東方陰陽録~The medium disappeared in fantasy~ 作:Closterium
――獣道・博麗神社付近
Side of medium
その日は霊夢に少々相談事があった為、永一と黄菜子は仕事の合間を縫って博麗神社へと行った。黄菜子のアニマルネットワークによると昼のこの時間帯は99.5%の確率で神社の縁側でお茶を啜っているはずだったのだが不運にも残りの0.5%を引いてしまい生憎の留守だった。
少々待ってはみたものの仕事の時間が迫り、現在帰宅中である。ただ不思議な事に、行きよりも長い時間を歩いているのにも関わらず獣道は二人の先に延々と続いている。行きと帰りで距離が違う、と聞けば耳なじみのあるチープな怪談だが、今の永一には怪談の枠を超えた妙なリアリティを感じた。
Side of fairy
獣道沿いの木の上。稀に見る通行人の行動を観察する者が三人。
「スター、状況は?」
「迷ってる。しかもちょっと戸惑っているみたいね。」
「ふっふっふ。行きはあえて見逃して帰り道で迷わせる、名付けて『奥の細道作戦』!いたずらも成功するし、間抜けな人間の姿も拝める、我ながら完璧な作戦ね!」
「行きで気づかなかっただけでしょ。」
「失礼ね。これは過去の失敗から生まれたれっきとした作戦なのよ!」
「そう言えば、神社に参拝客なんて珍しいこともあるのねぇ。しかも兄妹で。」
彼女たちは三月精と呼ばれる三人組の妖精、サニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイアである。サニーが光を屈折させ姿を消し、スターが相手の気配を探り、ルナが周囲の音を消す。正に完全なるステルス能力を持っているのである。
この日は見慣れない参拝客を道に迷わせるいたずらでからかってやろうと奮起しているところであった。
「今日は調子がいい気がするわ。さて、あいつらに何のいたずらをしてやろうか・・・。」
「ちょっとサニー。あんまり無茶するとまた失敗するわよ。」
「まったく、ルナは臆病者ねぇ。ルナがドジを踏まなければ失敗しないわよ。」
その時、スターが少々険しい表情を浮かべて二人に報告した。
「動きが止まった。」
Side of medium
黄菜子は不意に歩みを止めると何もない空をじっと見つめ始めた。
「・・・・・・」
「・・・どうした黄菜子?」
「何かさっきからこっちに意識が向いてるな~・・・って。」
永一もそれに倣って黄菜子の向く方に視線を向けた。しかし視線の先は彼の眼を以てしても何もない空であり、逆に黄菜子の言葉が怖くなった。
「何もないじゃん。怖い事言うなよな。」
「肝心な時に蛞蝓並みの鈍さだね。んじゃあ、あの木の枝をよ~く見てて。」
彼女は遠くの空を指差すと準備体操と言わんばかりに肩を回した。
Side of fairy
ルナは声を震わせながらサニーとスターの顔を見た。
「・・・ねえ・・・あの二人こっち見てない?」
サニーの胸にドキリと衝撃が走る。
「か・・・考えすぎよ。能力も解いてないし、只の人間に見えるはずがないわ!」
「そ、そうよね!別のものを見ているに違いないわ!それが偶然こっちの方向にあるだけよ。」
その時、三人の元に一度の鈍い音に続いて波のような地響きが伝わってきた。三人は互いに顔を見合わせる。いたずらが見つかった時とは違う、彼女たちの無い頭では形容しがたい計り知れない恐怖感に見舞われていた。
Side of medium
突然、黄菜子は左腕に力を込め思い切り地面に突き立てた。岩が砕けるような爆音に続き、相応の爆風で辺りの草木が軋む。一体に潜んでいた生き物が天変地異でも起こったかの如く一斉に逃げ惑い、風音だけが行き来していた静かな森が騒然となった。拳の着点を中心に半径数十センチの雑草が外向きに倒れている。
「見えた?」
「見えた。」
黄菜子の指した先の空が澱む。視界の澱みはやがて形となり、うっすらと三つのシルエットが浮かび上がった。おまけに彼女のオーラが三人を的確に貫いている為に尚更判りやすい。
虫に似た大きな羽を持つ少女が三人。かなり怯えているようだが逃げる素振りは見せなかった。
「なあ黄菜子、あいつらって何者?人間では無いみたいだが、何と言うか・・・いかにも『妖精』みたいな格好してるよな。」
「おー、ご名答。永一にしては珍しい。奴らは妖精。」
「・・・流石は幻想郷。妖怪もいれば妖精もいる・・・のか。」
「そりゃあもう吐き捨てる程いっぱいいるよ。自然の具現・・・と言えば聞こえは良いけど、後先考えずにいたずらを仕掛けるような極めて頭の悪い存在だよ。」
「辛辣だな・・・。」
「あたし、頭の悪い奴が何よりも嫌いなんだよね。」
「・・・とりあえずあいつらを追っ払わなきゃだな。仕事の時間も迫ってるし、どうする?」
「まあここは任せてよ。永一は下がってて。あー、あと耳も塞いでおいて。」
永一は言われるがままに彼女の後ろに下がり耳を塞いだ。すると黄菜子は地面に何やら記号や文字のようなものを書き始めた。最初は子供の落書きのようだったが、記号は図形に、文字は文章のようになり、やがてそれは一つの魔法陣となった。
「・・・さぁて。永一にはとっておきを見せてあげよう。」
すると黄菜子は陣に手を掲げると詠唱し始めた。
「Quoniam exuberant traxi Graffiti humi・・・A bonus ventus spirat gradu post me!!!」
地面の魔法陣が光を帯びる。そして、その輝きに呼応するかのように風が吹き出した。
――もしかしなくても、これって・・・結構危ない状況なんじゃ――
「Adeo mirum sonus fragor aliquotiens!!!!!!」
――ひっ・・・!!!――
その時、落雷を彷彿とさせるような破音が幾度か起こり、木々を初め遠くの山にまで響いた。
「卑しき下級妖魔よ・・・浅ましくも我が歩みを止めた罪を知れ!!秘術『Re mirum est Magia』!!」
「「「ひぇぇええええええ!!!!!!!!」」」
上手く隠れていた妖精だったが、黄菜子の詠唱が済むや否や一目散に逃げだした。その際に木に激突したり、何故か喧嘩を始めたりと中々滑稽な様であった。
黄菜子の魔法は、派手な演出と大げさに聞こえる詠唱を主とした只のハッタリであった。ローコストで済み、低級妖怪や臆病な妖精を追い払うには効果抜群なのだとか。
辺りを見回すと妖精の能力が解かれた為に本来の景色が二人の視界に映り、行きの道から大分逸れていたことがわかった。あの妖精たちもこれで懲りてくれればいいのだが。
「あっははは、良い様。あの妖精たちの失敗はあたしをターゲットにしちゃった事だね。」
「・・・。それにしても、黄菜子は魔法が使えるのか。」
「魔導書とか読むって言ったでしょ。得た知識は有効活用しなきゃね。さぁて、そんな事よりお仕事お仕事!」
張り切る黄菜子に対して永一は自らの式神との差は如何にすれば縮められるものかという前人未踏ながらも無駄な難題に思考を寄せていたのだった。
――大通り付近の蕎麦屋・夕方
「お、ご兄妹。そろそろ来る頃だと思ったよ。今日もご苦労さん。」
永一と黄菜子の来店に蕎麦屋の主人は笑顔を浮かべながら挨拶し、同時に婦人が向かいの四人席にお茶と茶菓子を置いた。
「毎日本当に助かります。ポストを置かせて頂けるだけでなくその場で確認まで・・・」
「それにお菓子のサービスも!蕎麦屋なのにその辺の甘味屋より美味しいからね。まさに一日の楽しみって感じ!」
「はっはっは!うちは基本、蕎麦屋なんだけどな!」
猫の手の予約受付は、事務所である自宅が人間の里から離れた場所に位置する為、足腰の悪い人や忙しい人にとってはあまりにも不便であった。その改善を図りこの蕎麦屋に設置されたのが予約受付専用のポストだった。二人が不在の際の予約受付は自宅前に設置されていた郵便受け(のようなもの)に受付書類と筆を設けて集めていたのだが、上記の理由によって普及しなかった為、極めて安直に「同じ物を里で一番便利な場所に置いてしまえ」という考えの下に実行したのだった。
効果は上々。設置して数日経った今では夕方になると蕎麦屋に寄って依頼の確認とスケジュール調整がてら店主と女将との会話とお菓子を愉しんでいるのである。
「あ~ら、嬉しい事言ってくれるじゃない。大福一個ずつおまけしちゃう!」
「いくらでもゆっくりしていってくれよな。永一が教えてくれた『牛乳寒天』、あれが大ヒットして赤字続きが今や大黒字なんだから。」
このように蕎麦屋の主人と女将はにこにこ笑顔でお菓子のサービスをしてくれるのだ。
当然ポストの設置はタダでさせて貰っているわけではない。それ以前に二人は、経営が傾きかけだったこの店に突撃し、西洋菓子「ミルクババロア」の製法を伝授したのである。結果、売り上げは好調。今では経営も安定傾向へと向かっている。その報酬の一つとして手に入れたのがポストの設置権なのである。
それをきっかけに、最近では蕎麦屋夫妻共にお菓子作りにハマり、永一と黄菜子が訪れる閑散時間に合わせて何かしらのお菓子を作ってくれるのである。
永一と黄菜子は店奥の座敷にてポストに投函された依頼書を広げ手に取るなり溜息を吐いた。いつもならこちらの都合と客の指定時間、依頼の緊急性等を考慮した上でスケジュールを立てるのだが最近はとある現象の調査というものが多く目立っている。
「また例の調査だ。こんなに沢山。今度は水路が凍結したらしい。」
「凍匠かぁ・・・やっぱりそれが尽きないよね。斯く言うあたしもかなり気になってるし。」
昨今の幻想郷では、ある時は森の一角が、またある時は広大な田園風景を薙ぐように氷漬けになるという謎の現象が立て続けに起きているのである。里民の間でも、最初は『不思議な現象』の範疇の事象であったが、時を追うごとに里民の目に触れるようになり、最近では人間の里圏内でも起こるようになってきたのだ。冬に近付いただけにしては部分的過ぎるのに加え過剰であり、誰の目から見ても自然の産物には見えなかった。
とうとう人はこの現象を凍らせる匠の所業という意味を込めて「凍匠」と呼ぶようになったのである。
昼間、二人が博麗神社を訪れたのは霊夢から凍匠に関する意見を聞くためだった。一応、猫の手では凍匠に関する依頼は「優先度の低い依頼」として全て請け負っているのである。
「俺は自然現象だと思うな。妖怪の仕業にしては無差別過ぎるし考えが見えない。第一、俺の目にも見えなかったし。」
「今分かってる情報だと何ともなぁ・・・。玄光は何か情報掴んだ?」
「にゃう・・・」
―申し訳ありません。新しい情報はまだ何も。最近は急に冷えて来たのもあり、仲間の猫たちが外出を控えますから・・・。―
只の神出鬼没の域を越えて、とうとう永一の脳裏に玄光が瞬間移動しているのではないかという疑念が湧いた。そんなことは露にも知らず、唐突な猫の出現にはしゃぐ女将と餌付けを試みる主人。
「うーん・・・最終的にはブンヤにでも取り上げられて終わりなのかな~。『【怪奇】氷結する秋の里!!』なんて出だしでさ。」
「ありそうだが今回は笑い事じゃないみたいだ。水路が凍った件なんだが、どうやら交通が止まってるらしい。船着き場の小舟も使い物にならなくなったとか色々書いてあるな・・・。殊の外深刻なんじゃないか?」
黄菜子は口元に笑みを浮かべながら口元に笑みを浮かべた。
「へぇ、もうここまで来たんだ。そろそろかな・・・。」
「・・・やけに嬉しそうだな。」
「当然。大事になれば解決した時に里の人から信頼が集まるでしょ?信頼が集まれば仕事もいっぱい。仕事がいっぱいって事はお腹もいっぱいになるって事。」
要するに金である。
「決めた!凍匠の調査依頼を最優先案件に移行!こんなにもご飯の匂いがする案件、絶対逃がさないんだから!!」
「・・・・・・」
信頼と共に依頼分の報酬も掠め取る。永一は正直、今までの凍匠の調査依頼を全て受けている事が疑問だったのだが、まさかこんなにも小汚い策が忍んでいたとは思いもしなかった。
――次の日
二人は朝一で依頼書の凍匠の現場へと来ていた。依頼書には水路が凍ったと書いてあったが、実際は水路は凍った物の一部分に過ぎなかった。水路沿いの民家の屋根壁に始まり、真っ直ぐ川を突っ切りy向かい岸の民家まで凍っていたようである。時間が経ち場所によっては氷が解けてしまっているが、日陰になっている部分は勿論、水路の中には今も巨大な氷塊が残っている。氷の幅は五、六メートル程で、厚さは水路の底まで凍っていた為深さと同じである。
被害に遭った民家の屋根からは氷柱が下がり、山から流れて来た紅葉は季節外れの氷に引っかかり鮮やかな紅を灰に枯らす。言うまでもなく自然現象という括りからは大きく外れ、異様な景色が広がっていた。
永一は橋から、黄菜子は直接氷塊の上から現場を観察した。
「想像以上ね。永一、何か見える?」
「今回も何も見えない。ただの自然現象・・・ではないよな。もっとも、自然現象だったら怖いけどな。」
「やる事が思ったより大胆だなぁ・・・。霊夢お姉ちゃんに先を越されてなければいいけど・・・。」
「どういう事だ?」
「前にも話したと思うけど妖怪は里の人間に手を出すのはご法度。もし凍匠騒動が妖怪によるものなのだとしたら、博麗の巫女である霊夢お姉ちゃんが動く。あたしがどんなに情報を集めてもお姉ちゃんの感が働いたら先を越されちゃう。」
「ここの凍匠が昨日で霊夢の不在も昨日ってことは・・・」
「少し急がなきゃだよ。もし先を越されても圧倒的情報量で依頼遂行≪ごはん≫だけは絶対に守らなきゃ。」
黄菜子はその確固たる覚悟を込めて氷塊を踏みつけると、凛々しい表情を浮かべ永一と共に依頼先へと向かった。その数分後、氷塊はそこから粉砕し復活した水路の流れによって勢いよく下流へと流されていった。それを目撃した渡しの青年が青い顔をしながら広めた「凍匠の氷は爆発する」という噂は徐々に広まり、一時近隣住民を騒然とさせたのはまた別の話である。
――人間の里・外れ
最優先案件となった凍匠の調査だが、日常の依頼を蔑ろにすれば本末転倒である。減らしたとは言え仕事は入れ、残りの時間は全て凍匠の情報収集に当てた。軒先のメジロから人に紛れる大物妖怪まで幅広い層の幻想郷住人達への必死の聞き込みも虚しく、決定打となり得るような情報は得られなかった。
「さて、明日はどうするつもり?」
「明日は里の外で起こった凍匠の現場を巡って行こうと思ってるけど?」
「そうか・・・。」
黄菜子の返事は想像通りではあったが、今の永一には強く堪える物があった。
「露骨に元気ないね。言いたいことがあるなら言ってくれない?」
「俺は・・・今回の依頼に割く時間はもう少し控えめにすべきだと思う。今回に限らず、調査って大体は目撃情報やら前例やらから筋道立てて明らかにするものだと思うんだよ。だけどこの件は前例も無ければ一切の証言もない。きっとお前の情報網と思考能力があれば真相が明らかになるのは時間の問題だろう。だがそれから得られる物は掛かった時間よりも大きいのか?普段の仕事を疎かにしたら本末転倒だろ。」
黄菜子は永一の訴えに対して呆れ混じりに溜息を吐いた。
「・・・なるほどね。要は時間がかかる割に見返りが少ないと思ってるんでしょ?」
「ああ。現に半日使って手掛かり無いしな。」
「そうね。半日も使って犯人とその能力の性質しか解らなかったなんて顔面焦熱地獄よね~」
「なんだって!?誰なんだよ、犯人?」
「忘れちゃったなぁ~。凍匠の現場でも見れば思い出すかもね。」
想像通り大いに驚く永一に黄菜子はご満悦。要所要所に皮肉を交えながら彼をからかうのであった。
――数時間後・紫の異界
「凍匠・・・聞いた事の無い怪異ね。」
地獄のレッスン開始前、永一は世間話のような流れで紫に凍匠について話していた。妖怪の賢者、と自称する彼女からなら黄菜子を唸らせるだけの情報を掴んでいると考えたのだが、彼の期待は上の一言にて消沈した。
「紫さんが知らなかったのは意外でした。もっとも、凍匠の名は里の人が付けた愛称みたいなものなので本当は別の名があるのかもしれませんが・・・」
「あら、名もなき怪異に対して名付ける事は重要よ。愛称でも何でも、怪異は名付けられた時点で鮮明な存在になるんですもの。」
「・・・人間視点でそれって良い事なんですか?」
「当然。少なくとも貴方の先祖は名付けの術を使っていたわ。曖昧な存在は境界が薄い。境界の無い者に『境界を持つ者の常識』は通用しにくいのよ。ある意味、名前を付けるという行為は未知の者を此方の領域へ引き込む事とも言えるわね。」
永一は気の抜けた表情で話の理解を試みたが案の定さっぱりであった。紫にとって会話は相手に伝わるか否かよりも自分の解釈を言葉にする事が重要なのだろう。
「それはともかく、人間の里で騒ぎを起こした事はいただけない行為です。」
「それ、黄菜子も言ってましたよ。霊夢が解決する前に凍匠の犯人を見つけるって言って聞かないんですよ。明日は各地の現場を見に行くんです。」
「へぇ・・・なら明日の調査、私も同行するわね。」
紫は不気味に笑みを浮かべて言った。思いもしなかった心強い味方が増えた現状が、彼には嫌な予感の前兆にしか感じなかった。氷よりも冷たく触れる先の不安が永一の肝を冷やす。考えるだけで全身がまさに凍傷にでもなったかのような痛みが負の予感を煽り続けるのである。
―To be continued―