スキル(笑)ってとんでもないね……~うちを笑った相手が死ぬんですが、これはうちのせい?~ 作:tuna&mayo
エミが旧コアの残留人格かもしれない。
その可能性は、まだ事実ではない。
誰も席を立たないまま、セシリアは起源の推測から、現在の関係を確かめる質問へ移った。
卓上の石板もそのままだ。エミが答えれば、凪沙とココには声が届き、同じ内容が文字になって勇者三人にも見える。
「凪沙さん。エミさんがあなたの身体を動かす時、あなたの意識は残っていますか?」
「残ってるよ」
「眠ったり、意識を失ったりは?」
「しない」
「では、自分の身体が動いているところも見えている?」
「うん」
セシリアは少し考えた。
「動かされている間、自分で止めることはできますか?」
「今は条件つけられる」
「停止そのものは?」
凪沙はエミへ意識を向けた。
「エミ。途中でやめてって言ったら?」
『可能な範囲で命令を反映します』
「可能な範囲」
クロエが拾う。
「絶対じゃない」
『上位条件と競合する場合があります』
「上位条件?」
「うちが死にそうとか?」
『生命維持を最優先します』
「やっぱり」
石板にも同じ返答が浮かぶ。
セシリアは頷いた。
セシリアは頷いたが、安心した様子はなかった。
「では、あなた自身が『止めてほしい』と命令しても、エミさんが生命維持に必要だと判断すれば従わない可能性がある」
「あるみたい」
「それ、まずいのか?」
レオンが聞いた。
「それだけなら判断できません」
セシリアはすぐには結論を出さなかった。
「防御機構として考えれば、合理的です。本人が混乱している状況でも生命を守れる。ただし、その判断を誰が行っているのかが問題になります」
「判断してるのは、エミ」
クロエが短く確認した。
『はい』
「凪沙本人じゃない」
『はい』
ココが落ち着かない様子で三人を見る。
「でも、エミさんはマスターを守ってます!」
「それは分かってる」
レオンが答えた。
「少なくとも、今聞いてる範囲ではな」
「では!」
「守ってることと、安全なことは同じじゃない」
ココが止まった。
レオンは責めるようには言わなかった。
「俺たちは、そこを確認したいだけだ」
「……はい」
さっきまでより、少し小さい返事だった。
凪沙はココを見る。
「怒った?」
「怒ってません!」
「怒ってる声」
「心外なだけです!」
「それ怒ってるんじゃない?」
「違います!」
『感情分類上、軽度の反発に該当する可能性があります』
「エミさん!?」
「ほら」
「味方してください!」
『事実確認を優先します』
「薄情です!」
レオンが吹き出しかけ、口元を押さえた。
《笑》は動かない。
「今のは?」
「平気」
「そうか」
「うちを笑ってないし」
レオンの表情から笑いが消えた。
セシリアも凪沙を見る。
「そこも確認したかったんです」
「何?」
「《笑》の発動条件です」
「うちを笑ったら」
「正確には?」
「エミ」
『現時点で確認されている主条件は、マスターに対する嘲笑です』
「主条件」
またクロエが拾った。
「ほかにもある?」
『未確認です』
「分からないんだ」
『はい』
クロエはそれ以上追わなかった。
エミも、未確認という答えを訂正しない。
「では次です」
セシリアが続ける。
「エミさんは、あなたの記憶を読むことができますか?」
「知らない」
「エミ」
『参照可能な情報は存在します』
凪沙は瞬いた。
「読めるんだ」
『すべてではありません』
「どこまで?」
『明確な境界を提示できません』
「それは……」
ココが初めて、少し困った顔をした。
「わたくしも知りませんでした」
「聞かなかったしね」
「マスターは気にならないんですか?」
「今まで困ってないし」
セシリアの視線がわずかに鋭くなった。
「凪沙さん」
「何」
「エミさんがあなたの記憶へ触れられることを、今まで知らなかった?」
「うん」
「それでも、気にならない?」
「どこまで見てるかによる」
「全部だったら?」
少し考える。
「嫌かも」
「では、そこには境界がある」
「たぶん」
セシリアは頷いた。
「エミさん。凪沙さんが参照を拒否した場合、停止できますか?」
一拍もなかった。
『不明です』
ココが黙る。
今度はレオンも何も言わなかった。
「試す?」
凪沙が聞く。
「いいのですか?」
「うん」
セシリアはすぐには始めなかった。
「何を拒否するか、凪沙さん自身で決めてください」
「何でもいい?」
「はい。私たちへ内容を教える必要もありません」
「じゃあ」
凪沙は少し考えた。
見られたくない記憶。
そう言われても、すぐには浮かばない。
学校。
家。
王城。
このダンジョン。
どれも、別に見られて困る感じはしなかった。
その途中で、一つだけ思考が止まった。
髪留め。
「決めた」
「内容は?」
「言わない」
「それで構いません」
凪沙は頭の中で、その記憶を指定するつもりで意識した。
「エミ」
『はい』
「これ、見ないで」
短い沈黙。
『対象の指定方法が不明瞭です』
「今考えてるやつ」
『確認』
また少し間が空いた。
『参照制限を設定します』
「できた」
セシリアが息を吐く。
「解除は?」
「エミ、勝手に戻せる?」
『現在設定された制限について、マスターの許可なく解除しません』
石板の文字を読んで、クロエが言う。
「……少なくとも、拒否そのものは受け付ける」
「今は」
レオンが付け足す。
「今は、ですね」
セシリアも同意した。
「前は違った?」
「最初は何も指定できなかった」
「王城では?」
「勝手に動いた」
「止めてとは言った?」
「言った気がする」
『停止を求める発話は確認しています。ただし、当時は排除処理が上位条件でした』
「言ってたんだ」
『はい』
「聞かなかったんだ」
『当時は受諾できませんでした』
「今は止まれる?」
レオンが聞く。
「条件がぶつからなければ」
『はい』
責める声ではなかった。
ココはまだ少し不満そうだったが、さっきよりは落ち着いている。
「つまり、エミさんは成長したんです!」
「成長?」
「最初よりマスターの言うことを聞きます!」
「それを成長って呼んでいいのかな」
「いいです!」
『定義によります』
「エミさんまで!」
「仲いいね」
レオンが言う。
ココが胸を張った。
「はい!」
「そう?」
「そこ疑うんですか!?」
凪沙は答えず、セシリアを見る。
「まだある?」
「あります」
「いっぱいだね」
「重要なので」
「そっか」
セシリアは一度だけ視線をココへ向けた。
「次は、契約についてです」
「わたくしです!」
「はい」
ココが姿勢を正した。
「その前に、一つ」
凪沙がココを見る。
「最初の契約、うちが一時的ならって言い終わる前に登録したよね」
「……はい」
「解除条件も聞いてない」
「はい。わたくしが、帰ってほしくなくて急ぎました」
ココは声を小さくしたが、理由を誤魔化さなかった。
「今、同じ状況なら?」
「最後まで説明して、マスターの返事を待ちます」
「なら、今後はそれで」
「怒らないのですか?」
「怒っても条件は戻らない。次を変えて」
「はい」
凪沙はエミへ意識を向ける。
「エミも。分からない経路を広げる時は、先に言って」
『受諾します』
「ココとのやり取りも、うちを通さなくていい。でも、相手が嫌なら止める」
『ココへ確認します。現在の情報経路を維持してよいですか』
ココは姿のない相手へ向き直った。
「はい。ただし、わたくしのコア深部へ触れる必要がある時は、先に聞いてください」
『同じ条件を要求します』
「分かりました!」
ココとエミは互いに条件を出し、相手の返事を受け取った。
セシリアは石板に浮かぶエミの返答も含めて、そのやり取りを記録する。
「技術上つながっていることと、その関係を本人たちが望むことは別です。今の確認は後者です」
「安全になった?」
「関係の条件は良くなりました。魔法的に安全かは、これから調べます」
接続そのものは変わらない。
ただ、互いに先に聞いてほしい場所が一つ明確になった。
「凪沙さんとココさんが契約したことで、エミさんの声がココさんにも届くようになった」
「はい!」
「エミさん自身が契約したわけではない?」
「してません!」
「なのに接続された」
「はい!」
セシリアは中央のコアを見る。
「エミさん。この接続そのものは、あなたが選んで成立させたものですか?」
『いいえ』
「契約したら、使えるようになった?」
『契約成立に伴い、利用可能な情報経路として認識しました』
「遮断できますか?」
『不明です』
また、不明。
凪沙は、エミの返答が以前より長くなっていると気づいた。
分からないことが増えたわけではない。
今まで聞かなかったことを聞いている。
たぶん、それだけだ。
「ココ」
「はい?」
「エミ聞こえなくなったら嫌?」
「嫌です!」
即答だった。
「早いね」
「当然です!」
「エミは?」
『質問の対象が不明瞭です』
「ココに聞こえなくなったら嫌?」
今度は、ほんの少し間があった。
『機能上の不利益を確認できません』
「そっか」
「エミさん!?」
『ただし』
ココが止まる。
『現在成立している情報共有経路を、理由なく失う必要性も確認できません』
「……それ、残したいってことでは?」
『同義ではありません』
「近いです!」
『否定します』
「近いです!」
「元気になったね」
「はい!」
レオンが小さく息を吐いた。
「なあ、セシリア」
「はい」
「これ、洗脳されてるように見えるか?」
ココの顔が上がる。
セシリアはすぐに答えなかった。
「分かりません」
「まだ?」
「まだです」
その返答に、ココが何か言いかける。
けれど、セシリアの方が先だった。
「凪沙さんが嫌がっていない。それは事実です」
「うん」
「エミさんが、現在は凪沙さんの指示をある程度受け入れている。それも確認できました」
「うん」
「記憶参照にも、今確認した範囲では制限を設定できた」
「できたね」
「ですが」
セシリアは言葉を選ぶように、一度止まった。
「……怖い考え方ですが」
「本人が嫌がっていないことだけでは、安全の証明にはなりません」
凪沙は首を傾げる。
「なんで?」
「本人の判断そのものへ影響を与える存在だった場合、『嫌ではない』という感覚まで影響を受けている可能性があるからです」
ココが黙った。
レオンも笑わない。
クロエだけが、変わらない顔でセシリアを見ている。
「それ、証明できる?」
凪沙が聞いた。
「今はできません」
「じゃあ、違うかもしれない?」
「もちろんです」
「エミが何もしてなくても、同じ?」
「はい」
「面倒だね」
「とても」
セシリアが小さく笑った。
凪沙はエミへ意識を向ける。
「エミ」
『はい』
「うちのこと、嫌じゃないようにしてる?」
『質問内容に該当する処理を確認できません』
石板の文字を見て、セシリアが答える。
「少なくとも、エミさん自身の認識では」
「まだ疑うんだ」
「はい」
「ちゃんとしてるね」
セシリアが少し困った顔になった。
「褒められているのでしょうか」
「たぶん」
「そこは確定してください」
「難しい」
レオンが笑った。
今度も《笑》は動かない。
凪沙はそれを見てから、毛布へ座り直した。
勇者たちの話は面倒だった。
質問が多い。
すぐに答えを決めない。
エミを危ないかもしれないと言う。
それでも、勝手に危険だとは決めなかった。
「で」
凪沙は聞いた。
「次は何調べるの?」
セシリアは目を見開いた。
「協力してくださるのですか?」
「今のところ、嫌じゃないし」
その言葉に、三人がわずかに黙る。
「……今、その言い方をしますか」
「何が?」
「いえ」
セシリアは額へ指を当てた。
クロエの口元がわずかに上がる。
「証明できない」
「そうですね」
「でも本人は嫌じゃない」
「そうですね」
「面倒」
「とても」
「仲いいね」
「長いので」
レオンが肩をすくめた。
「じゃあ、次だな」
「はい」
視界の端で、ココの輪郭が一瞬だけ薄くなった。
凪沙が目を向けた時には、もう戻っている。
セシリアが凪沙を見る。
「次は、《笑》そのものを調べたいです」
その言葉だけで、空気が少し変わった。
凪沙は瞬いた。
「エミじゃなくて?」
「はい」
その瞬間。
凪沙が続きを聞こうとするより先に、視界の中央へ警告が走った。
【警告】
凪沙の視線が止まる。
「どうした?」
レオンが聞く。
凪沙は答えず、続きを待った。
『《笑》に対する外部解析を検知した場合、自動防御が作動する可能性があります』
「……それ、先に言って」
コアルームに張っていた空気が緩んだ。