サカキは机の前に立っていた。
向かいにはマイタニ。その隣で、カテキが端末を見ている。
「すみません。確保には失敗しました」
「理由は聞きました」
マイタニは机の上の資料へ目を落とした。
「まずは、それの調査ですね」
「……ありがとうございます」
「いえ、信用しているので。それに、強い味方ができそうです」
「味方?」
「ノアからです」
サカキの端末にも資料が送られてくる。
簡単な報告書だった。
高度化した魔物について、現時点で確認できた行動。その分類案。判断基準。
途中に、見慣れない言葉があった。
「認知行動基準……?」
「まだ仮称です」
「へえ」
「本人も、断定はできないと言っています。ただ、協力してくれるなら自分は役に立つ、と」
「まあ、それはそうでしょうね」
「でしょうね」
マイタニが笑った。
サカキは端末を閉じる。
「あとは、ニムラですか」
マイタニの表情が戻った。
「ええ、作戦外行動は処罰対象です」
「ですよね」
「勇者隊はどうします?」
カテキが聞いた。
マイタニは椅子へ深く座り直す。
「そうなんですよね。ようやく軌道に乗ってきたところなので」
「勇者が問題行動を起こした、となると、勇者だけでなく勇者隊そのものの評判にも響きますね」
「ええ。とはいえ、ここで勇者隊ごと捨てるには惜しい」
「管理局内部の反発もあるでしょう」
「それもあります」
サカキが端末を指で叩く。
「それなんですが」
「はい?」
「今回の高度魔物の件と俺の判断、使えませんか」
マイタニがサカキを見る。
「ほう。といいますと?」
「ニムラの処分と勇者隊、あとニムラがやめたいって話も、まとめて何とかできるかも」
◇
「ねー、どうなると思う?」
ヒガシがソファに沈み、アイスを食べながら言った。
「わかんないね。ていうか、なんで止めなかったのよー!」
ミナミが言う。
「だって、ニムラさん必死そうだったし……」
「ま、謝ってはくれたんだろ」
キタがニムラの席を見る。
ニムラの席は、今日も空いたままだった。
ヒガシはスプーンを咥えたまま答えた。
「そだけどさ。ニムラさん、いなくなっちゃうのかなあ」
「ねー。寂しい」
「そうなると、勇者隊がどうなるかだな」
キタが言うと、ミナミが勇者隊のポスターを眺めた。
「勇者隊、続けたいけどなあ」
ヒガシはアイスを持ったまま、自分の席へ戻る。
「しんどいけどね」
「ニムラがいないと、多分もっとしんどくなるぞ」
ヒガシが机に突っ伏した。
「ニムラさん帰ってきてよー!」
◇
「久しぶり」
ニムラが声をかけると、イチノセが振り返った。
「班長」
「いや、もう班長じゃないよ」
イチノセは少し考える。
「そっか。勇者ですもんね」
「うん」
イチノセが一歩下がった。
「捕まえに来たんですか?」
「待て待て」
ニムラが両手を上げた。
「もう勇者も辞めたから」
イチノセの手が止まった。
「……え?」
「もう勇者でも班長でもない」
ニムラの両手がピースに変わった。
「問題行動が原因ってことになったらしいな」
「班長がですか?」
「元班長だ」
「何したんですか」
「一瞬、転移できただろ」
「……転移?」
「あの時」
少しして、目を見開く。
「マエが転移できた時の!」
「覚えてなかったのか」
「あ、いや。あれ、班長だったんですか?」
「そう」
「……えっと」
イチノセは視線を落とした。
「ありがとうございます」
イチノセが顔を上げた。
「班長、あ、えー、ニムラさん?」
「どっちでもいいよ」
「元勇者の方」
「長いな」
遠くでマエが動いている。
チユはその後ろをついていた。
「そういえば」
ニムラが言った。
「サカキが心配してたぞ」
「……そうですか」
「何か言いたいことあるかって聞いてみたんだけど」
「謝られても困りますよ」
「いや」
ニムラは首を振った。
「捕まえに行くから、覚悟しとけって」
一瞬、イチノセは何も言わなかった。
それから吹き出した。
「なんですか、それ」
イチノセはまだ笑っている。
「じゃあ、頑張って逃げますね」
◇
《勇者ニムラ、辞職》
《管理局、ニムラ氏の辞職を正式に受理》
《独自行動で被害拡大を回避 本人の申し出により退任》
魔力管理局は本日、勇者ニムラの辞職を正式に受理したと発表した。
ニムラ氏は先日の高度魔物捕獲作戦において、作戦外から独自に介入。管理局は事後調査の結果、この行動が事態の悪化を防ぐ方向に働いたとしています。
一方、作戦外行動そのものについては規則上の問題があったとして、ニムラ氏本人から責任を取り辞職したいとの申し出があり、管理局がこれを受理しました。
ニムラ氏が有していた勇者としての権限は、本日付ですべて失われます。
《異例の辞職 勇者制度は今後どうなる》
《英断か独断か》
《勇者隊、隊長辞職後も活動を継続》
『――以上、元勇者ニムラ氏の辞職についてお伝えしました』
画面が切り替わった。
『続いて、第百十一回を迎える全国魔法競技大会についてです』
第五章 完