スキル(笑)ってとんでもないね……~うちを笑った相手が死ぬんですが、これはうちのせい?~   作:tuna&mayo

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第026話 世界の外へ

 

 

 王家の印からあふれた光は床を走り、壁を上って、ダンジョンの空間を外側から囲み始めた。

 輪になった光が、内側へ向かって狭まってくる。

 

「エミ」

 

『解析中です』

 

 返答まで、わずかに間が空いた。

 エミが即答しない。

 それだけで、簡単ではないと分かる。

 

『現状の接続出力では、術式本体への干渉は困難です』

 

「そっか」

 

 凪沙はアリシアを見た。

 王家の印を握る指が白くなっている。

 勝ち誇った顔ではない。怒鳴りもしない。

 アリシアは凪沙だけを見たまま、術具へ言葉を渡した。

 

「《世界追放》、執行します」

 

【術式起動】

 

【指定済み主対象――佐倉凪沙】

 

【固定完了】

 

 光が凪沙の足元で閉じた。

 身体へ圧力がかかる。

 上でも下でもない方向から、世界の外へ引かれていく。

 

「マスター!」

 

 ココが追放光の縁を越えて駆け寄り、凪沙の腕へしがみついた。

 

「離れて」

 

「嫌です!」

 

「行き先、分かんないよ」

 

「それでもです! マスターが行くなら、わたくしも行きます!」

 

 ココの腕へ、足元の光が枝分かれした。

 

【既存接続を検出】

 

【関連対象――ココ】

 

【固定範囲を拡張】

 

「え」

 

 ココが表示を見る。

 アリシアも目を見開いた。

 

「待ってください。術式停止。対象固定を解除してください」

 

【対象固定後の中断――不能】

 

【指定変更――受付不能】

 

「指定したのは、凪沙さん一人です」

 

『主対象指定は一名のままです。ココとの既存接続が関連対象として固定されています』

 

 エミの声は冷静だった。

 いつもより、わずかに速い。

 

 次の瞬間、ダンジョン全体が軋んだ。

 壁に細い亀裂が走る。

 天井から砂が落ち、床下でコアが低く鳴った。

 

【管理者接続を検出】

 

【関連領域――ダンジョン】

 

【固定範囲を拡張】

 

 光はレオンたち三人の足元を跨ぎ、床と壁へ走っていく。三人の身体には絡まない。

 

「ダンジョンまで……」

 

 セシリアが息を呑む。

 

「ラッキーです!」

 

「そこ喜ぶんだ」

 

「当然です!」

 

 アリシアは固定範囲の表示と、凪沙へしがみついたココを順に見た。

 

「対象指定を越えています。停止してください」

 

【中断不能】

 

 床がまた揺れ、ココの足元が崩れかける。

 凪沙は、しがみついた身体を支えた。

 

「今は、そっち」

 

「そっちとは!?」

 

「立つ方」

 

「この状況で冷静すぎませんか!?」

 

 アリシアは笑わなかった。

 凪沙も笑わなかった。

 ただ、ココの足が床を踏めていることだけ確認した。

 レオンは、関連対象の表示が終わるより先に動いていた。

 凪沙とアリシアの間へ踏み込み、剣を床へ突き立てる。

 

「セシリア!」

 

「展開します!」

 

 セシリアが杖を振る。

 追放の光とは異なる、青白い境界が凪沙たちを包もうと広がった。

 クロエは光の縁へ滑り込み、床へ短剣を打ち込む。

 

「境界位置、捕捉。まだ切れてない!」

 

「固定する!」

 

 相談はなかった。

 レオンもセシリアもクロエも、もう動いている。

 

「王女」

 

 レオンは振り返らない。

 

「あなたを否定するためじゃない」

 

 アリシアは王家の印を握ったまま、静かに答えた。

 

「分かっています」

 

 止めもしなかった。

 

「あなたは、そうする人です」

 

 青白い境界が追放の光へ食い込み、凪沙を引く力が一瞬だけ弱まった。

 

「凪沙、手を!」

 

 レオンの手が伸びる。

 少し前まで、ココを切り離すために戦っていた手だった。

 今は、凪沙たち全員を引き戻そうとしている。

 凪沙も手を伸ばした。

 指先が触れる直前、エミの声が響く。

 

【即時境界保護を確認】

 

【保護対象を照合】

 

【正式勇者PT登録――レオン・アークライト】

 

【正式勇者PT登録――セシリア・ルミエール】

 

【正式勇者PT登録――クロエ・ヴァレン】

 

【佐倉凪沙――登録なし】

 

【外部対象保護――不成立】

 

 青白い境界が、凪沙の指先だけを避けるように閉じた。

 

「……は?」

 

 レオンの目が見開かれ、伸ばした手が一瞬だけ止まりかけた。

 

「外部指定に切り替えます」

 

 セシリアがすぐに術式を書き換える。

 

「本人同意を確認。手動アンカーを――」

 

「座標がずれる!」

 

 クロエの短剣が、床ごと引かれた。

 追放の光が強くなる。

 

【世界座標の分離を開始】

 

【新規登録処理――完了不能】

 

「緊急登録は?」

 

「相互確認まではできる。でも、術式へ反映する時間がない!」

 

 セシリアの声が詰まる。

 

「間に合いません!」

 

 レオンは、それでも手を引かなかった。

 

「もう一度だ!」

 

 セシリアが新しい光を重ね、クロエも床を蹴って別の境界点へ短剣を打ち直す。

 二人ともすぐ次の手へ移った。それでも、術式の進行の方が速い。

 世界の方が先に凪沙を対象外と決めている。

 ひどい仕様だった。

 

「勇者様、何とかしてください!」

 

 ココが叫ぶ。

 

「そのつもりだ!」

 

 レオンは即答した。

 できるとは言わなかった。

 諦めるとも言わなかった。

 凪沙は、届かない手を見た。

 路地で子どもへ伸ばした手には、結局誰も残らなかった。

 今は違う。

 向こうからも、最後まで手が伸びている。

 

「レオン」

 

「まだだ」

 

「うん」

 

 凪沙は頷いた。

 

「ありがとう」

 

 レオンが息を止める。

 

「助けようとしてくれたから」

 

「礼は、助かってからにしろ」

 

「じゃあ、前払い」

 

「返させろ!」

 

 青白い光が、もう一度だけ追放の光へ食い込んだ。

 しかし今度は、凪沙の手まで届かなかった。

 空間が遠ざかる。

 声も、光も、輪郭を失っていく。

 最後に、アリシアが見えた。

 勝った顔ではない。

 王家の印を握る指が震えている。視線は、凪沙の腕へしがみついたココへ向いた。

 

「ココさん」

 

 アリシアの声が、途切れながら届く。

 

「……申し訳ありません」

 

 凪沙への処分を撤回する言葉ではなかった。

 凪沙はアリシアを見る。

 

「ココまで連れてくつもりじゃなかったんだね」

 

「はい」

 

「そっか」

 

 それ以上、言うことはなかった。

 アリシアは笑わない。

 《笑》も動かない。

 世界が切れた。

 

     ◇

 

 最初に戻ったのは、痛みだった。

 背中に固い床の感触がある。

 息を吸える。

 指も動く。

 少なくとも、生きている。

 

「エミ」

 

『応答可能です』

 

 いつもの声。

 

『凪沙の生命反応、安定。三者接続、維持されています』

 

「ココ」

 

「はい! います! おります! マスターぁ!」

 

 すぐ近くから、大きな返事がした。

 凪沙は目を開ける。

 ココが床へ膝をつき、こちらを覗き込んでいた。

 

「近い。うるさい」

 

「生存確認に対する第一声がそれですか!?」

 

「確認できた」

 

「わたくしも確認しました!」

 

 凪沙は起き上がり、床へ手を置いた。

 

「エミ、ダンジョンは?」

 

「わたくしには聞かないんですか!?」

 

「ココ今それどころじゃないでしょ」

 

「管理者です!」

 

『確認します』

 

 わずかに間が空いた。

 

『コア正常。管理者接続正常。主要機能と備蓄も維持されています。ダンジョン領域は同時に転移しています』

 

 壁がある。

 床も、天井もある。

 ダンジョンまで、本当に来ていた。

 

「大勝利です!」

 

「追放されたんだけど」

 

「でも、おうちごとです! 衣! 食! 住! わたくし! 完璧です!」

 

『評価基準に偏りがあります』

 

「エミさんは黙っていてください!」

 

 次に周囲を見る。

 入口の外に広がっているのは、見たことのない空だった。

 色が違う。

 空気の匂いも、遠くに並ぶ木の形も違う。

 

「現在地」

 

『世界座標を取得できません』

 

「帰還経路」

 

『不明です』

 

「外の危険」

 

『未調査です』

 

 分からないことばかりだった。

 帰れるかも、ここが安全かも分からない。

 王城で血の中に立っていた時も、分からないことばかりだった。

 違うのは、今は呼べば二人とも返事をすることだ。

 

「マスター」

 

 ココが、見知らぬ空と凪沙を交互に見る。

 

「これから、どうしましょう?」

 

『新規環境の調査を推奨します。不確定要素多数。安全性は保証できません』

 

「最初も、そんな感じだったし」

 

 凪沙は立ち上がった。

 知らない世界。

 帰る方法も、次に何が起きるかも不明。

 エミの声がある。

 ココが隣にいる。

 凪沙は見知らぬ空を見上げ、息を吐いた。

 

……まあ、なんとかなるかぁ

 

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