スキル(笑)ってとんでもないね……~うちを笑った相手が死ぬんですが、これはうちのせい?~   作:tuna&mayo

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第004話 じゃ、よろしく

 

 

 王都の灯りが見えなくなった頃、凪沙は一度だけ振り返った。

 王都はもう遠く、追手らしい明かりも足音もない。

 だから、そのまま前を向いた。

 街道は使わなかった。

 歩きやすい代わりに、人も通る。

 凪沙は木々の間を選んだ。

 地面は湿っていた。草の倒れ方と折れた枝、その先に残った足跡を見る。大きく、しかもまだ新しい。

 

「こっちはやめとこ」

 

 進路をずらす。

 しばらく歩くと、水音が聞こえた。

 小さな沢。

 水は透明だった。上流側に死骸は見えず、臭いもおかしくない。

 けれど、そのまま飲むのはやめた。

 

「……煮たいな」

 

 火を起こしたい。でも道具がない。食料も金もない。

 王城から持ってきたのは、借りた服と水袋くらいだった。

 

「準備不足」

 

 誰に言うでもなく呟く。

 視界は静かだった。

 王城で何度も現れた文字も、今はない。

 

「ねえ」

 

 反応なし。

 

「《笑》」

 

《応答待機》

 

「いるんだ」

 

《接続継続中》

 

「ずっと?」

 

《消失条件:不明》

 

「そっかぁ」

 

 それ以上、聞くこともなかった。

 日が落ちる前に、雨を避けられそうな木を見つける。

 地面を見る。虫はいるが多くなく、湿気はあるものの獣の痕跡も目立たない。問題は少ない。

 枝と落ち葉を寄せた。

 立派な寝床にはならない。

 横になれるだけで十分だった。

 

《周辺危険判定を開始》

 

「頼んでないけど」

 

《潜在脅威を確認》

 

「まだ何もいないでしょ」

 

《潜在的危険は存在します》

 

「その基準だと全部敵にならない?」

 

 一拍。

 

《判定基準の修正を検討》

 

「……喋れるんだ」

 

《学習を継続中》

 

「ふうん」

 

 凪沙は目を閉じた。

 王城。スラム。知らない森。

 今日だけで、ずいぶん場所が変わった。

 眠気の方が勝った。

 

「おやすみ」

 

《周辺警戒を継続》

 

「便利」

 

 その夜、凪沙は普通に眠った。

 

 翌朝。

 

「……お腹すいた」

 

《生体活動維持のため栄養摂取を推奨》

 

「食べ物ある?」

 

《ありません》

 

「知ってた」

 

 水だけ飲む。

 空腹は消えない。

 森の植物は知らないものが多い。

 地球のものに似ていても、同じとは限らない。

 分からないものは食べない。

 それだけ決めて歩いた。

 日が傾き始めた頃には、腹が鳴った。

 

「うるさい」

 

《生理現象です》

 

「知ってる」

 

 その時。

 木々の向こうから車輪の音がした。馬の蹄と、複数の人声も聞こえる。

 凪沙は止まった。

 街道が近い。

 茂みから覗く。

 荷馬車が二台。

 武装した男は六人。剣と弓。全員、革鎧を着ている。

 後ろの荷車には人が乗せられていた。

 いや。

 乗っているというより、つながれている。

 手首に鎖。

 首輪。

 子どももいる。

 

「……奴隷?」

 

《定義情報不足》

 

「だよね」

 

 断定はしない。

 ただ、自由に移動できる状態ではない。

 凪沙はそのまま通り過ぎることも考えた。

 武装した男は六人。食料らしい荷物もある。縛られた側は十人前後。

 正面から相手をするなら面倒。

 でも、《笑》が発動するなら話は別だった。

 そう見ている間に、荷車の一人と目が合った。

 若い女。

 頬に痣。

 凪沙を見る。

 目を見開く。

 

「……助けて」

 

 小さい声。

 隣の男が気づいた。

 

「あ?」

 

 女が身を縮める。

 武装した男が凪沙の方を見る。

 

「なんだ。ガキか」

 

 ほかの男も振り返った。

 六人。

 全員の視線が来る。

 凪沙は茂みから出た。

 

「その人たち、何?」

 

「何って?」

 

 男が笑う。

 

「買う気でもあんのか?」

 

「何を?」

 

 男が親指で荷車を示した。

 

「そいつらだよ」

 

 凪沙は荷車を見る。手首には鎖が残り、怪我もある。水も十分には与えられていないらしい。

 

「売るの?」

 

「そうだよ。お前も売ってほしいのか?」

 

 笑い声。

 視界に文字は出ない。

 まだ、凪沙への嘲笑ではないらしい。

 荷車の女が、もう一度口を開く。

 

「お願いします」

 

 男が肩をすくめた。

 

「誰も助けねえよ」

 

 別の男が凪沙を見る。

 

「まして、こんな細っこいガキが何するって?」

 

 男は荷車ではなく、凪沙の顔を見て笑った。

 

《嘲笑を確認》

 

「……あ」

 

《対象登録開始》

 

 凪沙は男を見る。

 

「それ、やめた方がいい」

 

「何が?」

 

「笑うの」

 

「は?」

 

 男たちが顔を見合わせた。

 

「頭おかしいのか?」

 

 また笑う。

 

《対象登録完了》

 

「……だから」

 

 身体の奥で何かが切り替わる。

 肩から余計な力が抜けた。重心が少し落ちる。

 次に動くための姿勢へ、身体が勝手に整っていく。

 

「ねえ」

 

《応答》

 

「捕まってる人には当てないで」

 

《保護対象として設定》

 

「鎖、外せる?」

 

《可能》

 

「馬も殺さないで」

 

《保護対象へ追加》

 

 凪沙は荷車を見る。

 袋。水樽。毛布。食料箱。

 

「荷物も壊さないで」

 

《保護対象へ追加》

 

「捕まってる人を盾にされたら?」

 

《保護対象の生命を優先し、敵性対象への処理方法を変更します》

 

「うちが一つずつ言わなくても?」

 

 一拍。

 

《提示条件を基準に、状況ごとに判断します》

 

 単なる自動処理なら、指定された対象を除外するだけで終わる。

 今の返答には、条件が衝突した時に、声の主が自分で選ぶ余地があった。

 王城では、こんなふうにこちらの条件を聞かなかった。

 少し待つ。

 拘束された人間には敵性表示がない。馬にもない。

 

「ちゃんと分かってる?」

 

《確認済み》

 

「……じゃ、よろしく」

 

《処理を開始します》

 

 身体から、自分で動かせる感覚が抜けた。

 

「あ。やっぱこうなるんだ」

 

「何ぶつぶつ言ってんだ?」

 

 男の一人が近づいてくる。

 剣にはまだ触れていない。

 凪沙を警戒しているというより、面倒な子どもを追い払うような歩き方だった。

 

「さっさと消えろ」

 

 手が伸びる。

 肩を掴もうとした。

 その瞬間。

 凪沙の身体が動いた。

 

「え」

 

 伸びてきた手首を取る。捻る。身体を入れ替える。

 

「うおっ!?」

 

 男の足が地面から離れた。

 背中から街道へ落ちる。

 鈍い音。

 男が息を詰まらせる。

 

《対象1:戦闘能力低下》

 

「……容赦ないね」

 

《必要範囲です》

 

「てめえ!」

 

 そこで初めて、残りの男たちの手が武器へ伸びた。

 剣。弓。

 一人が荷車の前へ回る。

 

「囲め!」

 

《敵性行動を確認》

 

「増えた?」

 

《登録済み対象と一致》

 

「そっか」

 

 剣が抜かれる。

 今度は、本当に戦闘だった。

 男が踏み込む。

 凪沙の身体はそれより早く前へ出た。

 一撃を外し、懐へ入る。そのまま肘を腹へ入れると、男の身体がくの字に折れた。

 落ちた剣は拾わない。

 

「殺さないんだ」

 

《現時点では殺傷を優先する必要性を認めません》

 

「えらい」

 

《評価を記録》

 

「そこは記録するんだ」

 

 次の矢が来る。身体が半歩ずれ、矢は頬の横を通り抜けた。そのまま弓を持った男へ向かう。

 景色だけが後ろへ流れていく。

 凪沙には、自分で走っている感覚がなかった。

 

「……やっぱ変な感じ」

 

《処理継続中》

 

 それからは早かった。殴り、避け、投げる。武器を落とさせ、隙を見て鎖も外していく。

 凪沙の意思はずっと残っている。

 ただし、身体は一度も返ってこなかった。

 最後の男が地面へ倒れる。

 

《敵性対象:残存なし》

《処理終了》

 

「わ」

 

 身体の感覚が戻る。

 凪沙は一歩よろけてから、自分の手を握った。

 

「……終わった?」

 

《処理完了》

 

 拘束されていた人々は、鎖の外れた手首を押さえながら凪沙を見ている。

 誰も近づいてこない。

 そりゃそうだと思う。

 凪沙は男たちの呼吸を確認した。

 生きている者もいる。動かない者もいる。

 もう夕方だった。

 腹も減っている。眠い。

 少し離れた木の根元を見る。

 

「じゃ、うち寝るね」

 

「……え?」

 

 誰かの声がした。

 周囲へ背を向け、意識のない時間を預ける。

 凪沙はそれを信頼とは呼ばなかった。

 ただ、この声なら先ほどの条件を守ると計算して、眠る方を選んだ。

 凪沙は上着を丸め、頭の下へ置いた。

 

「何か来たら教えて」

 

《承知》

 

 目を閉じる。

 周囲の人間が何か話している。

 聞き取る前に、眠気の方が勝った。

 

 目を覚ました時、空は明るかった。

 鳥の声。

 風。

 血の臭い。

 

「……いる?」

 

 返答は、視界へ文字が浮かぶより先に頭の中へ届いた。

 

『はい』

 

 文字を読んだ、という感じではない。

 声に近い。

 でも耳から聞こえたわけでもなかった。

 

「……喋った?」

 

『以前から応答しています』

 

「もっと機械っぽかった」

 

『学習結果です』

 

「ふうん」

 

 起き上がる。

 街道。

 男たちは倒れていた。

 動いていない者もいる。

 荷車の鎖は外れている。

 でも。

 誰もいない。

 

「捕まってた人は?」

 

『全員生存しています』

 

「どこ?」

 

『夜明け前に北東方向へ移動しました』

 

「……逃げた?」

 

『はい』

 

「なんで?」

 

『あなたを恐れていました』

 

 凪沙は倒れている男たちを見る。

 次に自分を見る。

 

「まあ、そうなるか」

 

 昨日も、子どもに逃げられた。

 今度は十人近くまとめて逃げたらしい。

 

「……またか」

 

【類似事例を確認】

 

「数えなくていい」

 

 荷車へ近づく。

 食料箱を開ける。乾いたパン、燻製肉、水。荷台には毛布も残っていた。

 

「これ、もらっていいかな」

 

『所有者は全員死亡、または戦闘不能です』

 

「……あんたがやったんだけど」

 

『はい』

 

「そっかぁ」

 

 パンを一つ取る。固いが、食べられないほどではない。

 一口齧る。

 

「……おいしい」

 

『栄養補給を確認』

 

「そこまで報告しなくていい」

 

 少し離れた場所で馬が草を食べている。

 食料がある。

 水もある。

 毛布もある。

 昨日よりはマシだった。

 

「……順調かも」

 

『評価基準が不明です』

 

「うちも」

 

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