スキル(笑)ってとんでもないね……~うちを笑った相手が死ぬんですが、これはうちのせい?~ 作:tuna&mayo
朝。
静かだった。
凪沙は目を開ける。天井も壁も、被っている毛布もいつもと同じだった。
違うのは音だった。
「……ココ?」
返事がない。
『人型端末は現在、コアルーム外周部にいます』
「何してるの?」
『入口側設備の点検です』
「一人で?」
『はい』
「珍しい」
凪沙は起き上がった。
昨日までなら、目を開けた時点で風呂や罠、DP、朝食、名前もない新機能と、何かしら聞こえていた。
今日はない。
「静か」
『騒音量は通常時より低下しています』
「そこまで測らなくていい」
『記録します』
「しなくていい」
着替えて顔を洗い、焼いたパンと水、それに少しだけ甘いものを出す。
いつもの位置へ二人分を並べてから、凪沙は一つを戻した。
ココは食べなくても平気だが、一緒に味を選びたがる。
効率には関係のない空席だけが残った。
「これ高いんだよね」
『主観補正の影響が疑われます』
「まだそれ言う?」
『観測結果です』
「そ」
静かなまま食べる。
悪くはない。けれど、凪沙は一度、入口側を見る。
「まだ?」
『点検継続中です』
「そっか」
また食べる。
昼前。
「戻りましたぁぁぁ!」
「うるさ」
「第一声がそれですか!?」
「いつも通り」
「では安心しました!」
「何が」
「マスターです!」
意味は分からない。
ココは膝も袖も頬も泥だらけだった。
「何したの?」
「入口付近の排水路を直してきました!」
「一人で?」
「はい!」
「直った?」
「排水も、入口の偽装も問題ありません!」
『補修値の正常化を確認しています』
「一人でできたんだ」
「はい。わたくしのダンジョンですから!」
「そこは認める」
「やりました!」
ココが胸を張る。
泥が落ちた。
「洗ってきたら?」
「はい!」
走る。
「走らない」
「はい!」
歩く。
少し速い。
でも転ばない。
凪沙は見送る。
【視線停留を確認】
「記録しなくていい」
『記録します』
「消して」
『拒否します』
「やっぱ消さないね」
『仕様です』
「たぶん性格でしょ」
『否定します』
風呂場へ続く廊下から、泥の塊が一つ落ちた。
ココが戻ってきて、無言で拾う。
今度は箒まで持ってきた。
エミが清掃範囲を指示し、ココが「分かっております」と小声で反論する。
ココは真剣に掃除し、エミも真面目に清掃範囲を指定していた。
「ふ」
凪沙の口から、小さく息が漏れた。
ココが振り返る。
「今、笑いました?」
「別に」
『《笑》の発動条件は不成立です』
ただ、二人のやり取りが少し可笑しかった。
風呂場の方から、ココの鼻歌が聞こえる。
静かではなくなった。
「……まあ」
『何でしょうか』
「別に」
午後。
《外部反応:0》
珍しく、誰も来なかった。
「暇です!」
「そうだね」
「罠を増やしましょう!」
「DP使うじゃん」
「では模様替え!」
「いらない」
「新しいお菓子!」
「高い」
「何もしないんですか!?」
「何もしない日あってもいいでしょ」
「ダンジョン経営者として不安です!」
「うち経営者なの?」
「マスターです!」
「違い分かんない」
ココは床へ座る。
今では普通に座れる。
最初みたいに脚の置き方で崩れたりしない。
「マスター」
「何」
「ここ、好きですか?」
凪沙はココを見る。
「急だね」
「暇なので!」
「理由が軽い」
「でも気になります!」
凪沙は部屋を見る。
最初は雨を避けるために入っただけだった。通路一本と部屋一つ、それにうるさいコアしかなかった。
今は、寝る場所も風呂も、食べ物も服もある。外から来た人が罠に引っかかって帰っていき、ココが騒ぎ、エミが口を挟む。
それが毎日になっていた。
凪沙は少し考える。
「……まあ」
「はい!」
「前よりは好き」
ココが止まった。
エミも何も言わない。
「何」
「い、いえ!」
ココの口元が緩む。
「そうですか!」
「うん」
「そうですかぁ!」
「二回言った」
「大事なので!」
ココは嬉しそうだった。
凪沙には、そこまで大きなことを言ったつもりはない。
前より。
それだけだった。
◇
「記念品を作りましょう!」
「何の」
「マスターが前より好きと仰った記念です!」
「作らなくていい」
『発言記録は保存済みです』
「消して」
『拒否します』
「エミさん、保管場所を二重化しましょう!」
『必要性を検討します』
「しなくていい」
凪沙は立ち上がった。
ココはもう生成候補を開いている。
金色の額縁。
巨大な石碑。
壁一面の文字。
「全部邪魔」
「では小さな記念板で!」
「何を書くの」
「『マスター、ここが前より好き』です!」
「公開しなくていい」
候補表示を閉じようとして、凪沙は別の項目で指を止めた。
薄い石板。
掌を二つ並べたくらいの大きさ。
書いて、消して、また使えるらしい。
「これなら?」
「地味です!」
「記念品じゃなくて」
凪沙は、姿のない一人へ意識を向けた。
「エミ、欲しいものある?」
ココが止まる。
エミもすぐには答えなかった。
『質問の範囲を確認します。機能上必要な設備ではなく、私が希望する物品ですか』
「うん」
『私は物品を使用できません』
「そういう答えじゃなくて」
『再検討します』
返事を待つ。
ココも口を挟まなかった。
『では、その石板を希望します』
「使えないって言ったじゃん」
『ダンジョン表示を介せば、文字情報を残せます。凪沙の睡眠中にココと決めた事項を、凪沙の起床後も同じ形で提示できます』
「報告用?」
『それだけではありません』
エミの言葉が一度止まった。
『私の判断を、凪沙の記憶やココの伝言へ依存せず残せます』
姿もなく、自分では物を持てない。それでも、自分で選んだ言葉を残すために石板を選んだ。
凪沙は生成表示を押した。
「じゃ、これ」
淡い光が集まり、薄い石板が床へ落ちる。
ココが両手で受け止めた。
「危ないです!」
「受け取れたね」
「そういう問題ではありません!」
石板の表面に、白い文字が浮かんだ。
『取得を確認しました』
「それ、エミが書いた?」
『はい』
「おお……!」
ココが石板を顔の前まで持ち上げる。
「エミさんの文字です!」
『情報表示です』
「文字です!」
『定義上は否定しません』
「では、わたくしも書きます!」
ココが表示用の細い石筆を作った。
石板の下半分へ、丸い文字を並べる。
『排水路の再点検――夕方』
「その横に、お菓子の新作検討です!」
「高いから後」
「予定へ書くのは無料です!」
「作れない予定増やすと邪魔」
『優先度を分けてください』
「では最重要で!」
『却下します』
「エミさんの板なのに、わたくしの意見が通りません!」
「エミの板だからじゃない?」
「確かに!」
納得が早い。
ココはお菓子の予定を一番下へ書き直した。
凪沙は空いた場所へ、自分でも一行だけ足す。
『決められない時は、先に言う』
夜中の排水路で、二人へ渡した条件だった。
「マスターの文字です!」
「うちも書けるよ」
『確認しました』
「消していいからね」
『必要がなくなれば消します』
記録すると言わなかった。
拒否もしなかった。
石板には、三人が別々に書いた内容が残った。
同じ文章ではない。
それで困らなかった。
夕方。
ココが新しい表示を開いていた。
「マスター」
「何」
「人型端末の完全再構築費、見ます?」
「なんで急に」
「昨日の修復費が高かったので、気になりまして!」
「見れば」
「では!」
《完全再構築》
《DP消費予測:■■■■■■■■■■》
「……全部?」
「全部です!」
「前から?」
「いえ!」
ココが表示を何度も切り替える。
「以前確認した時は、ここまでではありませんでした!」
「いつ見たの?」
「人型端末を作った直後です!」
「へえ」
『価格決定要因にマスター由来の補正が含まれている可能性があります』
「またそれ」
『今回の変動量は無視できません』
予測欄は、端から端まで黒いマスで埋まっている。
全部だった。
「……こんな高かった?」
「上がってます!」
「なんで」
「分かりません!」
『マスター由来の補正変化が第一候補です』
「そう」
凪沙はしばらく、並んだ黒い四角を見る。
「……へえ」
「反応それだけですか!?」
「今壊れてないし」
「そうですけど!」
「じゃいいじゃん」
「よくありません!」
「壊れなければいい」
「その通りです!」
ココが即座に納得した。
「では絶対に壊れません!」
「それは無理でしょ」
「努力します!」
「転ばないところからね」
「はい!」
凪沙は表示を閉じた。
表示はすぐに消えず、半拍だけ空中へ残った。
「遅い」
「あれ?」
ココが胸元の宝石へ触れる。
光が一度弱まり、すぐに戻った。
【ダンジョンポイント応答と接続出力に瞬間的な遅延を確認】
「痛い?」
「いいえ。今のところは!」
「今度出たら言って」
「はい!」
小さすぎて、原因は分からない。
それでも凪沙は、平穏の中に混じった遅延を覚えておいた。原因はまだ分からない。それでも今は、覚えておけばいい。
夜。
「マスター」
ココの声で、凪沙は目を開けた。
「何」
「外側に反応があります。かなり遠いですけど、三人!」
ココが広域監視の表示を開く。
【外部広域反応:3】
「冒険者?」
「そこまでは分かりません!」
「エミは?」
『現在、私の検知範囲外です』
「ココの方が遠くまで見えるんだ」
『ダンジョン外周の広域監視はココ側の機能です。私は接近後の詳細観測を担当できます』
「そっか」
凪沙は入口側を見る。遠く、すぐ来る距離ではない。
「強い?」
「まだ分かりません!」
『接近後であれば判定可能です』
「そっか」
「どうします?」
ココが少しだけ声を落とす。
凪沙は考える。
王都を出たばかりの頃なら、大きな足跡を見ただけで進路を変えた。
危ないなら避ける。
それでよかった。
今も、逃げようと思えば逃げられる。
たぶん。
「……来るかなぁ」
「分かりません」
「来たら?」
ココが聞く。
凪沙は毛布へ戻った。
「来たら考える」
「今考えなくていいんですか?」
「まだ来てないし」
『合理性はあります』
「エミさんが言うなら……」
「寝よ」
「はい」
ココも自分の場所へ戻る。
入口の向こう、ココの広域監視だけが拾った遠い三人がいる。まだ何者かは分からない。
凪沙は目を閉じた。
今夜は、ここで寝る。