暫定解   作:sososo

29 / 31
なんだよ、こいつら

 

「……あれ?」

 

 知らない場所に立っていた。

 一瞬、成功したのかと思った。

 

「……いや、待って」

 

 イチノセはすぐに術式を開いた。

 

「僕、まだ何も登録してないよな」

 

 もう一度組む。

 身体が少し浮いて、その場に落ちた。

 

「違う」

 

 もう一度。

 今度は何も起きない。

 続けてもう一度試す。

 少し横へずれた。

 

「……まずい」

 

 イチノセは端末を開いた。

 

《通信接続不可》

 

 位置情報も取れない。

 

「待って待って」

 

 もう一度、術式を組む。

 浮く。

 落ちる。

 

「嘘でしょ」

 

 そこでようやく顔を上げた。

 高い岩壁に周囲を囲まれていた。

 地面は何段にも分かれ、岩の間に道のようなものが続いている。ところどころに古い建物や設備も残っていた。

 

「……前のとこじゃない」

 

 右足が痛む。見ると、擦り傷ができていた。

 

「どこだよ、ここ」

 

 周囲には古い建物が並んでいた。

 倉庫らしいもの、止まった搬送設備、壊れた通路。

 物音がした。

 振り向くと、何かがいた。

 背中に籠のような部分がある。脚が何本も伸びていて、少し蟹に似ている。

 

「……魔物」

 

 蟹が近づいてくる。

 イチノセは端末を持ったまま少し下がった。

 次の瞬間、手が軽くなった。

 蟹はもう数歩先で、端末を抱えていた。

 

「あ、待て!」

 

 蟹が走る。

 

「おい!」

 

 イチノセも追った。

 蟹は建物の間を抜け、開けた場所へ出た。

 

 そこに、大きなものがいた。

 低く、横に広い。

 その周囲を薄い膜のようなものが覆っている。

 蟹はその膜へ突っ込んだ。

 弾かれる。

 

 すぐに脚を伸ばして二度叩いた。

 大きなものが、ゆっくり動いた。

 膜の一部が消え、小さな魔物が通れる程度の穴が開いた。

 蟹が中へ滑り込むとすぐに閉じた。

 

「……結界?」

 

 イチノセは足を止めた。

 大きなものが、また動く。

 

「いや、魔物だ!」

 

 身構える。

 結界の中では、蟹が走り回っていた。

 蟹の周囲に新しい膜が生まれ、そのまま身体を囲んだ。

 蟹は脚を伸ばし、身体を捻るが出られない。

 さらに細い膜が伸びた。

 蟹の身体をなぞる。

 端末のところで止まった。

 イチノセが一歩下がる。

 大きな魔物がこちらを向いた。

 足元から膜が立ち上がった。

 

「ちょ、待っ――」

 

 身体が包まれる。

 前も後ろも薄い膜だった。

 押しても動かない。

 別の膜が腕へ触れる。

 肩。

 胸。

 足。

 逃げようとしても、結界はびくともしなかった。

 膜が消えると、イチノセはすぐに距離を取った。大きな魔物が動き、今度は外側の結界が人一人通れるほど開いた。

 中では蟹がまだ拘束されている。

 

「……失礼しまあす!」

 

 大きな魔物は動かない。

 イチノセは結界の切れ目を見る。

 少し迷ってから、足を踏み入れた。

 振り返る。結界はもう閉じていた。

 直後、蟹を囲んでいた膜が消えた。

 蟹はすぐに走り出し、結界へ突っ込んだ。弾かれると、また脚を伸ばして叩く。

 

「それ、返して」

 

 蟹が止まった。

 イチノセを見て、端末を投げた。

 慌てて受け取る。

 画面を確認する。壊れてはいない。

 右足に鋭い痛みが走った。

 振り向くと、小さな丸い魔物が傷へ触れていた。

 

「なにすんだ」

 

 足を引くと、丸い魔物もそのままついてきた。その後ろから、細長い四脚の魔物が近づき、丸い魔物の身体を引っ張る。

 

「何やってんだ……?」

 

 二体を見ていると、ふと横に気配があった。

 

「うわ!」

 

 横へ避ける。

 隣に、別の魔物がいた。

 そいつも同じように横へずれた。

 イチノセが一歩戻る。

 魔物も戻る。

 

「何」

 

 白い霧のようなものが、魔物の前に集まった。

 輪郭ができる。

 目。

 口。

 イチノセの顔だった。

 さっき驚いたままの顔で浮かんでいる。

 

「僕?」

 

 白いイチノセが笑った。

 イチノセの眉が寄る。

 

「真似すんなよ」

 

 白いイチノセが笑いながら魔物と去っていった。

 また足に痛みが走った。

 

「痛い!」

 

 振り向く。

 丸い魔物が傷へ触ろうとしている。

 今度は四脚の魔物が、イチノセとの間へ身体を入れていた。

 丸い魔物が隙間から帯を伸ばす。

 傷へ液体が落ちた。

 しみる。

 イチノセは足を引きかけた。

 止まる。

 

「……消毒か?」

 

 丸い魔物はまた傷へ触れる。

 四脚の魔物はその前にいる。

 横を見ると、さっき顔を真似た魔物が戻っていた。

 白い霧で、今度は訝しげなイチノセの顔を作っている。

 その顔を浮かべたまま、二体の周りをぐるぐる回っていた。

 イチノセはしばらく三体を見た。

 

「なんだよ、こいつら……」

 

     ◇

 

 数日後。

 イチノセは寝床にしている部屋を出た。

 

「ミセ行くか」

 

 端末をポケットへ入れ、道へ出る。

 少し歩いたところで、横から脚の多い魔物が寄ってきた。

 イチノセは足元の金属片を拾うと、適当に遠くへ放った。

 魔物はすぐにそちらへ走っていった。

 こいつは何でも拾う。

 見た目も蟹っぽいので、蟹と呼んでいる。

 

 古い建物の前に、一体の魔物がいた。

 イチノセは持っていた小さな部品を置く。

 しばらくすると、保存食が出てきた。

 イチノセはそれを取った。

 何かを渡すと、食べ物や布、使えそうな物を返してくる。

 なので、ミセ。

 

 保存食を抱えて、その場を離れる。

 ぽつ、と頬に水が落ちた。

 

「雨か」

 

 すぐに雨脚が強くなった。

 イチノセは方向を変えた。

 

 開けた場所に、あの大きな魔物がいる。

 周囲には薄い結界が張られていた。

 イチノセは結界の前まで行き、拳で数回叩いた。

 少しして、大きな身体がのっそり動く。

 結界が人一人分だけ開いた。

 

「失礼しまあす!」

 

 なんとなく毎回大きな声で言ってから中へ入っている。

 背後で結界が閉じた。

 結界を張る。

 なので、ケッカイ。

 

 ケッカイの中には何体か魔物がいた。

 丸い魔物が近づいてきて、イチノセの右足へ一度だけ触れた。

 もう傷は塞がっている。

 こいつは治療をしてくれている、多分。

 だから、チユ。

 

 チユは足元を離れた。

 近くには、細長い四脚の魔物もいる。

 チユが触っている時、イチノセが動くと、だいたい前へ出てくる。

 なので、マエ。

 

 チユが少し離れた。

 身体の内側から、小さな赤い板を取り出す。

 表面を何度か触る。

 

 マエが近づき、脚を伸ばした。

 赤い板へ触れようとする。

 チユがすっと離れた。

 マエもついていく。

 

 その時、結界の外で何かがぶつかった。

 蟹だった。

 

 ケッカイが少し動くと、小さな穴が開き、蟹が中へ入ってきた。

 チユがすぐに赤い板を身体の内側へしまった。

 マエが前へ出る。

 蟹が止まり、少しだけ二体の方を見る。

 やがて方向を変え、端に落ちていた小さな部品を拾った。

 そのまま結界の出口へ向かっていく。

 

 イチノセは壁際へ座り、保存食を開けた。外では雨が降り続いている。

 中では、魔物たちがそれぞれ勝手に動いていた。

 イチノセは一口食べる。

 

「あ、今日はおいしい」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。