スキル(笑)ってとんでもないね……~うちを笑った相手が死ぬんですが、これはうちのせい?~ 作:tuna&mayo
同じ日の昼――王城。
王城の大広間には、まだ惨劇の匂いが残っていた。
砕けた白亜の柱。幾筋も亀裂の走った石床。修復の手が入り始めた壁面にも、焼けた石と血の臭いまでは消えていない。
広間の一角には白布を掛けた長卓が並び、回収された遺品と犠牲者の名簿が置かれていた。
レオン・アークライトは、その手前で足を止めた。
「……ひどいな」
背負った大剣より先に目へ入ったのは、白布の端だった。
踏まないよう一歩だけ進路を変える。
「レオン」
後ろから、セシリア・ルミエールの声がした。
「先に、生存者から話を聞きましょう」
「分かってる」
「顔が怖いです」
「元からだろ」
「そういう意味ではありません」
返しながら振り向くと、銀髪の賢者はもう床の焦げ跡と亀裂を見ていた。杖は使っていない。残されたものから、何がどう動いたかを拾っている。
もう一人、クロエ・ヴァレンは壁際へ移っていた。
黒髪の斥候は短剣を抜かず、床にも触れない。ただ、砕けた石の向き、血痕の濃さ、靴跡と焦げ跡、わずかに残った魔力の痕跡を順に追う。
「血痕、移動跡、魔力残滓。かなり消されてる」
「誰に?」
「城側。たぶん修復優先で」
「仕方ないか」
「仕方ない。でも、調べにくい」
クロエがしゃがみ込み、広間の中央を指した。
「召喚陣の中心はあそこ。暴走開始地点も近い」
「召喚直後?」
「たぶん」
レオンは眉を寄せた。
十二人もの人間を別世界から呼び出し、その直後に一人が暴走した。そこだけ切り取れば、話は単純に見える。
「まだ分かりません」
セシリアが静かに言った。
「だから、聞きましょう」
「ああ」
分からないものを、分かった顔で斬る気はなかった。
三人は広間を離れ、生存者の待つ別室へ向かった。
◇
アリシアは、卓上に置かれた王家の印の前で三人を待っていた。
レオンが知っている王女は、もっと軽い顔で笑う少女だった。
今は背筋こそ伸びているが、目の下には濃い疲労が残っている。
父王と、王太子だった兄は死んだ。
王城機能は半壊し、死者と負傷者の確認さえ終わっていない。正式な戴冠もまだだというのに、残った王家直系は彼女一人。
救護、埋葬、治安維持、遺族への支援。王家にしか下せない決裁まで、父が使っていた印とともに彼女へ渡っている。
「勇者レオン様。賢者セシリア様。斥候クロエ様」
「様はいらない」
レオンは椅子へ腰を下ろした。
「呼ばれたから来た。それだけだ」
「ですが」
「アリシア」
セシリアが柔らかく止める。
「私たちは、あなたが子どもの頃から知っています。今さらです」
「……はい」
クロエは座らず、壁際に立ったままだった。
「早く本題」
「クロエ」
「時間ない」
「それはそうですが」
アリシアは一度だけ息を整えた。
「王城で、異世界召喚が行われました」
「知ってる」
答えると、彼女が顔を上げた。
「……ご存じだったのですか?」
「召喚術式の起動は分かる」
「完全には追えませんでしたが、かなり大きな空間干渉でした。王都の外からでも観測できる程度には」
セシリアの補足に、クロエが続ける。
「止めに来た。間に合わなかった」
アリシアの指が膝の上で強く組まれた。
「……申し訳ありません」
「なんであなたが謝る?」
「止められなかったからです」
「召喚したのは?」
アリシアは数秒黙った。
「父と、兄です」
「あなたは?」
「反対しました」
「理由」
「異世界の人間を、本人たちの意思もなく呼びつける行為だからです」
クロエが短く聞く。
「それだけ?」
「……いいえ。召喚術式には、休眠状態のダンジョンコアを利用した技術が使われました」
そこで初めて、レオンは背筋をわずかに起こした。
隣のセシリアからも、さっきまでの柔らかさが消える。
「何を使った?」
「休眠ダンジョンコアです」
「解析済みだったのですか?」
「途中までです」
「途中?」
「長く休眠していたコアを発見し、王国の研究機関が解析しました。召喚術式への転用が可能だと判断されて……」
「待ってください」
セシリアの声は穏やかなままだった。
だからこそ、レオンにはまずい話だと分かった。
「コアの自我確認は?」
「ありませんでした」
「なかった、ではなく。確認できなかった?」
「……はい」
「破損履歴は?」
「解析中、一度」
セシリアが目を閉じた。
「まずい?」
「かなり」
「説明」
「休眠コアは、停止しているとは限りません。機能だけを失い、判断領域や人格情報だけが残る事例があります」
アリシアの顔色が変わった。
「……ですが、研究者たちは」
「技術中枢として使えると判断した?」
「はい」
まだ仮説だ。
だが、無視していい材料でもなかった。
クロエが壁から離れる。
「召喚された人間は何人?」
「十二人です」
「生存」
「五人」
「帰還は?」
「四人は、王城に残った転送設備で保護区域へ移しています」
「元の世界じゃない」
「……はい」
「残り一人」
アリシアが息を止めた。
「佐倉凪沙、という少女です」
「暴走した本人?」
「はい」
レオンは腕を組んだ。
「何をした?」
「鑑定を」
「その前」
「……召喚後、事情を説明しました」
「拒否できるって言った?」
返事はなかった。
それで十分だった。
「言ってないんだな」
「父は、時間がないと」
「国が危ないのは分かる」
魔物の大侵攻も、疫病も、飢饉も、国境戦争も見てきた。
村が消えた夜も、目の前で救えなかった命もある。
国を守る者が、ときに何かを切り捨てなければならないことも、レオンは知っていた。
「分かるよ。俺たちも何度も見てきた。でも、それと本人の選択は別だ」
「はい」
「鑑定で何が出た?」
「《笑》」
「……笑?」
セシリアが聞き返した。
「表記も、その一文字だけです」
「効果」
「不明でした」
「その場で?」
「一部の者が、笑いました」
クロエの目が細くなる。
「本人を?」
「……はい」
「そのあと」
「能力が発動しました」
アリシアは、起きたことを順番に話した。
最初の一人。
止まらない身体。
攻撃。
王城側の制圧。
抵抗した者まで敵性対象へ組み込まれたこと。
そして最後に、少女が城を出たこと。
レオンは途中で口を挟まなかった。
セシリアも、クロエも同じだった。
質問も、否定も、推測も後でいい。まず、最後まで聞く。
「以上です」
部屋に短い沈黙が落ちた。
「洗脳、あるいは強制制御の可能性があります」
最初に口を開いたのはセシリアだった。
「私もそう思う。本人の意思と身体挙動が一致してない」
クロエが続く。
レオンは、今まで聞いたものを一つずつ並べ直した。
「召喚にダンジョンコアを使った。そのコアは解析中に破損してる。自我が残っていた可能性がある。召喚された少女のスキルが、本人の意思を無視して身体を動かす」
「……つながります」
「断定は?」
「できません」
「でも疑うには十分」
クロエの言葉に、レオンは立ち上がった。
「追う」
アリシアも立つ。
「殺すのですか?」
三人とも止まった。
レオンは振り返る。
「話を聞く」
「ですが、王城では」
「危険なら止める」
「それでも」
「アリシア」
レオンは少しだけ困った顔をした。
「俺たちが今まで戦ってきた相手は、話を聞く余地がない奴ばっかりだった」
人を食い、村を焼き、騙して殺す。降伏を装って背を向けた相手を襲う者もいた。
言葉が通じても、話が通じるとは限らない。
「でも、その子は違うんだろ?」
「……分かりません」
「だから聞く」
「もし本人が助けを求めているなら、助けます」
セシリアも立つ。
「騙してるなら見抜く」
クロエが続いた。
「危険なら止める」
レオンは最後に言った。
「それだけだ」
アリシアは、しばらく三人を見ていた。
「……私も行きます」
「駄目」
「なぜですか!」
「王城がこれで王女まで消えたら誰が残る」
「ですが、原因は王国に」
「だから残れ」
「レオン様!」
「様いらないって」
「今そこではありません!」
隣でセシリアが小さく笑い、クロエもわずかに口元を緩めた。
レオンには、ようやく知っているアリシアの声が少しだけ戻ったように聞こえた。
「場所は?」
「もう拾ってる」
クロエが答える。
「早いな」
「王都外周。北西。途中で痕跡薄れた」
「追える?」
「追う」
「頼む」
三人が部屋を出ようとしたところで、アリシアが卓上の小さな水晶板を差し出した。
「現地報告用の通信具です。王城に残った転移設備は、勇者様の位置標識を到着先の錨にできます」
「救助が必要になった時のためか」
「はい。通信が生きている限り、報告も受け取れます」
レオンは水晶板を受け取った。
扉が閉まる直前。
「レオン!」
振り返る。
「お願いします」
「何を?」
アリシアは、ほんの少しだけ迷った。
「……凪沙さんの話を、ちゃんと聞いてください」
「ああ」
レオンは頷いた。
「そのために行く」
◇
追跡へ出る前に、三人は生存していた召喚者四人の帰還を終わらせた。
セシリアが一人ずつ意思を確認し、元の世界への手動アンカーを組む。クロエが四人の証言を別々に記録し、レオンは術式の外周を守った。
四人は、王城で見たものを記憶から消す選択をした。
術式には時間がかかった。
それでも、凪沙の追跡を理由に召喚被害者の救助を後回しにする気は三人ともなかった。
最後の一人が元の世界へ戻ったことを確認してから、レオンは現地報告用の水晶板を腰へ収めた。
「行くぞ」
◇
三人が王都を出たのは、その日の午後だった。
森へ入ると、クロエが先を行き、セシリアが残留魔力を拾う。レオンは二人の死角を埋めるように周囲を見る。
街道から外れた人の足跡、古い焚き火、荷車の轍。クロエは歩調を落とさず、それらを拾っていった。
指示はほとんどない。
必要がない。
何年も、何十という戦場を、この三人で越えてきた。
「なあ」
「何です?」
「もし本当に洗脳されてたら」
「解除方法を探します」
「無理なら?」
「拘束します」
「それも無理なら?」
セシリアは少し黙った。
「止めます」
レオンも黙った。
その先を、前を歩くクロエが振り返らずに言う。
「でも、最初からそう決めない」
「分かってる」
「レオン、たまに顔で決めるから」
「決めねえよ」
「怖い顔する」
「元からだ」
「知ってる」
それで十分だった。
助けられたこともある。
間に合わなかったこともある。
何度も同じ道を歩き、何度も同じ相手と戦ってきた。
だから今回も順番は変えない。
まず、会う。
話を聞く。
それから決める。
「痕跡」
クロエが止まった。
レオンも同時に足を止める。
「新しい?」
「数日前」
「方向は?」
クロエが森の奥を指した。
ほぼ同時に、セシリアも顔を上げる。
「この先に、空間の歪みがあります」
「ダンジョン?」
「まだ断定できません。異質な魔力反応です」
レオンは森の奥を見た。
凪沙の痕跡。
その先にある、説明のつかない空間反応。
召喚術に利用された休眠ダンジョンコア。
本人の意思を無視して動いたという少女。
偶然と切り捨てるには、材料が重なりすぎている。
だが、まだ答えではない。
「偶然だと思う?」
クロエが聞く。
セシリアは答えなかった。
分からないものを、分かったことにはしない。
「行けば分かる」
レオンはそう言って、再び歩き出した。
誰も、まだ剣には触れなかった。