スキル(笑)ってとんでもないね……~うちを笑った相手が死ぬんですが、これはうちのせい?~   作:tuna&mayo

23 / 27
第023話 《狂笑》

 

 

 ココの声が消えた。

 それだけで、ダンジョンは別の場所になった。

 壁はある。

 床も、罠も、コアもある。

 でも、呼んでも返事がない。

 

「ココ」

 

 もう一度。

 沈黙。

 

【人格応答――低下】

 

 エミの声が途切れる。

 

『固定波による中継負荷が上昇。私の処理も、長時間は維持できません』

 

 ココだけではない。

 エミの声まで消えようとしている。

 凪沙の視界へ、二人が残したものばかりが入った。

 壁際には、雨の夜にココが開き、エミが順番を組んだ排水路の点検口。

 入口の近くには、初心者を一人にしないと三人で決めた時の修正跡。

 棚には、離れても一人で三人分を決めないと書いた記録板。

 どれも残っている。

 けれど、今ここで問いかけても、書いた二人の答えは増えない。

 記録は相談の代わりにはならなかった。

 レオンの剣は、最後の契約線を前に止まっていた。

 

「セシリア!」

 

「ここで止めれば逆流します! 進めても、ココさんの人格が保つ保証は――」

 

「どちらが高い」

 

「切断です!」

 

 レオンは歯を食いしばり、剣へ力を込めた。

 凪沙は、その判断が間違いではないと分かっていた。ココも凪沙を生かすため、同じ答えを選び、エミも確率を隠さなかった。

 誰も雑に決めたわけではない。

 結果だけが、ココかエミのどちらかを部品のように捨てろと言っている。

 

「……ひど」

 

 凪沙の喉から、空気が漏れた。

 泣き声にはならなかった。

 怒鳴る気にもならない。

 あまりに救いがなくて。

 あまりに、いつもの世界らしくて。

 

「ふ」

 

 凪沙は笑った。

 王城で向けられた嘲笑でも、誰かへ向けた笑いでもなかった。

 

     ◇

 

『入力を確認』

 

 エミの声が戻る。

 

【外部嘲笑――検出なし】

 

【発動主体――佐倉凪沙】

 

【《笑》――状態遷移】

 

 床から浮いた表示が、白く焼き切れた。

 

【《狂笑》】

 

【模倣可能対象――展開】

 

【保持条件――《狂笑》状態中】

 

 次の瞬間、周囲の情報が押し寄せた。

 レオンの剣、セシリアの境界術式、クロエの空間把握、ココのダンジョン管理。名も知らない細かな技能まで、一斉に輪郭を持つ。

 全部が自分のものになったわけではない。《狂笑》が動いている間だけ、周囲の技能が模倣できる候補として並んでいる。

 

「エミ」

 

『はい』

 

「うちに合わせて」

 

 返答は、自動ではなかった。

 一拍の間があった。

 

『私は、凪沙とココの人格境界を維持する制御を選択します』

 

「うん」

 

『凪沙の出力へ従属するだけではありません。危険と判断した処理は拒否します』

 

「それでいい」

 

     ◇

 

 レオンが動く。

 凪沙は同じ剣技で受ける。

 一撃目は流せた。

 二撃目の直前、クロエが視界の外から杭を投げる。

 避けた先へ、セシリアの光が来る。

 技能は同じでも、三人の呼吸までは手に入らない。

 

「まだ強いね」

 

「こっちは十年以上、三人でやってる!」

 

「ずるい」

 

「君の能力にだけは言われたくない!」

 

 レオンは笑っていない。剣も止まらない。

 凪沙も、勝つために能力を使っているのではない。契約線へ届くために、三人の連携を一瞬だけ遅らせる。

 

「エミ。ココの技能」

 

『検索中です』

 

 情報の奔流から、エミが一本だけを選り分ける。

 

【正規ダンジョンマスター契約技能を検出】

 

【模倣主体――佐倉凪沙】

 

【模倣系統――《狂笑》】

 

【初回模倣】

 

 凪沙の内側に、一時的な経路が開いた。

 エミが新しい能力を生み出したのではない。《狂笑》が候補の中から、ココ固有の正規契約技能を初めて模倣した。

 エミは、その使い方を見つけた。

 

『正規技能は利用可能です。ただし、ダンジョンコア側の接続口が閉じています』

 

「ココ」

 

 返事はない。

 

「聞こえてるなら、開けて」

 

 形式的な同意を求めたのではない。

 壊れかけた相手へ、選択肢を渡した。

 床の奥で、ごく弱い光が瞬いた。

 一度。

 消える。

 もう一度。

 今度は、細い線がコアからエミの中継へ伸びた。

 

【ココ――正規接続口を開放】

 

 弱い声が、雑音の向こうから落ちる。

 

「……エミさん、に」

 

 ココだった。

 

「預け、ます」

 

 細い光は凪沙ではなく、エミの中継へ伸びた。

 ココ自身が開いた経路だった。

 

     ◇

 

『凪沙』

 

「何」

 

『正規技能をそのまま実行すれば、主従契約へ収束します』

 

「それは嫌」

 

『同意します』

 

「ココ」

 

 弱い光が返る。

 

「エミ」

 

『はい』

 

「混ぜないで」

 

『三者の記憶領域、判断領域、拒否経路を分離したまま中継します』

 

「できる?」

 

『保証はできません』

 

「じゃあ、やって」

 

『私も、それを選びます』

 

 エミが、模倣された正規技能の出力を絞る。

 凪沙だけへ従う線にせず、ココの拒否経路を残す。

 凪沙は《狂笑》の出力を支える。

 ココは、消えかけた意識で正規側の口を開いたままにする。

 三人の選択が、危機の中で初めて同じ一点へ向いた。

 同じ存在になるためではない。

 違うまま、生き残るために。

 

     ◇

 

「レオン、待って!」

 

 セシリアが叫んだ。

 解析光が、契約線の変化を拾う。

 

「正規経路が開いています。切断ではなく、組み替えです!」

 

 レオンはすぐに剣を止めた。

 

「俺たちにできることは」

 

「外側の境界を保持してください。中には触れないで!」

 

「分かった。クロエ!」

 

「もうやってる!」

 

 三本の杭が、崩れかけた空間を外から支える。

 さっきまで切断しようとしていた三人が、今度は接続を守った。

 

『中継を開始します』

 

 エミの声。

 凪沙の視界へ、ココの光が戻る。

 同時に、頭の奥へ激痛が走った。

 経路はつながった。

 まだ、安定していない。

 

「エミ」

 

『継続中です』

 

「ココ」

 

「……はい」

 

 返事がある。

 それだけ確認して、凪沙は次の固定波を受けた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。