「――ということらしいです」
サカキが報告を終えると、マイタニは少しだけ考えた。
「転移を教えたこと自体は間違いないんですね」
「はい」
「転移なんて私が聞きに行った時は言わなかったのに」
「まあ、魔王ですからね」
「まあ良いでしょう。前回も、どこかへ移動して帰ってきた。今回はその転移について本人が調べていた」
「みたいですね」
「何が起きたかは分かりませんが、自分で何処かへ転移したと考えるほうが自然でしょう。少なくとも、本人の意思とは無関係に消えた可能性は下がります」
サカキは端末へ目を落とした。
「……どこにいるかは分かんないですけどね」
「ええ。捜索は続けますが、現状では場所を特定する材料がない」
「そうですね」
サカキはしばらく黙っていた。
「ほんと、どこ行ったんだか」
「帰ってきたら聞きましょう」
マイタニは端末を操作し、今まで開いていた資料を閉じた。
「では、この機会に、というとまあ少し不謹慎ですかね」
「はい?」
別の資料が開かれた。
「どうでしょう、サカキくん。本部に異動する件」
「ああ」
サカキは姿勢を直した。
「ニムラには?」
「先程伝えました」
「何て言ってました?」
「勇者隊の隊長は、指名されるならやるとのことです」
「……あいつらしいですね」
「第三班については、サカキが残るなら班長を続ける、と。異動を受けるなら終了で構わないそうです」
「イチノセはどうなりますか?」
「ああ、それも言われました」
マイタニが画面を送る。
「もし第三班を終了するなら、イチノセさんが帰ってきた時に本人に希望を聞いてほしいとも言われましたね」
「希望?」
「勇者隊に入りたいなら、入らせてほしいそうです」
「……なるほど」
「もちろん、本人が希望すれば、という話です」
サカキは黙った。
マイタニは急かさず待っていた。
「もう少し待ってもいいですが」
「いえ」
サカキは顔を上げた。
「大丈夫です。本部異動、受けます」
マイタニが頷く。
「ありがとうございます」
「まあ、半分異動してるようなもんでしょ。今でも」
「ええ」
マイタニは普通に答えた。
「狙ってましたから」
「え」
「変な意味じゃないですよ」
サカキが笑った。
「分かってますよ」
「では、よろしくお願いします」
「はい」
マイタニは手元の資料を一度まとめた。
それから、別の書類を何枚か開く。
「では、まず最初の仕事です」
サカキの端末へ資料が送られてくる。
《勇者隊新設》
《第三特務処理班 組織変更》
《人事異動》
サカキは一番上の書類を開いた。
「これ、俺がやるんですか?」
「半分異動してるようなものでしょう?」
サカキが笑った。
「わかりました。じゃあまず俺の人事から」
マイタニが一枚目の書類を開いた。
◇
《組織再編通知》
下記の通り、管理局内の組織再編および人事異動を実施する。
一、勇者隊新設。
隊長には、第三特務処理班班長ニムラを任命する。
隊員については、局内より募集を行う。
一、第三特務処理班廃止。
同班所属サカキは、本部へ異動とする。
同班所属イチノセについては、現在所在不明のため、帰還まで所属変更を保留する。
以上の変更は、所定の手続き完了後より適用する。
《本部直轄勇者隊 隊員募集》
管理局内部職員を対象に、本部直轄勇者隊の隊員を募集する。
応募は自己申請によるものとし、所属部署・職種・勤務年数を問わない。
選考のうえ、採用者を決定する。
【主な業務】
・部署横断での現場対応
・各部署からの要請に基づく応援、支援業務
・緊急時における現場対応
【勤務について】
・通常の部署区分に限定されない任務あり
・現場状況に応じた一定の裁量を認める
・勇者隊勤務に伴う各種手当あり
魔物討伐部のキタは、端末に届いた募集を眺めた。
「勇者ねえ。ただの処理班のやつじゃなかったっけ」
設備保全部のミナミはそのまま応募欄を開く。
「勇者隊、楽しそうじゃん!」
技術開発部のヒガシは募集要項を下まで流した。
「新設部署か……楽そうだな。手当どれくらい出るんだろう……」
◇
ニムラが部屋へ入ると、ノアは窓際の椅子に座っていた。
ノアが顔を上げた。
「やあ、久しぶり」
「イチノセには何を」
「急だね」
ニムラが少し考える。
「……久しぶりだな」
「うん、久しぶり」
「元気そうで何よりだ。天気もいい」
「無理しなくていいよ」
「天気がいいと気分が上がるからな」
「……そうだね」
ニムラの口が弧を描いた。そのまま席につく。
「で、イチノセに何を教えた」
「別に」
「魔物の集落のことで聞きに来ただろ」
「ああ、行きたかったら自分で行けばって言ったよ」
「……方法を教えたのか?」
「いや、僕もわかんないし。これやったらいけるんじゃない?くらいは教えたけど」
「何を教えた」
「転移」
「転移……。暴発する危険性は」
「転移が?」
ノアは少し考えた。
「しないと思うけど」
「可能性はないか」
「んー……」
ノアはしばらく考えた。
「失敗したのが残って、次のを重ねるとかか……?」
「なに」
「自己循環が発生する可能性はある、かも」
「暴発は」
「するかもしれない。やったことはないけど」
「……」
「それで何が起こるかはわからない」
ニムラは黙った。
「なんて名前だったっけ、サカキってやつにも聞かれたよ」
「本部の聞き取りか」
「そう言ってたかな」
ニムラは一度考えた。
「じゃあ、そのことも伝えてくれ」
「いいけど」
ニムラが帰ろうとすると、ノアが言った。
「勇者、忙しそうだね」
「まあ。……おまえは忙しくなさそうだな」
「そうだね」
ニムラは机の上へ目をやった。
端末も、資料も、何も開かれていない。
「研究はもうしてないのか?」
「しないよ」
「好きなのかと思ってたが」
「勇者に怪我させてまでやる研究なんてないよ」
「……そうか」
「じゃね」
「ああ、また」
◇
ニムラが勇者隊の部屋に入ると、すでに三人とも揃っていた。
「ニムラさん?」
ミナミが真っ先に声をかけてきた。
「今日からよろしくお願いします、ミナミです!」
「キタ」
壁際に立っていた男が短く言った。
もう一人、小柄な女はソファに深く座ったまま、両手を上げる。
「ヒガシです。よろしくね、勇者さん」
ニムラは三人を見た。
「ニムラ。よろしく」
三人の前に立つ。
「一応、最初に言っておく」
ミナミが姿勢を正した。
「勇者隊は本部直轄だ。現場での裁量もある程度認められてるが、困ったことがあったら、まず俺を通せ」
「わかりました!」
ミナミがすぐに答える。
キタが言った。
「魔物案件なら俺に回せ。多分、お前らよりできる」
「いや、勇者隊は仕事を固定しない。お互いに情報交換しろ」
「は?」
「最終的には、それぞれ自分で判断できるようになるのが目標だ」
少し間が空いた。
ヒガシがソファに沈んだまま言う。
「真面目だ……」
ニムラが見るとヒガシはソファに沈んだまま姿勢をただした。
「あ、ごめんなさい」
ニムラは三人へ視線を戻した。
「いい、新設部署だから、俺も勇者が何するかは知らない」
「知らねえのかよ」
「さっきのも、送られてきた資料に書いてあったことを言っただけだ」
「へえ」
キタが少しだけ眉を上げる。
「規則は一応送られてる。読んどけ」
「読みました!」
ミナミが手を上げる。
ヒガシがソファの背へさらに身体を預け、ぐでんと伸びている。
「ミナミちゃんえらーい」
キタが端末を取り出す。
ニムラは奥の机に向かった。
その時、机の端末が鳴った。
《勇者隊 初回出動》
表示を見たニムラが顔をしかめた。
「初日から仕事だ」
三人もそれぞれ端末を開く。
勇者隊の初回出動として、隊員四名全員で現場へ向かうこと。
現地には報道も入る予定になっていた。
「周辺の封鎖もすんでんの?」
ヒガシが一度キタを見て、また端末へ目を戻した。
「みたいだね」
「はー、そりゃ勇者にでもなんでもなれるわ」
「何言ってんのキタくん、初出勤だよ」
ミナミは鏡を見ながら返した。
「あー、緊張する! 笑顔で映らないとね」
ヒガシは端末を眺めたまま言った。
「楽そうな案件だ……やっぱ勇者隊来てよかった……ふふ」
ニムラは資料を閉じた。
「気は抜くな。道中で詳細は確認しろ、行くぞ」