スキル(笑)ってとんでもないね……~うちを笑った相手が死ぬんですが、これはうちのせい?~ 作:tuna&mayo
つながった経路は、ひどく不安定だった。
凪沙が息を吸うたび、コアルームの灯りが明滅する。
ココの輪郭は戻っている。
エミの声も聞こえる。
ただし、三人とも余裕はなかった。
「エミ」
『処理中です』
「ココ」
「は、はい」
「痛い?」
「とても!」
「うちも」
『私は処理遅延が発生しています』
「全員、別々に駄目だね」
凪沙の頭へ、ココの考えが流れ込んでくることはない。
エミの記録も読めない。
痛む場所も、疲れ方も、返事も違う。
三人はつながっている。
それでも、一つにはなっていなかった。
『凪沙。出力を二段階下げてください』
「切れない?」
『切れません。過剰出力の方が人格境界を圧迫しています』
「分かった」
凪沙が《狂笑》の出力を落とす。
ココが床へ手を当てる。
「正規接続口、狭めます。でも、閉じません」
『確認しました。拒否経路を維持したまま固定します』
エミは二人の出力を同じにせず、違う値のまま中継だけを合わせていく。
外側ではセシリアが変化を読み、クロエが傾いた杭を打ち直し、レオンが崩れかけた床を剣で固定していた。
「固定波、来ます!」
セシリアの声。
床の光が跳ね上がった。
凪沙は歯を食いしばる。
ココの正規経路が閉じかける。
「ココ」
「開けて、います!」
『中継を維持します』
三つの線が一度だけ重なり、すぐに分かれた。
消えはしない。
互いを保ったまま、三角形のように固定される。
【三者接続――安定】
【人格境界――三】
【記憶領域――分離】
【相互拒否経路――正常】
凪沙が《狂笑》を止める。
周囲に浮いていた模倣候補の輪郭が消えた。それでも、固定された三つの線は残っている。
明滅が止まった。
コアルームへ、一定の灯りが戻る。
◇
最初に座り込んだのはココだった。
「つ、疲れました……」
次に、レオンが床へ剣を置いた。
「同感だ」
「勇者様は接続しておりませんよね!?」
「床がずっと抜けようとしてたんだ!」
クロエは壁にもたれたまま、短剣を数える。
「一本、曲がった」
「経費で」
凪沙が言う。
「マスター!?」
「うちたちが曲げたし」
『ダンジョンポイントによる外部装備の補填機能は存在しません』
「エミさんまで真面目に検討しないでください!」
ココの声が大きい。
いつもの音量だった。
凪沙はそれを確認してから、壁へ背を預けた。
◇
「検証してもいいですか」
セシリアが聞いた。
杖は下げたままだった。
「接続へ触れず、先ほど公開された発動記録だけを確認します」
勝手に始めない。
凪沙はエミへ任せなかった。
「エミは?」
『公開範囲を私が選択できるなら、許可します』
同じ返答が石板にも浮かぶ。
「ココ」
「わたくしの記録も、同じ条件で」
「じゃあ、それで」
三人は、それぞれ公開してよい範囲だけを決めた。
セシリアは公開表示を追う。最初に止まったのは、《狂笑》の模倣記録だった。
【正規ダンジョンマスター契約技能】
【模倣開始――《狂笑》発動後】
【模倣回数――一】
「今回、初めて模倣した」
「そう出てるね」
「はい。そして、今はもう一つ確認できます」
三者接続が安定し、人格境界が三つに分かれたことで、それまで重なっていた構造を別々に比較できるようになっていた。
エミが公開した範囲へ、新しい照合結果が並ぶ。
【比較条件――人格境界分離後】
【生成起点――固有技能《笑》初回発動】
【先行人格記録――なし】
【旧コア基底構造――不一致】
【新生コア・ココ基底構造――不一致】
「これ、前は見えなかった?」
「正確には、分けて比較できませんでした。接続経路が重なっていたため、どの構造が誰のものか切り分けられなかったんです」
「今は?」
「人格境界が三つに分離して安定した。だから照合できます」
セシリアは、しばらく表示を見たまま動かなかった。
「違う」
レオンが顔を上げる。
「何が」
「私たちは、コアと少女の二者だと思っていました。間に残留人格が入り込んだ、と」
セシリアは石板へ浮かぶ文字を見る。
「でも、この照合結果ならエミさんを旧コアの残りとは扱えません。《笑》の初回発動を生成起点に持ち、その後も独自の判断を積み重ねた第三の人格です」
『私も、発生機構のすべてを把握してはいません』
「はい。分からない部分は残っています。ですが、旧コア説は撤回します」
ココが胸を張る。
「ですから、エミさんはエミさんだと申し上げました!」
「根拠は?」
「一緒に暮らして分かりました!」
「解析より雑」
「関係の実績です!」
『ココの主張には検証不能な部分があります。ただし、結論には同意します』
「エミさん!」
やはり、二人の答えは同じではない。
◇
レオンが凪沙の前へ来た。
武器は持っていない。
「すまなかった」
頭を下げる。
「俺たちの持っていた証拠からは、あの判断が必要だと思った。今も、何もしない方がよかったとは思えない」
「うん」
「だが、誤認した。三人の関係を壊しかけた」
「そっちから見たら、そう見えるし」
凪沙は答える。
「うちでも調べる」
「許してくれるのか」
「別に、許すとかではないけど」
少し考える。
「もう切ろうとしないなら、敵じゃない」
レオンは顔を上げた。
「分かった」
セシリアも杖を収める。
クロエは曲がった短剣だけ別の鞘へ入れた。
戦いは終わった。
◇
「接続は安定しました」
セシリアが言う。
「時間をかければ、安全に分ける方法も探せます。逆に、このまま維持することも可能です」
ココが凪沙を見る。
「マスターは、どうしたいですか」
危機の中では、選ぶ時間がなかった。
今はある。
凪沙は先にエミへ聞く。
「エミは?」
『人格境界と拒否経路が維持される限り、接続の継続を選択します』
「ココ」
「続けたいです。ただし、次に契約する時は最後まで説明します!」
「次がある前提なんだ」
「今回の反省です!」
「うちは」
二人を見る。
「このままでいい」
三人とも、同じ理由ではなかった。
それで関係は続いた。
◇
「正式PT登録は、境界が安定した今なら可能だ」
レオンが登録板を出す。
「境界保護や緊急退避が共有できる。今日でなくていい。落ち着いてから、条件を説明して決めよう」
「今日は無理」
「俺も無理だ」
レオンが即答した。
「明日以降で」
「保留」
「それでいい」
セシリアは現地報告用の水晶板を起動した。
「旧コア説の撤回と、救命処置終了だけ先に送ります。行政上、待たせられません」
水晶板に王国の紋章が浮かび、送信処理が始まった。
戦闘後の記録は多い。完了までには、まだ少し時間がかかるらしい。
◇
「では!」
ココが立ち上がる。
「大団円を記念して、お祝いを開催します!」
『先に床面の修復を推奨します』
「お祝いが先です!」
「床」
「マスターまで!?」
クロエが曲がった短剣を見せる。
「これも」
「請求が増えました!」
ココが頭を抱える。
「両方やればいい」
凪沙が、めくれた床板を足先で戻す。
「直しながら、お祝い」
「それはお祝いではなく作業です!」
『戦闘後の栄養補給と修復作業を同時に実施すれば、休止時間を短縮できます』
「エミさんはマスター側に付かないでください!」
『私は効率側です』
結局、コアルームの端で鍋を温めながら、中央の床を直すことになった。
レオンが浮いた床板を押さえ、クロエが曲がった留め金を外す。セシリアは境界術式を維持したまま、修復材の乾き方を見ていた。
三人とも、戦闘の時と役割が変わっても動きが速い。
凪沙はココとエミの指示を聞きながら、ずれた支柱を戻した。
今は、二人が理由を返すのを聞いてから手を動かす。
「ココ、痛くない?」
「問題ありません!」
支柱が収まり、床板が平らになる。
鍋から焦げる匂いがした。
全員が同時に振り返る。
「ココ」
「床を直していたので!」
『加熱停止を提案済みです』
「先に止めてください!」
『調理器具の操作権限はありません』
凪沙が火を落とし、鍋の底を混ぜる。
完全には焦げていない。食べられる範囲だった。
ココは五つの器を並べ、六番目の場所へ記録板を置いた。
「エミさんは召し上がりませんが、参加はしてください」
『すでに参加しています』
「形も大事です」
板へ光の文字が浮かぶ。
――焦げた部分の摂取は非推奨。
「お祝いで最初に書くことですか?」
「重要」
凪沙は焦げていない場所をココの器へ入れた。
それから、自分の分を取る。
レオンたちにも同じ鍋から配った。
敵ではないと判断した。それだけで、急に親しくなったわけではない。
それでも、同じ床を直した後に、別々の食事を用意する理由もなかった。
「味は」
レオンが慎重に口へ運ぶ。
「焦げていない部分は、うまい」
「限定しましたね!?」
「嘘はよくないだろ」
セシリアが笑いをこらえ、クロエは無言でもう一口食べた。
「クロエさんはお気に召したようです!」
「空腹」
「理由が全部お祝いから遠いです!」
ココの抗議へ、今度は凪沙も息を漏らした。
《笑》も、《狂笑》も動かない。
表示は何も出なかった。
食事が終わる頃、記録板には次の日の予定が三種類の文字で並んでいた。
ココは入口の修復。エミは接続値の再検査。凪沙は、二人の判断が食い違った時の確認手順。
その横へ、クロエが曲がった短剣の絵を描き、レオンが小さく「修理」と足した。セシリアは現地報告の確認時刻を書き込む。
ココが絵を消そうとし、クロエが板を抱えて避ける。
まだ全員が同じ側になったわけではない。
それでも、次に会う予定は同じ板へ残った。
レオンが笑い、セシリアも息を漏らす。
凪沙の口元も少しだけ緩んだ。
《笑》は動かない。
記録板には、次に直すものと、次に確かめるものがまだ増えていく。
コアルームの灯りが落ち着いても、話は続いた。