アルベルトは机の上に簡単な術式を組み、動かした。
「どう見える?」
「左から入って、そこで増えてる」
「どれくらい?」
「これくらい」
ノアが指で幅を示した。
「分からないな」
「知るかよ」
アルベルトは記録を取った。
条件を変えて、もう一度術式を動かした。
「ここ?」
「もっと右」
アルベルトが指をずらした。
「そこ」
アルベルトは書き足した。
その日は、それを何度も繰り返した。
◇
その後も、同じような実験は続いた。
「もう少し下」
アルベルトが指した位置を下げた。
「そこ」
次の術式を動かした。
「右から来てる」
アルベルトは何も言わずに記録した。
最初は一つずつ聞いていたアルベルトも、そのうちノアの指す位置をそのまま記録するようになった。
ノアは、聞かれたことには答えた。
それ以上のことは話さなかった。
◇
別の日、アルベルトは古い資料を机いっぱいに広げていた。
ノアはその中に、以前自分が整理した資料の束を見つけた。
「前にもやったのか?」
「結果だけはね。理由が分からなかった」
アルベルトが一枚を抜き出した。
実験個体を置き、当時と同じ条件を作った。
術式が動いた。
「待て。中が変わってる」
「どこ?」
「中だって」
ノアが魔物の胴体を指した。
アルベルトは魔物を見たが、外からは何も変わっていなかった。
そのあとで、魔物の形が変わった。
形が変わると、内部の流れもまた変わった。
条件を変えても同じ順番だった。
◇
ある実験の途中で、ノアが言った。
「あいつも、脚が出る前から動いていた」
「へえ」
アルベルトはこれまでの記録を机に並べた。
外部変化。内部変化。補正。再観測。
ノアが横から覗いた。
「なんだ、なんかわかったのか」
「ああ、すごいよこれ」
「そうか」
アルベルトは記録を見比べ、紙に新しい言葉を書いた。
《自己調整》
◇
それからも実験は続いた。
ノアは次の実験個体を見た。
「もう一回」
アルベルトが手を止め、別の個体へ目を向けた。
アルベルトは二体の実験個体を机の上へ置いた。
「動かすよ」
一体の内部で魔力が動いた。少し遅れて、隣の個体も反応した。
「そっちも動いた」
最初の個体がさらに変わると、隣も反応した。変化は二体の間を往復しながら大きくなっていった。
「おい、悪くなってるぞ」
「ああ」
アルベルトはすぐに術式を止めた。
「もう一回」
「そのつもりだよ」
また変化が二体の間を往復した。だが、今度は大きくならなかった。
「……今度は止めてる」
「なにが?」
ノアは最初の個体を指した。
「こっちが変わると、こいつが動く。そしたらこっちが戻ってる」
「戻ってる?」
「さっきはどんどん増えてた。今は逆」
◇
その後も個体や条件を替えながら試した。増幅する組み合わせもあれば、互いの変化を抑えて落ち着く組み合わせもあった。
「こいつ一体で止める必要ないってことか」
「そうだね」
「別のやつに止めさせられる」
アルベルトの手が止まった。
「……別のやつじゃなくてもいい」
「あん?」
次に机へ置かれたのは、一体だけだった。
その周囲に、アルベルトが別の術式を組み直した。
もう一体が返していた変化を外側の術式に置き換える実験だった。
実験個体を動かすと、内部の流れが変わった。少し遅れて、外側の術式も動いた。
外側の術式が変わると、内部の流れが弱まった。だが、すぐ別の箇所の流れが大きくなった。
「そこ増えた」
アルベルトは術式を止めた。
術式を組み直し、もう一度動かした。
実験個体の流れが大きくなったところで外側の術式が変わった。
内部の流れが少しずつ小さくなった。
やがて個体は落ち着いた。
「……戻った」
「道は見えたかな」
アルベルトは机へ戻り、実験の結果を書き込んでいた。ノアはその横から紙を覗いていた。
何行か書いたところで、アルベルトの手が止まった。
「……待てよ。指向性は?」
アルベルトは記録の横へ書き足していった。
「なんだ?」
「戻す先をね、決められないかと思って」
「今も戻してんだろ?」
「今やったのは、安全な方へ戻しただけだよ」
アルベルトは書いたものを指でなぞった。
「どこへ戻すかまでは選べない」
「なんで」
「これができたあとの応用の話だからね」
アルベルトは、さっきまで使っていた記録を指した。
それから、書き足した紙の隅に印をつけた。
A。
アルベルトは紙を脇へ置き、別の資料を取った。
ノアがその肩を掴んだ。
アルベルトが振り返る。
「教えろ」
◇
イチノセは端末の記録を確認していた。
「旧作業区域の件、再調整が終わったみたいです」
「ああ、八体の」
「工場にもどされたそうですよ」
「見せて」
サカキがイチノセの端末を受け取った。
「四人の方はどうなったんでしょう」
「そっちはうちには来ないかな」
サカキが確認済みに切り替え、端末を机においた。少し離れた机では、ニムラが別の案件を処理していた。
部屋の中央で空間が歪んだ。
「やあ」
ノアが現れた。その横には、小さな魔物もいた。
ニムラは端末から顔を上げた。
「……なんですか」
サカキとイチノセがノアを見た。
「え、あれ。この人って」
「中央安全系統の時の?」
ノアは二人を見て、姿勢を正した。
「あ、クハハハハハ。魔王である」
イチノセがノアを見たまま言った。
「なんか魔王っぽくはないですね……」
「だな……」
小型魔物が机の端に積まれていた書類を揃え、空いた場所へ移している。
「あの、ここは部外者立入禁止なので」
「ああ、ごめんごめん」
ノアはその場から動かなかった。
イチノセは机の端末へ手を伸ばした。
すると、小型魔物が端末を持ち上げイチノセの前へ差し出した。
「あ、ありがとう」
イチノセが受け取ると、小型魔物が頭を下げた。
イチノセの手が止まった。
「……なんだ? 今の」
イチノセは端末を机に置いた。
小型魔物はもう別の物を片付け始めていた。
サカキは扉へ向かった。
「とりあえず報告してくるわ」
扉を開け、そのまま外へ出ようとする。
出られなかった。
「……ん?」
もう一度進もうとしたが、やはり扉の向こうへ抜けられない。
小型魔物がサカキのそばへ寄った。服を掴み、後ろから引っ張る。
「いや、そっちじゃなくて」
今度は向きを変え、扉の方へ引っ張り始めた。
それでもサカキは外へ出られない。
ニムラが端末を見たまま言った。
「こいつがいるときは外界と遮断されてるんで諦めたほうが良いですよ」
「まじかよ」
「癖でね」
小型魔物はサカキから手を離し、頭を下げた。
イチノセが言った。
「……思考能力がある?」
ノアが振り向いた。
「いやいや、ないよ」
「ないんですか?」
「ないない。もう相当複雑だから、そう見えるだけ」
「じゃあ、自分で嫌がったりとかは?」
「そもそも嫌がるとかじゃないからね」
「どういうことでしょう」
「外の変化を拾って、それに応じて出力が変わってるだけだからね。後入れの指向性も無視できないし」
サカキが小型魔物を見た。
「へー、魔物ってこんなことまで出来るようになるんだ」
小型魔物は、イチノセが机へ置いた端末を持ち上げた。そのまま元の位置へ戻した。
「そんなもんですか……」
「そんなもん」
サカキが聞いた。
「魔王様は魔物の研究してんの?」
「まあ、魔物が多いね」
ニムラがようやく端末から顔を上げた。
「で、なにしにきた」
「いや、別に」
◇
マイタニは端末に表示された作戦資料を見ていた。
カテキが資料を切り替えた。
「反転魔法はどうしますか?」
「安全率込みで少し強めに返します」
「封鎖は」
「複数系統で重複させます」
「ニムラはどうしましょう」
「ノア横でいいでしょう」
「魔王と勇者の最終局面です」
マイタニは人員配置を開いた。
「通常対応は特務処理部で。指揮は……」
「指揮役なら、討伐部のキタなどは」
「……使いにくいな」
配置候補を上から見ていく。
「第一班、第二班……」
第三班のところで手が止まった。
「ああ、サカキが居る。あいつがいるならいい」
通常対応の欄へサカキの名前が入った。
「技術開発部も出します」
「では共有しておきます」
《ノア式安全制御 概要》
《アルベルト式安全制御への指向性付与》
《アルベルト/保留案》
「これ、アルベルトの保留案が元なんですね」
「ええ。安全制御自体はアルベルトの頃に完成してます。ノアが指向性を付けられるようにした」
「ノア式って、本人がつけたんですか?」
「いえ、国です。魔王の名前を残したくなかったんでしょうね。当時は若い天才研究者として売り出したかったみたいです」
「結局魔王の技術じゃないですか」
「その時はまだ魔王じゃなかったですから」
「……他にもノアの開発した物がありますね」
「多いですよ」
「だから第二の魔王なんですか?」
「それもありますが、国外にもずいぶん技術を渡していました。あと、アルベルトと共同研究していたことが世間にバレたというのがでかいのかもしれません」
マイタニは次の配置項目を開いた。
「魔物討伐部は……」
待機欄へ追加した。
「まあ、一応待機させておきますか」