地域窓口の入口が、椅子と荷物で塞がれていた。
その前に男が一人座っている。
「責任者とはもう話した。勇者を呼べ」
少し離れたところで職員が困った顔をしていた。
ニムラはそれを見て、端末に届いていた依頼をもう一度確認した。
《小規模業務妨害》
《本人の要求により勇者対応》
「……勇者対応ってなんだよ」
「ニムラさん」
職員が気づいて近づいてくる。
「すみません。もう何人か話したんですが」
「えっと、俺は何をすれば」
「とりあえず、話を聞いて欲しいと」
「……わかりました」
ニムラが入口へ近づくと、男が立ち上がった。
「勇者か?」
「ニムラです」
「来てくれたか」
男は、ニムラが近づいても止めなかった。
「勇者、頼む、俺たちの区画のこと、何とかしてくれ」
「なんとか、とは」
「閉鎖の解除だよ。再審査を進めるだけでもいい」
「俺には権限がありません」
「大丈夫だ、言って貰うだけでいい! 伝えてほしいんだ!」
「約束はできません」
男の顔が曇った。
「頼むよ……」
ニムラは入口を塞いでいる荷物を見た。
「ちなみに、何故こんなことを?」
「話聞いてもらえないからだよ」
「なるほど、閉鎖というのは」
「俺たちが使ってる共同区画が閉鎖された。危ないっていうから、それ自体は従ったよ」
「はい」
「でも代わりの場所はずっと決まらない。問い合わせても待て、確認中だ、そればっかりだ」
男は少し離れたところにいる職員を見た。
「俺たちだから後回しなんだよ。いつもそうだ」
「……」
「仕事できないやつもいる。もう別の場所へ出てったやつもいる」
「窓口には行きましたか?」
「行ったよ。返事はずっと同じだ」
「なるほど、一理ありますね」
男が顔を上げた。
「そうだろう!」
「一応、上には通しておきます。ただ、実際にどうなるかは――」
「ありがとう!」
「通すだけですので。あとで、要望と今どうなってるか送ってください」
ニムラは連絡先を渡して入口を見た。
「……それよりも、これを何とかしていただけると」
男も振り返った。
「ああ、すまない」
椅子を持ち上げる。
「ありがとう、勇者」
荷物も端へ寄せられ、入口が開いた。
職員たちが顔を見合わせる。
男は最後にもう一度ニムラへ頭を下げ、そのまま帰っていった。
「……終わりですか?」
ニムラが聞く。
「はい。たぶん」
「そうですか」
ニムラは端末を取り出した。
「何だこの仕事」
◇
ニムラが第三班の部屋に戻ると、サカキが端末を見ていた。
「お疲れ」
「お疲れ様です」
ニムラは椅子に座った。
向かいにいたイチノセが顔を上げる。
「勇者の仕事、多いですね」
「仕事……」
サカキがコーヒーに口をつけて言う。
「そこで引っかかってんの?」
「話を聞いたんです」
「なんのです?」
「共同で使ってる区画が閉鎖されたけど、その後の再審査が進んでないから困ってるって話」
「……? 班長が再審査をしたんですか?」
「いや、話を聞いたんだ」
「えっと」
サカキが言う。
「話を聞く仕事ってことだよな」
「いや、まあ。上に話を通す仕事ですかね」
イチノセが少し考えた。
「……中間管理職ですか?」
サカキが指を立てる。
「中間管理勇者だ」
「仕事なんですか?」
「まあ、給料は入ってるから」
「え! 勇者手当ですか!」
「そうだ」
サカキが口を挟む。
「任務外手当だろ」
「……なんで知ってるんですか」
「本部でも評判いいからな」
「給料明細まで見るんですか、本部は」
「勇者はよく話に出るんだよ」
「……そうなんですか」
サカキが少し真面目そうな顔をした。
「やっぱ勇者の仕事は嫌か」
「いや、別に。やれっていうならやりますけど」
「あ、そう」
サカキは少し笑って、また端末へ目を戻した。
「あ、そういやイチノセ。あの魔物の集落のやつ、調査縮小するって」
「あー、そうなんですか」
「うん。別に疑われてるわけじゃないよ」
「別に気にしてませんよ」
「ならいいけど」
しばらくして、イチノセが顔を上げた。
「サカキさん、ノアさんって会えますかね」
「魔王?」
「魔物のことなんで、一応聞いてみたくて」
「なるほどね。マイタニさんも聞いたって言ってたけどな」
「そうなんですか」
「まあ、確認してみるよ」
「お願いします」
ニムラがイチノセを呼ぶ。
「イチノセ」
「はい」
「あいつは冗談をよく言うから気をつけろ」
「……」
「冗談だ」
イチノセは、半目でニムラを見た。
ニムラが笑う。
サカキも吹き出した。
◇
職員に案内されて入った部屋には、ベッドと机があった。
本棚もある。
ノアは机に向かって新聞を読んでいた。
「やあ、久しぶり」
「……こんにちは」
「何?」
「いや」
イチノセは部屋を見回した。
「もっとちゃんと捕まってる感じなのかと思ってました」
「ちゃんと捕まってるよ、出ちゃ駄目って言われてるし」
「はあ」
職員が扉を閉めた。
ノアは新聞を読み続けていた。
「で、何の用?」
イチノセは向かいの椅子に座った。
「僕、一回いなくなったじゃないですか」
「うん」
「その時、知らない場所にいたんです。魔物がすごい数いて」
「どのくらい?」
「どのくらい……」
イチノセは少し考えた。
「数えられないくらいです。建物とか道とか、見えるところにずっといました」
「へえ」
「怪我してたんですけど、なんか足を固定されて。飯も出てきて」
「良かったね」
「僕の端末触ってるやつもいました」
「ほー」
「……あんまり驚かないですね」
「驚くところあった?」
「いや、説明が悪かったかもしれません。人間みたいだったんです」
「まあ、野良でいたならすごいとはおもうけど」
ノアは椅子の背にもたれた。
「別に、いてもおかしくはない」
それ以上は何も言わなかった。
「もう一度、行ってみたいんですが」
「行けばいいんじゃない」
「……どうやって帰って来たか分からないので」
「記憶操作かな」
「いえ、そうじゃなくて。魔物が何かして、景色が横にずれて。気づいたら宿舎の裏にいて」
「へー」
「なにか知ってないかなと」
ノアが立ち上がった。
「転移かなあ」
一瞬、姿が消え、新聞が落ちた。
「え」
ベッドを見る。
ノアが寝転がっていた。
「これ」
「なんですかそれ」
「転移」
「……それ、どこでも行けるんですか?」
「登録してたらね」
ノアは枕を直した。
「先に登録しておいて、そいつがいるところに飛ぶ」
「へえ……」
イチノセはノアを見る。
「……逃げないんですか?」
「別に、意味ないし」
「……そうですか。じゃあ、僕が戻されたのも転移ですかね」
「かもしんないねえ。僕はそれ以外は知らない」
イチノセは少し黙った。
「教えようか」
「え」
「発表してないだけでそんなに難しくないし」
「本当ですか!?」
「まあ、最初は失敗すると思うけど」
ノアが起き上がった。
◇
イチノセは端末にノアから聞いた術式を残した。
少しして手が止まる。
「あれ」
「何?」
「これ、登録してなかったら、行けなくないですか?」
「うん」
「意味、なくないですか?」
「便利だよ」
「……」
ノアも少し考えた。
「うーん、魔物の集落でしょ」
「はい」
「じゃあ、魔物を登録してればいつか行けるんじゃない?」
「……なるほど」
イチノセは端末へ目を落とした。