スキル(笑)ってとんでもないね……~うちを笑った相手が死ぬんですが、これはうちのせい?~ 作:tuna&mayo
昼前。
《外部反応:3》
「来ました!」
ココが監視表示を開いた。
「昨日の三人?」
「人数と進行方向は同じです!」
『接近対象三名を確認。昨夜の広域反応との一致率は高いです』
「今はエミも見えるんだ」
『詳細観測範囲へ入りました』
凪沙は毛布へ座ったまま、入口側の監視表示を見る。
映っているのは男一人と女二人。装備はこれまで来た攻略者より明らかに重く、先頭の男は大剣を背負って腰にも一本差している。後ろの銀髪の女は杖を持ち、もう一人の黒髪の女だけが軽装だった。
「強そう」
『戦闘能力は過去の侵入者を大きく上回る可能性があります』
「やっぱり」
「恐怖のダンジョンに相応しい挑戦者です!」
「嬉しいんだ」
「はい!」
ココは胸を張る。
「では歓迎を!」
「殺さないでね」
「もちろんです!」
『非殺傷条件を維持します』
「あと、罠弱めなくていい」
「初心者ではなさそうです!」
「そうだね」
三人が入口へ入る。最初の滑る床を踏んでも、男は止まらなかった。足が滑る直前に重心だけを変え、そのまま進む。
「……避けた?」
「踏んでます!」
「滑ってない」
『姿勢制御により転倒を回避しています』
「すご」
次の浅い落とし穴では、黒髪の女が一歩前へ出た。床には触れず、壁から天井まで視線を走らせる。
「そこ」
短く言う。
三人が避ける。
「見つかりました!」
「早いね」
「もう少し隠します!」
『侵入者の直近区画は変更できません』
「分かってます!」
「言われる前に言った」
「成長です!」
三人は印もつけず、迷わないまま曲がり角と分岐を抜け、戻される通路まで進んだ。そこで銀髪の女が足を止める。
「同じ魔力の流れです」
「左?」
「いえ。壁側」
杖が上がると淡い光が走り、隠していた構造が浮かび上がった。
「ばれた」
「解析系です!」
『高精度です』
「エミより?」
『比較条件が異なります』
「負けず嫌い?」
『否定します』
「今の間、怪しい」
『否定します』
「二回言った」
ココが監視表示へ顔を近づける。
「マスター、この方たち、全然引っかかりません!」
「強いんでしょ」
「罠ダンジョンの威厳が!」
「訓練所だし」
「恐怖のダンジョンです!」
その声は外には聞こえない。
三人はさらに進む。眠り霧は銀髪の女が杖を振るだけで散り、続く水には男が大剣を盾代わりに構え、黒髪の女がその後ろへ入った。
「連携してる」
「ですね!」
『役割分担が明確です』
「慣れてるね」
三人は一度も慌てなかった。罠を見つければ避け、分からなければ止まり、話して決めてから進む。
「……普通に強い」
「悔しいです!」
「楽しそうだけど」
「悔しいです!」
口元は笑っていた。
コアルームまで、残り二つ。
そこで三人が止まった。
黒髪の女がしゃがむ。
「足跡」
「誰の?」
「小さい」
凪沙は自分の足元を見る。
「うちの?」
『可能性があります』
「消し忘れた」
「生活感が出ています!」
「ダンジョンなのに?」
「恐怖の生活感です!」
「何それ」
黒髪の女が立つ。
「住人がいる」
男が答える。
「コア?」
「違う足」
「人?」
「たぶん」
銀髪の女が壁を見る。
「生活魔力の痕跡もあります」
「生活魔力って何」
「わたくしも知りません!」
『日常的な魔力使用痕跡を便宜的にそう呼称した可能性があります』
「便利な言葉だね」
三人が進む。
「来るよ」
「はい」
ココの声量が落ちた。
凪沙は立つ。
「逃げます?」
「なんで?」
「強いですよ?」
「来たら考えるって言ったし」
「……はい」
凪沙はコアルームを見る。奥の通路から設備用の狭い出口へ抜ければ、森へ出られる。
逃げ道はある。それでも、今は動かない。
【接触まで約二分】
「エミ」
『はい』
「勝手に動かないで」
【条件を確認】
「うちが攻撃されたら?」
『防御を優先します』
「殺さないで」
【可能な範囲で非殺傷を優先】
「それで」
「わたくしは!?」
「ココも攻撃されたら守って」
「はい!」
【保護対象を確認】
ココが凪沙を見る。
「マスター」
「何」
「……ありがとうございます」
「普通でしょ」
「はい!」
今度は声が戻った。
三人分の足音が、コアルームの手前で止まった。
「いるな」
男の声に、銀髪の女が続く。
「一人?」
「二人」
最後は黒髪の女だった。
ココが凪沙を見る。
「わたくし数えられてます!」
「よかったね」
「はい!」
足音が近づき、三人が部屋へ入った。武器は誰も抜いていない。
凪沙はまずそこを確認する。
男もこちらを見た。それからココ、中央のダンジョンコアと視線を移し、最後にまた凪沙を見る。
「佐倉凪沙?」
「そうだけど」
名前を知っている。
王城から来た。
たぶん。
「俺はレオン」
名乗った男が、少し期待するようにこちらを見る。
「知ってる?」
「知らない」
「そうか」
眉尻を下げた、困った顔。
「勇者です!」
ココが小声で言う。
「レオンのこと?」
「知識にあります!」
「有名なんだ」
「かなり!」
「聞こえてるぞ」
レオンが言った。
ココが固まる。
「……外に出てました!?」
「普通に喋ってるからな」
「そうでした!」
「忘れてたんだ」
「最近、内輪ばかりでしたので!」
銀髪の女が口元を緩める。
「話はできそうですね」
「できるよ」
「よかった」
凪沙は首を傾げる。
「何しに来たの?」
レオンは答える前に、両手を少し広げた。
武器に触れていないことを見せるように。
「話を聞きに来た」
「うちの?」
「そう」
「王城のこと?」
「それも」
「じゃあ話せば?」
三人が一瞬だけ黙った。
黒髪の女がレオンを見る。
「早い」
「俺も思った」
「何?」
「いや」
レオンは少し笑う。
「もっと警戒されると思ってた」
「強いんでしょ?」
「まあ」
「なら、逃げても追えるんじゃない?」
「追える」
「じゃ同じ」
レオンが黙る。
銀髪の女が凪沙を見る。
観察している。
「私はセシリアです」
「うん」
「こちらはクロエ」
「よろしく」
「軽い」
クロエが言った。
「重くする理由ある?」
「ない」
「そう」
短い返事だったが、嫌な感じはしなかった。
ココが凪沙の横へ寄る。
「マスター、この方たち怖くありません?」
「まだ」
「まだ!?」
「攻撃してないし」
レオンが頷く。
「するつもりもない」
「なら平気」
「少なくとも、今はな」
「正直だね」
「嘘つく意味ないだろ」
「それもそう」
セシリアが一度、息を吸う。
「では、確認させてください」
「うん」
「王城で発動した《笑》というスキルについて」
凪沙の視線が、三人から中央のコアへ移る。
エミは何も言わない。
「それ、今もある?」
「あるよ」
「意思はありますか?」
「ある」
「あなたとは別の?」
「たぶん」
レオンとセシリアの視線が一瞬だけ合った。クロエだけは動かない。
「身体を勝手に動かす?」
「動かす」
「今も?」
「条件次第」
「止められる?」
「前よりは」
セシリアが慎重に言葉を選ぶ。
「あなたは、その存在をどう認識していますか?」
「エミ」
「名前?」
「うん」
「あなたが?」
「つけた」
「本人は?」
「安直って言った」
『事実です』
勇者たちには聞こえていない。
けれど、ココはすぐに反応した。
「エミさんはもう少し喜ぶべきでした!」
『必要性を認めません』
セシリアの表情が変わった。
ほんの少し。
「……今、誰かと話しました?」
「エミ」
「聞こえません」
「そっか」
ココが口を開く。
「わたくしには聞こえます!」
三人の空気が変わった。
「あなたには?」
セシリアがココへ聞く。
「はい!」
「なぜ?」
「マスター契約後からです!」
レオンの顔から笑みが薄れ、クロエの視線がココから中央のコア、凪沙へと移る。姿のないエミまでは見えない。
「つながってる」
「はい!」
「コア経由?」
「たぶんです!」
『ダンジョン契約を介した情報経路です』
「エミさんもそう言ってます!」
セシリアが静かに息を吐く。
「……レオン」
「分かってる」
「何?」
凪沙が聞く。
レオンは凪沙を見る。
「俺たちは、そのエミって存在を疑ってる」
「そうなんだ」
「怒らないのか?」
「何で?」
「お前の……」
言いかけて止まる。
「仲間、みたいなものじゃないのか?」
凪沙は少し考える。
「仲間?」
「違う?」
「分かんない」
ココが横から口を挟む。
「エミさんはエミさんです!」
「それ答えになってるか?」
「なってます!」
「そっか」
レオンはココへ向き直る。
「君自身は、凪沙に残れと命令されているのか」
「いいえ!」
「離れたいと思ったことは」
「ありません。ただ、最初の契約はわたくしが急ぎすぎました」
ココは凪沙を見る。
「一時的なら、というお話を最後まで聞きませんでした」
「うん」
「怒っていますか?」
「解除できるかは先に知りたい」
「はい……」
「でも、ココが出たいなら止めない」
口にしてから、凪沙は気づいた。
今まで、ココ自身がここを出たいかどうかを聞いたことがなかった。
「わたくしは、ここにいたいです」
ココは迷わず答えた。
「ダンジョンだから、ではなく?」
レオンが確認する。
「マスターと、エミさんと一緒に運営したいからです」
凪沙は、その理由を勝手に別の言葉へ直さなかった。
レオンが少し笑った。
セシリアは笑わない。
「凪沙さん」
「何」
「私たちは、あなたがエミという存在に強制されている可能性を疑っています」
「うん」
「だから、可能なら分離したい」
ココの顔から笑いが消えた。
凪沙は動かない。
「エミを?」
「はい」
「どうやって?」
「まだ分かりません」
「じゃ無理じゃない?」
「調べさせてほしいんです」
「嫌って言ったら?」
レオンが答える。
「理由を聞く」
「それでも嫌なら?」
「危険がない限り、無理にはやらない」
「危険だったら?」
「止める」
「うちを?」
「必要なら」
「そっか」
凪沙は三人を見る。武器は抜いていないし、少なくとも今までの言葉に嘘もなさそうだった。
たぶん。
「ちゃんとしてるね」
「何が?」
「話」
レオンが目を丸くする。
「王城より」
誰も笑わなかった。
セシリアが先に頷く。
「では、話を続けても?」
「いいよ」
凪沙は毛布を指す。
「座る?」
三人がまた一瞬止まり、クロエが小さく言う。
「警戒心、薄い」
「逃げても追えるんでしょ」
「そうだけど」
「なら座れば?」
「……合理的」
レオンが苦笑した。
「お前、変わってるな」
「よく言われる」
「誰に?」
「今」
「初めてじゃねえか」
「じゃあ今から」
ココが笑う。
セシリアも小さく笑った。
《笑》は反応しない。
同時に、ココの輪郭がごく短く揺れた。
凪沙とエミは気づいた。
セシリアも、笑みを消してその揺れを見ていた。
「現在は安定して見えます」
セシリアは武器にも杖にも触れずに言う。
「でも、正規の契約経路ではありません。将来も安全だとは、まだ言えない」
「今すぐ何かする?」
「いいえ。まず、三人が何を望んでいるかを聞きます」
レオンは剣から手を離した。セシリアは次の問いをエミ本人へ向け、クロエも壁際へ座り直した。
そのまま、五人と、姿のない一人分の声がコアルームに残った。