快晴の空の下、心地よい風が吹き抜ける城の庭園。大きな木の木陰で、マケドニアの第一王子ミシェイルは本を読みながら太腿の痺れと戦っていた。
芝生の上に脚を投げ出して座る彼の右の太腿には15歳の妹ミネルバが、左の太腿には8歳の妹マリアが、それぞれ頭を乗せている。いわゆる“ダブル膝枕”状態である。
「……おい、お前たち。そろそろ起きたらどうだ。脚の感覚がなくなってきたのだが」
ミシェイルが溜息混じりに呟くが、妹たちに退く気配は一切ない。仰向けに寝ていたミネルバは木漏れ日のなかで目を細め、上機嫌に口を開いた。
「何を仰いますか、兄上。日頃の激務で疲れている兄上を、こうして私たち二人が癒やして差し上げているのですよ」
「うふふ……兄様のふ・と・も・も♡」
マリアが幸せそうに兄の脚に頬ずりする。二人の妹は(特に下の妹は異様なほど)兄が大好きだった。
「男の硬い膝枕など、寝心地も悪かろうに」
ミシェイルが独り言ちると、ミネルバはどこか遠くを見るような目をしながら、唐突に脈絡のないことを口にし始めた。
「……ふと考えたのですが。巷で私は“赤い竜騎士”、兄上は“アイオテの再来”と呼ばれています。例えばこの先戦争が起こって、そんな我ら兄妹が相争うようになり、果ては飛竜を駆って空で一騎打ちなどしたら胸熱展開ではありませんか?」
「………………」
ミシェイルは開いた口が塞がらなかった。
――『胸熱』? 今、この平和そのもののマケドニアで、一体この妹は何を言っているのだろうか?
「……お前は頭でも打ったのか? なぜ我ら兄妹が殺し合わねばならん」
「フッ、例え話ですよ、兄上。ですが、お互い国や己の譲れぬ信念のために槍を交える……想像するだけで胸が高鳴りませんか?」
「おいミネルバ、本当に大丈夫か? 昨日の鍛錬で頭でも打ったか?」
本気で妹を心配し始めたミシェイルの膝の上からマリアが身を起こし、目を輝かせて兄を見つめた。
「そうなったら、私は姉様との戦いで瀕死の重傷を負った兄様を介抱するの♡」
「マリアまで何を言い出すんだ……というか、なぜ俺が瀕死になる前提なんだ……」
「それは……ビジュアル的に?」
「………………」
ちょっと考えた後、答えたマリアにミシェイルは再び開いた口が塞がらなかった。マリアは兄の反応など意にも介せず、えへんと胸を張った。
「だから私、一生懸命、杖の魔法を習得するわ! そして傷ついた兄様を毎日つきっきりでお世話するの! 『許してくれ、マリア……俺はお前にひどいことをしたというのに……』って泣きながら前非を悔いる兄様を『いいのよ。恨んでなんていないわ』って優しく抱きしめてあげるんだから!」
「なぜ俺がお前にひどいことをした前提なんだ!」
ミシェイルの必死のツッコミも虚しく、ミネルバはミネルバで勝手に話を膨らませていた。
「ふむ。タイトルをつけるとしたら、野望の終焉と許し……とでも? けれどマリア、兄上が一命を取り留めることなく私と一騎打ちの末、散っていくのも王道でドラマティックよ」
「まあ! それも素敵!」
「勝手に俺を討ち取るな! なぜ俺だけが死亡フラグをへし折れずに死んでいくのだ!?」
「まあ兄上、そうお怒りなさるな。あくまでフィクション、他愛ない妄想ですよ。戦争が始まるなど、それこそ現実味がありませんからね」
ミネルバはけらけらと笑い、横向きになってミシェイルの太腿に頬を擦り付けた。
――もしも本当にそんなことになったら、地獄のような泥沼展開ではないか。
「……誰でもいい、俺の代わりにこいつらの相手をしてくれ……」
木漏れ日の下、ミシェイルは空を見上げ、本日何度目になるかわからない深い溜息を吐いたのだった。