スキル(笑)ってとんでもないね……~うちを笑った相手が死ぬんですが、これはうちのせい?~ 作:tuna&mayo
《笑》への解析を止めても、ココの明滅は止まらなかった。
ココの輪郭が消える間隔は短い。
一度目より、二度目。
二度目より、三度目。
凪沙はその差だけを数えた。
「痛い?」
「少しだけです!」
「声が大きい」
「元気の証明です!」
「証明になってない」
ココが言い返す前に、輪郭が途切れた。
凪沙が肩を支える。
支えた手の中で、ココの身体は一瞬だけ重さを失った。
セシリアは杖を使わず、コアルームに元からある出力板へ視線を走らせていた。
「外からは読みません」
凪沙へ先に告げる。
「ココさんが自分で表示している管理値と、エミさんが許可した範囲だけを使います」
『許可します。ただし、凪沙の記憶領域は除外します』
同じ内容が石板にも表示される。
「その条件で」
セシリアはすぐに受けた。
凪沙が決めた境界を、誰も説得で崩そうとしない。
だから凪沙も、観測を止めなかった。
◇
最初に行動を変えたのはクロエだった。
入口へ張っていた警戒線を半分だけ下げ、代わりにコアルームへ三本の杭を打つ。
「何してるの」
「空間のずれを測る。攻撃じゃない」
打ち込むたびに、杭の光が少しずつ違う方向へ傾いた。
「もう、ここだけで空間が閉じてない」
レオンがココを見る。
「原因は分かるか」
「ほぼ」
セシリアは表示板を見た。
「ココさんと凪沙さんの仮契約が、コアの成長に伴って本固定へ移ろうとしています」
「正式になるなら、いいことでは?」
ココが聞く。
「正規経路だけなら」
表示板へ、三つの光点が浮かんだ。
凪沙。
エミ。
ココ。
「本来、正規契約は凪沙さんとココさんの二者で閉じます。でも今は、その間にエミさんの経路がある。これまでは、その中継があることで拒絶が抑えられていました」
光点の間で、線が輪になった。
「ただ、本固定は二者の正規経路へ閉じようとし、エミさんの中継は残ろうとする。その衝突で、ココさんの出力が削られ、凪沙さん側へも逆流しています」
「昨日の防御も?」
凪沙が聞く。
「《笑》がダンジョンそのものを動かしたわけではなさそうです。防御出力が、この中継経路へ流れ込んだ。その結果として、契約線とココさん側にも反応が出たと考える方が自然です」
「直接じゃないんだ」
「少なくとも、現在の観測では」
「逆流すると?」
「ココさんの痛みと人格損傷。凪沙さんには生命力の消耗、記憶の混入、最悪の場合は精神境界の崩壊」
ココの指が、凪沙の袖から離れた。
自分が危ないと聞いた時より、凪沙が危ないと聞いた時の方が速かった。
「切ってください」
「まだ、切り方の話をしてない」
凪沙が言う。
「でも」
「全部聞く」
ココは口を閉じた。
レオンがセシリアを見る。
「猶予は」
表示板の線が、また歪んだ。
「次の固定波までです。現在の進行なら、数時間。待つこともできますが、安全な切断窓は狭くなります」
時間がある、ではない。
時間を使うたび、選べる手段が減る。
凪沙はそこまで理解した。
◇
「方法は三つあります」
セシリアは指を一本立てる。
「一つ。今のうちに仮契約を切断し、三者を分ける。最も成功率が高い」
二本目。
「二つ。本固定を止め、凪沙さんの帰還準備へ移る。帰還儀式は外部者にも使えますが、本人同意、手動アンカー、準備時間が必要です。今すぐ逃がす手段にはなりません」
三本目は、上がらなかった。
「三つ目は?」
凪沙が聞く。
「正規契約技能で中継を組み直し、三人を分けたまま固定する」
「それで」
「現時点では使えません」
『《笑》内に、該当する正規契約技能は存在しません』
石板にも同じ文字が浮かぶ。
『私は経路を観測できますが、正規側の接続権限を持っていません』
不可能を隠さない。
それも、エミの判断だった。
「なら、俺たちの正式PTへ一時登録するのは」
レオンが提案した。
「境界保護が通れば、切断時に凪沙を即時保護できる」
セシリアは登録板を出し、凪沙へ向けた。
板の表面に光が走る。
【個体境界――照合不能】
【再試行条件――複数接続の固定後】
「今は、凪沙さん一人の境界が術式上で確定していません」
セシリアが板を下ろす。
「登録処理が接続を誤認すれば、かえって三人を傷つけます。安定後ならできます。でも、安定させるための保護には使えない」
「便利そうで、順番にうるさい」
凪沙が言うと、レオンは苦く笑った。
「術式はだいたいそうだ」
レオンたちは、凪沙たち三人に考える時間を残すため、コアルームの入口まで下がった。
距離は取ったが、狭い部屋では声を潜めても内容までは聞こえる。
「切断を先に行うべきです」
セシリアが言った。
「進行が予測より速い。選択を待っている間に、安全な方法そのものが消える可能性があります」
「分かってる」
レオンはすぐに同意しなかった。
「だが、あの三人を一つの対象として切れば、助けるつもりで誰かを消す」
「待っても消える」
クロエが杭の傾きを見ながら言う。
「どちらも救助。どちらも危険」
「だから、何もしないという選択はできません」
セシリアの声は固かった。
「切断するなら、俺が剣を入れる」
レオンが答えた。
「判断を君の術式のせいにはしない。ただ、今すぐではない」
「いつまで」
「三人が別々の希望を言えるところまで。そこで結論が出なくても、窓が閉じる前には俺たちが決める」
セシリアは凪沙たちを見た。
「拒まれても?」
「拒まれた事実ごと引き受ける」
クロエが三本の杭へ触れ、逃がし道が残っていることを確かめた。
「なら、待つ間も準備する」
三人の意見は最初から同じではなかった。
それでも誰が汚れ役になるかを押しつけず、救助を諦めない一点だけは共有していた。
凪沙は、聞こえなかったふりをしなかった。
「そっちも、別々なんだ」
レオンが振り向く。
「一緒にいることと、同じ意見しか持たないことは違うからな」
「そう」
その答えは、凪沙の隣にいる二人にも使える。
◇
「凪沙」
レオンは膝を折り、凪沙と目の高さを近づけた。
「俺たちは、今なら切断できると判断している」
「うん」
「だが、君の意思を飛ばして始めない。安全な窓が閉じる直前までは待つ」
「待ったら危ないのに?」
「待つことにも危険がある。だから、待つのも俺たちの判断だ」
レオンは迷いを隠さなかった。
それでも、決めた責任は引き受けている。
「ただし、本当に間に合わなくなる時は介入する」
「うちが嫌だって言っても?」
「その時は」
一度、言葉を止めた。
「君に恨まれても、救命を選ぶ」
凪沙はレオンを見る。
「そっか」
嫌な正義ではなかった。
凪沙が同じ立場なら、同じ計算をする可能性はある。
「エミ」
『はい』
「残ってる経路、全部見て」
『実行します』
「ココ」
「はい」
「勝手に自分だけ切るって決めないで」
「ですが」
「選ぶなら、三人で別々に考える」
同じ答えを出す、とは言わなかった。
ココは少し迷い、それから頷いた。
安全な切断窓が閉じるまで。
凪沙たちは、残された時間を三人で使うことにした。