スタジアムの前には、すでに何台か報道車が止まっていた。
入口へ近づくと、カメラを持った人間がこちらを向く。
「あ、勇者!」
「勇者だ!」
ミナミが小さく手を振った。
「近づいちゃ駄目だよ~」
ヒガシが言った。
「ミナミちゃん慣れてるね」
報道陣はミナミを無視してニムラを撮っていた。
ニムラはそのまま入口へ向かった。
「練習したのに」
中へ入ると、廊下には普通に人がいた。
売店の前にいる職員や、端末を見ながら歩いている報道関係者もいる。
「封鎖って、中全部じゃねえの?」
「フィールドだけみたいだな」
案内に従って進む。
観客席へ出る扉の前に、簡易の封鎖線が張られていた。
職員がニムラたちに気づいて近づく。
「勇者隊の方ですね」
「状況は?」
「今のところ変化ありません。接触した人も何人かいますが、特に怪我はありません」
「触ったんですか?」
ミナミが聞く。
「はい。なんというか……ベチャッと張り付くらしくて。気持ち悪いとは言ってましたけど、それだけですね」
「攻撃性も確認されてません。あとは回収だけかと」
ヒガシの口元が緩む。
ニムラが答えた。
「了解です。封鎖線だけ少し強化してください」
封鎖を開けてもらい、四人で中へ入る。
フィールドを見たミナミが足を止めた。
「……多くない?」
「何匹いるんだろ」
ヒガシが端末を見ながら言う。
「ちょっと制御室行ってきます」
ニムラが既に歩き出したヒガシに言った。
「わかった」
魔物が、そこら中にいた。
地面にべったりと広がっているもの。
ゆっくり動いているもの。
いくつか重なるように固まっているもの。
形はどれもほとんど同じだった。
ニムラが一歩進む。
近くにいた一体が動いた。
魔物がこちらへ勢いよく寄ってくる。
「来るな」
キタが前へ出た。
近づいてきた魔物を、手にしていた道具で横へ弾く。
べちゃ、と地面へ落ちた。
二つになった魔物が、それぞれゆっくり動き始める。
「うわ、分裂型ね」
「強く触らない方がよさそうだな」
ニムラが言った。
その時、後ろで封鎖線が揺れた。
「もう少し前でお願いします!」
報道陣の一人が中へ入ってくる。
「入るな!」
キタが振り返った時には、近くの魔物がそちらへ飛んでいた。
「え――」
男の脚へ、べちゃりと張り付く。
「うわっ!」
反射的に振り払われた魔物が地面へ落ち、二つに分かれた。
さらに別の魔物が動く。
報道陣が下がる。
その間を抜け、分裂した魔物が封鎖線を越えた。
「おい!」
キタが追う。
廊下へ出た魔物は、人が逃げるたびにその方向を変えた。
「下がってください!」
ミナミの声でまた人が動く。
魔物も動く。
ニムラは足を止めた。
「……動きに反応してるな」
端末が鳴る。
『ニムラさん、廊下と外も物理的に封鎖するね』
ヒガシだった。
直後、遠くでシャッターの落ちる音がした。
『廊下も順番に閉めるよー』
「わかった」
ニムラの前を、一人の職員が走った。
魔物がその後を追う。
ニムラが横へ動く。
別の魔物がこちらへ向きを変えた。
止まる。
魔物も止まった。
「全員、止まれ」
ニムラの声に、近くにいた者が足を止めた。
「放送室に人はいるか」
「はい」
少しして、スタジアム中に声が響いた。
『勇者より、現在その場から動かないようにとのことです。繰り返します――』
ミナミも近くの人間へ声をかけた。
「止まってくださーい! べちゃっとしても危害はないのでー!」
人の動きが少しずつ消えていく。
魔物も止まった。
しばらくして、ミナミが小さく声を上げた。
二体の魔物が触れていた。
べちゃりと境目が消え、一体になる。
別の場所でも、二体が重なった。
「合体してる」
散らばっていた魔物たちが、ゆっくりと近くの個体へ寄り始めていた。
「動かない方がいいな」
ニムラが言う。
「このまま待つぞ」
時間が経つにつれて、魔物の数は減っていった。
二体、三体と一つになり、小さな塊がさらに別の塊へくっついていく。
「これ、最後一個になるんじゃない?」
ミナミが言う。
ヒガシの声が通信から聞こえた。
『やっぱり楽な案件だね』
キタが返す。
「お前どこにいんの」
『制御室だよー。皆の活躍は映像で全部見えてるから』
「戻ってこいよ」
『止まれって勇者命令だからねえ』
通信が切れた。
魔物はさらにまとまっていく。
フィールド中央には、最初にはなかった大きな塊ができていた。
周辺の魔物もゆっくりそこへ寄っていく。
「よし、そろそろ」
ニムラが言った時だった。
フィールドへ続く通路の近くで、子供が一人動いていた。
止まっていた魔物が、一斉にそちらを向く。
「動くな!」
ニムラが叫ぶ。
子供が驚いて、後ずさった。
魔物が、その動きを追って集まり始める。
そこへミナミが走り込んだ。
魔物が一斉にミナミへ向かう。
ミナミはそのまま子供を抱き寄せ、結界を張った。
次の瞬間、集まった魔物が二人を覆い隠す。
キタが動こうとする。
「止まれ。強く触ればまた分裂する」
残っていた魔物も次々とそこへ重なり、ほとんどが一つの大きな塊になった。
表面がすぐに膨らむ。
「……出てくる」
半透明の結界が、魔物の表面を押し広げながら少しずつ外へ出てくる。
中では、ミナミが子供を抱えていた。
カシャッ、とニムラの近くで音がした。
ニムラがそちらを睨む。
カメラを構えていた男が、気まずそうに少し頭を下げた。
ニムラはすぐに魔物へ目を戻す。
魔物は動いていない。
ニムラは息を吐いた。
ミナミが結界ごと外へ抜ける。
「っはあ……まだ動いちゃ駄目だよ」
子供は泣いていたが、怪我はなさそうだった。ミナミの言葉に頷く。
「大丈夫か!」
「大丈夫です! この子も怪我ないです!」
「そのまま動くなよ」
「はい!」
魔物は一つになったまま、その場から動かなかった。
ニムラは近くの職員を見る。
「放送お願いします。まだ一斉には動かさないでください。こちらから順番に案内します」
「はい」
キタが中央の魔物を見る。
「これ、触らず待つんだよな」
「ああ」
「暇だな」
少し離れたところで、ミナミはまだ子供と一緒に座っていた。
「お母さんいる?」
子供が泣きながら頷く。
「じゃあ、もうちょっと待とうね」
最後に、ニムラたちは持ち込んでいた回収具で魔物をゆっくりと包んでいく。
刺激しないよう慎重に固定する。
「よし、完了」
ニムラが息をついた。
制御室からヒガシの声がした。
『やっぱり楽だったね』
ミナミが言った。
「私、やっぱり有名になっちゃうのかなあ」
『なるんじゃない?』
ニムラが出口を見る。
「多分なる。記者対応も仕事らしいからな」
外へ出ると、報道陣が一斉にこちらへカメラを向けた。
「勇者隊の皆さん! 初任務を終えて一言お願いします!」
「先ほど子供を救助したのはミナミさんですか!」
ミナミが嬉しそうに振り返った。
「勇者隊のミナミです! よろしくお願いします!」