二社目の工場は、昼間にもかかわらず、作業区画の半分しか照明がついていなかった。
入口近くの勤務表には、今週から先の夜勤欄へまとめて斜線が引かれている。
ロッカーの前では、作業着姿の男が私物を段ボール箱へ詰めていた。
「え、全部持って帰るんですか?」
隣の若い社員が聞いた。
「うん、いつになるかわかんないし」
「そりゃそうか」
男は箱の蓋を閉じた。
「お前は?」
「一応まだなんにも」
「そっか」
「今のところはですよ」
「お前優秀だもんなあ」
「何言ってんすか」
「はは」
「何笑ってんすか」
若い社員はそう答えたが、勤務表をもう一度見た。
第三班が前を通り過ぎると、二人は会話をやめた。
案内役の工場長は、何も聞かなかったように歩き続ける。
「こちらです」
製造区画には大型の魔力炉が六基並び、四基には《使用停止》の札が下がっている。
作業員の姿は少なく、搬送台もほとんど動いていない。
「被害が出たのは、圧力制御系です」
工場長が炉の間にある制御装置を示した。
そこだけ、数十年前の設備が取り残されたようだった。
色の褪せた制御盤に、機械式の圧力計と太い操作レバーが並んでいる。
「これが、五年前に交換したものですか?」
イチノセが聞いた。
「違います。五年前に入れたのは全自動のものです」
工場長は古い制御盤を見た。
「それがなくなって、交換前のが戻ってきた。これでは今の操業には対応できません」
ニムラは固定部と配管を調べた。
最近つなぎ直したような形跡はなく、交換記録も、その後の稼働記録も残っていた。
一社目と同じだった。
「どのくらいまで落としたんですか?」
サカキが聞く。
「全体で三割以下です」
「三割」
サカキは停止札の下がった魔力炉を見た。
それ以上は何も言わなかった。
工場長は、稼働している二基へ目を向けた。
「安全基準を守るなら、これ以上は上げられません」
ニムラが聞いた。
「搬入や侵入の記録は?」
「ありません」
工場長の声に、わずかに苛立ちが混じりだす。
「あの、連続盗難なんですよね」
「まだ盗難とは決まっていません」
ニムラが答えた。
「設備を入れ替えた痕跡がない以上、そう報告する根拠がない」
「それでは困ります」
工場長が足を止めた。
「盗難なら保険の申請ができます。設備故障でもいい。一部は補償対象になる。でも、記録上は正常で、侵入の痕跡もない。それで突然、昔の状態へ戻りましたなんて言っても、どこも受け入れてくれませんよ」
ニムラは工場長を見た。
「事実と違う報告は出せません」
「……分かってますよ」
工場長は一度だけ視線を落とした。
「……分かってはいます」
近くの作業区画から、金属製のロッカーが閉まる音がした。
イチノセがそちらを見る。
「操業を戻せないと、どうなりますか?」
「新しい装置を入れ直すことになるでしょうね。納品まで最低二ヶ月はかかります」
「二ヶ月……それだけ仕事がなければ、待ってられない人も出ますね」
工場長の言い方が少し荒くなった。
「部品が来るまでが二ヶ月です。その後、取り付けと調整もしないといけない。その間に注文が他社へ移ったら、設備が戻っても仕事は戻らない」
停止中の炉を見た。
「なら、人を削るしかない」
イチノセは入口の方を見た。
「……さっきの人もですか?」
「当面は自宅待機です。契約社員は、次の更新を見送ります」
イチノセは何か言おうとしたが、言葉が出なかった。
ニムラが聞いた。
「現時点で何人です」
「自宅待機が十四人。契約更新の見送りが十一人。今後は分かりません」
ニムラはその人数を記録した。
「設備資料を見せてください。改修前のものも含めて」
工場長が保守資料を送る。
三人は分かれて設備周辺を調べた。
用途もメーカーも、改修を担当した業者も一社目とは違っていた。
サカキが制御盤の裏へ回り込む。
配管の陰に、古い金属板が残っていた。
汚れを指で拭う。
《中央安全系統》
「またこれか」
ニムラが一社目で控えた番号と照合した。
番号そのものは違うが、形式は同じだった。
《該当なし》
「やっぱり出ないな」
「二社とも残ってて、二社とも分かんないか」
ニムラは工場長へ向き直った。
「この設備、もともとはどこから?」
「土地と一緒に引き継いだものです。うちが入る前にも、何社か使っていたはずですが」
「元の所有者は?」
「国じゃないですか。昔は国営の工業団地だったので」
サカキが制御盤を振り返った。
「国営」
工場を出るとき、第三班はまたロッカー室を通った。
先ほどまで話していた二人の姿はなかった。
男が使っていたロッカーは開け放たれ、中はきれいに片づいていた。
◇
第三班が詰所へ戻ったころには、外は暗くなっていた。
共有表示板には、二社に残っていた《中央安全系統》の管理番号と、三件の被害設備が並んでいる。
ニムラは端末を閉じた。
「出ないな」
「こっちもです」
イチノセが答える。
名称でも管理番号でも、該当する現行設備は出てこなかった。
「昔の見ないといけないんじゃねえの?」
サカキが椅子の背にもたれた。
「国営時代って三十年以上前だろ、確か」
ニムラは端末を開き直した。
「……旧設備記録か」
「あるんですか?」
「残ってればな」
保存資料から、旧国営設備の記録へ切り替えると、今度は検索結果が出た。
「あった」
サカキが身体を起こし、イチノセも画面を覗き込む。
古い資料が何件も並んでいた。
ニムラはその中から、工業団地の共同供給図を選んだ。
「今の地図、出せるか」
「はい」
イチノセが現在図を呼び出し、古い供給図へ重ねた。
三つの設備から伸びた古い線が、同じ場所へ集まっていた。
「全部ここにつながってる」
表示板の中央に、大きな設備記号がある。
《共同供給中央監視設備》
サカキが読んだ。
「親機かな?」
「ですね」
ニムラは図面を見た。
「今は全部、別会社なのに、なんで親機から触れる」
「中央安全系統……」
イチノセが移管記録を追う。
「これだ、安全接続だけ残ってます!」
「残ってる?」
サカキが聞く。
イチノセが該当箇所を拡大した。
《親機最終確認後に解除予定》
その下の完了欄は空白だった。
「解除されてない?」
ニムラが言った。
サカキが聞く。
「三十年以上前の話だぞ。今どうなってる?」
長い休止記録の最後に、一件だけ新しい更新があった。
「更新日が四日前のものがある」
サカキがニムラの端末を覗き込む。
「最近なんかやりだしたのか」
「今確認する」
「親機は動いているんですか?」
「今確認するから待て」
ニムラは廃止作業の進捗記録を開くと、イチノセとサカキがニムラの端末を覗き込んだ。
ニムラは作業を中断し、記録を共有表示板に送った。
《廃止処理開始》
《最終安全確認実行中》
三人とも、しばらく表示を見た。
サカキが先に口を開く。
「安全確認って、何やってんの?」
「旧資料を見ろ」
サカキも旧資料を読み始めた。
「……専門用語多いな」
「ちょっと見せてください」
イチノセが見出しを絞り込む。
サカキが画面に目を戻した。
「おお、見やすい……あった」
一件を共有表示板へ送る。
《最終巡回》
ニムラが内容を追った。
親機を廃止する際、接続された子設備を順番に確認し、現在の状態が安全と認められれば、その状態で接続を解除する。認められなければ――
ニムラの指が止まった。
「以前の安全状態へ復旧」
「復旧?」
サカキが聞く。
イチノセが横から詳細を読む。
「設備の構成記録を使って―――」
「時間を戻してるわけじゃないのか」
「えっと、記録に合わせて、今あるものを組み直してる……ですかね?」
サカキが一社目の写真を出した。
安定器の側面には、補修前と同じ亀裂が走っている。
「だから、これも戻った」
「その状態が親機に残ってたなら」
「やっぱり、直してたんだ」
サカキは写真を見たまま言った。
ニムラが答える。
「こいつの基準ではな」
ニムラは三件の異常発生時刻を並べた。
「巡回順は?」
「ここ」
サカキが旧図面を指す。
ニムラが三件を当てはめた。
一致した。
「これ続きがありますよ」
三件目の下にも、管理番号が並んでいる。
サカキが一覧を送った。
「割とあるな」
ニムラは次の番号を現在の設備登録と照合した。
民間の部品加工工場。
サカキが表示を覗き込む。
「次、ここかな」
「異常報告はないはずです」
ニムラは立ち上がった。
「行こう」
「先方へ連絡。設備には手を加えず、異常が出た場合は現場の安全手順を優先してもらう」
イチノセが先方へ連絡し、サカキも上着を取った。
旧資料の巡回一覧には、その工場の下にもまだ番号が続いていた。
サカキがそれを見ながら言った。
「これ、全部やるつもりかね」
ニムラは端末を持ち上げた。
「止まらなければな」