スキル(笑)ってとんでもないね……~うちを笑った相手が死ぬんですが、これはうちのせい?~ 作:tuna&mayo
戦いが終わってから、しばらくして。
ダンジョンには、いつもの音が戻っていた。
ひびの入った床をココが調べ、エミが修復順を読み上げ、クロエが回収し損ねた短剣を壁から抜いている。
レオンは剣を鞘へ収めた。セシリアは、現地報告用の薄い水晶板から手を離す。
「送信、完了しました」
「何を?」
凪沙が聞くと、セシリアは水晶板を見た。
「旧コア説の撤回と、救命処置の終了報告です。私たちには、判断を更新した時ほど早く報告する義務がありますから」
「間違えた報告だけ残ると困るしね」
「はい」
ココが両手を上げる。
「では! これにて事件解決! 正式に大団円です!」
『床面の修復率は三割です』
「雰囲気の話をしております!」
「床も直して」
「マスターまで!?」
凪沙は、少しだけ口元を緩めた。
エミから警告はない。
その直後。
床の奥で、低い鐘のような音が鳴った。
『既設転移座標への接続を確認しました』
レオンたちが同時に入口を見る。
クロエが先に位置を変え、セシリアの死角へ入った。レオンは剣を抜かないまま一歩前へ出る。
「王城側の転移設備です」
セシリアの声から、さっきまでの安堵が消えた。
白い転移光が、ダンジョン入口で細い柱になった。
光がほどける。
先頭に立っていたのは、アリシアだった。
その後ろに二人の近衛がいる。けれど、二人とも武器へ手をかけていない。
アリシアは王城で見た時と同じように背筋を伸ばしていた。
違うのは、目の下に残った疲労と、胸元に下げた古い王家の印だった。
「アリシア王女」
レオンが呼ぶ。
「緊急報告は受けました」
アリシアは短く答えた。
「勇者様の位置標識を、残存する城内転移設備へ接続しました。急な来訪をお許しください」
「謝るのは、こっちだ」
レオンは凪沙たちを庇う位置から動かなかった。
「俺たちは、エミを旧コアの残留人格だと判断した。その誤認から、凪沙とココの接続を切ろうとした」
「報告にありました」
「結果として三人を危険にさらした。だが、今は違う。三人は――」
「それも読みました」
アリシアはレオンが口を閉じるのを待ってから、セシリアを見る。
「旧コア説は、完全に撤回しますか」
「はい」
セシリアは杖を下ろしたまま答えた。
「エミさんの基底署名は、佐倉凪沙さんの《笑》の生成記録と一致しました。旧コアとも、ココさんとも一致しません」
セシリアは表示を確かめてから続けた。
「ココさんの正規契約技能を《狂笑》で初めて模倣したのも、発動後です」
「凪沙さんへの支配は」
「確認されません。むしろエミさんは、凪沙さんの処理と異なる判断を選び、二人を残すために制御を引き受けました」
アリシアは、次にクロエを見る。
「行動記録は」
「王城を除けば、追跡中に見つかったのは逃亡と救助と非殺傷運営。危険じゃないとは言わない。でも、誰かを狩るために動いた痕跡はなかった」
クロエは凪沙へ一度だけ視線を向ける。
「今も三人の反応は別。操られて同じ答えを返してるようには見えない」
アリシアは頷いた。
今度は、ココを見る。
「ココさん。凪沙さんに、ここへ残るよう強制しましたか」
「最初の登録は、かなり急ぎました」
ココはいつもの勢いを少し落として答えた。
「一時的、というお話も最後まで聞きませんでした。ですが今は、マスターに残ってほしいです。でも、命令したくはありません」
「エミさんは」
『私は《笑》から生じましたが、《笑》の自動処理と同一ではありません。凪沙の命令に反対した記録もあります』
返答は、ココが掲げた記録板へ白い文字でも表示された。
「凪沙さんを離れられますか」
ほんのわずかに、返答が遅れた。
『構造上、単独分離の安全性は確定していません。ただし、離れられないことと、意思がないことは同じではありません』
凪沙は声のした空間を見る。
その答えは、凪沙が用意したものではない。
「凪沙さん」
「ん」
「あなたは、事情を知ったあとも、お二人との接続を選びましたか」
「選んだ」
「帰還できる可能性を示されても」
「うん」
「今も、同じですか」
凪沙はエミの声がする場所と、隣のココを順に見た。
「同じ」
アリシアは目を閉じた。
長くはなかった。
目を開き、胸元の王家の印へ指を触れる。
「理解しました」
レオンが息を吐く。
だが、アリシアの次の言葉は続かなかった。
彼女の親指が、胸元の王家の印の縁をなぞった。
使い込まれた印だった。
今はもう、持ち主だった王の手には戻らない。
「父は、王城で亡くなりました」
静かな声だった。
「王太子だった兄も」
ココが口を閉じる。
レオンも、セシリアも、クロエも何も挟まなかった。
「召喚を決めた王国に責任があります。私は反対しましたが、王国の一員でなかったことにはなりません」
アリシアは凪沙を見た。
「あなたが悪意をもって殺したのではないことも、《笑》があなたの身体を使ったことも、理解しています」
「うん」
「エミさんは独立した人格です。ココさんは、あなたを支配する悪意あるコアではありません。勇者様方の救命判断も正しかった」
「うん」
「それでも」
王家の印を握る指に、力が入る。
「許せません」
怒鳴り声ではなかった。
だから、逃げ道がなかった。
「私は父と兄を失った娘です。そして、正式な戴冠まで国務を預かる者です。あの日から、死者の名と、残された人々への決裁に印を押してきました」
長い被害の一覧はなかった。
その印だけで、十分だった。
「理解したことを、赦した理由にはできません」
凪沙はアリシアの顔を観察した。
王城で、ただ一人笑わなかった人。
召喚を止めようとした人。
それでも、結果を背負わされた人。
もし立場が逆なら、凪沙も相手を無条件には通さない。
「……そっか」
ココが凪沙を見る。
『凪沙』
「言ってることは分かる」
アリシアの表情が、わずかに揺れた。
「許して、とは言わない」
「はい」
レオンが一歩前へ出る。
「監督下に置く方法はないのか」
「再発を防げると断言できますか」
レオンは答えを急がなかった。
「断言はできない。だが、守るための方法は探せる」
「あなたがそうする方だと知っています」
「ですが私は、今ある不確定を国民へ引き受けさせる決裁を選べません」
「帰還術は」
レオンが聞く。
「本人の同意が必要です」
アリシアの視線が凪沙へ向く。
「帰るのは選んでない」
「……はい」
胸元から王家の印を外す。
背後の近衛が小さな箱を差し出した。
箱の中で、古い術具が光を失ったまま眠っていた。
【高位境界術式を検出】
エミの声が低くなる。
アリシアは術具へ王家の印を重ねた。
「王女兼臨時国務代行として、王家に残された国宝の使用権を行使します」
「対象は」
レオンの声が硬くなる。
アリシアは術具の照合面を開いた。
【単一対象への運用記録――正常】
【指定対象外への波及記録――なし】
【複数接続状態での使用記録――該当なし】
「前例がないんだぞ」
「承知しています」
アリシアは表示から目を上げ、凪沙を見る。
「指定対象は、佐倉凪沙さん一名」
『対象指定を確認』
【主対象――佐倉凪沙】
【指定数――一】
ココが凪沙の袖をつかむ。
「国宝の名は、《世界追放》」
アリシアは勝ち誇らなかった。
最後まで笑わなかった。
「処刑は行いません。ただ、この世界から退去してもらいます」
凪沙は光り始めた術具を見る。
最大の危機を越えた。
終わったと思った。
どうやら、世界の方には別の締めがあったらしい。
王家の印から、白い光があふれた。