件から?」
「保守記録が一番揃ってる。交換前の状態も残ってる」
「りょーかーい」
イチノセはすでに必要な計測器の一覧を開いていた。
「現物の型番と稼働値、両方確認しますか?」
「両方。修理記録も全部借りる」
「修理記録もですか?」
「ああ、借りれるなら借りたほうが良い」
サカキが立ち上がり、空になった紙コップを捨てた。
「じゃあ、真面目な頑張り屋さんがいるか、見に行きますか」
◇
最初の会社は、工業団地の北端にあった。
案内された作業区画では、錆の浮いた大型魔力安定器が、低い駆動音を立てている。
その一角だけを見れば、数十年前の工場だった。
周囲には新しい制御器や計測器が並び、表示板の数値はいずれも正常範囲を示している。
「これですよ」
設備管理担当者が、安定器を指した。
「二年前に新型へ交換したばっかりなんです。旧型は廃棄業者へ引き渡しました。それが三日前、朝の点検に来たらこの状態で。商売あがったりですよ」
ニムラは安定器の正面へ回った。
中央の銘板には、汚れの下に製造番号が残っている。
担当者が撤去記録を開き、ニムラは銘板と記録を見比べた。
「廃棄設備と番号は一致か」
「やっぱり、廃棄業者だと思うんです」
「何故です」
「あいつら、新型盗んで、保管してた旧型置いて帰ったんですよ、多分。旧型置いておくから許してねってことですか? ふざけんなって話ですよね」
「これ、四百キロあるんでしたっけ」
安定器の裏側を見ていたサカキが聞いた。
「正確には四百二十キロですね」
「運ぶときは?」
「天井の揚重機を使います。あれですよ。ま、使ってないみたいなんで、やるなら台車ですかね」
担当者は天井の揚重機を指した。
サカキは床へしゃがみ込み、安定器の脚と固定具を照らした。
「台車の跡はなし、と。ボルトも最近外した感じはないな。揚重機と搬入口は?」
「揚重機の使用記録はありません。搬入口の開閉記録にも異常はないですね」
サカキが工場の壁を見る。
「壁壊して運んだとか」
担当者も壁を見た。
「冗談でしょ」
「冗談です」
「……良かった」
「ですね」
ニムラは二人を放って、安定器の周囲を見る。
「魔法で運んだ可能性は?」
「見ます」
イチノセが鞄から計測器を取り出した。
安定器の周囲を一周し、数値を確認する。
「この重さを動かしたなら、もう少し反応が残りそうですけど、ないですね」
「魔王ならいけんじゃない?」
サカキが言うと、イチノセは少し考えた。
「確かに、魔王でしたら――」
「いい。できたとして、それを示す証拠がない。考慮に値しない」
ニムラは担当者へ向き直った。
「交換時の記録を見せてください」
「はい」
二年前の作業記録には、旧型の撤去から新型の搬入、据え付けまで残っていた。その後の稼働記録もある。
イチノセが画面を覗いた。
「記録だけ作ったとかは?」
「新型は二年間、実際に動いてましたよ。出力も上がってます。奮発したんですから」
担当者が記録を送っている途中で、イチノセが一枚の写真を止めた。
「あの、これ」
写真の中で、安定器の側面に細い線が走っている。
イチノセは現物の同じ場所へ回り込み、照明を当てた。
塗装の下に、同じ形の亀裂があった。
「この亀裂、交換前の写真にもあります」
ニムラも近づき、写真と現物を見比べた。
担当者が眉を寄せた。
「……あれ?」
「何か?」
「いや、これ、直したはずなんですけど」
担当者は別の記録を探し、亀裂へ補強材を入れた写真を出した。
「交換直前です。搬出の時に広がらないように、応急補修してます」
目の前の安定器には、その補強材がない。
サカキが聞く。
「うん? 捨てたときには修理してたんですよね」
「はい、そうですね……」
「二年前に捨てたはずの機械そのものが、捨てた時より前の状態で戻ってきた……?」
「いや、まあ……そうなんですけど」
「なぁるほど。全然わからん」
ニムラは交換後の保守記録を開き、《確認運転》で手を止めた。
備考欄には、短い記載があった。
《工程都合により一部短縮。通常稼働へ移行》
「この確認運転は?」
「あ、それは交換直後のやつですね。稼働には問題なかったんで、そのまま使ってます」
ニムラはその記録も保存した。
その横で、サカキが安定器の背面から伸びる太い黒色の配線を見ていた。
「これ、どこにつながってんの?」
担当者が覗き込む。
被覆には、薄くなった管理番号と《中央安全系統》の文字が残っていた。
「……ああ! 国営時代のやつです。民営化してからは使ってません」
「国営、切ってないんです?」
「撤去するにも金かかりますからね。接続先ももう動いてないはずですし」
ニムラが管理番号を控え、その場で照会をかけた。
しばらくして、照会結果が出る。
《該当なし》
「出ないな」
「古すぎるのかねえ」
「分からん。番号だけ持って帰る」
ニムラは《中央安全系統》の記録も保存した。
「資料は全部借ります。交換記録だけじゃなく、修理、点検、運転記録も」
「あれ、盗難の調査じゃないんですか?」
「まだ分かりません」
「でも、新型はなくなってるんですよ」
「はい」
ニムラは床と固定具へ目を落とした。
「ただ、盗難なら何かを運んだはずです。その跡がない」
それから、側面の亀裂を見る。
「それに、これは撤去した時の状態とも違う」
大型安定器は、何事もなかったように低い駆動音を立て続けていた。