《介入受付 残り7分》
「イチノセ。分かってることだけ並べてくれ」
イチノセが情報を二つに分けた。
《最終安全確認を中断》
人への危険――低下中。
緊急排出――可能性あり。
《既定処理を継続》
人への危険――低い。
設備損失――範囲不明。
操業再開――不明。
サカキが本部から送られてきた情報を見る。
「工場内の退避、もうすぐ終わる。風下二区画は屋内待機。追加避難の準備も進んでる」
「了解」
ニムラは工場側へ言った。
「停止工程はそのまま続けてください」
『はい』
「中断するなら、受付終了直前にします。それまで数値を更新してください」
『了解しました』
《介入受付 残り6分》
壁際にいた男が、床を走る光へ目を向けた。
「ねえ」
ニムラが男の方を向く。男はニムラを見ていた。
「切ろうか?」
幾つもの光が一本へ集まる箇所を指す。
「ここ。ここで切れば、親機から外せるよ」
ニムラは光へ手を伸ばした。
指先が、そのまま通り抜ける。
「いやいや、君には無理だよ。見えるようにしただけだから」
「お前なら触れるのか」
「うん」
男は光へ指をかけた。
細い光が、指先に引かれて曲がる。
イチノセが端末を確認する。
「親機側の表示に変化はありません」
男が指を離す。
光は元の位置へ戻った。
「……切ったらどうなる」
「再構成は止まるよ」
「そのあと、現在設備は残るのか」
「それは知らない」
男は光が集まる箇所を見る。
「これ、再構成だけに使ってる線じゃないからね。供給も制御も通ってるし」
「切断後に戻せるか」
「すぐには無理かな。どれくらいかかるだろ、わかんないな」
サカキが男を見る。
「なんもわかんねえってことじゃん、それ」
「うん、切るだけだからねえ。でも、止まりはするよ」
イチノセが管理局の記録を検索する。
「同じ切断をした記録はありません」
「類似事例は」
「親機ごとの停止か、子設備側の解除だけです。処理中の安全接続を切った例はありません」
「分かった。……勝手には切るな」
「わかった」
男は手をおろした。
「言ってくれたらいつでもいけるよ」
「イチノセ。加えろ」
「しかし」
「分かってる範囲でいい」
イチノセは一度、男を見る。
男の説明をもとに、比較画面へ三つ目の欄を追加した。
《安全接続切断》
再構成――停止。
切断後――不明。
《介入受付 残り5分》
「他の中断手順は」
イチノセも管理項目を開く。
《一時停止》――現在段階では使用不可。
《処理延期》――該当なし。
ニムラは別の項目を開く。
対象除外。
保守権限。
廃止中の例外手順。
使えるものはない。
「過去の中断例は」
「確認します」
イチノセが記録を開く。
その横で、サカキは親機の状態を追っていた。
「主機側、変化なし」
床を走る光のそばでは、男が黙って立っている。
何もしない。
ニムラが工場へ通信を入れる。
「現在値は」
『第一反応槽、安全域に入りました』
《介入受付 残り3分》
『第二はまだです。ただ、圧力は下がっています』
ニムラは答えなかった。
停止すれば、設備は残る。
第二は基準まで下がっていない。
ここで親機を止めれば、反応物が残る。緊急排出になるかもしれない。
今までで一番低い。いや、選ぶなら直前だ。そっちのほうがもっと安全だ。
止めなかったらどうなる。
反応は安全に止まる可能性は高い。しかし設備は戻される。
人命を選ぶならこっちだ。……選ぶ? 違う。比較はできない。
どこまで戻るか、分からない。
工場全体じゃない可能性は高い。なら。
いや、可能性に賭けるな。他の設備は戻っている。
男の提案はどうだ。
切断。
切れば、再構成は止まる。
その後は分からない。
なら除外だ、未知の結果は選べない。
……違う。切断は停止の変形だ。
選ぶべきは停止かどうか。
止めない場合の被害を確認しろ。設備、復旧の見込み、操業への影響――
違う、どこまで戻るかは他社との比較が必要だ。間に合わない。
止める場合の被害、今の圧力で排出設備を動かした記録は。なし。
外へ漏れる可能性、漏れた場合。風下二区画、まだ避難していない。
どちらが。
《介入受付 残り1分》
イチノセが顔を上げた。
「過去記録、ありません。今使える例外手順も見つかりません」
「他に確認できることは」
少し間があった。
「ありません」
ニムラはサカキを見る。
サカキは首を振った。
「こっちもない」
男は何も言わない。
《介入受付 残り30秒》
ニムラは停止画面を開いた。
《最終安全確認を中断》
承認欄。
その隣に、比較画面を残す。
止める。
止めない。
止めるなら、通常の中断か、切断か。
もう一度、同じ順番で見る。
停止すれば、人への危険が残る。
止めなければ、工場を失うかもしれない。操業が戻る保証もない。
切断すれば、何が残るかすら評価できない。
《介入受付 残り10秒》
ニムラの指先が動いた。
まだ、決められていない。
指先が、承認入力へ近づいていく。
選べ、どちらが。
自分の手が目に入った。
……え?
指が止まった。
《介入受付 残り1秒》
画面を見る。
《介入受付終了》
承認欄は空白のままだった。
表示が切り替わる。
《入力なし》
《既定処理を継続します》
親機の内部で、大きな切替音がした。
制御室の照明が一度落ち、非常灯が点いた。
『安全確認を終了します』
機械音声が切れた。
ニムラは一度息を吸い込んだ。
まずは、外部への被害が本当に出なかったか。
すぐに工場へ通信をつなぐ。
「外部への被害を確認します。まず、反応槽は」
設備主任の声が返った。
『第一は安定状態へ移行しています。反応も下がっています』
「第二は」
『圧力低下中です。緊急排出は作動していません』
「外へ漏れていないか」
『製造区画、敷地境界ともに検知なしです』
少し遅れて、別の報告が入る。
『風下二区画も検知ありません』
「避難状況は」
サカキが本部から届いている情報を確認する。
「工場内、退避完了。周辺も追加の異常報告なし」
「負傷者は」
「なし」
「屋内待機を維持。追加避難は保留してください」
『了解しました』
人への被害がないことは確認できた。次は、工場への被害状況。
「旧構成へ戻った範囲を出してください」
『確認します』
少しして、返答があった。
『旧供給系統、旧制御系統ともに応答しています』
サカキが旧構成図を見る。
「やっぱ戻ってるな」
イチノセも現在の状態を図面と重ねる。
その時、工場側から声が上がった。
『……待ってください』
『今まで使っていた制御盤から、応答があります』
「……残っている現在設備が?」
『まだ分かりません。表示だけ残っている可能性があります。実物を確認します』
通信の向こうで、人の動く音がしばらく続く。
『あります。制御盤、そのまま残っています。電源も生きています』
イチノセも端末を確認する。
「こちらでも応答があります」
「他の設備は」
『確認します』
少し間があった。
『……残ってる』
「どこまで」
『主要なものは、かなり』
工場長の声が入った。
『どうして残ってる』
床を走っていた光は、もう弱くなっている。
男も、それを見ているだけだった。
工場側では、そのまま確認が続く。
『再接続は必要です。点検と再調整も要ります』
『でも、これだけ残っているなら、工程を一から組み直す必要はありません』
「再開できるのか」
ニムラが聞く。
『すぐには無理です』
設備主任の声が、少しだけ緩んだ。
『でも、これなら』
短く息を吐く音がした。
『復旧できます』
サカキが長く息を吐いた。
イチノセはもう一度、画面を確認する。
それから、ようやく小さく笑った。
男はサカキを見る。
次にイチノセを見る。
少し遅れて、小さく拍手した。
小型魔物は床の金属板を拾い、背中へ括り直している。
ニムラは操作盤を見た。
灰色になった承認欄の下に、
《入力なし》
と残っていた。
ニムラはそれを見たまま、もう一度聞いた。
「復旧、できるのか?」
『できます』
ニムラが小さく言った。
「……良かった」