スキル(笑)ってとんでもないね……~うちを笑った相手が死ぬんですが、これはうちのせい?~ 作:tuna&mayo
「切って、ください」
ココは床へ手をついたまま、もう一度言った。
「わたくしとの仮契約を切れば、マスターへの逆流は止まります」
『成功した場合、凪沙とココの生命維持率は上昇します』
「ココはどうなる?」
『本固定直前の強制切断です。人格領域の損傷率は予測不能です』
「消えるかも」
『否定できません』
「なら、嫌」
凪沙は即答した。
「マスター!」
「意味は分かってる」
ココが自分を捨てたいわけではない。凪沙へ、生きる方を残そうとしている。
それでも。
「でも、うちのためにココが消える案だけ残して、それを選んでって言うのは違う」
「わたくしは、マスターに生きて――」
「うちも、ココに残ってほしい」
凪沙は声を上げなかった。
事実を一つ追加するように言った。
ココは、それ以上を続けられなかった。
◇
セシリアの術式が、床の三本の杭へつながった。
クロエは切断後の逃がし道を開き、レオンは凪沙たちと術式の間に立つ。
剣先も杖も、凪沙やココではなく床を走る契約線へ向いていた。
「凪沙」
レオンが呼ぶ。
「今なら、まだ三人とも助かる可能性が高い」
「ココの人格が残る保証は?」
「ない」
嘘をつかなかった。
「でも、待てば君もココも失う」
「分かってる」
「切断した後、ココを直す方法は俺たちも探す。君がここへ残ることも、帰ることも、その後にもう一度選べる」
「それも分かる」
凪沙はレオンを見る。
「そっちの判断は、正しいと思う」
「なら」
「でも、うちは嫌」
正しさを認めても、同じ結論になるとは限らない。
レオンは目を閉じた。
一呼吸だけ。
目を開く。
「すまない」
剣を抜いた。
「君が拒んだからといって、目の前で救えるかもしれない命を見捨てられない」
剣先は凪沙にもココにも向かない。
床を走る契約線へ向いた。
「恨んでくれていい。それでも、俺たちは切断を行う」
セシリアが杖を上げる。
「痛覚遮断と生命保護を優先します」
クロエが短剣を逆手に持つ。
「逃げ道は塞がない。離脱するなら追わない」
誰も凪沙を悪とは呼ばない。
それでも、切断の準備は止めなかった。
「そっか」
凪沙は立ち上がる。
「エミ。補助」
『了解しました』
「ココ。殺傷罠は禁止」
「この状況でもですか!?」
「助けようとしてる人を殺すのは、違うでしょ」
「……はい!」
結論は衝突している。
相手の意図まで敵にする必要はなかった。
『両陣営の生命反応を監視します』
「エミは、うちの補助だけじゃなくていいの?」
『凪沙の希望は、勇者三名を傷つけないことを含んでいます。ただし、監視は私自身の判断でもあります』
「分かった。危なくなったら、相手側でも言って」
「わたくしは、初心者用の区画を使います」
ココが壁へ手を置く。
「あれなら閉じ込めず、入口へ戻す経路があります。威厳は不足しておりますが!」
「今は不足したままで」
「後で改良します!」
凪沙は二人の選択を聞いてから、床に残る罠の継ぎ目を見た。
殺傷罠は使わない。初心者用の経路も戻さない。エミは両方を見る。
それでいく。
◇
先に動いたのはクロエだった。
投げられた短剣を右へ避けると、その先にはもうレオンがいる。斬撃ではない。剣の腹が肩を狙った。
凪沙は床を蹴って壁際へ逃れ、足元からココの粘着床が立ち上がる。だがレオンが踏み込む直前、セシリアの風が床表面だけを乾かした。
クロエが安全な一点へ足を置いて次の杭を打つと、その周囲へ薄い隔壁がせり上がった。完成すれば一人だけ分断できる。
けれど閉じる直前、壁の一部が開いた。初心者用へ直した時に作った短い合流路だ。クロエは迷わずそこへ滑り込み、レオンの背後へ戻る。
「今、閉じられた」
凪沙が言う。
「閉じ込めないと決めましたので!」
ココは昔の罠へ戻さなかった。
そのため、勇者たちの連携は切れない。
『クロエの脈拍上昇。損傷はありません』
「なら、次」
凪沙も、その不利を直せとは言わなかった。
三人が互いの死角を、言葉より先に埋めていく。
「……あれ、抜けるんだ」
「最高傑作ですよ!?」
「今のうちに次」
「はい!」
ココは痛みを抱えたまま次の壁を動かす。凪沙はその動きを利用してレオンの背後へ回ったが、拳が届く前にクロエの足払いが入り、避けた先へセシリアの拘束光が来た。
一人ずつの技なら読める。
三人が積み上げた時間は読めない。
◇
『《笑》、発動条件不成立』
エミの報告。
レオンも、セシリアも、クロエも凪沙を笑っていない。嘲る声も表情もなく、三人は契約線を切ることだけに集中している。
《笑》は沈黙したままだった。
「不便」
『同意します』
「そこは否定して」
『不可能です』
短いやり取りの間にも、固定波は進む。
ココが息を詰めた。
「マスター、右!」
凪沙は右から来た拘束光を避ける。
代わりに、左のレオンが契約線へ踏み込んだ。
「取られた」
「俺たちも必死だ!」
剣が床へ突き立つ。
切断術式の第一層が開いた。
ココの姿が大きく揺らぐ。
「ココ!」
「まだ、います!」
声は返る。
けれど、遠い。
セシリアが叫ぶ。
「レオン、あと一層です!」
「凪沙、退いてくれ!」
「嫌」
凪沙はレオンへ向かう。
クロエが間へ入る。
短剣と拳が触れる直前、クロエは刃を返した。
最後まで非殺傷を崩さない。
凪沙も急所を外す。
互いに正しいまま、邪魔だった。
◇
床の奥で、何かが切れる音がした。
音ではない。
凪沙の内側にあった線が、一本ほどけた感覚だった。
「ココ」
返事がない。
「ココ」
沈黙。
普段なら、呼ぶ前から返事をする。
うるさいほどあった声が、どこにもない。
『ココの人格応答を確認できません』
エミの声にも、初めて明確な乱れが混じった。
レオンの剣は、まだ最後の線を切っていない。
止めれば凪沙が危ない。
進めれば、ココが消えるかもしれない。
全員が最善を選んで、この形になった。
凪沙は、声の消えた場所を見た。