スキル(笑)ってとんでもないね……~うちを笑った相手が死ぬんですが、これはうちのせい?~   作:tuna&mayo

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第025話 それでも許せません

 

 戦いが終わってから、しばらくして。

 ダンジョンには、いつもの音が戻っていた。

 ひびの入った床をココが調べ、エミが修復順を読み上げ、クロエが回収し損ねた短剣を壁から抜いている。

 レオンは剣を鞘へ収めた。セシリアは、現地報告用の薄い水晶板から手を離す。

 

「送信、完了しました」

 

「何を?」

 

 凪沙が聞くと、セシリアは水晶板を見た。

 

「旧コア説の撤回と、救命処置の終了報告です。私たちには、判断を更新した時ほど早く報告する義務がありますから」

 

「間違えた報告だけ残ると困るしね」

 

「はい」

 

 ココが両手を上げる。

 

「では! これにて事件解決! 正式に大団円です!」

 

『床面の修復率は三割です』

 

「雰囲気の話をしております!」

 

「床も直して」

 

「マスターまで!?」

 

 凪沙は、少しだけ口元を緩めた。

 エミから警告はない。

 その直後。

 床の奥で、低い鐘のような音が鳴った。

 

『既設転移座標への接続を確認しました』

 

 レオンたちが同時に入口を見る。

 クロエが先に位置を変え、セシリアの死角へ入った。レオンは剣を抜かないまま一歩前へ出る。

 

「王城側の転移設備です」

 

 セシリアの声から、さっきまでの安堵が消えた。

 白い転移光が、ダンジョン入口で細い柱になった。

 光がほどける。

 先頭に立っていたのは、アリシアだった。

 その後ろに二人の近衛がいる。けれど、二人とも武器へ手をかけていない。

 アリシアは王城で見た時と同じように背筋を伸ばしていた。

 違うのは、目の下に残った疲労と、胸元に下げた古い王家の印だった。

 

「アリシア王女」

 

 レオンが呼ぶ。

 

「緊急報告は受けました」

 

 アリシアは短く答えた。

 

「勇者様の位置標識を、残存する城内転移設備へ接続しました。急な来訪をお許しください」

 

「謝るのは、こっちだ」

 

 レオンは凪沙たちを庇う位置から動かなかった。

 

「俺たちは、エミを旧コアの残留人格だと判断した。その誤認から、凪沙とココの接続を切ろうとした」

 

「報告にありました」

 

「結果として三人を危険にさらした。だが、今は違う。三人は――」

 

「それも読みました」

 

 アリシアはレオンが口を閉じるのを待ってから、セシリアを見る。

 

「旧コア説は、完全に撤回しますか」

 

「はい」

 

 セシリアは杖を下ろしたまま答えた。

 

「エミさんの基底署名は、佐倉凪沙さんの《笑》の生成記録と一致しました。旧コアとも、ココさんとも一致しません」

 

 セシリアは表示を確かめてから続けた。

 

「ココさんの正規契約技能を《狂笑》で初めて模倣したのも、発動後です」

 

「凪沙さんへの支配は」

 

「確認されません。むしろエミさんは、凪沙さんの処理と異なる判断を選び、二人を残すために制御を引き受けました」

 

 アリシアは、次にクロエを見る。

 

「行動記録は」

 

「王城を除けば、追跡中に見つかったのは逃亡と救助と非殺傷運営。危険じゃないとは言わない。でも、誰かを狩るために動いた痕跡はなかった」

 

 クロエは凪沙へ一度だけ視線を向ける。

 

「今も三人の反応は別。操られて同じ答えを返してるようには見えない」

 

 アリシアは頷いた。

 今度は、ココを見る。

 

「ココさん。凪沙さんに、ここへ残るよう強制しましたか」

 

「最初の登録は、かなり急ぎました」

 

 ココはいつもの勢いを少し落として答えた。

 

「一時的、というお話も最後まで聞きませんでした。ですが今は、マスターに残ってほしいです。でも、命令したくはありません」

 

「エミさんは」

 

『私は《笑》から生じましたが、《笑》の自動処理と同一ではありません。凪沙の命令に反対した記録もあります』

 

 返答は、ココが掲げた記録板へ白い文字でも表示された。

 

「凪沙さんを離れられますか」

 

 ほんのわずかに、返答が遅れた。

 

『構造上、単独分離の安全性は確定していません。ただし、離れられないことと、意思がないことは同じではありません』

 

 凪沙は声のした空間を見る。

 その答えは、凪沙が用意したものではない。

 

「凪沙さん」

 

「ん」

 

「あなたは、事情を知ったあとも、お二人との接続を選びましたか」

 

「選んだ」

 

「帰還できる可能性を示されても」

 

「うん」

 

「今も、同じですか」

 

 凪沙はエミの声がする場所と、隣のココを順に見た。

 

「同じ」

 

 アリシアは目を閉じた。

 長くはなかった。

 目を開き、胸元の王家の印へ指を触れる。

 

「理解しました」

 

 レオンが息を吐く。

 だが、アリシアの次の言葉は続かなかった。

 彼女の親指が、胸元の王家の印の縁をなぞった。

 使い込まれた印だった。

 今はもう、持ち主だった王の手には戻らない。

 

「父は、王城で亡くなりました」

 

 静かな声だった。

 

「王太子だった兄も」

 

 ココが口を閉じる。

 レオンも、セシリアも、クロエも何も挟まなかった。

 

「召喚を決めた王国に責任があります。私は反対しましたが、王国の一員でなかったことにはなりません」

 

 アリシアは凪沙を見た。

 

「あなたが悪意をもって殺したのではないことも、《笑》があなたの身体を使ったことも、理解しています」

 

「うん」

 

「エミさんは独立した人格です。ココさんは、あなたを支配する悪意あるコアではありません。勇者様方の救命判断も正しかった」

 

「うん」

 

「それでも」

 

 王家の印を握る指に、力が入る。

 

「許せません」

 

 怒鳴り声ではなかった。

 だから、逃げ道がなかった。

 

「私は父と兄を失った娘です。そして、正式な戴冠まで国務を預かる者です。あの日から、死者の名と、残された人々への決裁に印を押してきました」

 

 長い被害の一覧はなかった。

 その印だけで、十分だった。

 

「理解したことを、赦した理由にはできません」

 

 凪沙はアリシアの顔を観察した。

 王城で、ただ一人笑わなかった人。

 召喚を止めようとした人。

 それでも、結果を背負わされた人。

 もし立場が逆なら、凪沙も相手を無条件には通さない。

 

「……そっか」

 

 ココが凪沙を見る。

 

『凪沙』

 

「言ってることは分かる」

 

 アリシアの表情が、わずかに揺れた。

 

「許して、とは言わない」

 

「はい」

 レオンが一歩前へ出る。

 

「監督下に置く方法はないのか」

 

「再発を防げると断言できますか」

 

 レオンは答えを急がなかった。

 

「断言はできない。だが、守るための方法は探せる」

 

「あなたがそうする方だと知っています」

 

「ですが私は、今ある不確定を国民へ引き受けさせる決裁を選べません」

 

「帰還術は」

 

 レオンが聞く。

 

「本人の同意が必要です」

 

 アリシアの視線が凪沙へ向く。

 

「帰るのは選んでない」

 

「……はい」

 

 胸元から王家の印を外す。

 背後の近衛が小さな箱を差し出した。

 箱の中で、古い術具が光を失ったまま眠っていた。

 

【高位境界術式を検出】

 

 エミの声が低くなる。

 アリシアは術具へ王家の印を重ねた。

 

「王女兼臨時国務代行として、王家に残された国宝の使用権を行使します」

 

「対象は」

 

 レオンの声が硬くなる。

 アリシアは術具の照合面を開いた。

 

【単一対象への運用記録――正常】

 

【指定対象外への波及記録――なし】

 

【複数接続状態での使用記録――該当なし】

 

「前例がないんだぞ」

 

「承知しています」

 

 アリシアは表示から目を上げ、凪沙を見る。

 

「指定対象は、佐倉凪沙さん一名」

 

『対象指定を確認』

 

【主対象――佐倉凪沙】

 

【指定数――一】

 

 ココが凪沙の袖をつかむ。

 

「国宝の名は、《世界追放》」

 

 アリシアは勝ち誇らなかった。

 最後まで笑わなかった。

 

「処刑は行いません。ただ、この世界から退去してもらいます」

 

 凪沙は光り始めた術具を見る。

 最大の危機を越えた。

 終わったと思った。

 どうやら、世界の方には別の締めがあったらしい。

 王家の印から、白い光があふれた。

 

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