暫定解   作:sososo

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よよよ……

 

《地域祭事で設備事故 複数名が負傷》

《設備損傷、避難誘導にも遅れ》

 

 キタは端末の記事を閉じた。

 以前、勇者隊にも依頼が来ていた祭りだった。

 事故は大きく報じられていた。

 

「ありゃ」

 

 ただ、どの記事にもニムラの名前は出ていない。

 

「よかったじゃん」

 

 キタは呟いて、立ち上がった。

 ニムラは自分の席にいた。

 机の上に資料を広げている。

 

「ニムラ」

「ん?」

「お前ずるいぞ。こういうときは名前出さねえのかよ」

 

 ニムラは顔を上げなかった。

 

「何が」

「祭りだよ」

「ああ」

 

 紙が一枚めくられる。

 キタは少し待ったが、返事はない。

 

「……お前、大丈夫か?」

 

 ニムラは手元の資料を揃えた。

 

「ああ、次の仕事だ」

「……あ、そう」

 

 キタはそれ以上言わなかった。

 

 数日後。

 

「最近、ニムラさん資料多くない?」

 

 ミナミが言った。

 ヒガシが、空いたままのニムラの席を見る。

 

「慎重だよねー」

「前こんなに見てたっけ」

 

 ミナミが続ける。

 

「遅いって言いたいんだろ」

 

 キタが言った。

 

「そこまでは言ってないよ」

「大変なんだよ、勇者ってのは」

「私達も勇者なんだから」

「うぇー。勇者隊入ってからの方が忙しいのよ……よよよ……」

 

 キタは笑って、ニムラの机を見た。

 積み上がった資料の端に、祭りのファイルがまだ残っていた。

 

     ◇

 

 景色が横へずれた。

 サカキは壁際から身体を起こした。

 

「お」

 

 何もなかった部屋の中央に、イチノセが立っていた。

 以前より少し髪が伸びている。

 服も管理局の制服ではなかった。

 背負った小さな鞄だけが、妙に見慣れている。

 

「久しぶり」

「……お久しぶりです」

 

 イチノセは部屋を見回した。

 扉と窓を見て、それからサカキを見る。

 

「……処分されますか?」

 

 サカキはしばらくイチノセを見た。

 

「お前、魔王みたいになったなあ」

「はい?」

「まあいいや、処分されないよ」

「あ、そうなんですか」

「うん、管理局としては、まだ」

 

 サカキは机の上の端末をイチノセの方へ向けた。

 

「聞きたいことがあってさ」

《高度魔物》

「高度魔物……」

「ああ、簡単に言うと人間っぽい動きするやつ」

「……」

「まあ、お前のとこにいるやつらも、何体かそうじゃないかって話になってる」

 

 サカキは椅子に深く座った。

 

「なんで逃がしたの」

 

 イチノセは少し黙った。

 

「……チユが」

「チユ、前に連れてきてたやつの名前か」

「はい、処理が終わったあと、変わってたんです」

「……続けて」

「ずっと大事そうにしてた赤い板に、反応しなくなって」

「……そう見えたってことね」

「そう見えたんです」

「でもさ、安全制御のせいとは限んないだろ」

「はい。それは分かってます」

 

 サカキは次の言葉を探した。

 イチノセが顔を上げる。

 

「でも、分からないじゃないですか」

「まあね」

「再調整、一度止められないですか」

「うーん、危ないやつもいるからなあ」

「分かってます。せめて、こういう動きするやつだけでも」

「でも、それで被害が出るかもしれない」

「それは」

 

 イチノセは視線を落とした。

 

「……分かんないです」

 

 サカキは待った。

 

「でも、今まで通りでいいとも思えないです」

「分かった」

 

 イチノセが顔を上げる。

 

「お前がそう思ってるのは分かった」

「……はい」

「止められるかは別」

「はい」

「また聞くかも」

「分かりました」

 

 扉へ向かいかけて、イチノセが振り返った。

 

「サカキさん」

「ん?」

「チユ、戻ると思います?」

 

 サカキは少し考えた。

 

「知らん」

「ですよね」

「魔王に聞いてみたら良いんじゃない」

 

 イチノセは少し笑った。

 

「話せるんですかね」

「悪いことしなかったらな」

 

 扉が閉じた。

 サカキは伏せていた端末をもう一度開いた。

 

『再調整したら別の魔物になった』

 

 その一文をしばらく見ていた。

 

     ◇

 

 イチノセは廊下を歩いていた。

 このまま戻ろうと思っていたが、途中で足を止める。

 

「……聞いてみるか」

 

 ノアなら、何か分かるかもしれない。

 チユが戻るのか、再調整で何が変わったのか。

 そもそも、あれが何だったのか。

 聞いたところで答えてくれるかは分からない。

 でも、さっきよりは少しだけ気が楽だった。

 ノアのいる区画は、この先だったはずだ。

 

「あー、また戻った」

 

 前方から声がした。

 

「そっち押さえて!」

 

 イチノセは歩きながら視線を向けた。

 職員が二人いた。

 足元に、魔物が二体いる。

 

 一体は低く丸い身体から、細い金属の棒のようなものを何本も伸ばしていた。

 もう一体の周囲には、薄い光の輪が浮いている。

 職員が片方を持ち上げた。

 

「もう、早めに再調整しないから」

「面倒ですねえ」

 

 離された魔物が床に下ろされる。

 すぐにもう一体の方へ動いた。

 職員が押さえる。

 押さえられても、またそちらへ動く。

 

 イチノセの足が止まった。

 

 金属の棒が伸びていた。

 もう一体へ向かって。

 光の輪も、細長く形を変えていた。

 金属の棒の方へ。

 届かない。

 

 赤い板を差し出した時のチユが、頭に浮かんだ。

 この二体はなにをやっているんだろう。

 

「あ、こら、動くな」

 

 職員が片方をさらに離す。

 離された二体は、それでも互いの方へ伸びていた。

 

 伸ばそうとしているように見えた。

 

 イチノセが走った。

 気づけば、二体の魔物が足元にいた。

 横には、驚いた顔の職員が二人いた。

 二体の魔物に手を伸ばす。

 

 景色が横にずれた。

 イチノセはケッカイの中に戻ってきていた。

 足元では、金属の棒と光の輪が届いていた。

 

「なにやってるんだ、僕は」

 

     ◇

 

「流石に、これは見過ごせませんね」

 

 マイタニが言った。

 机の上には、先ほど届いた報告が表示されている。

 

《再調整予定個体 二体》

《イチノセ職員による無断転移》

《現在所在不明》

 

「……すみません」

 

 サカキが言った。

 

「いえ。サカキさんが謝ることではありません」

「俺がノアの話なんかしたから」

「それで魔物を持って帰るとは思わないでしょう」

「まあ、そうなんですけど」

 

 マイタニは資料を閉じた。

 

「処分については、本人から事情を聞いてからですね」

「はい」

「それと、これは公表なしにしましょうか」

「ですね。管理局員が再調整に反対して、魔物を持ち出したなんて出たら」

「余計な話になりますからね」

 

 扉が開いた。

 

「マイタニさん!」

 

 カテキが端末を手に入ってくる。

 

「どうしました?」

「記事が、もう出てます」

「なに」

 

 マイタニが立ち上がった。

 

「どこからです?」

「分かりません。現場にいた職員の名前も出てませんし、詳細も一部違います。ただ――」

「いや」

 

 マイタニが遮った。

 

「反応は?」

 

 カテキが一瞬黙った。

 

「それが」

 

 端末が机の上に置かれた。

 

《管理局職員、高度魔物の再調整を妨害か》

 

 記事の下には、短い反応が並んでいた。

 

『やっぱりノア式安全制御って問題あったんじゃないの』

『魔王の技術でしょ』

『管理局の人間が止めるって相当では?』

『最近聞くけど普通の魔物と何が違うの』

『イチノセって誰?』

『再調整したら別の魔物になったって話、他にもあるみたい』

『だからって野放しにするのは違うだろ』

 

 サカキは画面を見た。

 

「……早いなあ」

「今のところ、どちらか一方に寄ってはいません」

 

 カテキが言う。

 

「ただ、再調整そのものへの疑問は増えています」

 

 マイタニはしばらく画面を見ていた。

 

「イチノセさんの名前は?」

「もう出ています」

「そうですか」

 

 マイタニは椅子へ戻った。

 

「では、こちらも準備しておいた方がよさそうですね」

「何をです?」

「聞かれるでしょう」

 

 サカキが少し考えた。

 

「ああ」

 

     ◇

 

「高度魔物の再調整について、勇者ニムラさんはどうお考えですか?」

 

 ニムラは足を止めた。

 建物の入口に、数人の記者が集まっている。

 

「管理局職員が処理対象の高度魔物を逃がした件については?」

「再調整で魔物の性格や記憶が変わるという指摘もあります」

「勇者として、再調整を続けるべきだとお考えですか?」

 

 ニムラは少し黙った。

 

「判断材料がありません」

「では、現時点では判断できないと?」

「はい」

「イチノセ職員の行動については?」

「詳細を確認していません」

「元部下ですよね?」

「話は別です」

 

 ニムラは頭を下げた。

 

「失礼します」

 

 記者たちの間を抜ける。

 しばらくして、端末に記事が届いた。

 

《勇者ニムラ、高度魔物問題に「判断材料がない」》

 別の記事では、

 

《勇者も判断できず 揺れる高度魔物の再調整》

 

 となっていた。

 ニムラは画面を閉じた。

 机の上には、まだ祭りの資料が残っている。

 その横には、新しい資料が置かれていた。

 

《高度魔物》

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