スキル(笑)ってとんでもないね……~うちを笑った相手が死ぬんですが、これはうちのせい?~ 作:tuna&mayo
狭い部屋に、五人が集まった。
レオンだけは床へ直接座り、セシリアは裾を整えてから腰を下ろした。クロエは壁際を選ぶ。
ココは凪沙の隣。
エミには座る場所がない。
でも、いる。
「狭いな」
レオンが言った。
「ダンジョンです!」
「知ってる」
「もっと威厳のある部屋も作れます!」
「いらない」
「マスター!」
凪沙はレオンを見る。
「話、続きは?」
「ああ」
レオンの表情から、さっきまでの軽さが少し消えた。
「まず、王城のことから話す」
「うん」
「アリシア王女は生きてる」
凪沙は一度だけ瞬いた。
「姫、生きてたんだ」
「生きてる」
「あの場で対象にはなってなかった」
あの時、笑わずに最後まで凪沙たちを見ていた少女だ。
王城を出てから、どうなったのかは知らなかった。
「王と王太子は亡くなった」
凪沙は自分の手を見た。
殺そうと選んだわけではない。
けれど、《笑》が使ったのは凪沙の身体で、死んだ二人が戻らないことも事実だった。
「……そう」
「王城はかなり壊れた。死者も多い」
「うん」
レオンはそこで言葉を切った。
責める言葉は続かず、黙って凪沙を待っている。
「……それで?」
「それだけだ」
「……うん」
セシリアが凪沙を見る。
何かを測っている目ではない。
少なくとも、今は。
「王女は現在、正式な戴冠まで臨時に国務を預かっています。王城の再建と被害確認も、彼女の決裁です」
「大変そう」
「かなり」
クロエが短く答えた。
「寝てない」
「それは寝た方がいいね」
「言った」
「聞かなかった?」
「聞かない」
「聞かなそう」
少しだけ、アリシアらしい気がした。
実際にはほとんど話していない。
でも、そう思った。
「それから」
レオンが続ける。
「お前と一緒に召喚された四人にも話を聞いた」
凪沙の視線が戻る。
「四人?」
「王城で生き残った四人」
「……オタク君も?」
「眼鏡の?」
「眼鏡じゃない」
「じゃあ分からん」
「異世界もの好きなやつ」
「ああ」
レオンが少し笑った。
「かなり喋るやつ」
「それ」
「生きてた」
「それならいい」
少しだけ肩の力が抜けた。
理由はよく分からない。
あの男子とは特別に親しかったわけではない。
ただ、《笑》を見た時。
笑わない方がいい、と最初に言った。
「四人とも、君のことを知っていました」
セシリアが言う。
「同じ学校ですから!」
ココが当然のように口を挟む。
「そうだね」
「わたくしも知識としては学校を知っています!」
「今それ関係ある?」
「ありません!」
クロエがココを見る。
「自分で言うんだ」
「素直です!」
「そう」
会話が一瞬止まる。
セシリアは何事もなかったように続けた。
「証言は、それぞれ別に取りました」
「なんで?」
「互いの話を合わせられないようにするためです」
「疑ってたんだ」
「確認です」
「同じじゃない?」
「少し違います」
「そう」
セシリアは膝の上で指を組む。
「四人の証言は、細部を除けばほぼ一致しました」
凪沙は聞く。
「何て?」
「佐倉凪沙は、学校でいじめを受けていなかった」
「ないね」
「重大な孤立もしていなかった」
「たぶん」
「暴力沙汰を起こしたこともない」
「ない」
「話しかければ普通に会話する」
「してた」
「共同作業も、頼まれれば参加する」
「うん」
「運動能力は高い」
「そう?」
クロエが初めて少し顔を上げた。
「自覚ない?」
「比べたことない」
「城壁越えた?」
「越えた」
「素で?」
「うん」
「高い」
「そうなんだ」
クロエが黙る。
レオンがため息をついた。
「あと、頭もいいって」
「普通」
「それ言うやつ、大体普通じゃない」
「そう?」
「そう」
ココが勢いよく手を上げる。
「マスターは高性能です!」
『評価根拠が曖昧です』
「エミさん!?」
「味方してもらえなかったね」
「事実なのに!」
セシリアは少しだけ口元を緩めた。
すぐに戻る。
「重要なのは、その先です」
「何?」
「四人とも、召喚前の君に、今のエミさんに相当する存在を認識していません」
凪沙は黙った。
「当然じゃない?」
「そうかもしれません」
「《笑》もなかったし」
「はい」
「異世界来てから出た」
「はい」
セシリアは否定しない。
ただ、一つずつ確認していく。
「そして四人は、王城で《笑》が発動した時、君の動きが普段と違ったと証言しています」
「身体勝手に動いてたからね」
「自覚はあった?」
「全部見えてた」
「止められた?」
「最初は無理」
「今は?」
「条件つけられる」
「完全に?」
「たぶん無理」
レオンの眉がわずかに動く。
セシリアはその反応を見ない。
「つまり」
「うん」
「召喚前には確認されていなかった人格的な存在が、召喚後に現れた」
凪沙の頭の中で、エミは何も言わなかった。
「そう見える?」
「はい」
「実際は?」
「まだ分かりません」
「そ」
ここで決めつけない。
だから、話しやすい。
王城では、最初からやることが決まっていた。
この三人は、まだ決めていない。
少なくとも、そう見える。
「四人は今どこ?」
凪沙が聞いた。
三人が一瞬だけ静かになった。
レオンが答える。
「帰した」
「どこに?」
「元の世界」
凪沙は目を止めた。
「……帰せるんだ」
「ああ」
ココが凪沙を見る。
「マスター?」
「ん」
「元の世界ですよ!?」
「聞こえた」
「帰れるんですよ!?」
「そうみたい」
「反応薄くありません!?」
「まだ話途中でしょ」
「そうですけど!」
レオンも少し意外そうだった。
「もっと驚くと思ってた」
「驚いてるよ」
「それで?」
「帰せるんだなぁって」
「それだけ?」
「今のところ」
クロエが小さく言う。
「変」
「また言われた」
「誰に?」
「まだ二人目」
「数えてるんだ」
「今数えた」
「そう」
セシリアが話を戻す。
「帰還術式は、私たちが以前から使用しているものです。ただし、今回の召喚は通常の転移と条件が違いました」
「だから時間かかった?」
「はい」
「四人とも帰れた?」
「確認済みです」
「向こうで大丈夫?」
セシリアは一拍置いた。
「異世界滞在中の記憶は消去しました」
凪沙が見る。
「消したんだ」
「本人たちの同意を得ています」
「なんで?」
「そのまま戻れば、説明できない情報を大量に抱えることになります」
レオンが言った。
「魔法も、召喚も、こっちの国のこともな」
「誰かに喋っても信じてもらえなさそう」
「それだけじゃありません」
セシリアが続ける。
「精神負荷の問題もあります。四人とも短期間に、多数の死傷者を見ています」
「選ぶ理由は分かる」
「帰還前に、選択肢は説明しました」
「覚えたまま帰るのも?」
「可能性としては。ただし安全性は勧められませんでした」
「全員、消す方を選んだ?」
「はい」
「じゃいいんじゃない」
ココが凪沙の袖を引く。
「マスター」
「何」
「本当に帰れるんですよ?」
「三回目」
「重要です!」
「分かってるって」
凪沙は少し考える。
教室。
机。
放課後。
スマートフォン。
家。
学校。
こちらへ来る前まで、それが普通だった。
帰れる。
たぶん。
「君も帰せる」
レオンが言った。
凪沙は顔を上げる。
「うちも?」
「ああ」
「今?」
「準備はいる」
「どれくらい?」
「状態を調べてからだ。エミとココとの接続がある」
「すぐには無理」
「帰りたいなら、最優先でやる」
真っ直ぐだった。
王国へ戻れとも、協力しろとも言わない。帰りたいなら帰す。
それだけ。
「ただし、今すぐ引き抜く魔法ではありません」
セシリアは掌ほどの銀環を床へ置いた。
「帰還する本人が同意し、こちらと元の世界の座標を手動で固定し、安定するまで準備する必要があります」
銀環の中央へ、淡い光が浮かぶ。
「触れても?」
「いいよ」
凪沙が指先を置く。
光は一度揺れたが、輪にはならなかった。
「今は帰還を決めていないからです。術式が本人の意思を錨として認識していません」
「決めたら?」
「接続状態を整えた上で、数時間かけて固定します」
セシリアは銀環をしまった。
帰還は実在する。
「……別にいいかなぁ」
三人が止まった。
ココも止まった。
『応答の意図が不明瞭です』
「エミまで?」
「マスター!?」
「何」
「帰らないんですか!?」
「今すぐはいい」
「なぜです!?」
「なんでだろ」
「ご自分のことですよ!?」
「そうだね」
凪沙は部屋を見る。
毛布。
ココ。
中央のコア。
見えないエミ。
それから勇者三人。
帰る理由はある。
帰らない理由は、まだうまく言葉にならない。
「帰りたくないわけじゃないよ」
レオンが黙って聞く。
「ただ、今すぐじゃなくていい」
「……分かった」
「止めないんだ」
「今はな」
「危険だったら?」
「止める」
「さっきも聞いたね」
「答えは変わらん」
「一貫してるね」
セシリアが凪沙を見る。
「帰還の選択肢が存在することだけ、覚えておいてください」
「うん」
「必要なら、いつでも準備します」
「ありがと」
ココがまだ落ち着かない。
「マスター、本当に、本当に今は帰らないんですね?」
「今は」
「今は!」
「うん」
ココの顔が明るくなる。
「では!」
「何」
「お茶を出します!」
「なんで」
「お客様ですから!」
「今さら?」
「今からでも遅くありません!」
『接待開始までの経過時間は長いです』
「エミさんまで!」
レオンが笑った。
セシリアも。
クロエは少しだけ口元を動かした。
誰も凪沙を笑ってはいない。
《笑》は静かなままだった。
◇
ココは本当にお茶を出した。
木のカップが五つ。薄い湯気が立ち、中身は少し甘い茶だった。
凪沙。
ココ。
勇者三人。
エミの分はない。
代わりに、ココは新しく作った薄い石板を全員から見える場所へ置いた。
『接待開始』
白い文字が浮かぶ。
「エミさんも参加です!」
『参加の定義が不明です』
「ここにいるので参加です!」
『その定義なら参加しています』
レオンが石板を見る。
「便利だな」
「エミが欲しいって言った」
「本人が?」
「うん」
セシリアは石板へ触れず、表示された文字だけを読んだ。
「自分の判断を、ほかの方の記憶に依存せず残せますね」
『その目的です』
「よい選択だと思います」
『評価を受領します』
ココが自分のことのように胸を張った。
「わたくしも選びました!」
「お菓子の予定を書いただけでしょ」
「重要な予定です!」
クロエが石板の下を見る。
「優先度、最低」
「見つかりました!」
「見える」
「消します!」
「消したら予定なくなるけど」
「では残します!」
判断が早い。
レオンが茶を一口飲む。
「凪沙」
「何」
「帰るかどうか、今決めなくていい」
「さっきも聞いた」
「今度は別の話だ」
レオンは隣の二人を見た。
「俺たちは三人で動くことが多い。だが、同じ考えだから一緒にいるわけじゃない」
「よく違う」
クロエが即答する。
「レオンは先に助けに行きすぎます」
「セシリアは準備が長い」
「必要な確認です」
「クロエは説明が短い」
「通じる」
「通じない時もあります」
三人の答えは、きれいには揃っていない。
それでも誰も驚かなかった。
「一人が離れるって言ったら?」
凪沙が聞く。
ココのカップが止まった。
レオンは少し考えた。
「理由を聞く」
「危なかったら?」
「止める」
「また同じ」
「そこは変わらん」
「危なくなかったら?」
「行きたいなら止めない」
セシリアが続ける。
「戻りたくなった時の方法は、一緒に考えます」
「追える場所なら追う」
クロエが足す。
「監視?」
「無事か見る」
「同じでは?」
「違う」
たぶん、違うのだろう。
凪沙はココを見る。
「うちが帰るって言ったら?」
「嫌です!」
即答。
そのあと、ココは自分で口を押さえた。
「……ですが、マスターが本当に選んだのでしたら、帰還準備をお手伝いします」
「嫌なのに?」
「嫌なのと、閉じ込めるのは別です」
凪沙はエミへ意識を向ける。
「エミは?」
『帰還を選択した場合、生存確率が最大になる手順を提案します』
「一緒に来られなくても?」
『その可能性を含みます』
「そっか」
ココもエミも、凪沙へ残れとは命令しなかった。
勇者三人も、同じ答えを揃えてはいない。
一緒にいることと、同じ結論しか選べないことは別らしい。
その区別を、凪沙はまだ自分たちへ完全には当てはめられなかった。
ただ、覚えておくことにした。
帰れるらしい。
その事実だけが、凪沙の中に残った。
今すぐ使う予定はなかった。