その日、マケドニア王国の第一王子ミシェイルは城の演習場上空で飛竜を散歩(散飛行?)させていた。
「晴れた日にお前と飛ぶのは気持ちいいな」
風を切って飛ぶ愛竜アレキサンダーにミシェイルが微笑みかけたそのとき、
ズボッ!
と運悪く、飛んできたカラスがアレキサンダーの口に栓をするようにハマった。
「ア、アレキサンダー……? ……!!」
ヒュウウウウゥゥ……
そして呼吸困難になった飛竜は気を失い、騎手もろとも落下し始める……
折しも同時刻、ペガサスに乗った白騎士のパオラ、カチュア、エストの三姉妹は城の演習場中空で必殺技の開発に取り組んでいた。
「さあ、今日こそ完成させるわよ!……3、」
「2、」
「1、」
「「「トライアングル・アターーック!!」」」
ドガァッ!!
「「「!? ミ、ミシェイル王子ーっ!!」」」
マケドニアの空に、ペガサス三姉妹の悲鳴が響き渡った。
運悪くペガサス三姉妹の必殺陣形『トライアングル・アタック』がミシェイル王子にきまってしまったのだ。
致死量を超える衝撃をまともに喰らったミシェイルは、愛竜ごと地面に激突。そのまま数日間に渡り、生死の境を彷徨うこととなった。
*
「……ハッ!?」
事故から三日目の朝。
自室のベッドで跳ね起きるように目を覚ましたミシェイルは、全身から大量の汗を噴き出していた。
「お、お兄様!? 気がついたのね! お父様とお姉様に知らせて!」
ベッド脇で付き添っていたマリアが歓声を上げ、侍女がすぐさまオズモンド王とミネルバ王女のもとへと走る。
暫くして、二人が息せき切って部屋に飛び込んできた。
「おおお! ミシェイル! 無事だったか儂の天使よ! 寂しかったぞーっ!」
「兄上! よかった……一時はどうなることかと……!」
家族が涙を浮かべて安堵する中、ミシェイルの赤褐色の瞳だけはどこか遠くを見つめていた。
トライアングル・アタックの衝撃で臨死体験をした彼は、数日間にわたって“リアルな未来の光景”をまるで映画でも観るかのように観ていたのだ。
――自分が父上を手にかけ、マリアをドルーアの人質にし、ミネルバと空で殺し合う未来……
「……行かねば」
「え? お兄様?」
――……そんな未来には、断じてさせぬ!!
「ミ、ミシェイル?」
「兄上!? まだ起きては……!」
「!……」
父と妹の制止を払いのけてベッドから降りようとしたミシェイルだったが、思ったより身体に力が入らなかった。
「まだ横になっていてください。すぐに医者と司祭を呼んできます」
「私は厨房に行ってお粥を作ってもらうわ」
妹たちがテキパキと動く中、ミシェイルはふと愛竜のことを思い出し、父王に目を向けた。
「親父……アレキサンダーは……」
「お前同様、癒しの杖で治した。竜舎にいるよ」
オズモンドがにっこり笑って言うと、ミシェイルはほっと胸を撫で下ろした。
――……これで身体が元通りになれば、メディウスの復活を阻止するため、ドルーアに行ける……
ミシェイルは安堵して、再びベッドに横になった。
*
数日後。
「兄上!? どこへ行くのですか! まだ完全に回復していないというのに……!」
愛竜アレキサンダーに跨り、何処かへ出掛けようとする兄を見かけ、ミネルバが驚き声を掛けた。
「大丈夫だ。仔細は言えぬが数日で戻る。では、な」
ミシェイルはそう答えると、妹が止めるのを無視して飛び立った。
*
ドルーア城の最奥、不気味な紫の炎が揺らめく石造りの祭壇。そこには、巨大で禍々しい漆黒の“卵”が祀られていた。
周囲を黒ローブに身を包んだ司祭たちが取り囲み、怪しげな呪文を唱え続けている。
「……おお……我らが主、暗黒竜メディウス様……今こそ目覚めの時……!」
リーダーらしき豪奢なローブを纏った司祭が卵に向かって語り掛けた、まさにその瞬間、背に赤髪の青年を乗せた巨大な飛竜が城の中を飛び、儀式に乱入してきた。
「させるかーーっ!!」
赤髪の青年――ミシェイルは叫び、銀の槍で卵に渾身の突きを放った。
ドグワシャァァァッッ!!!!
そしてその一撃は卵を芯から完璧に打ち砕いた。中からドロリ、とした黒い液体が漏れ出し、冷たい石畳の床に広がる。
「ヒ、ヒエェェェッ!? メディウス様ぁぁぁっ!?」
黒ローブの司祭たちが泡を吹いて腰を抜かす中、ミシェイルは一切の無駄のない動作で飛竜の首をグイと反転させた。
「ふぅ……よし、次はカダインだ!!」
ミシェイルは司祭たちの混乱など意にも介さずサッと身を翻すと、再び城の中を飛び、そのままカダインへと飛び去った。
*
カダインの魔導書保管庫。学院の最上階にあるその部屋は、ガトーの弟子・ミロアとガーネフにより、厳重に管理されていたのだが――今まさに、管理者の一人が闇に堕ちようとしていた。
「ま、待て! 早まるな、ガーネフ!」
「くくく……命乞いしても無駄だ、ミロア! 儂は貴様を殺して暗黒魔法マフーを手に入れる! そしてゆくゆくは世界をも手に入れるのだ!」
暗い笑みを浮かべ、ガーネフがミロアを手に掛けようとしたその時、
ガッシャアァァァァンッ!!!!
「何っ!?」
保管庫の窓を突き破り、巨大な飛竜が部屋に飛び込んできた。
「な、何だ!? 貴様は!?」
「貴様がガーネフか!! 貴様は俺が止める!!」
「ぐはあっ!?」
飛竜から降りたミシェイルがガーネフの顔面にバキッと渾身の右フックを決め、悪の司祭は昏倒してしまった。
「あなたがミロア司祭だな? 早く人を呼び、こやつを捕らえてくれ」
「は……はい!」
ミシェイルが振り返って言うと、ミロアは急ぎ、駆け出した。
こうして、暗黒戦争の元凶となるはずだったメディウスとガーネフの野望は、ペガサス三姉妹の“トライアングルアタック”による臨死体験で未来の出来事を知ったマケドニアの第一王子ミシェイルにより、完全粉砕されたのであった。
*
数日後。マケドニア城。
ドルーアとカダインの二大悪の芽を一人で摘み取ったミシェイルは、平和な執務室で書類仕事に戻っていた。ミロアからの手紙によると、ガーネフは更生施設へ送られたという。
「……ふぅ」
ミシェイルは大きく伸びをした。
――俺が生死の境で見た未来の夢など誰にも信じてもらえないだろうが、これで良い。
ミシェイルが感慨に浸っていると、ふいに執務室のドアが開いた。
「兄上! 次のチャリティー演劇の題材が決まりました」
「ノックをしろ、ノックを」
ノックもせずにドアを開けたミネルバを嗜めたとき、廊下の向こうから、
「ミシェイル兄様ー♡」
という末の妹の声と、
「儂の天使やーい!」
という父の声が近づいてくるのを聞いた。
未来の悲劇も、血なまぐさい戦争も、何ひとつ起こらない。ここにあるのは、相変わらずちょっとズレていて、騒がしくて、胃が痛くなるほど賑やかな日常だけだった。
ミシェイルは小さく苦笑すると、妹から劇の台本を受け取ったのだった。
~おしまい~