『……イチノセさん?』
返事はなかった。
『イチノセさん、応答してください』
周辺にいた要員が、イチノセのいた地点へ向かった。
『いません』
『イチノセさんとの通信が切れました。位置情報も取れません』
「……は?」
サカキが聞き返した。
「最後にいた場所は」
『第四区画西側です。現地確認しましたが、姿がありません』
別の通信が入った。
『第四区画、封鎖出力が――』
「近い人、イチノセの最終位置見て。周囲も確認。通信復旧も試して。見つけたらすぐ上げて」
『了解』
「第四は?」
『出力上昇しています』
「そっちは技術へ回して。残ってる人は近づかないで」
『了解』
サカキは次の表示を開いた。
◇
余剰反転がまたノアへ飛んだ。
「ちょっと多いな」
巨大な手が崩れ、代わりに結界が出る。
反転の大半は受け止めたが、一部が肩をかすめた。
ノアはそれでも魔物の内部を目で追っていた。
また個体が消え、余剰反転が飛ぶ。
結界が割れ、魔法が脇腹に当たった。ノアが大きく体勢を崩す。
「おい」
ニムラが一歩近づく。
「大丈夫だって」
ノアは息を吐き、今度は三重に結界を張る。
開始時には各所を埋めていた魔物も、かなり減っている。
次の反転が結界を割り、ノアの身体を後ろへ押した。
服のあちこちが破れ、立ち直る動きも遅い。
それでもノアは魔物から目を離さず、また結界を出す。
ニムラは通信を開いた。
「サカキ。ノアの被弾が増えてる」
『どの程度?』
また余剰反転が向かう。
結界がそれを受けて割れた。
今度は、しばらく次の結界が出なかった。
「このまま続けたら死ぬ可能性がある」
『分かった。上げる』
◇
マイタニは端末へ送られてくる情報を確認していた。
ノアの被弾増加。
魔物の残数。
現場の各設備状況。
そこへサカキからの報告が入る。
『ノアの負傷が進んでいます。ニムラから、継続した場合は死亡の可能性があると』
マイタニは残存数を確認した。
開始時から大きく減っていた。
残った個体には、各部署が引き続き対応していた。
「イチノセさんは?」
『まだ確認できていません。最終位置周辺を捜索中です』
「……作戦は停止します」
『了解』
「設備班へ。動作中の捕縛設備を停止してください」
◇
設備班へ指示が入った。
「停止指示です。反転系統から落とします」
「了解」
別の担当が端末を操作する。
「第二、停止」
「第三まだです」
「封鎖側にも回して」
◇
現場では、残った魔物が動いていた。
離れたところでは、討伐部が別の個体へ向かっていた。
サカキの端末には、通信が入り続けていた。
『イチノセさん、まだ確認できません』
「引き続き探して。何かあったらすぐに」
『了解』
一部の捕縛設備は、まだ動いていた。
魔物がもう一度魔法を使った。
反転魔法が返った。
◇
封鎖の一部が消えた。
別の場所でも、一つの系統が停止する。さっきまで周囲を埋めていた魔物はもうまばらになっていたが、まだ動いている反転系統も残っていた。
一体の魔物が反転魔法を取り込んだ。
内部へ入った反転術式に合わせて、魔力の流れが大きく揺れた。
いつもなら、ここから崩れる。
だが、崩れなかった。
乱れた流れは止まらず、取り込んだものを含んだまま、もう一度循環を作った。
「おっ」
まだ消えていない。
別の場所で個体が崩れ、余剰反転がノアへ飛んだ。
結界を出したが間に合わず、弱まりきらなかった魔法が身体に当たる。
くっそ、やっちゃった。
乱れた魔力を戻そうとする。
その間に、また一体が消えた。
ノアが顔を上げた時には、次の余剰反転がもうこちらへ向かっていた。
まだ戻っていない。
間に合わない。
ああ、死ぬのかな。疲れた。
考えるより先だった。
ニムラ自身、気付いた時にはもう走り出していた。
自分に防御魔法をかけ、そのままノアの前へ入る。
反転魔法が直撃した。
ニムラの身体が吹き飛ばされた。地面に叩きつけられ、数度転がる。
あれ、助かった
ノアは一瞬、ニムラを見た。
倒れたニムラが動く。
ノアはさっきの個体へ目を戻した。
その魔物も、ニムラの方を見ていた。
別の一体が魔法を使った。
反転魔法が返り、魔法を使った個体へ向かう。
その時、取り込みに成功した魔物が動いた。
もう一体へと走り、そのまま、反転魔法が直撃する。
魔法を使った個体には届かなかった。
取り込みに成功した魔物の内部で、成立したばかりの流れが大きく乱れた。
「……うん?」
《ここから出ろ》という命令は残っている。
なのに、外へ出るどころか、反転魔法の前に走った。
別個体への反転魔法を取り込みに行ったのか?
いや、そのまま直撃して消滅しかけている。
自己保存と真っ向から反している。
指向性ではない。自己保存とも違う。
ノアの口が弧を描いた。
……何が作用してんだろう!
確認しなきゃ。
近くの職員が言った。
「ニムラさん! 大丈夫ですか!?」
ノアが止まる。
俺は今、何を考えている。
覚えがあった。
◇
ノアは資料を机に置いた。
「なにをやってんだ、俺は」
ノアは、魔法をいつでも放てるよう準備して研究室へ入った。
アルベルトはノートを開いたまま、机に突っ伏していた。
近づいて、揺さぶっても起きない。
息をしていなかった。
ノアの目が、開いたままのページに止まった。
多層式。
一つが止まっても、残りが動く。
必要な機能を足して、外して、組み替えられる。
端には、AとBを重ねた印があった。
ページを捲ると、走り書きで《実装案》とあった。
設備へ組み込むための図が描かれていた。
「…………すげ」
ページを押さえ、続きを追う。
ノアは中指でこめかみを軽く叩いた。
◇
周囲には人が集まっていた。
『イチノセさん、まだ確認できません』
『捜索継続。範囲広げて』
停止した反転設備の確認が始まり、残った魔物へ討伐部が向かっていた。
ノアの目が、崩れ始めたさっきの個体で止まった。
周りに目を向けた。
倒れた人間が運ばれていく。その中にニムラもいた。
「価値なんて、ないよ」
それでも、またさっきの個体に目が止まってしまう。
ノアは顔を歪めた。
「ああもう、……死ねよ、ほんとに」
◇
病室の窓から、午後の光が入っていた。
ニムラはベッドの背を起こし、ニュースを見ていた。
扉が開く。
「元気?」
サカキが入ってきた。
「まあ、元気です」
「なによりだね」
その後ろからマミヤが顔を出した。
「お見舞い持ってきたよ」
「ありがとうございます」
「退院は明後日?」
「はい、その予定です」
「大怪我しなくてよかったね」
「イチノセはどうなりました」
サカキが椅子を引き、ベッドの横へ座った。
マミヤの表情が少しだけ変わった。
「まだ」
「……そうですか」
「範囲を広げて探してる。空間異常が出た周辺も、移動先になりそうな場所も全部」
ニムラは短く息を吐いた。
「ノアはどうなりました?」
サカキが答えた。
「捕まったよ。結構やられてたけどピンピンしてるらしい」
「作戦停止しましたよね」
「うん」
「じゃあ、どうやって」
「本人が途中で、もういいって」
「……もういい?」
「うん。そう言って、そのまま抵抗しなかった」
「拘束後も大人しいって。本部で預かってる」
「そうですか」
病室の壁に掛かっていた画面から、聞き慣れた言葉が聞こえた。
『魔王ノアとの直接対決に臨んだ勇者ニムラ氏は――』
「お、ニムラくんだ」
『――激しい戦闘の末、ついに魔王の捕縛に成功――』
「戦闘、してませんけどね」
マミヤが画面を見たままニムラに同意する。
「逆だよねえ、魔王を救ったんだよね」
「いえ、別にそういうつもりじゃ」
マミヤがニムラを見た。
「じゃあ、なんでそんなことしたの?」
「……捕縛作戦ですし、死なせたら駄目でしょう」
マミヤがニムラから目を離した。
「そだね。偉い」
『――第二の魔王ノアの身柄確保を受け、政府は本日、対魔王特別作戦の成功を発表しました』
三人が画面を見た。
「魔物はどうなりました。まだ残ってませんでしたか」
「もういないよ、現場にいた最後の一体も昨日消滅したって」
「消滅ですか?」
「うん、魔王が手順だけ教えたらしい」
画面が切り替わり、ニムラの写真とともに大きな文字が表示された。
《勇者ニムラ、第二の魔王を撃破》
「撃破……」
その時、マミヤの端末が鳴った。
「……見つかった?」
ニムラが見る。
「主任?」
「ああ、ごめん。イチノセちゃん、見つかったって」
サカキが椅子から身体を起こした。
「無事だったんですか!?」
「うん」
ニムラも身を起こす。
「どこにいたんですか?」
「それがね」
「宿舎の裏で見つかったんだって」
「……宿舎の裏?」
病室ではまだ、ニュースが続いていた。
『勇者ニムラ氏の活躍により――』
「……とりあえず、大きな怪我とかはないみたい」
「なら、良かった」
サカキが椅子へ座り直した。
「ですね」
ニムラも身体を倒す。
画面の中では、大きな文字がまだ光っていた。
《勇者、魔王を倒す》
サカキが画面を見て言った。
「魔王も倒したし、勇者も健在、俺達は存分に平和を謳歌しよう」
「だね」
「……だねじゃないでしょ」
第四章 完