スキル(笑)ってとんでもないね……~うちを笑った相手が死ぬんですが、これはうちのせい?~ 作:tuna&mayo
ココの声が消えた。
それだけで、ダンジョンは別の場所になった。
壁はある。
床も、罠も、コアもある。
でも、呼んでも返事がない。
「ココ」
もう一度。
沈黙。
【人格応答――低下】
エミの声が途切れる。
『固定波による中継負荷が上昇。私の処理も、長時間は維持できません』
ココだけではない。
エミの声まで消えようとしている。
凪沙の視界へ、二人が残したものばかりが入った。
壁際には、雨の夜にココが開き、エミが順番を組んだ排水路の点検口。
入口の近くには、初心者を一人にしないと三人で決めた時の修正跡。
棚には、離れても一人で三人分を決めないと書いた記録板。
どれも残っている。
けれど、今ここで問いかけても、書いた二人の答えは増えない。
記録は相談の代わりにはならなかった。
レオンの剣は、最後の契約線を前に止まっていた。
「セシリア!」
「ここで止めれば逆流します! 進めても、ココさんの人格が保つ保証は――」
「どちらが高い」
「切断です!」
レオンは歯を食いしばり、剣へ力を込めた。
凪沙は、その判断が間違いではないと分かっていた。ココも凪沙を生かすため、同じ答えを選び、エミも確率を隠さなかった。
誰も雑に決めたわけではない。
結果だけが、ココかエミのどちらかを部品のように捨てろと言っている。
「……ひど」
凪沙の喉から、空気が漏れた。
泣き声にはならなかった。
怒鳴る気にもならない。
あまりに救いがなくて。
あまりに、いつもの世界らしくて。
「ふ」
凪沙は笑った。
王城で向けられた嘲笑でも、誰かへ向けた笑いでもなかった。
◇
『入力を確認』
エミの声が戻る。
【外部嘲笑――検出なし】
【発動主体――佐倉凪沙】
【《笑》――状態遷移】
床から浮いた表示が、白く焼き切れた。
【《狂笑》】
【模倣可能対象――展開】
【保持条件――《狂笑》状態中】
次の瞬間、周囲の情報が押し寄せた。
レオンの剣、セシリアの境界術式、クロエの空間把握、ココのダンジョン管理。名も知らない細かな技能まで、一斉に輪郭を持つ。
全部が自分のものになったわけではない。《狂笑》が動いている間だけ、周囲の技能が模倣できる候補として並んでいる。
「エミ」
『はい』
「うちに合わせて」
返答は、自動ではなかった。
一拍の間があった。
『私は、凪沙とココの人格境界を維持する制御を選択します』
「うん」
『凪沙の出力へ従属するだけではありません。危険と判断した処理は拒否します』
「それでいい」
◇
レオンが動く。
凪沙は同じ剣技で受ける。
一撃目は流せた。
二撃目の直前、クロエが視界の外から杭を投げる。
避けた先へ、セシリアの光が来る。
技能は同じでも、三人の呼吸までは手に入らない。
「まだ強いね」
「こっちは十年以上、三人でやってる!」
「ずるい」
「君の能力にだけは言われたくない!」
レオンは笑っていない。剣も止まらない。
凪沙も、勝つために能力を使っているのではない。契約線へ届くために、三人の連携を一瞬だけ遅らせる。
「エミ。ココの技能」
『検索中です』
情報の奔流から、エミが一本だけを選り分ける。
【正規ダンジョンマスター契約技能を検出】
【模倣主体――佐倉凪沙】
【模倣系統――《狂笑》】
【初回模倣】
凪沙の内側に、一時的な経路が開いた。
エミが新しい能力を生み出したのではない。《狂笑》が候補の中から、ココ固有の正規契約技能を初めて模倣した。
エミは、その使い方を見つけた。
『正規技能は利用可能です。ただし、ダンジョンコア側の接続口が閉じています』
「ココ」
返事はない。
「聞こえてるなら、開けて」
形式的な同意を求めたのではない。
壊れかけた相手へ、選択肢を渡した。
床の奥で、ごく弱い光が瞬いた。
一度。
消える。
もう一度。
今度は、細い線がコアからエミの中継へ伸びた。
【ココ――正規接続口を開放】
弱い声が、雑音の向こうから落ちる。
「……エミさん、に」
ココだった。
「預け、ます」
細い光は凪沙ではなく、エミの中継へ伸びた。
ココ自身が開いた経路だった。
◇
『凪沙』
「何」
『正規技能をそのまま実行すれば、主従契約へ収束します』
「それは嫌」
『同意します』
「ココ」
弱い光が返る。
「エミ」
『はい』
「混ぜないで」
『三者の記憶領域、判断領域、拒否経路を分離したまま中継します』
「できる?」
『保証はできません』
「じゃあ、やって」
『私も、それを選びます』
エミが、模倣された正規技能の出力を絞る。
凪沙だけへ従う線にせず、ココの拒否経路を残す。
凪沙は《狂笑》の出力を支える。
ココは、消えかけた意識で正規側の口を開いたままにする。
三人の選択が、危機の中で初めて同じ一点へ向いた。
同じ存在になるためではない。
違うまま、生き残るために。
◇
「レオン、待って!」
セシリアが叫んだ。
解析光が、契約線の変化を拾う。
「正規経路が開いています。切断ではなく、組み替えです!」
レオンはすぐに剣を止めた。
「俺たちにできることは」
「外側の境界を保持してください。中には触れないで!」
「分かった。クロエ!」
「もうやってる!」
三本の杭が、崩れかけた空間を外から支える。
さっきまで切断しようとしていた三人が、今度は接続を守った。
『中継を開始します』
エミの声。
凪沙の視界へ、ココの光が戻る。
同時に、頭の奥へ激痛が走った。
経路はつながった。
まだ、安定していない。
「エミ」
『継続中です』
「ココ」
「……はい」
返事がある。
それだけ確認して、凪沙は次の固定波を受けた。