また増えていた。
イチノセは道の端で足を止めた。
向こうの建物の前に、見覚えのない魔物が三体いる。振り返ると、反対側にも知らない魔物がいた。
最初にここへ来た頃は、何日かいればよく見るやつくらいは分かった。今は知らないやつの方が多い。
道の向こうで景色が横へずれ、魔物が一体現れた。以前マエのそばにいた個体だった。
どこから来たのかも、どうしてここへ来るのかも分からない。
端末を取り出す。
《通信接続不可》
ただ、戻っていいものなのかは分からなかった。
あれから管理局の人間とは話していない。
ニュースも見ていない。
自分が何をしたことになっているのかも、よく知らなかった。
「怖いな」
魔物が何体か、同じ方向を向いていた。
「……何?」
少しして、三人の人影が見えた。管理局の制服だった。
「うわ」
逃げるべきか考えている間に、二人が近づいてきた。
「イチノセさん」
「……はい」
「僕を捕まえに来たんですか?」
職員が一度、残りの二人を見た。
「いや、今日は別件です。魔物の回収で」
職員が端末に一体の魔物を表示した。
「管理区画から移動した高度魔物です。反応がこちらまで続いてまして」
「……回収したらどうするんですか」
「状態確認と再調整ですね」
「再調整、ですか」
別の職員が言った。
「いました」
少し離れた道に、一体の魔物がいた。身体の両側から、薄い板のようなものが何枚も伸びている。
職員が端末と見比べた。
「対象で間違いないです」
魔物はその場を動かなかった。
職員が回収具を開き、魔物へ近づいた。
その瞬間、何かが飛んだ。
職員の足元で地面が弾ける。
イチノセが振り返る。建物の上にいた魔物から、細い光が伸びていた。
別の方向で金属音がした。道の端の魔物が身体を起こし、さらに何体かがこちらを向く。
職員が回収具を構え直す。
「攻撃確認!」
「ちょっと待ってください!」
別の魔物から何かが飛び、職員の前に出た結界へぶつかった。
大きな音がして、別の魔物も動く。
「待って待って!」
イチノセが走った。
「それしまって!」
「早く!」
職員が回収具を閉じる。
しばらくして、魔物たちの動きが止まった。集まっていた光も消える。
足に力が入らなかった。職員たちも動いていない。
「イチノセさん、今のは……」
「分かりません。僕も分かりません」
魔物たちはもう、それぞれ別の方向を向いていた。回収対象だった魔物も、その場に残っている。
「……今日は帰ってください」
職員たちは顔を見合わせた。
「分かりました」
「すみません」
「いえ。こちらも、この状態では続けられません」
三人が戻ろうとする。
少し歩いたところで、一人が振り返った。
「あの、イチノセさん」
「はい」
「管理局から、一度戻ってきてほしいと言われています」
近くで音がした。
一体の魔物が身体を起こし、さっき離れていった魔物たちも、またこちらを向く。
「待って。大丈夫」
イチノセが手を出す。
職員の一人が一歩動くと、魔物の身体に光が集まった。
「動かないで!」
職員が止まる。
少し待つと、光が消えた。
イチノセは息を吐き、職員を見る。
「……ちょっと、今は戻れません」
「……わかりました、そう報告します」
「はい」
イチノセは魔物たちを見る。また一体、道の向こうへ歩いていった。
「でも、一度ちゃんと話したいです。それも伝えてもらえますか」
「分かりました」
「お願いします」
◇
「帰還要請には応じず、ですか」
マイタニが言った。
カテキが資料を送る。
《未調整高度魔物 複数確認》
サカキが画面を見る。
「操作してるんですかね」
「不明です」
「本人も分かってないみたいですけど」
「ええ。ただ、魔物が増えているのは事実です」
マイタニが資料を閉じた。
「このままにはできませんね」
「対話したいって言ってますよ」
「対話もそうですが、周辺個体による攻撃というのが気になりますね」
サカキが画面を見る。
「イチノセの介入後停止……」
「一度、確保も考えてみたほうが良いかもしれません」
少し間があった。
「……確保ですか」
「魔物の危険性も無視はできないので」
サカキは何も言い返さなかった。
◇
「これ、被害は?」
ニムラが聞いた。
「ありません」
ミナミが答える。
机の上に、一件の資料が開かれていた。
《高度魔物 再調整予定》
《人的被害 なし》
《設備被害 なし》
《所有者より再調整中止の申し出》
「じゃあ、なんで再調整なんだ」
「高度魔物だから、みたいですね」
ヒガシが別の資料を開いた。
「勇者税ですよ、ほら」
「何だよ、それ」
「前例」
ニムラが画面を見る。
見覚えがあった。
キタが対応した二体の魔物だ。
「これ、俺のやつか」
「そう」
キタが言った。
「でもあれは被害出てただろ」
「出てるね」
「調整して、その後は?」
「問題なし。安全になってる」
ヒガシが資料を送る。
「で、それが参考になって、似た動きする高度魔物は再調整、って運用が増えてるっぽいですねえ」
「似た動き?」
「他の魔物を守ろうとするとか、人間の道具を使うとか」
ミナミが別の資料を取った。
「この個体は一緒に暮らしてる人が、調整しないでほしいって」
「理由は?」
「変わるかもしれないから」
キタが腕を組む。
「何もしてねえなら、今やる必要はなくねえか」
「私もそう思います」
「でも高度魔物ではあるんだよねえ」
ヒガシが椅子を揺らした。
「今後どうすんでしょうね、これ」
ニムラは少し考えた。
「この案件は止めよう」
「再調整ですか?」
「ああ。一旦」
「了解です」
ミナミが端末を操作する。
その時、別の通知が鳴った。
《高度魔物の今後の取扱いについて 意見照会》
ヒガシが覗き込む。
「うわ、でっかいのきたあ」
「んなの個体ごとに違うんだからさあ」
「ねー」
ニムラは開いて、しばらく読んだ。
「これは分からない」
「ですよねえ」
ヒガシが言った。
また通知が鳴った。
今度は別の資料だった。
《イチノセ職員 対応について》
「あ」
ミナミが小さく言った。
ニムラは開く。
キタが言った。
「職員に攻撃出てるのはまずいな」
ヒガシが資料を横から見る。
「転移もあるんですよね」
「ああ」
「現地で無理にどうこうする方が危なくない?」
「でも、このままにもできないですよね」
ミナミが言った。
キタが画面を指した。
「じゃあ迎えに行くとか」
「魔物が反応するかも」
しばらく、誰も言わなかった。
ニムラは資料を最初から読み直した。
《本人は現地残留》
《対話を希望》
「……今の状態なら」
三人がニムラを見る。
「一度、確保した方がいいと思う」
「捕まえる、ってことですか」
「まず離した方がいい。イチノセを、周りの魔物から」
キタが頷く。
「まあ、今のままよりはな」
「魔物の方はどうします?」
ヒガシが聞いた。
ニムラは答えなかった。
「それは、まだ分からない」
もう一度、資料を見る。
◇
「ニムラから返ってきました」
カテキが資料を開いた。
《イチノセ職員について 現状では確保が妥当》
サカキが画面を見る。
「……確保か」
マイタニが別の資料を出した。
「では、その方向で進めましょうか」
「まあ、ニムラが言うなら」
「はい、勇者が言ってくれるなら、世間の反発も少ない」
「本人は話したいって言ってるんですよね」
「ええ、呼べば来る可能性は高い」
カテキが資料を送る。
「接触地点はこちらで指定します。本人の到着を確認したら、そのまま確保へ移ります」
「分かりました」
「転移については、反転術式を使います」
「ああ、あれか」
「接触地点と周囲を押さえれば、少なくともその場からの転移は防げます」
サカキは資料を見た。
「イチノセを確保したあとは?」
「ええ。周囲の魔物も確保しましょう」
「……やっぱりそうなりますか」
「増えている、というのが問題ですね」
カテキが言った。
「以前からいた個体だけなら、これまで通り経過を見る選択肢もありました。しかし」
「脅威になってきてますもんね」
「はい」
マイタニが頷く。
「周囲の魔物は捕獲後に状態を確認。その後、再調整へ」
サカキは少しだけ画面を見た。
「了解です」
「勇者隊にも共有を」
「ニムラも入ります?」
「ええ。本人の判断でもありますから」
「分かりました」
サカキは資料を自分の端末へ移した。
◇
《高度魔物を守る管理局職員》
《再調整に疑問 イチノセ職員の行動に賛否》
《勇者ニムラと元部下 高度魔物問題で判断分かれる》
ニムラは記事を閉じた。
ミナミが言う。
「判断分かれたことになってますね」
「まあ、そんなもんだろ」
「イチノセさんは再調整を止めて、ニムラさんは前に再調整させてますからね」
向かいでヒガシが笑った。
「もっと雑なのありますよ。《勇者VS魔物の代表》!」
「閉じろ」
「魔王の次は魔物の代表とバトルですかあ……」
ヒガシが画面を消したところで、ニムラの端末が鳴った。
《確保作戦 確認事項》
ニムラは開いた。
接触地点。
その周囲に置く反転術式。
対象到着確認後、即確保開始。
一通り、すでに組まれている。
上部に、短い記載があった。
《実施判断:イチノセ職員の確保が妥当》
《確認者:勇者ニムラ》
「……」
ニムラはその記載を隠すように地図を拡大した。
「反転術式、範囲足りてるか? これ」
ヒガシが資料を見る。
「足りてますね」
「そうか。仕様書はあるか」
「ありますよ」
仕様書を開く。
範囲、出力、起動位置、退避経路。
一つずつ確認する。
少しして、また通知が鳴った。
《確保作戦 追加確認》
「また来た」
ミナミが言った。
「ああ」
ニムラは開いた。
「ここ、外周一つ空いてないか」
「いや、ここはこっちで足りますよ」
「……そうか。一応もう一度確認してくれ」
「ま、足してもいいですけど」
数分後。
《修正版》
ニムラはもう一度開いた。
修正した資料と仕様書をもう一度照らし合わせてから送り返した。
抜けはなかった。
「……よし」
高度魔物の案件を開き直す。
マエ。
チユ。
イチノセ。
少し見て、閉じた。
また通知が鳴る。
《確保作戦 追加確認》
ニムラはすぐには開かなかった。
「ニムラさん?」
「……いや」
開く。
確認するたび、作戦は少しずつ確実になっていった。
◇
その日の夕方、マミヤから連絡が来た。
『特務処理班の配置、見たよ』
「どうでしょうか」
『あれで大丈夫そう。こっちでも準備しとくね』
「お願いします」
『勇者隊は予定通り?』
「はい。現場対応に入ります」
『そっかー。びっくりだねえ』
「なにがでしょう」
『イチノセちゃんを捕まえることになるなんて』
「……まあ、そうですね」
『大丈夫?』
少し間があった。
「はい、この作戦なら現実的に、事態への対処が――」
『うん、それはわかってる』
マミヤは同じ調子で続けた。
『ニムラくんはどうしたいの?』
ニムラは息を吸い込んだが、言葉は出なかった。
だからそのまま吐いた。
気づけば、三回呼吸を繰り返していた。
喉が乾いた。
カップに水は残っていなかった。
マミヤは何も言わなかった。
息が漏れた。
「もう、やめたいです」
『わかった。任せて』
息を吸い込んだが、言葉は出なかった。