ニムラの端末から、マミヤの声がした。
『イチノセちゃん、またどっか行っちゃったんだって』
「……どういうことですか?」
『わかんないんだけどね。連れてきた魔物と一緒にいなくなったみたい』
「……マエとチユですか」
『そうそう。あの二体、高度魔物だったんじゃないかって』
「高度魔物……ですか?」
『あれ、知らない?』
「いえ、前に一度」
『ああ。最近よく聞くけどね』
「そうですね。再調整を拒否する人がいる、とは聞きました」
『うん。イチノセちゃん、連れてきた二体と仲良さそうだったし』
少し間があった。
『ニムラくんが決めたって聞いたけど』
「……?」
『あれ。高度魔物案件は、勇者の判断で再調整対象になったって』
「いえ、それは」
ニムラは案件記録を開き、以前キタから送られてきた二体の魔物の案件を探す。
一方がもう一方を庇うように動き、周辺にも被害が出ていた。
案件記録の分類を見る。
《高度魔物案件》
「……これ、高度魔物案件になってんのか」
『ごめん、ちゃんと言って』
「以前対応した魔物案件で、被害が出てたので調整でと言いました」
『ああ、それが高度魔物案件に分類されたってことね』
「ええ、まあ」
『一応、注意はしとこうかな』
「いえ、それで回っているなら」
『……気をつけてね』
「なにをでしょう」
『ニムラくん、ちょっとだけ立場が変わっちゃったから』
「まあ、そうですね」
『私もニムラくんの判断だと思ってたくらいだから』
「……そうですか」
『うん、ごめんね』
ニムラは画面を見た。
「いえ、別に」
◇
「多いですね……」
サカキは、壁面に表示された地図を見ながら言った。
いくつもの印が、広い範囲に散らばっている。
「ええ。推定百以上の魔物がいるみたいですね」
マイタニが答える。
カテキが地図の北側を示した。
「こちらはまだ十分に確認できていません。今後、さらに増える可能性は高いでしょう」
「イチノセ、変なとこ住んでんな」
サカキは地図を眺めたまま言った。
「で、本題です」
マイタニが資料を切り替える。
「イチノセさんのところと直接関係はないですが」
画面に文字が出た。
《高度魔物》
「ああ。最近よく聞きますね」
「定義としては」
カテキが手元の資料を見る。
「『長期間の自己調整や外部術式の取り込みによって行動選択が複雑化し、複数段階・複数対象にまたがる行動を継続的に示す魔物』とされています」
「ややこしい」
「まあ、以前の魔物とは動き方が違う、と捉えてもらえたら」
「人間みたいな動きをするって話ですよね」
「そう見えるものもありますね。数としては、まだ多くはないんですが」
カテキが次の資料を開いた。
「ただ、その中で、人間側が再調整を拒否するケースが目立っています」
短い記録が並ぶ。
『もう一体の魔物を守ろうとした』
『前と違う』
『自分を覚えている』
『再調整したら別の魔物になった』
サカキはしばらく画面を見た。
「イチノセが最初に飛ばされたところも、そうだった可能性あります?」
「可能性としては。ただ、こちらは報告だけなので」
カテキが別の資料と見比べながら答えた。
《大量魔物確認事案 調査資料》
《表示個体による文言生成:「では、内緒で」》
《第七廃病棟 案内表示異常資料》
《既定表示区分外の文言を生成》
《高度魔物の疑いあり》
サカキが言った。
「俺が行っていいですか」
「はい?」
マイタニがサカキを見る。
「イチノセに話を聞こうってことでしょ」
「ええ、まあ」
「じゃあ、俺が行きます」
サカキはもう一度、画面の文字を見た。
「あと、一度確認したいことがあって」
◇
ノアは新聞を読んでいた。
サカキが扉を開けても、顔を上げない。
「よう」
「誰ですかー」
「勇者の子分だよ。魔物のこと聞かせて」
「また?」
そこでようやく新聞が下がった。
サカキは向かいの椅子を引いた。
「最近、高度魔物って呼ばれてるやつ、知ってる?」
「知らないね」
「知らないの?」
サカキは端末に高度魔物の定義を表示して、ノアへ向けた。
「へえ。こんな分類してるんだ」
ノアは一通り目を通した。
「いるでしょ、そりゃ」
「そんな簡単に」
「定義として弱い。センスないね」
「ひでえ言い方だな」
「前に連れてったでしょ。いるよ、それくらい」
ノアは新聞を畳んだ。
サカキは端末を見る。
「……意思はあんの?」
「ない。複雑だからそう見えるだけ」
「そうなんだ」
「と、されている」
「どういうこと?」
「そもそも意思って確認できるの?って話」
サカキは椅子の背にもたれた。
「……じゃあさ。仮に意思があったら、安全制御ってまずいの?」
ノアが首を傾げた。
「まずい? 安全制御でしょ?」
「そう」
「危ないからやるんだよ?」
サカキが少し黙った。
「……まあ、そうだけど」
サカキは端末を指で叩いた。
「再調整したら前と違う、とか。別の魔物になった、とか言ってる人間がいるんだよ」
「ふうん」
「魔物は魔法でできたものだよ。危なければ制御する。少なくとも僕がいた頃は、そういう話になったよ」
「人格があるかどうかを確認してから、とかじゃなくて」
「道具がすごく賢くなったからって、人格があるかの話にはならないでしょ」
「ああ……そういう話じゃねえのか」
「まあ、僕がいた頃はってだけだけど」
「だから、本当に意思とか人格とか、もしあるなら安全制御のやり方も――」
「『あるかもしれない』ってだけで、自分の大事なものが壊れたらどうするの」
サカキは口を閉じた。
「まあ、それが問題になってんだよ、今は」
「へー」
ノアは机に肘をついた。
「意思、かどうかはわからないけど」
「うん?」
「少なくとも自己保存と指向性以外が魔物の行動に影響を与えてる可能性はある」
「何の話?」
「それを意思と呼ぶかはしらない」
「……研究者って、人の話聞かねえんだな」
「ただ、そいつらは別に今の理論でも説明できる」
ノアが机の上の端末を指した。
『自分を覚えている』
『再調整したら別の魔物になった』
ノアは端末を見たまま、サカキには届かない声で呟いた。
「うん。やっぱりあの一体以外は、説明できる」
しばらく眺めてから、サカキはノアを見た。
「意思ってさ、お前が調べたら分かんないの?」
「さあねえ、何を意思と呼ぶか決めるところからかなあ」
「じゃあやってくれよ」
「やらないよ」
サカキが眉を上げた。
「なんで」
ノアは黙った。
机の端に置かれていた新聞へ目を落とす。
「……危ないから制御してるんだよ」
サカキも少し待ったが、ノアは新聞を取り直した。
「役に立たねえ魔王様だな」
「こんだけ話してやったのに」
サカキは立ち上がった。
端末を脇に抱える。
「話されたから、余計ややこしくなったんだよ」
「大変だあ」
ノアはもう新聞を開いていた。
「ありがと、じゃ」
サカキは扉へ向かった。
ノアは閉まった扉を見て呟いた。
「意思ねえ」