スキル(笑)ってとんでもないね……~うちを笑った相手が死ぬんですが、これはうちのせい?~   作:tuna&mayo

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第006話 帰らないでください!

 

 

『待ってくださいぃぃぃぃぃ!』

 

 頭の中で、さっきの声が追いすがる。

 凪沙は歩いた。

 

『本当に帰るんですか!? 今来たばかりですよ!? せめて五分! いえ三分! 三十秒でも!』

 

「雨止むまで借りるだけだから」

 

『では雨が止むまでいてください! そのままずっといてください!』

 

「後半おかしいよね」

 

『気のせいです!』

 

「帰ろ」

 

『待ってくださいぃぃぃ!』

 

 凪沙は止まって振り返る。部屋の中央では、半透明の物体が忙しなく明滅している。

 動けないらしい。

 それでも、頭の中では全力で引き止めてくる。

 

「……何なの?」

 

『ダンジョンコアです!』

 

「それ名前?」

 

『種別です!』

 

「じゃあ何したいの?」

 

『マスターになってください!』

 

「やだ」

 

『即答ぉぉぉぉ!?』

 

「なんで、うち?」

 

『初めて来てくださった方ですし、わたくしの話を聞いてくださいましたし、それに――』

 

 コアの明滅が、ほんの少しだけ遅くなる。

 

『また一人になるのは、嫌です』

 

 設備効率だけの話ではなかった。

 

「うちが断ったら?」

 

『全力でお願いします!』

 

「それでも帰ったら」

 

『……止める手段はありません』

 

 コアは不満そうだったが、ない権限をあるとは言わなかった。

 光が一度、強く瞬いた。

 凪沙は少し見る。

 

「理由」

 

『はい! わたくし、誕生したばかりの新生ダンジョンコアでして! マスター不在! 設備なし! 眷属なし! 資産ほぼなし! 侵入者実績、本日めでたく一名!』

 

「それ、めでたい?」

 

『わたくしにとっては大事件です!』

 

「そう」

 

『反応が薄いです!』

 

 コアの声は止まらない。

 

『マスターがいればダンジョン機能の拡張効率が上がります! 安全な居住区! 食料生成! 防衛設備! 侵入者対策! 寝床! お風呂! 夢と希望!』

 

「最後二つは?」

 

『重要です!』

 

 凪沙は部屋を見る。

 壁。

 床。

 コア。

 以上。

 

「ほんとに何もないね」

 

『これからです!』

 

「今は?」

 

『これからです!』

 

「同じこと二回言っただけじゃん」

 

『前向きな表現です!』

 

 もう一つの声が、凪沙の頭の中へ口を挟んだ。

 

『現在確認できる設備は、通路一本とこの部屋のみです』

 

 凪沙はコアを見る。

 

「通路一本と、この部屋だけだって」

 

『言わないでくださいぃぃぃ!』

 

『事実です』

 

「事実だって」

 

『事実でも言わなくていいことがあります!』

 

 凪沙はコアを見てから、もう一つの声へ意識を向ける。もちろん、姿はない。

 二つの声はどちらも頭の中へ届いているが、今のところ互いへ直接届いてはいないらしい。

 

「二人とも喋るね」

 

『私は必要な情報のみ提示しています』

 

「こっちは必要な情報だけだって」

 

『わたくしも必要な情報しか喋ってません!』

 

「嘘だと思う」

 

『なぜですか!?』

 

 少しだけ面白い。

 それと、契約するかどうかは別だった。

 凪沙は入口を見る。

 

「外から見つかりにくい?」

 

『はい!』

 

 返事だけ急に速い。

 

「追ってくる人がいても?」

 

『ダンジョン内部は外部から通常空間より探知されにくいです! 入口も成長すれば偽装できます!』

 

「食べ物は?」

 

『ポイントがあれば生成できます!』

 

「ポイント?」

 

『ダンジョンポイントです! 生物がダンジョン内で活動すると少しずつ増えます! ほかにも条件があります!』

 

「死亡?」

 

『高効率です!』

 

「それはいいや」

 

『ですよね! 人間はそう言います!』

 

「学習済みなんだ」

 

『知識はあります! 経験はありません!』

 

「……だからか」

 

 口だけは達者なのに、何もできていない理由にはなった。

 

「契約したら、何される?」

 

『マスターとして登録されます!』

 

「それだけ?」

 

『それだけではありません! ダンジョン機能への権限、ポイント利用、構造変更、眷属管理、各種――』

 

「身体を勝手に動かす?」

 

『しません!』

 

「記憶見る?」

 

『記憶そのものは見ません! 契約に必要な範囲で、自動的に取得される情報はあります!』

 

「何を?」

 

『分かりません!』

 

「分からないんだ」

 

『システム側で処理されるものですので、わたくしには内容までは見えません!』

 

「そっか」

 

 もう一つの声が答える。

 

『現時点で、強制的な身体制御機能は確認できません』

 

「危ない?」

 

『契約構造そのものは存在します。ただし未知部分があります』

 

『危険じゃありません! たぶん!』

 

「たぶんなんだ」

 

『できたてですから!』

 

「便利な言葉だね」

 

 外には追手。雨。食料と寝床は、ここなら確保できるらしい。

 少なくとも今夜は使える。

 

「一時的なら、使ってもいい」

 

『承諾いただきましたぁぁぁぁぁ!』

 

「いや、一時的って」

 

《マスター候補との契約処理を開始します》

 

「待って」

 

『大丈夫です! すぐ終わります!』

 

「そういう問題じゃ」

 

《契約成立》

 

 光が部屋いっぱいに広がり、凪沙は目を細める。床の線から壁、中央のコアへ、淡い光が一度だけ全体を巡った。

 それだけ。

 

「……終わった?」

 

『終わりました!』

 

「コア側の負担は?」

 

『構造変更と支援には、ポイントとコア出力を使います!』

 

「痛かったりする?」

 

『無理な出力なら!』

 

「じゃあ、使う前に言って」

 

『マスターが気にしてくださっています!』

 

「条件確認」

 

『はい! 必要な負担は説明します!』

 

 支援が使えるから契約した。

 それでも、支援する側の負担まで自動で自分のものにする気はなかった。

 

「早いなぁ」

 

『善は急げです!』

 

「善かはまだ分からない」

 

『善です! 今決めました!』

 

「決めるんだ」

 

 もう一つの声が淡々と告げる。

 

【契約接続を確認】

 

 同時に、さっきまで凪沙を挟まなければ届いていなかった二つの声が、同じところでつながった感覚があった。

 

「解除できる?」

 

 一拍。

 

『え』

 

 凪沙はコアを見る。

 

「……できる?」

 

『えーっとですね! その! 長期運用前提と言いますか!』

 

「できないんだ」

 

『前向きに言えば、長いお付き合いです!』

 

「言い換えた」

 

「一時的ならって、言ったよね」

 

『……はい』

 

「解除できないのは、先に言わなかった」

 

 コアの光が目に見えて弱くなった。

 

『帰ってほしくなくて、最後まで待てませんでした』

 

「……勝手に決めた?」

 

『はい』

 

 部屋の外では、まだ雨が降っている。

 凪沙は入口と、中央のコアを順に見た。

 

「次から、決める前に聞いて」

 

『次の契約ですか?』

 

「契約だけじゃなくて。何か決める時」

 

『……はい』

 

「うちが嫌だって言うかもしれないけど」

 

『それでも、聞きます』

 

「なら、今はいい」

 

『いいんですか!?』

 

「もうなったんでしょ」

 

『はい!』

 

「じゃあ考えても戻らないし」

 

『マスター、切り替えが早いです!』

 

「そ?」

 

『そこが素敵です!』

 

「それはまだ分かんないでしょ」

 

『今決めました!』

 

「また決めた」

 

 契約が成立したせいか、部屋の中に新しい表示がいくつか浮かんだ。

 ポイント、構造、権限。知らない項目がいくつも増えている。

 凪沙は一つずつ見る。

 

「……後でいいや」

 

『全部説明します!』

 

「後で」

 

『今できます!』

 

「後で」

 

『五分だけ!』

 

「後で」

 

『三分!』

 

「帰るよ」

 

『説明は後でにします!』

 

「学習早いね」

 

『褒められました!』

 

「褒めてない」

 

 光がまた強くなった。今度はコアそのものではなく、その前の空間へ粒のような光が集まる。

 

「何?」

 

『意思疎通効率を向上させます!』

 

「今でも十分うるさいけど」

 

『人型端末です!』

 

「いらない」

 

『もう始めました!』

 

「似た者同士だなぁ」

 

『誰とですか?』

 

「あんた」

 

『否定します』

 

『わたくしも否定します!』

 

「二人とも止まらないじゃん」

 

 光の粒が人の形を取っていく。頭、肩、腕、脚。

 できあがった輪郭は小さい。凪沙の胸元より少し低いくらいだった。

 最後に光が弾けた。

 

「できましたぁぁぁ!」

 

 少女が立っていた。

 見た目は十歳前後。

 小柄で、ふわりと広がる髪と大きな瞳をしていた。少し大きめの服をまとい、袖が手の先まで余っている。

 胸元には、部屋の中央に残るコアと同じ色の小さな宝石が埋まっている。

 見た目だけなら、危険物には見えない。

 

「改めまして! マスター!」

 

 少女が笑う。

 その瞬間、凪沙は一度だけ瞬いた。

 目元と、笑った時の頬に何かが引っかかった。

 似ているのは、笑った時の輪郭だけだった。

 声の大きさも、距離の詰め方も、記憶の誰とも違う。

 

「マスター?」

 

「……なんでもない」

 

「では改めまして!」

 

「二回目」

 

「新生わたくしを、よろしくお願いしまぁぁぁす!」

 

「うるさい」

 

「第一声がそれですか!?」

 

 少女は大きく腕を広げた。

 袖が跳ねる。

 次に一歩踏み出す。

 足がもつれた。

 

「あ」

 

 前へ倒れかけた身体へ凪沙の手が先に出て、腕を掴んで止めた。

 

「危な」

 

「おお!」

 

「何」

 

「マスターが受け止めてくださいました!」

 

「転びそうだったから」

 

「優しいです!」

 

「普通でしょ」

 

「ではもう一回!」

 

「転ばなくていい」

 

 少女は笑った。

 今度は走ろうとした。

 

「走らない方が」

 

「大丈夫です!」

 

 三歩目で身体が傾いた。少女は両腕を広げたまま止まりきれず、そのまま壁へぶつかった。

 

「……止まれませんでした!」

 

「見れば分かる」

 

「次はもっと上手に止まります!」

 

「走る方をやめて」

 

 もう一つの声が即座に言う。

 

『身体運用能力が著しく不足しています』

 

「初日ですから!」

 

『姿勢制御は改善途上です』

 

「初日ですからぁ!」

 

『学習を推奨します』

 

「分かってますぅ!」

 

 凪沙は二人のやり取りを見る。

 

「にぎやかだなぁ」

 

「はい!」

 

「肯定するんだ」

 

「長所です!」

 

「そうなんだ」

 

 少女は胸を張った。

 その拍子に、また少しふらつく。

 

「ところでマスター!」

 

「何」

 

「わたくし、まだお名前をいただいておりません!」

 

 凪沙は一度だけ少女を見る。

 

「……後で」

 

「えぇぇぇぇぇ!?」

 

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