暫定解   作:sososo

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逃げよっか

 

 キタの声が通信に入った。

 

『あ、ニムラ。ちょっと見てほしい』

「どうした」

 

 ニムラが端末で新しい画面を開いた。

 キタの肩につけた装置から送られている映像だった。

 古い集合住宅の裏手らしい。

 地面には回収具が置かれ、その少し向こうに二体の魔物がいた。

 一体は小さい。

 

 いくつかの光の輪が絡み合い、地面から少し浮いている。

 その前に、もう一体。

 人の背丈ほどの薄い板が、何もない中心を囲むように何枚も浮いていた。

 板はそれぞれ少しずつ位置を変えながら、一つの形を保っている。

 

「何だ?」

『いや、ちょっと見てて』

 

 キタが少し動いた。

 大きい方の板も滑るように動く。

 小さい方を隠すように横へ広がった。

 キタが右へ回る。

 板の群れも右へ滑る。

 左へ回る。

 板の群れもまた、小さい方との間へ滑り込む。

 

「邪魔してる様に見えるな」

『ずっとこれ』

 

 キタが一歩近づいた。

 板の間隔が一気に狭まった。

 正面の数枚が、キタへ向く。

 

『いや、なんか気持ち悪くて』

 

 キタが止まる。

 魔物も止まった。

 

『ちょっと前の映像も見て』

 

 画面が切り替わった。

 

     ◇

 

 小さい光の輪と板の群れが、並んで宙を進んでいた。

 キタがその後ろを追っている。

 

『めんどくせえやつらだな』

 

 角を曲がったところで、大きい方だけが止まった。

 小さい方はそのまま宙を滑っていく。

 大きい魔物の板が、次々とキタの方へ向いた。

 

『なんだ?』

 

 キタが近づく。

 大きい魔物はすぐ横の建物へ入った。

 キタも中へ入る。

 狭い作業場だった。

 行き止まり。

 

『はい、終わり』

 

 キタが回収具を構えた。

 大きい魔物から一枚の板が外れた。

 壁際の操作盤まで滑っていき、表面へ触れる。

 直後、入口の防火扉が落ちた。

 

『は?』

 

 キタが振り返る。

 大きい魔物は、部屋の奥にいた。

 映像が揺れる。

 少しして、キタが防火扉を壊す。

 キタが外へ出る。

 

 通路の先から小さい魔物が大きい方に飛んでいく。

 大きい方の板が、小さい方とキタの間へ広がった。

 キタが立ち止まる。

 そこで映像が止まった。

 

     ◇

 

『な、気持ちわりいだろ』

 

 現在の映像へ戻る。

 二体はまだ同じ位置にいた。

 大きい魔物は、まだ小さい方とキタの間に浮いていた。

 

「周辺住民への被害は」

『怪我人四人。二人は軽いけど、一人骨折。あと店の壁一枚と、住宅の柵。車も一台やられてる』

「多いな」

『最初に追い払おうとした人がやられて、そのあと管理局来るまでにも何回か』

 

 キタがまた一歩だけ動いた。

 大きい魔物が、それに合わせて位置を変える。

 

「回収はできそうか?」

『できる。もうほぼ終わってる』

「なら、調整施設でいいだろ」

『……だよな』

 

 キタが通信の向こうで誰かに声をかけた。

 

『回収入れていいぞ』

 

 画面の端から職員が二人入ってくる。

 小さい方へ回収具を近づけると、大きい魔物の板がすぐに間へ広がった。

 

『先にそっち押さえろ』

 

 別の回収具が広がり、板の群れを外側から固定した。

 固定の隙間から一枚だけが抜け、小さい方へ滑った。

 小さい魔物が先に回収容器へ入れられる。

 蓋が閉まった。

 大きい魔物の動きが止まった。

 

『……』

「どうした?」

『いや』

 

 キタが少し間を置いた。

 

『なんか罪悪感出るな、これ』

 

 ニムラは画面を見た。

 大きい魔物はもう動いていなかった。

 閉じられた回収容器の方へ、すべての板が向いたまま固定されている。

 

「……まあ、ただの魔物だ」

『だよな』

 

 ニムラは次の依頼を開いた。

 

     ◇

 

 イチノセが歩みを止めた。

 

「着いた!」

 

 振り返る。

 

「結局最後までついてきてくれたね」

 

 マエとチユを撫でる。

 目の前に広がる景色を見て、イチノセは笑った。

 

「サカキさんと班長、心配してるかな」

 

     ◇

 

 部屋の扉が開いた。

 

「イチノセ!」

 

 サカキが入ってくる。

 

「あ、サカキさん」

「お前ほんとに……」

 

 サカキはイチノセの前まで来て、頭から足まで見回す。

 

「お前、どこ行ってたんだよ」

「遠いとこなんですけど、一応地図はもう提出しました」

「転移ってやつか」

「多分そうです」

「暴発したのか?」

「暴発……?」

 

 後ろからニムラも入ってきた。

 

「班長」

「どこ行ってた」

「遠いところです」

 

 ニムラがイチノセの頭から足まで見る。

 

「少し、汚いな」

「すみません……」

「冗談だ。無事で良かった」

 

 ニムラの視線が、イチノセの横にいる二体へ移った。

 

「その二体はなんだ?」

 

 イチノセが振り返る。

 

「マエとチユです」

「魔物だよな」

 

 サカキが聞く。

 

「はい、未登録個体なんでさっきこいつらも届け出しました」

「……使役するってことか?」

「いや、どうなんでしょう」

 

 イチノセがしゃがむ。

 

「魔物なんですけどね」

 

 マエの身体を撫でる。

 

「なんか、友達になっちゃって」

 

 チユも寄ってきたので、反対の手で撫でた。

 サカキとニムラが二体を見る。

 

「友達……」

「とりあえず、調整はしないとってのはわかってるんで」

「……まあ、後で詳しく聞かせてくれ」

「そうしてください」

 

 扉が開いた。

 職員が何人か入ってくる。

 

「お待たせしました。二体はこちらで状態を確認して、必要な処置と登録を進めます」

「分かりました」

 

 職員がマエとチユへ近づく。

 マエが少し身体を動かした。

 

「大丈夫。ちょっと見てもらうだけだから」

 

 マエは止まった。

 チユはイチノセの足元にくっついている。

 

「チユも行っておいで」

 

 チユは帯で赤い板の傷を一度なぞってから、イチノセに渡した。

 職員たちについて、二体が部屋を出ていった。

 扉が閉まる。

 サカキがイチノセを見る。

 

「……随分懐かれたな」

「そうなんですよ」

 

 イチノセは嬉しそうに答えた。

 

「で、班長」

「どうした」

「班長、なんかすごい人気になってませんか」

「……第三班が廃止になった」

「あ、え!?」

「早い早い」

 

 サカキが止めた。

 

「いや、え、班長の勇者人気がって、え!? 廃止!? 僕は!?」

「説明しよう!」

「してください!」

「ニムラは正式に勇者になった! 俺は本部に異動になった! イチノセがいなかった! 以上だ!」

「わかりませんよ!」

 

 ニムラが補足する。

 

「イチノセが希望するなら勇者隊に異動できる。考えておいてくれ」

「勇者隊ってなんですか!」

「ははは、飯行くか。説明してやるよ」

 

 ニムラが予定を確認しながら言う。

 

「まあ、昼飯くらいなら行けますね」

「勇者隊……」

 

     ◇

 

 少しして、イチノセは処理室の前にいた。

 

「まだ終わってないですよね」

「はい。二体とも処理中です」

「途中って見れます?」

 

 職員が端末を確認する。

 

「状態確認だけでしたら」

「じゃあ見たいです」

 

 扉が開いた。

 中にはいくつか処理台が並んでいた。

 奥にマエがいる。

 少し離れたところにチユもいた。

 

「チユ」

 

 チユがこちらを向いた。

 

「あ、元気そう」

「こちらの個体は、最初の処理は終わりました」

「あちらは?」

「はい。これから調整に入ります」

「へえ」

 

 イチノセはチユの近くまで行った。

 

「どう?」

 

 チユが寄ってくる。

 

「あ、そうだ」

 

 ポケットから赤い板を取り出した。

 

「これ返すね」

 

 チユの前へ出したが、反応しない。

 

「……ん?」

 

 もう少し近づける。

 チユは赤い板を見ている。

 イチノセは赤い板を床へ置いた。

 チユは動かなかった。

 イチノセは赤い板を拾った。

 

「……あの」

 

 職員が近づいてくる。

 

「はい、なんでしょう」

「調整って、なにをやってるんでしょうか」

「安全制御ですね」

「その、具体的には」

 

「そうですね、内部循環と挙動の検査、出力と行動範囲を管理規格に収める処理ですかね」

「……」

「あ、ノア式安全制御なんで指向性も入れられますが、今回は使役ではないので入れません」

 

 イチノセはチユを見る。

 赤い板をもう一度置いた。

 やはり動かない。

 

「処理で、行動が変わったりすることはありますか?」

 

 職員が赤い板とチユを見る。

 

「行動が変わるというのは?」

「これ、こいつ好きだったんです」

「そうなんですか」

 

 職員が少し考える。

 

「これだけでは処理の影響かは分からないですね」

「分からない……」

「可能性はありますけど」

「元に戻るんですか?」

 

 職員は少し困ったような顔をした。

 

「何が変わったのか分かっていないので、何とも言えません」

「そうですよね」

 

 イチノセは赤い板を拾った。

 マエを見る。

 処理台の上で、まだいくつかの器具が取り付けられている。

 

「あちらは、まだ調整前なんですよね」

「はい、これからです」

「一回、止められますか」

「はい?」

「マエの処理です。一度止めて、確認してからとか」

 

 職員はマエを見て、それから端末を見る。

 

「現場判断では難しいですね」

「上に確認とかは」

「確認はできますけど、特に異常がなければこのまま進めることになると思います」

「異常……」

 

 イチノセはチユを見る。

 

「これは、異常ではないんですか」

「少なくとも、危険な状態ではないですね」

 

 マエを見る。

 処理台の上で、こちらを見ていた。

 

「少しマエと話してもいいですか?」

「……大丈夫ですが」

 

 職員がマエの器具を外す。

 イチノセが近づくと、マエはその手から赤い板を取り、チユに近づいた。

 赤い板をチユの前へ出す。

 チユは見向きもしない。

 

 マエがまた、こちらを見た。

 イチノセがチユに近づく。

 撫でてみた。イチノセには、嬉しそうに見えた。

 マエはまだこちらを見ていた。

 

「逃げよっか」

 

 マエがチユに向かって走った。

 チユがその背中へ乗る。

 マエがイチノセに触れた。

 景色が横へずれた。

 

     ◇

 

 足元が変わった。

 

「うわっ」

 

 イチノセがよろける。

 顔を上げると、ケッカイの中だった。

 その向こうに、古い建物が並んでいる。

 

「……ああ」

 

 マエがその場を一周する。

 チユは背中から降り、イチノセの足元へ来た。

 イチノセは赤い板を差し出す。

 やはり、触らなかった。

 

「ごめんな」

 

 イチノセは赤い板をポケットに入れた。

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