マケドニア城の陽当たりの良いテラス。
テーブルには最高級の紅茶と色鮮やかな焼き菓子が並び、マケドニア王家の三兄妹と公女レナによる、優雅なアフタヌーンティーが催されていた。
四人は幼馴染。先日、親同士の話し合いでミシェイルとレナは婚約したばかりだった。幸福なカップルとその妹たちのお茶会のはずが……
「はぁ……」
カップをソーサーに置いたレナが、ふと儚げな溜め息を吐いた。
どこか遠くを見つめる美しい公女の様子に、ミシェイルは優しく声をかける。
「どうした、レナ殿。紅茶が口に合わなかったか?」
ミシェイルの気遣いに、レナはゆっくりと首を横に振った。そして、何の躊躇もなく婚約者本人の前でトンデモナイ発言をした。
「いえ、紅茶はおいしいですわ。……ただ、王子のようなスパダリと婚約して何の障害もなく結婚なんてつまんないなーと思って……」
「………………」
ミシェイルの動きがぴたりと止まった。
――……すぱだり? つまらない……? 何を言い出すんだ、レナ殿は……
婚約者の口から飛び出した謎の単語とその内容にミシェイルがフリーズしていると、レナが続けた。
「そうだわ! たとえば王子のプロポーズを断って国を出奔して、出会った盗賊と恋に落ちるとか?」
――……出奔? 盗賊……?
はす向かいに座っていたミネルバがマカロンを口に含んだまま力強く頷いた。
「あっ、それ、超ーwktk(ワクテカ)! やっぱり昼ドラみたいに障害とか裏切りとかワクテカ展開がないとつまらないわよね」
――わ、わくてか……!? 昼ドラ……?
「ミネルバ、口にものを入れたまま喋るな。それと『わくてか』とは何だ? 呪文か?」
「兄上、ワクテカとは期待で胸をワクワクさせ、肌をテカテカさせるほどの高揚感を意味するネットスラングですよ」
「意味が分からん!! なぜお前たちはさっきから怪しい異次元言葉ばかり使うのだ!?」
持っていた紅茶のカップを戻して困惑する兄を余所に、今度は彼の隣に座っていたリボンをつけた天使――8歳の妹マリアが、目をキラキラと輝かせながら身を乗り出した。
「レナさんが国を出奔して兄様との婚約が破談になったら……傷心で失意のどん底にいる兄様を私が毎日慰めてあげるの♡ もちろん健全な方法でよ?」
「………………」
ミシェイルは頭を抱えた。
「マリア……なぜ『健全な方法』とわざわざ強調したのだ。逆に不健全な想像を掻き立てているぞ。そしてなぜレナ殿がマケドニアを出奔する前提なんだ。出奔などされたら家同士の大問題になる」
「でも兄様! それって絶対、胸がキュンキュンする展開じゃない!」
「マリア、頼むから……」
ミシェイルの必死のツッコミをマリアは風が吹き抜けるように聞き流し、レナは慈愛の笑みを浮かべた。
「まあ、マリアちゃんったらお兄様を慰めてあげるなんて素敵ね。私も出奔した先で盗賊に拐われるとか、私を匿ってくれる盗賊の一人と駆け落ちするとか、挙句の果ては戦争に巻き込まれるとか……そういう波瀾万丈な障害を乗り越えてこそ、愛が深まると思わない?」
「思いません。普通に日程通りに私と結婚してください」
「兄上、何て味気ないプロポーズの言葉……」
ミネルバが心底呆れたように溜め息を吐く。そして一口紅茶を飲み、一呼吸置いてから口を開いた。
「兄上。試練のない愛など、砂糖の入っていない紅茶のようなものです。ここは一つ、レナ殿に他国の一般男性と運命的な出会いを果たしてもらい、兄上には『フッ……俺のことなど忘れて幸せになれ』と身を引く名悪役を演じていただくというのはどうでしょう?」
「なぜ俺が一方的に振られて悪役まで演じねばならんのだ!!」
叫ぶミシェイルの横でマリアは、
「兄様が身を引いたあとのケアは私に任せて!」
と胸を叩き、
「あら、身を引く悪役のミシェイル王子も案外、素敵かも……」
レナが妄想を膨らませる。
ミシェイル以外の全員が、彼が不幸になるドラマティックな愛憎劇のシナリオを楽しそうに思い描いているのを見て王子は、
――誰か……誰かこの頭の痛い空間から俺を救い出してくれ……
と冷めきった紅茶の味がいつもより苦く感じられる中、切実に祈るのだった。