――第七病棟。
「雰囲気あるね」
サカキが車両を止めた。
「やっぱり幽霊いるんですかね?」
イチノセが窓の外を見ていると、ニムラがドアを開けた。
「居るだろう。廃病棟だからな」
三人が車両を降りる。
入口の柵がずれ、二人分ほどの足跡が建物へ続いている。
「肝試しかな」
「イチノセ、位置の確認」
イチノセは装備鞄を下ろし、端末を開いた。
「はい。建物の中に反応はありますね。ただ、動いて……。いや、飛んでる?」
「怪奇現象だろう」
ニムラは班長端末から通報者の番号を呼び出す。
「まず話を聞く」
二度目の呼出音でつながった。
『はい!』
女の声だった。
「第三特務処理班です」
『ありがとうございます。助けてください!』
『出られないんです! なんか目印も無くなったり出てきたり!』
『待って、ちゃんと説明しなきゃ。赤い扉が』
「先に、負傷者は」
『あ、それは大丈夫です』
「了解です。三人とも、今そこにいますね」
『はい! ずっとここにいます!』
「イチノセ」
「……反応は移動してます」
「そうか」
『どこ行っても赤い扉に出るんです! でも触ってません!』
「……赤い扉」
『こら。入っちゃ駄目ですよ』
『うわ! 出た! 出た!』
「今、どういう状況でしょう」
『はい、今管理人が二人!』
「……こちらへ近づいていますか?」
『代わりました、管理人です。本物です。もう一人は向こうに立って、同じ事を言ってますね』
「危害を加える様子は」
『今のところはないです』
「わかりました。三人で固まり、その場から移動しないでください。通話も切らないように」
『よろしくお願いします』
「イチノセ、場所の詳細を聞け。サカキを誘導する」
「はい!」
ニムラは通話を維持したまま、端末をイチノセへ渡した。
「サカキ、入れるか」
サカキは入口の前に立ち、扉の奥を覗いた。
「うん、幽霊が居たらどうする?」
「報告しろ」
「了解」
サカキは通信端末を耳に着け、ライトを点けた。
「通信どう?」
「聞こえてる」
その扉を押し広げ、暗い病棟の中へ入った。
背後で外の明かりが細くなった。
サカキはライトを廊下の奥へ向ける。
剥がれた壁紙と並んだ病室。埃の上には、二人分の足跡が続いていた。
『サカキさんの反応、確認しました』
『分かった。サカキ、次の角を右』
「了解」
足跡を追い、角を右へ曲がる。
廊下の先の暗闇から、声がした。
「サカキ、次の角を右」
「了解」
『待て。なんだ』
「え?」
『何が了解なんだ』
「次の角を右だろ?」
『いや。もう曲がってる。真っすぐでいい』
「……了解」
サカキは後ろを振り返った。
誰もいない。
「ニムラ。さっき、二回言わなかった?」
『一回だ』
「……幽霊から指令が出た」
『報告は受けた。そのまま進め』
「了解」
サカキは廊下を進んだ。
『サカキ、そこを左だ』
左へライトを向ける。
「……左に道はないよ」
『図面では通路だが』
「赤い扉がある」
通路を塞ぐ赤い扉が立っていた。
『赤い扉ですか?』
「そう。触っちゃ駄目なやつ」
『扉以外に変化は』
「向こうから、なんか機械音が――」
「こら。入っちゃ駄目ですよ」
「うわっ!」
『サカキさんの前方に反応!』
ライトの中に、作業着姿の男が立っていた。
「……管理人?」
男は答えず、サカキの横を通り過ぎ、赤い扉の前まで歩いた。
その姿と扉が同時に消えた。
「……消えた」
『反応もありません』
『なるほど、幽霊だ』
扉のあった場所には、図面どおりの廊下が続いていた。
「今は進めるよ」
『進め』
「はい、了解」
サカキは廊下へ入った。
「……怖いな」
壁に掛かった細長い鏡に、白い顔が映った。
「誰だっ!」
反射的にライトを向ける。
黒ずんだ鏡だった。表面の傷と汚れが、顔のように見えている。
「……傷か」
『何があった』
「鏡。顔に見えただけ」
『異常は』
「俺が驚いた」
『そうか』
廊下を進む。
ライトの先に三人の人影が見えた。
男と女。その隣に、作業着姿の管理人。
「あっ! 助けに来てくれた人ですか!?」
サカキは三人を順に照らした。
管理人は、さっき消えた男とまったく同じ顔だった。
「……本物?」
「本物です」
管理人が答えた。
「こちらからも確認したいんですが、あなたは本物ですか?」
サカキが答えようとした時、通信からイチノセの声が響いた。
『サカキさんの位置が飛びました!』
『どうなっている』
『対象三名と同じ位置です! さっきまで別の通路にいたのに、突然――』
サカキは背後を振り返った。
歩いてきた廊下が、暗闇の中へ続いている。
移動した感覚はなかった。
「ニムラ」
『なんだ』
「三人、見つけた」
『全員いるか』
サカキは三人をもう一度見た。
「今のところは」
「三人とも、俺の後ろに。離れないで」
サカキが言うと、管理人がサカキの上着を掴んだ。男は女の手を取り、空いた手で管理人の袖を掴む。
『サカキ、来た道を戻れ』
「了解」
「ここを真っすぐ。次を右」
男が鏡を見た。
「うわぁっ!」
「それ、傷です」
サカキは歩きながら伝えた。
「え、あ、本当だ!」
四人は進む。
『サカキさん、四名の反応は移動しています』
「了解。このまま戻るよ」
次の角を右へ曲がった。
「そろそろ入口のはずだけど」
『待ってください。四名の位置が飛びました』
「……どこに」
『先ほど合流した場所です』
サカキがライトを前へ向ける。
廊下の正面に、赤い扉が立っていた。
「……こっちも戻ったみたいだね」
『三人は』
「います!」
三人の声が重なった。
「いる。ただ目の前に赤い扉だ」
サカキは後ろを振り返る。
歩いてきたはずの廊下は、先ほどとは壁の形が違っていた。
「ニムラ、外からの誘導じゃ無理そうだよ」
『そうだな、そこで待て』
「了解」
病棟の外で、ニムラは入口を見上げた。
「俺が入る」
「班長もですか?」
「縄をつける。外まで辿れるようにする」
ニムラは縄の一端を装備ベルトにつなぎ、もう一端を車両に固定した。
指先に小さな明かりを灯し、金具を確認した。
「異常があれば引け。お前は入るな」
「了解しました」
ニムラは通信端末を耳に着ける。
『通信確認、イチノセ』
『はい』
『サカキ』
『幽霊いるから気をつけて』
『ああ、報告は受けた』
指先の明かりを消し、ライトを手に取る。
『今から入る』
ニムラが扉を押し広げた。
病棟へ入ったニムラの装備ベルトから、一本の縄が入口の外へ続いていた。
『班長の反応、確認しました。縄もつながっています』
「了解。張りすぎないように持て」
『はい』
ニムラはライトを廊下の奥へ向けた。
「サカキ。現在地」
『まだ赤い扉の前。四人ともいるよ』
「そのまま待て」
『了解』
足跡を追い、最初の角を曲がる。
『位置反応、問題ありません』
「了解」
ニムラは縄を引きながら先へ進んだ。
◇
サカキは赤い扉から距離を取り、三人を背後へ置いていた。
「ニムラ、まだ?」
『今、最初の角を曲がった』
「こっちは変化なし」
その直後、廊下の奥で白い光が揺れた。
こつ。
こつ。
足音が近づいてくる。
暗闇から、制服姿の男が現れた。
片手にライト。腰には縄がつながっている。
「あ、ニムラ」
『なんだ』
サカキが止まった。
「いや、着いたの?」
『まだ着いていない』
「え?」
『俺はまだ、最初の廊下だ』
目の前の男は、どう見てもニムラだった。
同じ顔。同じ制服。同じライト。
腰から伸びた縄も、男の後ろの暗闇へ続いている。
「サカキ」
前方のニムラが言った。
『サカキ』
通信からも同じ声がした。
「……はい?」
「現在地」
『待て』
通信のニムラが言った。
『サカキ。それは俺じゃない』
「え」
『逃げろ』
「全員、こっち!」
サカキは三人を押すようにして、反対側の廊下へ走った。
背後から足音が追ってくる。
「ニムラ、なんか追ってきてる!」
『触れるな。距離を取れ』
「分かってる!」
角を曲がる。
ライトの先に、人影が立っていた。
またニムラだった。
「サカキ」
「うわっ!」
「まだ着いていない」
「ニムラ、前にもいる!」
『俺は前にはいない』
「じゃあどっち行けばいいの!」
『右へ曲がれ』
サカキは横の通路へ飛び込んだ。
三人も続く。
「よし、こっちは――」
病室の扉が開いた。
中からニムラが出てきた。
「イチノセ」
「わあ!」
女が叫ぶ。
反対側からも、もう一人。
「横にもニムラ!」
振り返ると、先ほどまで誰もいなかった廊下にも二人立っていた。
さらに奥から一人。
角の向こうにも人影が見える。
「触れるな」「サカキ」「逃げろ」「イチノセ」「待て」「現在地」
「ニムラ、増えてる!」
『何人いる』
「分かんない!」
『数えろ』
「今それ言う!?」
イチノセの声が割り込んだ。
『班長! 位置反応が増えています!』
『いくつだ』
『四……六、待ってください。また出ました!』
廊下の照明が一度だけ白く点滅した。
暗くなる。
サカキがライトを上げた。
廊下の両側に、ニムラが並んでいた。
病室の入口。
曲がり角。
赤い扉の前。
走ってきたはずの廊下。
どこを見ても、同じ顔がある。
ライトを持っている者。
腰から縄を伸ばしている者。
その縄は暗闇へ続き、壁の中へ入り、途中で消えていた。
『班長が、いっぱいいます!』
「見れば分かるよ!」
管理人が廊下を見回した。
「班長さん、多いですねえ」
「だから見れば分かるって!」
大量のニムラが、廊下の中からこちらを見ていた。
「わあああああああああ!」
カップルと管理人とサカキは、四人そろって絶叫した。