スキル(笑)ってとんでもないね……~うちを笑った相手が死ぬんですが、これはうちのせい?~   作:tuna&mayo

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第018話 嫌じゃないなら、安全?

 

 

 エミが旧コアの残留人格かもしれない。

 その可能性は、まだ事実ではない。

 誰も席を立たないまま、セシリアは起源の推測から、現在の関係を確かめる質問へ移った。

 卓上の石板もそのままだ。エミが答えれば、凪沙とココには声が届き、同じ内容が文字になって勇者三人にも見える。

 

「凪沙さん。エミさんがあなたの身体を動かす時、あなたの意識は残っていますか?」

 

「残ってるよ」

 

「眠ったり、意識を失ったりは?」

 

「しない」

 

「では、自分の身体が動いているところも見えている?」

 

「うん」

 

 セシリアは少し考えた。

 

「動かされている間、自分で止めることはできますか?」

 

「今は条件つけられる」

 

「停止そのものは?」

 

 凪沙はエミへ意識を向けた。

 

「エミ。途中でやめてって言ったら?」

 

『可能な範囲で命令を反映します』

 

「可能な範囲」

 

 クロエが拾う。

 

「絶対じゃない」

 

『上位条件と競合する場合があります』

 

「上位条件?」

 

「うちが死にそうとか?」

 

『生命維持を最優先します』

 

「やっぱり」

 

 石板にも同じ返答が浮かぶ。

 セシリアは頷いた。

 

 セシリアは頷いたが、安心した様子はなかった。

 

「では、あなた自身が『止めてほしい』と命令しても、エミさんが生命維持に必要だと判断すれば従わない可能性がある」

 

「あるみたい」

 

「それ、まずいのか?」

 

 レオンが聞いた。

 

「それだけなら判断できません」

 

 セシリアはすぐには結論を出さなかった。

 

「防御機構として考えれば、合理的です。本人が混乱している状況でも生命を守れる。ただし、その判断を誰が行っているのかが問題になります」

 

「判断してるのは、エミ」

 

 クロエが短く確認した。

 

『はい』

 

「凪沙本人じゃない」

 

『はい』

 

 ココが落ち着かない様子で三人を見る。

 

「でも、エミさんはマスターを守ってます!」

 

「それは分かってる」

 

 レオンが答えた。

 

「少なくとも、今聞いてる範囲ではな」

 

「では!」

 

「守ってることと、安全なことは同じじゃない」

 

 ココが止まった。

 レオンは責めるようには言わなかった。

 

「俺たちは、そこを確認したいだけだ」

 

「……はい」

 

 さっきまでより、少し小さい返事だった。

 凪沙はココを見る。

 

「怒った?」

 

「怒ってません!」

 

「怒ってる声」

 

「心外なだけです!」

 

「それ怒ってるんじゃない?」

 

「違います!」

 

『感情分類上、軽度の反発に該当する可能性があります』

 

「エミさん!?」

 

「ほら」

 

「味方してください!」

 

『事実確認を優先します』

 

「薄情です!」

 

 レオンが吹き出しかけ、口元を押さえた。

 《笑》は動かない。

 

「今のは?」

 

「平気」

 

「そうか」

 

「うちを笑ってないし」

 

 レオンの表情から笑いが消えた。

 セシリアも凪沙を見る。

 

「そこも確認したかったんです」

 

「何?」

 

「《笑》の発動条件です」

 

「うちを笑ったら」

 

「正確には?」

 

「エミ」

 

『現時点で確認されている主条件は、マスターに対する嘲笑です』

 

「主条件」

 

 またクロエが拾った。

 

「ほかにもある?」

 

『未確認です』

 

「分からないんだ」

 

『はい』

 

 クロエはそれ以上追わなかった。

 エミも、未確認という答えを訂正しない。

 

「では次です」

 

 セシリアが続ける。

 

「エミさんは、あなたの記憶を読むことができますか?」

 

「知らない」

 

「エミ」

 

『参照可能な情報は存在します』

 

 凪沙は瞬いた。

 

「読めるんだ」

 

『すべてではありません』

 

「どこまで?」

 

『明確な境界を提示できません』

 

「それは……」

 

 ココが初めて、少し困った顔をした。

 

「わたくしも知りませんでした」

 

「聞かなかったしね」

 

「マスターは気にならないんですか?」

 

「今まで困ってないし」

 

 セシリアの視線がわずかに鋭くなった。

 

「凪沙さん」

 

「何」

 

「エミさんがあなたの記憶へ触れられることを、今まで知らなかった?」

 

「うん」

 

「それでも、気にならない?」

 

「どこまで見てるかによる」

 

「全部だったら?」

 

 少し考える。

 

「嫌かも」

 

「では、そこには境界がある」

 

「たぶん」

 

 セシリアは頷いた。

 

「エミさん。凪沙さんが参照を拒否した場合、停止できますか?」

 

 一拍もなかった。

 

『不明です』

 

 ココが黙る。

 今度はレオンも何も言わなかった。

 

「試す?」

 

 凪沙が聞く。

 

「いいのですか?」

 

「うん」

 

 セシリアはすぐには始めなかった。

 

「何を拒否するか、凪沙さん自身で決めてください」

 

「何でもいい?」

 

「はい。私たちへ内容を教える必要もありません」

 

「じゃあ」

 

 凪沙は少し考えた。

 見られたくない記憶。

 そう言われても、すぐには浮かばない。

 学校。

 家。

 王城。

 このダンジョン。

 どれも、別に見られて困る感じはしなかった。

 その途中で、一つだけ思考が止まった。

 髪留め。

 

「決めた」

 

「内容は?」

 

「言わない」

 

「それで構いません」

 

 凪沙は頭の中で、その記憶を指定するつもりで意識した。

 

「エミ」

 

『はい』

 

「これ、見ないで」

 

 短い沈黙。

 

『対象の指定方法が不明瞭です』

 

「今考えてるやつ」

 

『確認』

 

 また少し間が空いた。

 

『参照制限を設定します』

 

「できた」

 

 セシリアが息を吐く。

 

「解除は?」

 

「エミ、勝手に戻せる?」

 

『現在設定された制限について、マスターの許可なく解除しません』

 

 石板の文字を読んで、クロエが言う。

 

「……少なくとも、拒否そのものは受け付ける」

 

「今は」

 

 レオンが付け足す。

 

「今は、ですね」

 

 セシリアも同意した。

 

「前は違った?」

 

「最初は何も指定できなかった」

 

「王城では?」

 

「勝手に動いた」

 

「止めてとは言った?」

 

「言った気がする」

 

『停止を求める発話は確認しています。ただし、当時は排除処理が上位条件でした』

 

「言ってたんだ」

 

『はい』

 

「聞かなかったんだ」

 

『当時は受諾できませんでした』

 

「今は止まれる?」

 

 レオンが聞く。

 

「条件がぶつからなければ」

 

『はい』

 

 責める声ではなかった。

 ココはまだ少し不満そうだったが、さっきよりは落ち着いている。

 

「つまり、エミさんは成長したんです!」

 

「成長?」

 

「最初よりマスターの言うことを聞きます!」

 

「それを成長って呼んでいいのかな」

 

「いいです!」

 

『定義によります』

 

「エミさんまで!」

 

「仲いいね」

 

 レオンが言う。

 ココが胸を張った。

 

「はい!」

 

「そう?」

 

「そこ疑うんですか!?」

 

 凪沙は答えず、セシリアを見る。

 

「まだある?」

 

「あります」

 

「いっぱいだね」

 

「重要なので」

 

「そっか」

 

 セシリアは一度だけ視線をココへ向けた。

 

「次は、契約についてです」

 

「わたくしです!」

 

「はい」

 

 ココが姿勢を正した。

 

「その前に、一つ」

 

 凪沙がココを見る。

 

「最初の契約、うちが一時的ならって言い終わる前に登録したよね」

 

「……はい」

 

「解除条件も聞いてない」

 

「はい。わたくしが、帰ってほしくなくて急ぎました」

 

 ココは声を小さくしたが、理由を誤魔化さなかった。

 

「今、同じ状況なら?」

 

「最後まで説明して、マスターの返事を待ちます」

 

「なら、今後はそれで」

 

「怒らないのですか?」

 

「怒っても条件は戻らない。次を変えて」

 

「はい」

 

 凪沙はエミへ意識を向ける。

 

「エミも。分からない経路を広げる時は、先に言って」

 

『受諾します』

 

「ココとのやり取りも、うちを通さなくていい。でも、相手が嫌なら止める」

 

『ココへ確認します。現在の情報経路を維持してよいですか』

 

 ココは姿のない相手へ向き直った。

 

「はい。ただし、わたくしのコア深部へ触れる必要がある時は、先に聞いてください」

 

『同じ条件を要求します』

 

「分かりました!」

 

 ココとエミは互いに条件を出し、相手の返事を受け取った。

 セシリアは石板に浮かぶエミの返答も含めて、そのやり取りを記録する。

 

「技術上つながっていることと、その関係を本人たちが望むことは別です。今の確認は後者です」

 

「安全になった?」

 

「関係の条件は良くなりました。魔法的に安全かは、これから調べます」

 

 接続そのものは変わらない。

 ただ、互いに先に聞いてほしい場所が一つ明確になった。

 

「凪沙さんとココさんが契約したことで、エミさんの声がココさんにも届くようになった」

 

「はい!」

 

「エミさん自身が契約したわけではない?」

 

「してません!」

 

「なのに接続された」

 

「はい!」

 

 セシリアは中央のコアを見る。

 

「エミさん。この接続そのものは、あなたが選んで成立させたものですか?」

 

『いいえ』

 

「契約したら、使えるようになった?」

 

『契約成立に伴い、利用可能な情報経路として認識しました』

 

「遮断できますか?」

 

『不明です』

 

 また、不明。

 凪沙は、エミの返答が以前より長くなっていると気づいた。

 分からないことが増えたわけではない。

 今まで聞かなかったことを聞いている。

 たぶん、それだけだ。

 

「ココ」

 

「はい?」

 

「エミ聞こえなくなったら嫌?」

 

「嫌です!」

 

 即答だった。

 

「早いね」

 

「当然です!」

 

「エミは?」

 

『質問の対象が不明瞭です』

 

「ココに聞こえなくなったら嫌?」

 

 今度は、ほんの少し間があった。

 

『機能上の不利益を確認できません』

 

「そっか」

 

「エミさん!?」

 

『ただし』

 

 ココが止まる。

 

『現在成立している情報共有経路を、理由なく失う必要性も確認できません』

 

「……それ、残したいってことでは?」

 

『同義ではありません』

 

「近いです!」

 

『否定します』

 

「近いです!」

 

「元気になったね」

 

「はい!」

 

 レオンが小さく息を吐いた。

 

「なあ、セシリア」

 

「はい」

 

「これ、洗脳されてるように見えるか?」

 

 ココの顔が上がる。

 セシリアはすぐに答えなかった。

 

「分かりません」

 

「まだ?」

 

「まだです」

 

 その返答に、ココが何か言いかける。

 けれど、セシリアの方が先だった。

 

「凪沙さんが嫌がっていない。それは事実です」

 

「うん」

 

「エミさんが、現在は凪沙さんの指示をある程度受け入れている。それも確認できました」

 

「うん」

 

「記憶参照にも、今確認した範囲では制限を設定できた」

 

「できたね」

 

「ですが」

 

 セシリアは言葉を選ぶように、一度止まった。

 

「……怖い考え方ですが」

 

「本人が嫌がっていないことだけでは、安全の証明にはなりません」

 

 凪沙は首を傾げる。

 

「なんで?」

 

「本人の判断そのものへ影響を与える存在だった場合、『嫌ではない』という感覚まで影響を受けている可能性があるからです」

 

 ココが黙った。

 レオンも笑わない。

 クロエだけが、変わらない顔でセシリアを見ている。

 

「それ、証明できる?」

 

 凪沙が聞いた。

 

「今はできません」

 

「じゃあ、違うかもしれない?」

 

「もちろんです」

 

「エミが何もしてなくても、同じ?」

 

「はい」

 

「面倒だね」

 

「とても」

 

 セシリアが小さく笑った。

 凪沙はエミへ意識を向ける。

 

「エミ」

 

『はい』

 

「うちのこと、嫌じゃないようにしてる?」

 

『質問内容に該当する処理を確認できません』

 

 石板の文字を見て、セシリアが答える。

 

「少なくとも、エミさん自身の認識では」

 

「まだ疑うんだ」

 

「はい」

 

「ちゃんとしてるね」

 

 セシリアが少し困った顔になった。

 

「褒められているのでしょうか」

 

「たぶん」

 

「そこは確定してください」

 

「難しい」

 

 レオンが笑った。

 今度も《笑》は動かない。

 凪沙はそれを見てから、毛布へ座り直した。

 勇者たちの話は面倒だった。

 質問が多い。

 すぐに答えを決めない。

 エミを危ないかもしれないと言う。

 それでも、勝手に危険だとは決めなかった。

 

「で」

 

 凪沙は聞いた。

 

「次は何調べるの?」

 

 セシリアは目を見開いた。

 

「協力してくださるのですか?」

 

「今のところ、嫌じゃないし」

 

 その言葉に、三人がわずかに黙る。

 

「……今、その言い方をしますか」

 

「何が?」

 

「いえ」

 

 セシリアは額へ指を当てた。

 クロエの口元がわずかに上がる。

 

「証明できない」

 

「そうですね」

 

「でも本人は嫌じゃない」

 

「そうですね」

 

「面倒」

 

「とても」

 

「仲いいね」

 

「長いので」

 

 レオンが肩をすくめた。

 

「じゃあ、次だな」

 

「はい」

 

 視界の端で、ココの輪郭が一瞬だけ薄くなった。

 凪沙が目を向けた時には、もう戻っている。

 

 セシリアが凪沙を見る。

 

「次は、《笑》そのものを調べたいです」

 

 その言葉だけで、空気が少し変わった。

 凪沙は瞬いた。

 

「エミじゃなくて?」

 

「はい」

 

 その瞬間。

 凪沙が続きを聞こうとするより先に、視界の中央へ警告が走った。

 

【警告】

 

 凪沙の視線が止まる。

 

「どうした?」

 

 レオンが聞く。

 凪沙は答えず、続きを待った。

 

『《笑》に対する外部解析を検知した場合、自動防御が作動する可能性があります』

 

「……それ、先に言って」

 

 コアルームに張っていた空気が緩んだ。

 

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