東方陰陽録~The medium disappeared in fantasy~ 作:Closterium
春にも劣らぬ粧いに彼女は何を思う?
その幻想の始まりを知る者はもう――――
――無縁塚
晩夏の無縁塚。木々が少しずつ鮮やかな衣替えをする中で、一際大きく構えるその紫桜は季節外れに満開の桜を咲かせる。その美しさと言えば、華美な竜宮をも彷彿とさせながらも静かで幽玄にその地に根を下ろしている。
「式たちが騒がしいから来てみれば・・・・・・。早起きね・・・それとも寝坊しすぎたのかしら?」
妖怪の賢者、八雲紫が一本の紫桜の前に降り立つ。彼女はその幹を一度撫で下ろすとクスッと小さく無邪気な笑みを浮かべた。
「貴方を見ていると嫌でも思い出してしまうわ。私と・・・貴方の事を・・・・・・。」
冷たい風が紫の花びらを巻き上げながら吹く。しかしその風が無性に暖かく感じるのは何故であろうか。
「ああ、恨めしいわ・・・。貴方はいつまで私を縛るの?常泰。」
紫の脳裏に想起される。幻想となった過去の話が。
─────────────────
時は平安。
後に幻想郷と呼ばれる土地が陸続きで、妖怪の賢者が只の高位妖怪だった時に遡る。
「彼女」は孤独を好んだ。好まざるを得なかった。生まれ持った力は強大さが故に人妖問わず遠ざけ、来る者も拒んだ。人は彼女を「恐怖」と呼んだ。何もせずとも生き物が恐れ慄く度に彼女ははっきりと、鮮明な形を作り出し、力が溢れた。
ある人は彼女を皮肉のように書物にこう記した。「最も妖怪らしい妖怪」と。
彼女ほど人間臭い妖怪もいなかったのかもしれないのに。
日が昇り、沈むだけの日常。変わり映えのない世界。退屈ね。そろそろ「消えどき」なのかもしれない。
彼女は居城を誰の目にも触れることのない山の頂に移した。
そんなある日、突然人間の気配を感じた。
だがここは木すら生えない秘境。こんな場所を訪れるような人間など只の物好きではない。彼女は久々の高揚感と好奇心に思わずその気配を追っていた。
こんな所にいる人間は強いに決まっているわ。面白い、からかってやろう。そしてあわよくば私を・・・
気配の先には思ったとおり若い人間の男がいた。その青年は並外れた霊力をビリビリと放っている。見込み通り、かなりの手練だろう。しかし人間は頭から血を流しかなり衰弱している。
彼女は青年に急いで駆け寄った。生命力がどんどん失われていく。彼女からすればここで所で死なれるわけにはいかなかった。
青年は薄れゆく意識で彼女の目を見ると顔を強張らせ呟いた。
「こんなときに妖怪に・・・。私もこれまでですか・・・・・・。」
青年は彼女からふらふらとした足取りで逃げ出したが、そのまま倒れこんでしまった。
「笑わせないで。あんたはここでは死なないわ。」
彼女は急いで彼を自分の邸へ運び手当てをした。怪我は軽かったが青年はなかなか目を覚まさなかった。
いつの間にか日は沈み、辺りは静寂に包まれた。
今まで、彼女を見た人間や妖怪は恐怖で断末魔を上げ、死ぬ者すらいた。しかし青年は瀕死状態なのにも関わらず彼女が妖怪だと気づきながら一切の恐怖を感じていなかった。驚きもあったが、彼女にはとても新鮮な気分だった。そしてまたあの高揚感が襲う。自然と笑みがこぼれた。
ああ・・・やっと・・・・・・――
「──私を殺せる者が現れたのね!!!」
彼女の口から無意識に言葉が漏れた。
彼女は、青年の額に手をかざした。
「起きなさい。さあ、助けただけの礼はしてもらうわよ!」
そのとき、一度「バキン」と何かが壊れるような音がした。それに続き、音は青年の続けざまに全身から鳴り出した。
その音に驚き飛び起きた青年は眼前の妖怪を睨みつけると、持っていた大袋を引き裂き自らの周りに札を纏わせた。
青年の身体から湧く強い霊力。それは一瞬で邸全体にまで広がった。
彼女はニヤリと笑うと青年に話かけた。
「あら、気がついたのね。私の目覚めの術は消されちゃったみたいだけど、起きたし問題ないわ。」
「先ほどの妖怪ですね。貴女程の力の持ち主なら私手製の護符といえ木端微塵になるでしょうね。」
「あんたが余りにも起きないから起こしてやろうと思ったのよ。それに、あんたの命を救ったのは私。礼の一つくらいは言って欲しいものね。」
青年は怪我が完全に治癒している事に気づいた。
「怪我の事は礼を言います。しかし、貴女に私を救う理由は無い。それに私は貴女にとって格好の獲物でもある。」
体に付いている紙屑をはたきながら問う。青年は最初の鋭い視線から一変して穏やかな表情であるが、霊力の勢いは変わらない。
「あんたに少し興味を持ったのよ。生かしておくだけの、ね。」
「そうですか。助けて頂いたのにお礼の一つも出来ないのは申し訳なく思っていたのですよ。」
「妖怪相手に律儀な人間ね。じゃあ一つ。あんた、私が怖くないの?」
青年は少し考えるような素振りを見せた。
「私は・・・死よりも恐ろしい体験をしましたので。少し麻痺しているのかもしれませんね。」
その時、一瞬だったが霊力がピリリと鋭くなった。
「そう・・・。じゃあ最期に一つ・・・」
彼女は青年の背後へ回り耳元で囁いた。
「活きの良い人間の味を教えなさい。おまけで教えてあげる。あんたに恐怖《わたし》というものを!」
その瞬間、漂っていた霊力が一瞬のうちに消えた。
視界に舞う無数の札。背後からの眼光。青年の動きは神馬の如く邸内を駆け回る。
「予想に反して一旦は逃げるのね。でも邸の中にいる限りは私の目からは逃れられないわ。」
不敵な笑みと共に邸の闇に犇めき合うように現れる夥しい数の眼。まさに恐怖の具現という言葉に相応しい。
「──見つけた。」
眼が青年の姿をはっきりと捉えた。彼の動きはもう彼女の手の内から逃れることはできない。彼が廊下を曲がった先には彼女の姿があった。
「先回り。想定内です。」
「フフッ、私を前にしてまだ余裕とはね。」
彼女は笑みを浮かべ、青年を指差してニヤリと怪しい笑みを浮かべた。
同時に全ての眼が青年をぎょろりと見ると、彼に焦点を合わせた。
───魔眼『ラプラスの魔』───
眼より放たれる閃光が矢の如く青年目掛けて射られた。青年は印を結びながらまた邸を駆け巡った。邸中の眼から放たれる閃光は床の板張りや柱を貫きながら容赦なく彼を撃つ。
その時、青年は捲れた板張りに足を取られて中庭に放り出された。平らな庭に八方からの視線。生者にすら死を想起させる絶対的恐怖であった。
彼女はその様子を縁側から眺めていた。
「残念ね。たかが鬼ごっこでももっと楽しませて欲しかったわ。」
彼女は残念そうに指で空を切る。瞬間、その一撃は青年の身体を吹き飛ばした。穏やかだった庭は一瞬にして荒れ地へと変わり果てた。
彼女は少し残念そうにその惨状へと向かった。しかしそこに青年の死体はなかった。散切れた紙切れが散らばる。
その時、その紙切れが霊力を纏い鎖に形を変え、彼女に纏わりついた。彼女はとっさに鎖を振り払うが、青年は一瞬の隙も与えなかった。
四方に札が配置された。背後から現れた青年に気づいたとき、初めて眼が全て潰されていた事に気づいた。
───陰符『封魔陣』───
四方八方から更に強固な鎖が飛び出し彼女を固く縛る。
周りを見渡すと、それ以外にもまだ発動していない封印術が数え切れない程、彼女中心に施されていた。
「勝負は有り・・・ね。私の負けよ。止めを刺しなさい。」
完全に不意を突かれ、策に嵌り、清々しいほどに完膚無きまでに倒された。最期に面白い物が見れて、彼女には最早悔いはなかった。
「殺すつもりはありません。」
「?」
彼女には青年の言った意味が解らなかった。突然襲い掛かり、本気で殺そうとした妖怪相手にこんな言葉を放つ神経が。そんな変わり者相手に彼女は笑うしかなかった。
「フフフ・・・あんたの言葉は理解に苦しむわ。」
「そうでしょうか?私には貴方が何故、私を殺そうとしなかったのかがわかりません。最初に私の背後を取った時、貴女は私を殺せたはず。他にも、妖術だけを頼りにして貴女はずっと縁側にくつろいでいた点もいただけませんね。」
「たかが人間ごときに本気を出そうなんて思わないわ。」
「そうですか。しかし私には貴女がわざと隙を作っているようにしか思えません。まるで・・・」
「殺される事を望んでいる、とでも言いたい訳?」
青年はそれに対しての反論の言葉は何も返さなかったし、彼女の様子から見て返す必要も無さそうだった。
「馬鹿馬鹿しい。私も舐められたものね。人間風情に倒される?上等じゃない、こんな術の千や二千、軽く粉砕してあげるわ!」
「・・・私には、全ての霊力の動きが見えるのです。確かに貴女の妖力量なら、貴方を縛っている封印程度なら容易に壊せるでしょう。ですが、まだ動かしていない術はどうでしょう。私の目が確かなら貴女の最大妖力を押さえる以上の効力があります。そして、貴女に抵抗の意思が無いこともわかっています。」
彼女は何も言えなかった。どうやら相手の方が一枚上手だったようだ。まさか戦闘を通して考えを悟られるなど夢にも思わないだろう。
「・・・そうよ。あんたの言うとおりよ。で、私が無抵抗な事がわかった所で何の意味があるの?優越感に浸りたいのなら好きにすればいいわ。」
「良ければ一つ、私に話して頂けませんか?」
「・・・・・・・・・は?」
「貴女に少し興味が湧いたのです。どうして今までの行動に至ったのか。」
そう言うと、青年は術から彼女を開放した。
青年の理解不能な言葉に呆れを超えて何とも言えない妙な気分になった。普通なら初対面の人間に話す義理などないのだから黙っていればいいのだが、その時の彼女は不思議と、滅多に動かすことのなかった口が不気味なほどに軽快に動いたのだった。
自分の話に耳を傾け相槌を打つ。手段と用途しか知らなかったはずの会話。面白さは愚か笑う所すら一切ない話だったが、彼女には羽ばたく鳥になったかのような開放感と新鮮さを感じ楽しさすら覚えていた。
大方話すことが無くなる頃にはもう月が随分と高い位置まで昇っていた。
・・・・・・・・・・
「あんたも物好きね。妖怪の昔話に興味を持つなんて。」
青年は空の星を仰ぐように見ながらぽつりと問いかけに応えた。
「貴女と初めて話したとき、何故か親近感を感じたのです。思ったとおり、昔の私と貴女はとても似ていた。私もずっと孤独だったのです。期待もされなければさせるだけの力も無かった。物心が付いた頃から何の為に産まれたのかが解りませんでした。」
「種族は違えどお互い様って訳ね。」
「私の苦しみは今、生きる力に変わっています。しかし、貴女はそうではない。貴女の苦しみは自分の魂を蝕んでいる。」
「・・・・・・」
「でも貴女の苦は私の力で取り除けるかもしれません。」
「・・・・・・面白い戯言とでも受け取っておくわ。」
彼女の返事には「気」の字の一角も無かった。
「信じていないようですね。貴女の言う『恐怖』は体質に近いもののように見えます。それを押さえれば良いのですから。」
「夢みたいな事を言うのね。じゃあ聞くけど、あんたは人間から五感を奪えるの?それと同じよ。」
「はい。確かに私に人間から五感を奪う力はありません。ですが、『鮮明ではっきりした』妖力を持つ貴女が相手なら可能です。」
「あんたの言うことは理解に苦しむわ。ならやってみなさい。」
彼女は半ば投げやりに言い放ったつもりだったが、対する青年は一言「わかりました」と呟くと目の色を変えて印を結んび瞑想を始めた。一帯に撒かれた札が彼の近くから順々にひらひらと舞い始める。最初はゆっくりと漂っていた札だったが、次第に動きが速く、鋭くなり、最後には彼女中心に規則正しい形で地面に落ちた。
「これから、貴女の『闇』を封印します。かなり手荒になりますから、しばしの間我慢してください。」
青年が指で空を切ると札が輝き出した。凄まじい霊力量が循環する。それを目視した時には彼女の体は地面と平行になる事を余儀なくされていた。
青年は一度深呼吸をすると、懐から九枚の護符を取り出し術を唱えた。
「臨み、闘う兵者たちよ。皆、陣を構え我を護り給え!!前に在りし我を撃つ邪を切り裂き給え!!」
その声に合わせて、護符は一枚ずつ青年を軸にして回り始めた。そして、彼は彼女の額に指を当てた。
「さて、お手並拝見させて頂きますよ・・・。八雲立つ闇!」
バチッ
青年が霊力を流した瞬間、身体の護符の数枚が破れた。
「!!!!!」
青年はまず背中の痛みを感じ、次に自分が家内にまで吹き飛ばされていた事に気付いた。滅茶苦茶になった壁や襖。更には護符と陣を組む札が全て吹き飛び、その残骸は枯葉の如く朽ちた。
遠目に見える彼女がゆらりと起き上がる。そこだけ空間が湾曲し、邸全体をどす黒い妖力が空間を支配した。
「参りましたね・・・結界が、こうも簡単に・・・。」
彼女からどす黒い闇がどろりと沸いてきた。もはや先程まで話していた妖怪の面影など無かった。暗い。闇より暗い闇が渦を巻く。その闇は吸いつけられるように彼女にまとわりついた。
それにも怯まず青年は庭先の彼女の前に躍り出た。彼女の目がぎょろりと青年を見るなり不気味なほど満面の笑みを浮かべた。
「ウフフフ・・・・・・死ななかった。しぶとい。」
「貴女が『闇』ですね。貴女は少し力を持ちすぎた。突然ですが、貴女を在るべき大きさまで抑え込みます。」
「あと少し・・・この体、私のもの。」
「いいえ、表が消えれば貴女も道連れです。残念ですが、貴女の思惑通りにはさせません。」
「ウ・・・ウウゥ・・・・・・人間。邪魔だ・・・殺す!!!」
彼女が纏う闇が鈍い音を出しながら一点に集中した。
「ふ・・ふふ、あはははは・・・」
不気味に笑い、無表情になった。
彼女が手をかざす。同時に黒い光線が空を切る。青年の背後の壁が大破した。
「これは予想以上に規格外ですね・・・。」
そう言うと青年は腰に括り付けていた袋から玉を取り出した。玉には隙間なく札が貼られ、異様な空気を放っている。
「これを使うことになるとは・・・。どうか消えないで下さい・・・・・・。」
青年が玉に触れると一度破音を出した後、札が破れ、ひらひらと剥がれていく。札が破れた箇所から玉の模様が見えた。紅白の陰陽太極。鮮血のような紅が青年の手の内で美しく光り輝く。
「秘玉よ目覚めよ!我が魂を喰らい、力を貸し給え!」
その時、秘玉は青年の手から離れ、縦横無尽に動き出した。
第二波、黒い光線は青年を的確に狙う。が、その光は青年の目の前で屈折して玉に集まった。
「──界!!!!」
青年を中心に光の結界が現れ、広い邸を全て包みこむほど大きく広がった。邸に広がる彼女の禍々しい力が一瞬にして彼の霊力にかき消された。青年が印を結ぶと、彼の身体は一瞬にして彼女の目の前へと移動した。
秘玉がまた輝く。
―― 霊撃 ――
青年を中心に霊力が爆裂した。彼女の体は塵の如く舞う。零距離からの破壊力は凄まじいものだった。
しかし・・・
「殺す・・・・・・殺す殺す殺す殺す!!!!!」
彼女の憎悪に満ちた目はしっかりと青年を捉えていた。八方からの視線、青年の立つ世界の至る所から。そして、彼女の周りに巨大などす黒い眼が無数に現れた。邸に溢れていた妖力の全てが彼女に戻り、彼女の力が一点に集まるのを見た。
「貴女が『闇』を歩くのもこれで最後です。もう闇を見るのは終わりにしましょう。お互いに・・・」
青年は腕を天に掲げ、印を結んだ。
青年の霊力が霧のように漂い始めた。霊力には最初のような鋭さは無く、優しく、力強かった。
忙しく動いていた秘玉は青年の腕の先でぴたりと止まった。そして眩しい輝きを放ち、膨大な霊力が巨大な光の玉を作り出した。
──博霊式封印術・夢想封印──
第三波、今までのものとはくらべものにならない妖力量の光線が青年を襲う。しかし光の玉はそれを圧倒的に凌駕する力で全てを飲み込んだ。眼は青年の霊力に包まれると、まるで憎悪の念を忘れたかのように安らかに閉じ、やがて消えていった。
月光に照らされる邸、改め廃屋の床。彼女は目を覚ました。近くには紅白の玉が力なく転がっている。
「目覚めましたか。気分はどうですか?」
彼女は放心している。目線の先にはボロ切れと比喩するに相応しい姿の青年がいた。
「気分・・・まあ、今のあんたよりはマシね。」
そう言われると青年は埃まみれの着物を叩いてみせた。
「まず、事後報告といいますか。私は貴女の『闇』、つまり『陰』を平常になるよう『封印』しました。これで貴女の体質の暴走は抑えられた筈です。『陰』と『陽』の調和が実現し妖怪としての力が強くなったかもしれませんが、これに乗じて悪さはしないように。折角救ったのに私が退治することになりかねませんから。」
彼女はゆっくりと起き上がってみた。青年の言う通り、まるで自分の体とは思えないほど動きが軽い。彼女は嬉しくなって邸中を駆け回った。走っても楽しい、歩いても楽しい、転んでも楽しい。そんな気分は生まれて初めてだ。
「撤回するわ。最高の気分よ。」
「それは何より。」
「で、何で私を助けようと思ったの?私、あんたを殺そうとしたのよ?」
青年は唐突な質問に若干の戸惑いは見せたものの、結論は考えずとも至ったようだった。
「貴女は過去の私とそっくりだった。私は幸運にも、手を差し伸べてくれる人がいたけれど、一人一種族の貴女には現れなかった。もし私も一人だったなら、貴女と同じようになっていたでしょうね。」
「ふーん。じゃあ、あんたを救った人間の話を聞かせなさいよ。私だけ話してあんただけ話さないのも変でしょ?。」
「そこまで気になりますか?」
「『貴方に興味が湧いた』のよ。」
彼女はニヤニヤしながら青年に言い寄った。青年は困り気味に笑みを溢した。
「敵いませんね。さて、どこから話しましょうか・・・。私の周りには父と母が。父は血の繋がっていませんでしたが、私の師で、本物の父親でした――」
何時間過っただろうかいつの間にか、夜の闇は朝の光によって剥がされ、辺りは美しく光り輝いていた。邸にも温かい日が射し、明るい朝と出発の時を知らせた。
青年はポツリと溢す。
「私の父と母はとある陰陽師に嵌められ、殺されました。私が生きる理由は、私の幸せという両親の願いを果たすため。そして・・・・・・」
青年はそこで言葉を詰まらせた。ただ、彼女には彼が言わんとすることがわかっていた。
「じゃあ、あんたがやりたいことからやればいいんじゃない?人間はあんたが思ってるよりずっと短命なんだから、少しは大切になさい。」
彼女は胸を張って青年に言った。
その言葉は、青年だけでなく自信にも向けて言っていたのか。答えは言った彼女しか知らないが、少なくとも彼を笑顔にする材料としては十分すぎるくらいだった。
「あ、そう言えば。名前ぐらい言って行きなさいよ。覚えておいてやらなくもないわ。」
青年は互いに名前を知らなかった事に今気付いたようだった。
「そう言えば、自己紹介もしていませんでしたね。私の名は安倍・・・・・・改め、博麗常泰(ときやす)。貴女は?」
彼女はしてやったりと言わんばかりの顔でニヤニヤと笑った。
「残念だったわね。私に名前なんか無いわ。言い損だったわね。」
常泰は少し驚いた顔をすると少し考え込んだ後に彼女に言った。
「では『八雲』という名はどうでしょう?」
「八雲ねぇ・・・・・・はぁ!!?」
予想と180度違う返事。それは彼女の人生で一番驚き、奇々怪々な出来事であった。
「気に入りませんでしたか。八重の雲のような姿の貴女にはぴったりの名前だと思ったのですが・・・。」
「???・・・って、そうじゃないわよ!普通『名無しだ』って言われて命名する?」
「名無しのままでは不憫でしょうし。」
青年の目は曇り一つ無い。本気で言っているようだ。
「・・・・・・。全く。分かったわよ。八雲でいいわ。」
(八雲・・・私の名前は八雲・・・・・!)
成り行きのような形で付けられた名前だったが悪い気はしなかった。
名無しの一人一種族の妖怪が八雲に昇華した瞬間だった。
「そう言えば、封印の札ですが、そのままくっついていても華に欠けると思いましたので、結ってみました。似合っていますよ。」
八雲は丁度近くに落ちていた鏡を拾い見てみると、後頭部に大きなリボンが髪を如何にも結ぶような形でへばりついていた。彼女は恥ずかしさのあまり顔を炎のように真っ赤に染めた。慌てて外そうとするが、彼女の手はリボンを通り抜け、触れることすらできない。
「常泰、外しなさい!」
「え、外してもいいですが、またあの状態に戻ってしまいますよ?それに、今の私には貴女と戦うだけの札も元気もありません。それでは私はこれで・・・。八雲、達者で暮らすのですよ。」
「な・・・こら、待ちなさい!外すまで逃がさないわよ!!」
美しい日の光が照らす中、八雲と常泰は廃屋を後にした。
先を行く光は、とある妖怪の暗く長かった嵐の夜を照らし、真っ白で何もない、可能性に満ちた世界へと導いているようだった。それは長い生命の中の一瞬の事かもしれないが、起こりうる出来事はきっと胸の奥に記憶され続けるだろう。
妖怪は悟った。真っ白な世界がどのような色に染まるのかはまだ誰にもわからないが、白い世界を鮮やかに染めるのも黒で塗り潰すのも自分次第である。作品を鮮やかな傑作として完成させられる保証などどこにも無いが、今はいつか虹色の世界を作れる事を思って筆を取るだけである、と。
─────────────────
「・・・・・・さ・・。ゆ・・りさ・・。紫様。」
聴き慣れた声が耳に入る。とりあえずもう一度寝ることにした。
「ここは貴女の寝床ではありませんよ。起きてください!」
藍の声に若干怒りが混ざる。無理やり起こされた薄い意識で正面の景色を見て全てを思い出した。
「うっかりしていたわ。居眠りだなんて。」
「いつも通り、熟睡しておられましたよ。」
「あら、そう。なら安心ね。平常普遍が一番よ。」
流石の藍もこれには呆れ果ててしまった。
「・・・まず、報告します。結界の異常個所は全て修復致しました。」
「それはご苦労様。そういえば橙は一緒じゃなかったの?」
「橙は修復途中で飽きて逃げました。」
ということで、実質結界の異常は全て藍が修復したのである。働き者である。
「突如現れた大量の結界の歪み。そして紫様も見ての通り、季節外れにここの妖怪桜が、それも満開に。異常自体がこうも重なるとなると・・・。何か不吉な予感がします。」
「そうね。楽しいことが起こればいいのだけど・・・。」
「紫様、真面目にお考え下さい。」
「今、そんなに構えても疲れるだけよ。それに、貴女が思う最悪の未来に私が動かないとでも?仕事は(藍が)済ませたし、そろそろ帰るわよ。藍は今日頑張ったみたいだし、ボーナス(油揚げ)をあげましょう。」
「はい!!」
紫は藍の機嫌を取り戻すとスキマに消えていった。
咎重き
桜の花の
黄泉の国
生きては見えず
死しても見えず
紫桜を見るたびにこれまでも、そしてこれからも思い出すだろう。人間と妖怪の、満開の桜を思わせるような栄華で、静かな日常を。
──To be continued───
どうも初めまして、ミカヅキモと申します。
初めましてじゃない皆様はお久しぶりです。すみませんでした。
まずは言い訳を言わせてください。
1.投稿が遅れた理由
ちょっとした大学受験があった為文章を書く時間がなかったのと怠惰です。お気に入り登録をしてくださった方、この作品を覚えていてくださっていた方へ謝罪と文章を書くという形で深くお詫び致します。
2.作品の削除の件
「あれ、消えてね?」と思った方がいらっしゃるとかと思いますが、その通り、消しました。この作品のコンセプトは「限りなく原作に近い二次創作」となっています。が、致命的な欠陥を見つけ、そのまま進めると矛盾を生むと思われたので、その部分の修正、手直しも含め一旦全て削除するという決断に至りました。
ストーリーは(きっと)変えませんし、必ず投稿しますのでしばしお待ちください。
3.お前の名前って微生物だったか?
元々は「Eternal」という名前でやっていましたが診断メーカーか何かで前世がミカヅキモという結果が出て、最初はネタでTwitterの名前だけ変えたのですがどうせなら統一しようかと思い今に至りました。それに、Eternalに投稿しなそうですしね(謝罪)
という訳で、中二病の延長から微生物への昇華という訳で、これからもよろしくお願いします!
あとがき
今回は八雲紫の過去の話となっています。主人公は出ていません、はい。という理由でタイトルに「Episode-0」という名前を採用しました。
今回の話が本編に食い込んでくるのはまだ先なので、「こんなのあったなー」程度に思っていてください。
次回が第一話となります。
東方ファンの作者の自己満足をテーマにしたハートフル東方二次小説のはじまりはじまり。