スキル(笑)ってとんでもないね……~うちを笑った相手が死ぬんですが、これはうちのせい?~ 作:tuna&mayo
朝。
「マスター! 見てください!」
ココが部屋へ飛び込んできた。
「見てる」
「まだ何も見せてません!」
「ココを」
「わたくしではなくこちらです!」
腕を引かれ、昨日作った浴室の前まで連れていかれた。
扉を開くと、湯気が流れてきた。
「お風呂です!」
「昨日作ったね」
「完成後の初入浴です!」
凪沙は浴室を見る。広くはなく、石張りの床に湯を張った浴槽と洗い場。それだけだった。
「普通」
「マスターが豪華設備を全部却下したんです!」
「お湯出ればいいし」
たぶん違わない。
でも、風呂は欲しかった。
森では身体を拭くくらいしかできなかったし、王城から着ている服もそろそろ限界だった。
「服も作れる?」
「もちろんです!」
ココの機嫌が一瞬で直る。
「かわいいお洋服をご用意します!」
「普通ので」
「まだ何も提案してません!」
『妥当です』
「エミさん!?」
服は作れた。
生成候補には、凪沙が知っている形に近いものが並ぶ。自分で細部まで覚えているものはかなり近いが、曖昧なものは少し違う。その一方で、凪沙自身がすぐには思い出せない形まで混じっていた。
「これ、うちが覚えてるやつ?」
「それもあると思います!」
「それも?」
「契約時にシステム側で取得された情報も候補生成に使われているようですが、わたくしには参照元の内容までは見えません!」
「便利だけど、雑だね」
「便利です!」
無地のシャツ、動きやすいズボン、下着、靴下、靴。どれもゲージの減りは小さい。
「安い」
「日用品ですから!」
ココが表示を覗き込む。
《DP残量:■■■■■■■■□□》
「まだ余裕があります!」
「じゃあ予備も」
「はい!」
同じものをもう一組。
少し減る。
それでも、以前試した焼き菓子より安かった。
「服よりお菓子の方が高いんだ」
「マスター基準ですから!」
『価格決定要因の全容は未確定です』
「分かってる」
髪留めのことは見なかった。
候補一覧を閉じる。
「お風呂入ってくる」
「はい!」
「覗かないでね」
「覗きません!」
『監視機能を一時停止します』
「エミも」
『停止します』
扉を閉めた。
昼。
新しい服でコアルームへ戻ると、ココが走ってきた。
「マスター!」
「今度は何」
「見てください!」
「また?」
「今度こそ大事件です!」
ココが右腕を見せる。肘の少し下が、薄く赤くなっている。
「怪我?」
「訓練中に転びました!」
「また転んだんだ」
「そこではありません!」
【表層損傷を確認】
「治る?」
「もちろんです!」
ココが胸を張る。
「人型端末はダンジョン機能の一部ですから! 損傷はDPで修復できます!」
「へえ」
「こちらです!」
表示が開く。
《修復》
《DP消費予測:■□□□□□□□□□》
修復だけで一マスを使う表示だった。
「……高くない?」
「え?」
ココも見る。
「高いです!」
「転んだだけで?」
「表面を少し擦っただけです!」
『損傷規模に対して消費予測が高い値を示しています』
「バグ?」
『異常は確認できません』
「また?」
宝石、焼き菓子、髪留め。前にも、値段の並びがおかしいことがあった。
「マスター由来の補正でしょうか?」
「知らない」
『可能性は否定できません』
「じゃ放っとけば?」
「え」
「そのくらいなら治さなくても」
ココが自分の腕を見る。赤く、少し擦れているだけだ。
「自然には?」
「時間をかければ自己修復します! この程度なら半日くらいです!」
「じゃ放っとけば?」
「え」
「痛い?」
「少し!」
「じゃ直そ」
「はい!」
凪沙が承認する。
《修復実行》
ゲージが減った。
ココの腕を淡い光が覆う。
『修復処理に伴う負荷の一部を、契約経路上でこちらへ迂回させます』
「エミ?」
『既存の接続経路を利用します。短時間であれば処理可能です』
「そんなことできるんですか?」
『比較対象がないため、通常仕様かは判断できません』
「わたくしも知りません!」
「誰も分かんないんだ」
凪沙が頼んだわけではない。エミの方から、ココの修復に伴う負荷を引き受けた。
数秒。
赤みが消える。
「治りましたぁ!」
「よかったね」
「はい!」
返事の直後、エミの応答表示が一度だけ遅れた。
「エミ。負荷」
『通常値を超過しています。回復まで、約三分』
「先に言って」
『次回から通知します』
ココが自分の治った腕ではなく、エミの表示を見る。
「エミさん。わたくしの修復を急がなくても、半日で治りました」
『痛覚反応の継続を非効率と判断しました』
「それでも、エミさんが無理をするかは別です。次はわたくしにも聞いてください」
少し間があった。
『受諾します』
「代わりに、三分間は外周監視をわたくしがすべて担当します!」
『お願いします』
エミの応答表示が消えた。
停止したのではない。
処理を減らし、回復を優先しているだけ。
分かっている。
それでも、いつも返る声がないと、部屋の広さが少し変わったように見えた。
「三分です」
ココが言った。
「うん」
「わたくしが見ています」
「うん」
ココは外周表示を三枚同時に開いた。
入口。
通路。
コアルーム周辺。
さっきまでエミが補助していた範囲を、自分の表示へ一つずつ移していく。
「多い?」
「多いです!」
「減らす?」
「いいえ。三分ですから」
声は大きいままでも、表示を動かす指は慎重だった。
凪沙は追加改修の画面を閉じる。
今できることを増やせば、ココの見る範囲も増える。
待つ方がいい。
一分。
ココが入口の水量を確認する。
二分。
凪沙は呼びかけそうになり、やめた。
返事が欲しいだけで処理を増やすのは、回復を待つ選択と合わない。
三分。
『処理負荷が通常範囲へ戻りました』
声が戻る。
ココの肩が下がった。
「エミさん。外周に異常はありません!」
『引き継ぎを確認しました。ありがとうございます』
「どういたしまして!」
凪沙は閉じた改修画面を、そのままにした。
「今日は、もう増やさない」
『合理的です』
「評価じゃなくて」
凪沙は声のする場所を見る。
「戻ったなら、それでいい」
エミの返答は一拍遅れた。
『はい』
二人は凪沙を介さず、互いの負担を調整した。
「今日は追加改修なし」
「ですが、ポイントが」
「二人とも戻ってから」
凪沙は、ココの痛みとエミの処理負荷を別々に確認し、運営予定を変えた。
ココが腕を振る。
右。
左。
そのまま一回転。
足がもつれた。
「わっ」
凪沙は腕を掴んだ。
止まる。
「……」
「……」
「また修理する?」
「気をつけます!」
「そうして」
『学習を推奨します』
「しています!」
「壁にはぶつからなくなったもんね」
「成長しています!」
確かに。
最初は三歩で壁にぶつかっていた。
今は走って、転びかけるくらいになった。
進歩なのかは少し怪しい。
夕方。
《外部反応:5》
「また来ました!」
「今日は五人」
「順調です!」
ココが監視表示を開く。
最近、入口へ人が来る回数が増えた。
最初の三人。
次の四人。
今日は五人。
同じ顔も混じっている。
「前に来た人いる」
「お客様です!」
「侵入者じゃなかった?」
「侵入してくださるお客様です!」
「言い方」
『DP取得源としては正確です』
「エミさんは分かってくださいます!」
「経営者が二人になった」
『否定します』
「また否定されました!」
五人が入ってくる。
罠は昨日から少し変えてある。
怪我をしにくい。
でも進みにくい。
滑る床。
戻される通路。
浅い落とし穴。
突然閉まる扉。
水。
また水。
「水多くない?」
「安いんです!」
「ココも値段で決めるようになったね」
「経営です!」
一人が水を浴びた。
「またかよ!」
別の一人が笑う。
「だから着替え持ってこいって言っただろ!」
笑い声。
《笑》は動かない。
凪沙はそのまま見ていた。
「楽しそう」
「恐怖のダンジョンです!」
「うん」
「信じてませんね!?」
「信じてる」
「間がありました!」
五人は二時間近く残った。
前より進んだ。
何度も戻った。
最後は疲れて座り込んだ。
「今日はここまでにしよう」
「次はあの分岐だな」
「新しい地図持ってくる」
「また水対策いるぞ」
帰っていく。
《DP残量:■■■■■■■■■□》
「増えた」
「大盛況です!」
ココが胸を張る。
凪沙は残ったマスを見渡す。朝に服を作り、昼にココを直し、夕方には攻略者が来て帰った。
減って、増える。今のところ、それで回っている。
「マスター?」
「何」
「何か作りますか?」
「今日はいい」
「では明日!」
「元気だね」
「はい!」
ココが笑う。
腕に傷はない。
凪沙は一度だけそこを見た。
「転ばないでね」
「努力します!」
『達成確率は低いと推定します』
「エミさん!?」
「うちもそう思う」
「マスターまでぇぇぇ!」
コアルームに声が響く。
今日は、外へ出る理由も特になかった。