スキル(笑)ってとんでもないね……~うちを笑った相手が死ぬんですが、これはうちのせい?~   作:tuna&mayo

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第020話 勇者の判断

 

 

 《笑》への解析を止めても、ココの明滅は止まらなかった。

 ココの輪郭が消える間隔は短い。

 一度目より、二度目。

 二度目より、三度目。

 凪沙はその差だけを数えた。

 

「痛い?」

 

「少しだけです!」

 

「声が大きい」

 

「元気の証明です!」

 

「証明になってない」

 

 ココが言い返す前に、輪郭が途切れた。

 凪沙が肩を支える。

 支えた手の中で、ココの身体は一瞬だけ重さを失った。

 セシリアは杖を使わず、コアルームに元からある出力板へ視線を走らせていた。

 

「外からは読みません」

 

 凪沙へ先に告げる。

 

「ココさんが自分で表示している管理値と、エミさんが許可した範囲だけを使います」

 

『許可します。ただし、凪沙の記憶領域は除外します』

 

 同じ内容が石板にも表示される。

 

「その条件で」

 

 セシリアはすぐに受けた。

 凪沙が決めた境界を、誰も説得で崩そうとしない。

 だから凪沙も、観測を止めなかった。

 

     ◇

 

 最初に行動を変えたのはクロエだった。

 入口へ張っていた警戒線を半分だけ下げ、代わりにコアルームへ三本の杭を打つ。

 

「何してるの」

 

「空間のずれを測る。攻撃じゃない」

 

 打ち込むたびに、杭の光が少しずつ違う方向へ傾いた。

 

「もう、ここだけで空間が閉じてない」

 

 レオンがココを見る。

 

「原因は分かるか」

 

「ほぼ」

 

 セシリアは表示板を見た。

 

「ココさんと凪沙さんの仮契約が、コアの成長に伴って本固定へ移ろうとしています」

 

「正式になるなら、いいことでは?」

 

 ココが聞く。

 

「正規経路だけなら」

 

 表示板へ、三つの光点が浮かんだ。

 凪沙。

 エミ。

 ココ。

 

「本来、正規契約は凪沙さんとココさんの二者で閉じます。でも今は、その間にエミさんの経路がある。これまでは、その中継があることで拒絶が抑えられていました」

 

 光点の間で、線が輪になった。

 

「ただ、本固定は二者の正規経路へ閉じようとし、エミさんの中継は残ろうとする。その衝突で、ココさんの出力が削られ、凪沙さん側へも逆流しています」

 

「昨日の防御も?」

 

 凪沙が聞く。

 

「《笑》がダンジョンそのものを動かしたわけではなさそうです。防御出力が、この中継経路へ流れ込んだ。その結果として、契約線とココさん側にも反応が出たと考える方が自然です」

 

「直接じゃないんだ」

 

「少なくとも、現在の観測では」

 

「逆流すると?」

 

「ココさんの痛みと人格損傷。凪沙さんには生命力の消耗、記憶の混入、最悪の場合は精神境界の崩壊」

 

 ココの指が、凪沙の袖から離れた。

 自分が危ないと聞いた時より、凪沙が危ないと聞いた時の方が速かった。

 

「切ってください」

 

「まだ、切り方の話をしてない」

 

 凪沙が言う。

 

「でも」

 

「全部聞く」

 

 ココは口を閉じた。

 レオンがセシリアを見る。

 

「猶予は」

 

 表示板の線が、また歪んだ。

 

「次の固定波までです。現在の進行なら、数時間。待つこともできますが、安全な切断窓は狭くなります」

 

 時間がある、ではない。

 時間を使うたび、選べる手段が減る。

 凪沙はそこまで理解した。

 

     ◇

 

「方法は三つあります」

 

 セシリアは指を一本立てる。

 

「一つ。今のうちに仮契約を切断し、三者を分ける。最も成功率が高い」

 

 二本目。

 

「二つ。本固定を止め、凪沙さんの帰還準備へ移る。帰還儀式は外部者にも使えますが、本人同意、手動アンカー、準備時間が必要です。今すぐ逃がす手段にはなりません」

 

 三本目は、上がらなかった。

 

「三つ目は?」

 

 凪沙が聞く。

 

「正規契約技能で中継を組み直し、三人を分けたまま固定する」

 

「それで」

 

「現時点では使えません」

 

『《笑》内に、該当する正規契約技能は存在しません』

 

 石板にも同じ文字が浮かぶ。

 

『私は経路を観測できますが、正規側の接続権限を持っていません』

 

 不可能を隠さない。

 それも、エミの判断だった。

 

「なら、俺たちの正式PTへ一時登録するのは」

 

 レオンが提案した。

 

「境界保護が通れば、切断時に凪沙を即時保護できる」

 

 セシリアは登録板を出し、凪沙へ向けた。

 板の表面に光が走る。

 

【個体境界――照合不能】

 

【再試行条件――複数接続の固定後】

 

「今は、凪沙さん一人の境界が術式上で確定していません」

 

 セシリアが板を下ろす。

 

「登録処理が接続を誤認すれば、かえって三人を傷つけます。安定後ならできます。でも、安定させるための保護には使えない」

 

「便利そうで、順番にうるさい」

 

 凪沙が言うと、レオンは苦く笑った。

 

「術式はだいたいそうだ」

 

 レオンたちは、凪沙たち三人に考える時間を残すため、コアルームの入口まで下がった。

 距離は取ったが、狭い部屋では声を潜めても内容までは聞こえる。

 

「切断を先に行うべきです」

 

 セシリアが言った。

 

「進行が予測より速い。選択を待っている間に、安全な方法そのものが消える可能性があります」

 

「分かってる」

 

 レオンはすぐに同意しなかった。

 

「だが、あの三人を一つの対象として切れば、助けるつもりで誰かを消す」

 

「待っても消える」

 

 クロエが杭の傾きを見ながら言う。

 

「どちらも救助。どちらも危険」

 

「だから、何もしないという選択はできません」

 

 セシリアの声は固かった。

 

「切断するなら、俺が剣を入れる」

 

 レオンが答えた。

 

「判断を君の術式のせいにはしない。ただ、今すぐではない」

 

「いつまで」

 

「三人が別々の希望を言えるところまで。そこで結論が出なくても、窓が閉じる前には俺たちが決める」

 

 セシリアは凪沙たちを見た。

 

「拒まれても?」

 

「拒まれた事実ごと引き受ける」

 

 クロエが三本の杭へ触れ、逃がし道が残っていることを確かめた。

 

「なら、待つ間も準備する」

 

 三人の意見は最初から同じではなかった。

 それでも誰が汚れ役になるかを押しつけず、救助を諦めない一点だけは共有していた。

 凪沙は、聞こえなかったふりをしなかった。

 

「そっちも、別々なんだ」

 

 レオンが振り向く。

 

「一緒にいることと、同じ意見しか持たないことは違うからな」

 

「そう」

 

 その答えは、凪沙の隣にいる二人にも使える。

 

     ◇

 

「凪沙」

 

 レオンは膝を折り、凪沙と目の高さを近づけた。

 

「俺たちは、今なら切断できると判断している」

 

「うん」

 

「だが、君の意思を飛ばして始めない。安全な窓が閉じる直前までは待つ」

 

「待ったら危ないのに?」

 

「待つことにも危険がある。だから、待つのも俺たちの判断だ」

 

 レオンは迷いを隠さなかった。

 それでも、決めた責任は引き受けている。

 

「ただし、本当に間に合わなくなる時は介入する」

 

「うちが嫌だって言っても?」

 

「その時は」

 

 一度、言葉を止めた。

 

「君に恨まれても、救命を選ぶ」

 

 凪沙はレオンを見る。

 

「そっか」

 

 嫌な正義ではなかった。

 凪沙が同じ立場なら、同じ計算をする可能性はある。

 

「エミ」

 

『はい』

 

「残ってる経路、全部見て」

 

『実行します』

 

「ココ」

 

「はい」

 

「勝手に自分だけ切るって決めないで」

 

「ですが」

 

「選ぶなら、三人で別々に考える」

 

 同じ答えを出す、とは言わなかった。

 ココは少し迷い、それから頷いた。

 安全な切断窓が閉じるまで。

 凪沙たちは、残された時間を三人で使うことにした。

 

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