スキル(笑)ってとんでもないね……~うちを笑った相手が死ぬんですが、これはうちのせい?~   作:tuna&mayo

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第005話 雨よりはマシ

 

 

 朝食を終えると、凪沙は荷馬車に残っていたものを確認した。

 食料、水、毛布。それに、小さな鍋と火打ち石もある。

 

「昨日欲しかったやつ」

 

『取得を推奨します』

 

「もらっていい?」

 

『所有権を主張できる人物は、この場にいません』

 

 凪沙は倒れた男たちを見る。

 

「言い方」

 

『不適切でしたか?』

 

「間違ってはない」

 

 使えそうなものだけを布袋へ入れる。

 全部は持てない。馬も残っているが乗り方を知らず、荷馬車ごと使えば楽そうでも、街道を進めば目立つ。

 

「置いてこ」

 

『合理的です』

 

「たまに褒めるね」

 

『評価です』

 

「そ」

 

 凪沙は布袋を肩へ掛けた。

 街道から離れる前に、もう一度だけ周囲を見る。

 逃げた人たちは戻っていない。

 

「……行こっか」

 

『目的地が設定されていません』

 

「じゃあ、王都から離れる方」

 

『了解しました』

 

「また変わった?」

 

『何がでしょうか』

 

「喋り方」

 

『学習を継続しています』

 

「そう」

 

 凪沙は歩き出した。

 

 昼前には、森の景色にも少し慣れた。

 似た木が続いていても、足元は少しずつ違った。

 低い場所には水が溜まり、開けた場所には背の低い草が増える。動物の通り道らしい細い跡もあった。

 凪沙は進みやすい場所だけを選んだ。

 

「左側、足跡」

 

『確認しています』

 

「大きい?」

 

『現在の身体能力では、接触を推奨しません』

 

「じゃ右」

 

『了解しました』

 

 便利だった。

 分からないものは聞けばいい。勝手に決めそうなら止めればいい。

 昨日よりは、扱い方が分かる。

 会話が途切れても、凪沙は無理に次の話題を探さなかった。

 もう一つの声も、必要のない報告で沈黙を埋めない。

 

「ねえ」

 

『はい』

 

 呼べば返る。

 それだけ確認して歩く。

 一人で生きられることは変わらない。

 ただ、森の静けさはもう、完全な無音ではなかった。

 昼食は歩きながらパンを齧った。

 固い。

 水で流し込む。

 

「昨日より豪華」

 

『栄養状態は改善傾向です』

 

「それ褒めてる?」

 

『観測結果です』

 

「だと思った」

 

 しばらくして、空が暗くなった。

 凪沙は木々の隙間から上を見る。

 雲。

 厚い。

 風も少し強くなっている。

 

「降る?」

 

『降水の可能性が高いです』

 

「どれくらい?」

 

『現時点の観測情報では算出不能です』

 

「じゃ、濡れる前に屋根」

 

『周辺探索を開始します』

 

 返事が早くなった。

 それから十分もしないうちに、雨が落ちてきた。

 一滴。

 二滴。

 すぐに数えられなくなる。

 

「早い」

 

【降水を確認】

 

「見れば分かる」

 

 木の下へ入っても、完全には防げない。

 葉を叩く雨音が急に大きくなった。

 地面の色が変わる。

 凪沙は外套の前を閉じ、布袋を身体の前へ回した。

 中身を濡らす方が困る。

 

「屋根」

 

『探索中です』

 

「急ぎで」

 

『優先度を変更します』

 

 雨脚が強くなる。

 足元が滑る。

 昨日なら、それでも適当に木の下で寝たかもしれない。

 今日は鍋も食料も毛布もある。

 濡らしたくなかった。

 凪沙は斜面を避けながら進んだ。

 

『右前方に空洞の可能性があります』

 

「穴?」

 

『可能性があります』

 

「行く」

 

 木々を抜けると岩肌が見え、その下に黒い穴が口を開けていた。洞窟だった。

 

「……ちょうどいい」

 

『内部未確認です』

 

「見る」

 

 凪沙は入口の手前で止まった。

 すぐには入らない。

 足元に大きな足跡や血痕はない。獣臭もせず、入口付近に骨や糞も見えない。奥からは、ごく弱い風が流れてくる。

 

「空気は動いてる」

 

『確認しました』

 

「何か住んでる痕跡は?」

 

『入口周辺では確認できません』

 

 雨が背中を叩く。

 凪沙は洞窟を見る。暗く、奥までは見えない。

 

『危険の可能性があります』

 

「うん」

 

 もう一度、雨を見る。

 

「雨よりはマシ」

 

『比較基準に異議があります』

 

「屋根あるし」

 

『洞窟です』

 

「屋根ある」

 

『その定義では否定できません』

 

 凪沙は中へ入った。

 

 入口から数メートル進んだところで、足を止めた。

 

「……人工物っぽい」

 

 奥へ進むほど、自然洞窟らしさが消えていく。左右の幅はほぼ一定で、土の下には平らな石。ところどころに直線的な溝まで走っていた。

 

『加工痕を確認しました』

 

「やっぱり」

 

 ただし、妙だった。

 きれいに整った壁が数メートル続いたかと思えば、その先は急に剥き出しの岩へ戻る。通路も一本しかない。

 

「……途中で作るのやめたみたい」

 

『原因は判別できません』

 

 凪沙は振り返った。

 入口の向こうでは雨が降り続いている。

 

「少しだけ奥見る」

 

『危険を検知した場合、退避を推奨します』

 

「そうする」

 

 火打ち石と拾った布、乾いた枝で小さな火を作る。少し手間取ったが、簡単な松明にはなった。

 

「ついた」

 

【成功を確認】

 

「見れば分かるって」

 

 明るくはない。ないよりはいい。

 そのまま進むと、すぐに道の先が広がった。

 部屋は一つだけ。

 その中央に、何かある。

 凪沙は松明を少し上げた。

 石でも金属でもない、人の頭ほどの大きさの半透明な物体だった。表面には、亀裂というより形成途中の筋のような線が何本も走っている。

 その奥で、淡い光が一度だけ瞬いた。

 

「……光った」

 

『確認しました』

 

 凪沙は近づかない。

 距離を取ったまま見る。

 床。

 罠らしいものは見えない。

 周囲に死骸もない。

 焦げ跡もない。

 ただ、その物体だけが部屋の中央に置かれている。

 

「何だと思う?」

 

『判別不能です』

 

「触らない方がいい?」

 

『推奨しません』

 

「じゃ、触らない」

 

 即決。

 壁際へ移動する。

 雨音はもう聞こえない。

 ここなら毛布も濡れない。

 

「寝るならあっちかな」

 

『未知物体から距離を取ることを推奨します』

 

「同意」

 

 凪沙は部屋を出ようとした。

 その時。

 中央の物体が、もう一度光った。

 今度は少し強い。

 凪沙は振り返る。

 

「……起きてる?」

 

 返事はない。

 数秒待つ。

 何も起きない。

 

「気のせいじゃないよね」

 

『発光現象を二回確認しています』

 

「だよね」

 

 凪沙は物体を見る。

 物体も、たぶん凪沙を見ていない。

 目がない。

 

「まあ、いいか」

 

 今度こそ背を向ける。

 そこで。

 

『侵入者を――』

 

 声に、凪沙が止まった。

 頭の中へ響く。いつもの声ではない。別の声だった。

 

『確認しましたぁぁぁぁぁぁぁ! 初侵入者です! 第一号です! 記念すべきお客様です! おめでとうございます私ぃぃぃ!』

 

 頭の中だけが、急にうるさくなった。

 

「……」

 

『初めまして! ようこそお越しくださいました! 歓迎いたします! 全力で歓迎させていただきます!』

 

 一息も置かない。

 

『雨宿りでも観光でも永住でも大歓迎です! できれば永住でお願いします!』

 

 凪沙はゆっくり振り返った。

 中央の物体が、さっきまでとは比べものにならないほど明るく光っている。

 

「……帰ろ」

 

『待ってくださいぃぃぃぃぃ!』

 

 凪沙は入口の方へ歩き出した。

 

『なんでですかぁぁぁぁぁ!?』

 

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