スキル(笑)ってとんでもないね……~うちを笑った相手が死ぬんですが、これはうちのせい?~   作:tuna&mayo

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第001話 スキル(笑)って

 

 

血は、思っていたより赤かった。

 

 床に広がったものは、場所によって色が違う。

 薄く伸びたところは明るい。

 石材の継ぎ目に溜まったものは暗い。

 すでに乾き始めている部分は、赤というより黒に近かった。

 

 凪沙は頬についたものを親指で拭った。

 

 まだ少し温かい。

 

 顔を上げる。

 

 天井は高い。

 その一部が落ちている。

 白い石柱には斜めに深い傷が入り、壁際では何かがまだ燃えていた。

 火は小さい。すぐに広がる様子はない。

 

 床には人が倒れている。

 

 鎧を着た兵士。

 豪華な服の男。

 制服姿の少年。

 

 見覚えのある顔もあった。

 

 動いている者は少ない。

 

 右奥から呻き声。

 左側の扉の向こうから複数の足音。

 

 近づいている。

 

 自分の身体に大きな怪我はない。

 

 右手の甲に浅い切り傷。

 左肩に打撲。

 

 呼吸は少し速い。

 

 疲れてはいる。

 

 それだけだった。

 

 凪沙は自分の両手を見た。

 

 血がついている。

 

「……どうすんの、これ」

 

 返事はなかった。

 代わりに、視界の端へ文字が浮かんだ。

 

《敵性対象:残存なし》

 

《処理終了》

 

「……処理、ねぇ」

 

 凪沙はもう一度、広間を見回した。

 少し前まで、ここには凪沙のほかに、同じ制服を着た見慣れた十一人がいた。

 兵士も、貴族も、もっと大勢いた。

 

 今日の放課後までは、こんな場所が実在することすら知らなかった。

 それがどうしてこうなったのか。

 

 凪沙は壁へ背中を預けた。

 

 始まりは、少し前だった。

 

 放課後の教室には、たまたま十二人残っていた。

 何か特別な集まりがあったわけではない。

 部活へ行く前の者。

 課題を終わらせている者。

 スマートフォンを触っている者。

 友人同士で喋っている者。

 理由はばらばらだった。

 

「佐倉」

 

 呼ばれて、凪沙は顔を上げた。

 前の席にいた女子が、教卓の横に積まれた教材を指している。

 

「これ職員室まで持つの、手伝ってくれない?」

 

「いいよ」

 

「助かる」

 

「佐倉って、頼むと断らないよね」

 

「断る理由なかったし」

 

 女子の口元が緩んだ。

 

「そういうとこ、ちょっと変」

 

「どこが?」

 

 今度は小さく笑われた。

 

「その返し」

 

「分かんない」

 

 何が面白かったのか、最後まで説明はなかった。

 

 凪沙は席を立った。

 頼まれればやる。

 話しかけられれば返す。

 自分から輪の中へ入ることは少ない。

 近すぎると面倒が増える。遠すぎても、それはそれで目立つ。

 今くらいでちょうどよかった。

 

「だからさ、クラス召喚ものだったら、絶対最初にステータス確認するだろ」

 

 斜め前では男子二人が話していた。

 

「またその話?」

 

「重要なんだって。異世界で最初にやるべきは自分の能力確認だから」

 

「お前、異世界行く予定あんの?」

 

「可能性はゼロじゃない」

 

「ゼロだろ」

 

 笑い声。

 話している男子は、異世界ものが好きなのを隠していない。

 昼休みにも似たような話をしていた。

 

 そんな会話を聞いていた、その時だった。

 床が光った。

 

「誰のイタズラ?」

 

 誰かが笑った。

 足元に幾何学模様が浮かび、机や椅子を無視して、教室の床いっぱいに白い線が走る。

 凪沙は立ち上がった。

 光源は床。線は円形で、十二人全員が範囲内にいる。

 廊下側の扉までは四歩。窓まで二歩。

 男子の一人が扉へ身体を向けた。

 一歩目が出るより早く、光量が跳ね上がった。

 

「なんだこれ!」

 

「ちょ、まっ……!」

 

 白。

 音が消えた。

 足元の感触も消える。

 一瞬、身体が浮いた。

 次に靴底へ硬い感触が戻った時、教室はなくなっていた。

 凪沙は目を開いた。

 足元は石造りの床に変わり、高い天井の下、正面の階段の上には玉座があった。

 左右には鎧姿の兵士が並び、ローブを着た者もいる。

 周囲を見れば、さっきまで教室にいた十一人も全員いた。

 

「……マジ?」

 

 誰かが呟いた。

 例の男子が青い顔で周囲を見回している。

 

「いやいやいや……本当にクラス召喚じゃん……」

 

 凪沙は天井を見た。

 照明は火ではない。壁面に埋め込まれた石そのものが発光している。

 武装した兵士は三十人以上。出口は左右に一つずつ、背後には大扉。

 

 囲まれていた。

 

「ようこそお越しくださった、異界の勇士たちよ」

 

 階段の上。

 玉座に座った男が両手を広げた。

 年齢は五十前後。

 豪華な衣服。

 頭には王冠。

 その隣には若い男。

 さらに少し離れて、金髪の少女が立っている。

 少女だけは笑っていなかった。

 両手を身体の前で固く重ね、王ではなく凪沙たちを見ている。

 

「ここはアルヴェイン王国。そして余は、この国を預かる王である」

 

「王……?」

 

「異世界?」

 

「嘘だろ……」

 

 クラスメイトたちがざわめく。

 王は続けた。

 

「北方では魔物の群れが国境を越え、東では隣国が兵を集めている。昨年の凶作で軍も民も疲弊しておる。このままでは、我が国は遠からず立ち行かなくなる」

 

 王の声に迷いはなかった。

 

「ゆえに我らは、古き召喚術へ頼った。別世界より、高い資質を持つ者を招く術だ」

 

「勝手に呼んだってこと?」

 

 誰かが言った。

 王の隣の若い男が一歩前へ出る。

 

「国民の命が懸かっている。非礼は承知しているが、我々にも退けない事情がある」

 

 凪沙は男を見る。

 二十代前半くらい。王と似た意匠の装飾を身につけている。

 王族。それも、立ち位置からすれば王太子あたりか。

 

「お父様」

 

 金髪の少女が口を開いた。

 

「やはり、この方法は間違っています」

 

 広間が静かになった。

 

「アリシア」

 

「この方々は、何も知らずに連れてこられたのですよ」

 

 少女、アリシアは凪沙たちへ視線を向けた。

 

「国を救うためだからといって、別の世界の方々の人生を奪ってよい理由にはなりません」

 

「国民の命が懸かっている」

 

 王太子が答えた。

 

「理想だけで国は守れない」

 

「だからといって」

 

 アリシアは階段を一段下り、凪沙たちと王の間へ入ろうとした。

 左右の近衛が進路を塞ぐ。

 

「退いてください。少なくとも、この方々が拒否できる場を――」

 

「元の世界には、帰れる?」

 

 凪沙が聞くと、アリシアはすぐにこちらを見た。

 

「……今すぐには」

 

「そっか」

 

 アリシアは帰れるとも、帰れないとも断言しなかった。

 凪沙も、それ以上は聞かなかった。

 

「十分だ」

 

 王が止めた。

 アリシアは何か言いかけ、唇を結んだ。

 王は迷わず話す。

 王太子もそれを止めない。

 アリシアだけが、ずっと口元を固くしていた。

 凪沙は三人を順番に見た。

 

「……めんどくさそう」

 

「佐倉、お前それ今言う?」

 

 隣の男子が小声で返した。

 

「だって面倒そうだし」

 

「いや、そうだけどさ……」

 

 王の説明は続いた。

 そして最後に、召喚された者にはこの世界固有の能力が宿る可能性があると告げられた。

 ざわめきの質が変わった。

 

「能力?」

 

「魔法とか?」

 

「勇者ってやつじゃん!」

 

 さっきまで青い顔をしていた者まで、水晶へ身を乗り出した。

 オタク男子だけは頭を抱えていた。

 

「テンプレすぎる……」

 

 鑑定用だという水晶が運ばれてきた。

 一人ずつ手を置く。

 最初の男子。

 

《聖騎士》

 

「うおっ!」

 

 兵士たちから感嘆の声。

 次。

 

《大魔導》

 

「え、私!?」

 

 次。

 

《神癒》

 

 また歓声。

 

《剣豪》

 

《結界師》

 

《魔弓》

 

 細かな効果は分からないが、名前だけでも強そうだった。

 王は身を乗り出した。

 王太子の口元も緩む。

 アリシアの視線だけは、水晶ではなく鑑定を受けた生徒へ向いていた。

 順番が進む。

 凪沙は特に期待していなかった。

 何が出ても、使い方を覚える必要がある。

 それだけだ。

 

「次、佐倉」

 

「ん」

 

 水晶の前へ出る。

 手を置く。

 冷たい。

 薄い光。

 水晶の上に文字が浮かぶ。

 

《笑》

 

 凪沙は見た。

 もう一度見た。

 一文字。

 

「……笑?」

 

 誰も声を出さなかった。

 数秒。

 凪沙自身の口元がわずかに歪んだ。

 さすがに、これはひどい。

 自分へ渡された一文字の雑さに、乾いた笑いが漏れた。

 

「……スキル、笑。ひど」

 

「ぶっ」

 

 後ろで誰かが吹き出した。

 

「いや、待て待て」

 

 オタク男子の声。

 

「それ、笑わない方がいい」

 

「は?」

 

「いやマジで。こういう意味分かんない一文字スキル、一番ヤバいやつだろ!」

 

「お前またそれかよ!」

 

「だって《笑》だぞ?」

 

「だからだよ!」

 

 最初に笑った男子につられ、別のクラスメイトが口元を押さえた。

 列の端にいた若い貴族も吹き出す。

 その近くの兵士が二人、顔を見合わせて笑った。

 広間全体ではない。

 笑っていない者の方が多い。

 王も笑わない。

 王太子も、眉を寄せて水晶を見ている。

 アリシアも笑っていない。

 オタク男子はむしろ青ざめていた。

 ほかにも、不安そうに凪沙を見ている女子と、完全に固まっている男子がいる。

 凪沙は周囲を見た。

 

 教室で笑われた時は、何が面白いのか分からなかった。

 今は、理由が分かる。

 《笑》の一文字。名前だけなら、うちでも笑う。

 だから、別に腹は立たない。

 そう思った時。

 視界の中央へ、見覚えのない文字が現れた。

 

《嘲笑を確認》

 

「……ん?」

 

《対象登録開始》

 

 次々に数字が流れる。

 筋力、速度、耐久、魔力。見たこともない数値が、次々と足されていく。

 

《加算完了》

 

 続いて、技能名が並ぶ。

 

《剣術》

 

《火球》

 

《身体強化》

 

《治癒》

 

《槍術》

 

《加速》

 

「……多いな」

 

 凪沙は瞬きをした。

 笑い声はまだ残っている。

 足に力が入った。

 入れた覚えはない。

 

「……あ」

 

 違う。

 

 動こうとしたんじゃない。

 

 動かされている。

 勝手に動いた右足の下で、石床が砕ける。

 次の瞬間、凪沙の身体は最初に笑った男子へ向かって飛んでいた。

 

 

 

 

 

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