スキル(笑)ってとんでもないね……~うちを笑った相手が死ぬんですが、これはうちのせい?~   作:tuna&mayo

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第002話 笑ったもの

 

 

 最初に笑った男子まで、三歩もなかった。

 前へ流れる視界の中で、男子の顔が近づく。

 瞳が大きくなり、笑っていた口が閉じ、首がわずかに後ろへ逃げようとする。

 そこまで見えた。

 なのに、右腕だけが止まらない。

 

 いや。

 

 間に合わなかったのは、凪沙の意思の方だった。

 

「え」

 

 拳が頬へ触れ、骨へ衝撃が伝わった。

 男子の身体が横へ飛び、石床へ肩から落ちる。

 凪沙の身体は、その結果を確かめるより先に次へ向いた。

 

「……待って」

 

《敵性対象:残存5》

 

 五人。

 さっき笑っていた人数と一致する。

 最初の男子。

 もう一人のクラスメイト。

 若い貴族。

 兵士二人。

 凪沙は視界の表示と顔を順番に照合した。

 

「笑った人?」

 

《肯定》

 

「……それで殴るの?」

 

《敵性行動を開始》

 

「笑っただけだけど」

 

 返答はない。

 凪沙の身体が低く沈んだ。

 右。

 若い貴族が後ずさる。

 

「な、なんだ……!」

 

 その前にいた兵士が槍を構えた。

 槍先、右肩、踏み込む足。予備動作から突きまで、速い。

 けれど、見えないほどではない。

 身体が半歩横へ滑った。

 槍が脇を通る。

 同時に凪沙の左手が柄を掴んだ。

 

《槍術を使用》

 

「……借りたやつか」

 

 引く。

 兵士の重心が前へ崩れたところへ、凪沙の右脚が入る。

 身体がくの字に折れ、肺から空気が抜ける音がした。

 槍が手から離れる。

 

 凪沙の身体は拾わない。

 そのまま兵士を越えた。

 笑っていたもう一人の兵士。

 

「止まれ!」

 

 剣。

 右上から斜め。

 凪沙の身体が下へ潜る。

 

《剣術を使用》

 

 誰の剣術かは分からない。

 けれど動きだけは妙に滑らかだった。

 兵士の手首を掴んで捻る。落ちた剣をそのまま拾い上げ、一閃。

 血が飛んだ。

 

「……え」

 

 首ではない。

 肩口。

 深い。

 兵士が倒れる。

 赤いものが床へ広がっていく。

 胸は動いている。

 呼吸あり。

 

「殺してない?」

 

《対象戦闘能力:低下》

 

「そういう感じ?」

 

 次の瞬間。

 背後から炎。

 視界の端が赤く染まった。

 

《火球を検知》

 

 身体が勝手に振り返る。

 手が上がる。

 

《結界》

 

 透明な膜。

 火球がぶつかり、弾けた。

 熱風。

 ローブ姿の男が杖を構えている。

 笑っていた人物ではない。

 

「……あれ?」

 

《新規敵性対象を確認》

 

「増えるんだ」

 

 ローブの男は青ざめていた。

 

「捕らえろ!」

 

 声が響いた。

 王太子だった。

 笑ってはいない。

 さっきまでの余裕も消えている。

 

「これ以上、好きにさせるな!」

 

 兵士たちが動いた。

 凪沙を囲む。

 槍。

 剣。

 盾。

 笑っている者はいない。

 凪沙を殺そうとしているというより、止めようとしているように見えた。

 

「……まあ、そうなるよね」

 

《敵性対象:追加》

 

「追加しなくていいんだけど」

 

《攻撃を検知》

 

「聞いてないなぁ」

 

 三本の槍。

 一斉。

 凪沙の身体が跳んだ。

 頭上。

 高い。

 人間の跳躍じゃない。

 

《身体強化》

 

《加速》

 

 加算された能力。

 誰かの筋力。

 誰かの速度。

 誰かの身体強化。

 重なっている。

 天井近くまで上がった視界から、広間全体が見えた。

 兵士。

 王。

 王太子。

 アリシア。

 クラスメイト。

 逃げる者。

 伏せる者。

 動けない者。

 凪沙だけが空中にいる。

 

「……高」

 

 落ちる。

 いや、落下ではない。

 身体が狙いをつけている。

 王太子。

 

「そこは違うでしょ」

 

《敵性対象》

 

「止めようとしてるだけじゃん」

 

《敵性対象》

 

「融通きかないなぁ」

 

 返事なし。

 王太子が剣を抜いた。

 逃げない。

 凪沙を見上げる。

 

「来い!」

 

 声は震えていなかった。

 剣に光が集まる。

 王太子の剣へ、魔力が層になって重なっていく。剣術と魔法を同時に使う攻撃。

 

「……魔法剣、かな」

 

 王太子が剣を振るう。光の刃を、凪沙の身体は空中で捻れてかわした。

 頬を掠めた光が熱い。着地した床が割れ、その瞬間にはもう王太子が踏み込んでいた。

 速い。さっきの兵士よりずっと。

 一撃目を避け、二撃目を拾った剣で受ける。刃が軋む。

 三撃目。王太子の右肩が沈み、腰がわずかに回る。剣を戻す位置と踏み込む足まで見えた。

 次が分かった。

 

「右」

 

 口に出した直後。

 本当に右から来た。

 自分で避けたわけではない。

 身体はまだ勝手に動いている。

 それでも、来ること自体は身体より先に分かっていた。

 凪沙の身体が左へ抜ける。

 腹部が空く。

 剣が入った。

 

「あ」

 

 王太子の身体が止まった。

 剣先は腹を貫いている。

 凪沙が止めたわけではない。

 抜く。

 血。

 王太子が膝をついた。

 王太子の胸は、もう動いていなかった。

 

「兄様!」

 

 アリシアの声。

 凪沙の視線がそちらへ動く。

 アリシアは笑っていない。

 武器も持っていない。

 

《非対象》

 

 身体は向かわない。

 アリシアは王太子へ駆け寄った。

 

「兄様!」

 

 凪沙はその背中を見る。

 

「……やっぱ笑ったかどうかは関係あるんだ」

 

《肯定》

 

「でも、攻撃されたら増やす」

 

《自己防衛》

 

「過剰じゃない?」

 

《否定》

 

「そ」

 

 王が立ち上がった。

 

「衛兵!」

 

 声が広間を打つ。

 

「娘を下がらせろ! 全員で止めよ!」

 

 王は逃げない。

 アリシアの肩を兵士へ押しやる。

 

「お父様!」

 

「下がれ!」

 

 王の手には杖。

 王冠の下、顔色は悪い。

 それでも凪沙から目を逸らさない。

 

「そなたが望んでこうなったのではないのかもしれん」

 

 凪沙は瞬きをした。

 王は続ける。

 

「だが、これ以上我が民を傷つけさせるわけにはいかぬ!」

 

「うん」

 

 それはそうだと思う。

 凪沙自身も止まってほしい。

 

「うちも、止まりたいんだけど」

 

 王の表情がわずかに変わった。

 

「ならば止まれ!」

 

「できない」

 

 答えた瞬間、左右から光と風、鎖の魔法が飛んだ。

 凪沙の身体が反応する。

 

《結界》

 

《加速》

 

《剣術》

 

《火球》

 

 同時。

 

「……忙しいなぁ」

 

 光を弾き、鎖を避け、風を切って火球を返す。

 返された炎が柱へ当たって爆発し、石片と悲鳴が広間へ散った。その間を凪沙の身体が走る。

 王の前へ出る直前、杖を上げた王との間へ兵士が次々に入った。

 一人を斬り、次を避け、蹴り、突く。

 視界の端では、最初に笑った者も、後から武器を向けた者も、同じ表示になっていた。

 

《敵性対象》

 

 凪沙の前で、人が倒れていく。

 自分の手で。

 自分の脚で。

 自分の身体で。

 でも、選んでいない。

 そのうち一人が、床へ仰向けに倒れた。

 胸が動かない。

 首筋にも動きがない。

 凪沙は横を通り過ぎながら、それを見た。

 死んでいる。

 

「……死んだ」

 

《敵性対象:減少》

 

 それだけだった。

 目の前の人間が怖がっているのは分かる。

 死にたくないのも分かる。

 なのに、胸の奥は妙に静かだった。

 

「……普通、もっと怖いのかな」

 

《質問意図不明》

 

「聞いてない」

 

 王の魔法が来る。

 青白い光。

 凪沙の身体が避ける。

 王へ接近。

 杖を払う。

 王がよろめく。

 次の一撃。

 胸。

 剣が入る。

 深い。

 王が息を吐く。

 

「……アリ、シア」

 

 崩れる。

 王の胸も、二度とは動かなかった。

 

「お父様!」

 

 アリシアの声。

 凪沙は振り返らなかった。

 身体が次へ向かう。

 

「もういないでしょ」

 

《敵性対象:残存4》

 

「まだいるんだ」

 

 奥。

 逃げている兵士。

 ローブ姿の魔術師。

 若い貴族。

 最初に笑った、もう一人のクラスメイト。

 

「……あ」

 

 最後の一人を見た瞬間だけ、凪沙の思考が止まった。

 同じ制服。

 教室で何度か話したことがある。

 名前も知っている。

 男子は尻もちをついていた。

 

「佐倉」

 

 声が震えている。

 

「待って」

 

 身体は止まらない。

 

「俺、悪かったって」

 

「ん」

 

「笑ったの謝るから!」

 

「うん」

 

「だから……!」

 

 凪沙は自分の右腕を見る。

 剣。

 上がる。

 

「止まって」

 

 止まらない。

 

「ねえ」

 

《敵性対象》

 

「もう笑ってないよ」

 

《登録済み》

 

 凪沙は視界の文字を見る。

 男子を見る。

 口元はもう笑っていない。

 顔色は白い。

 目には涙が浮いている。

 それでも表示は変わらない。

 

「……解除できない?」

 

《排除完了まで継続》

 

「もう敵じゃないでしょ」

 

《登録済み》

 

 男子が後ろへ下がる。

 石床に手をつく。

 

「佐倉、頼む」

 

 右腕は上がったまま。

 凪沙には、剣の刃まで見えている。

 照明を反射する白い線。

 男子の喉が動く。

 息を吸った。

 そこまで見えた。

 なのに。

 凪沙の意思だけが、やっぱり間に合わない。

 

「……ごめん」

 

 剣が落ちた。

 音。

 赤。

 男子の身体が床へ崩れる。

 凪沙は最後まで見ていた。

 胸が動かなくなるところまで。

 

《敵性対象:残存3》

 

「……そっか」

 

 それからは早かった。

 三人。

 二人。

 一人。

 ゼロ。

 最後の対象が倒れた瞬間。

 身体から力が抜けた。

 

「わ」

 

 凪沙は一歩よろけた。

 急に身体が軽い。

 いや。

 元に戻っただけだ。

 加算されていた力が消えた。

 剣が手から落ちる。

 金属音。

 広間は静かだった。

 火の音。

 呻き声。

 遠くで誰かが泣いている。

 

《敵性対象:残存なし》

 

《処理終了》

 

 凪沙は自分の手を見た。

 血。

 

「……これ」

 

 一度、言葉を止める。

 

「うちがやったことになる?」

 

《身体使用者:佐倉凪沙》

 

「そういう意味じゃないんだけどなぁ」

 

 殺そうと選んだのは凪沙ではない。

 身体を使われたのは凪沙だった。

 そして、目の前の死者は消えない。

 三つは同じではない。

 どれか一つだけにして考えることもできなかった。

 返答はなかった。

 凪沙は周囲を見る。

 生きている者はいる。

 一緒に召喚された十一人のうち、生きているのは四人。

 例のオタク男子も、柱の陰で座り込んでいた。

 顔色は真っ青だった。

 凪沙と目が合う。

 

「…………」

 

「…………」

 

 オタク男子の口が動く。

 

「ほら……」

 

 声が掠れた。

 

「だから言ったじゃん……」

 

「うん」

 

「笑うなって……」

 

「詳しいね」

 

「今それ言う!?」

 

 叫んだ直後、自分で口を塞いだ。

 凪沙は少し考える。

 

「笑ってないから大丈夫だと思う」

 

「そういう問題!?」

 

 アリシアは床に膝をついていた。

 王太子の傍。

 王も少し離れた場所に倒れている。

 王太子の胸は動いていない。

 王も同じだった。

 アリシアは一度に、父と兄を失っていた。

 アリシアは凪沙を見た。

 泣いている。

 でも笑っていない。

 当然だった。

 凪沙は何か言おうとした。

 何を言えばいいのか分からない。

 謝る。

 たぶん、こういう時はそれが正しい。

 

「……ごめん」

 

 アリシアは答えなかった。

 凪沙も、それ以上は言わなかった。

 左側の扉の向こうから足音が増えている。

 増援。

 この場に残れば、また攻撃される。

 そうなれば、今の何かがまた動くかもしれない。

 

「……それは面倒だなぁ」

 

 凪沙は壁際へ目を向けた。

 外套と使用人らしい服。出口。生き残っているクラスメイト。アリシアと、倒れた人間。

 順番に見て、今度は自分で動いた。

 

「佐倉?」

 

 オタク男子が呼ぶ。

 

「どこ行くんだよ」

 

「逃げる」

 

「逃げるって……!」

 

「また来たら動くかもしれないし」

 

 男子が黙った。

 凪沙は血のついた制服を見る。

 

「目立つなぁ」

 

 それが最初の問題だった。

 

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