東方陰陽録~The medium disappeared in fantasy~   作:Closterium

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前編+中編<後編

見 積 り 失 敗


第十二話 悪戯、少々の絶対零度を添えて(後編)

遡ること数時間前…

 

黄菜子は一連の刀匠騒動の解決に大妖怪、八雲紫の協力を得ることになり、彼女への期待に若干の緊張が混ざりコンディションは好調だった。

しかし、紫が絡むと何が起こるか分からない。黄菜子はお気に入りの着物はやめて彼女が「バトルクロス」と呼ぶ真っ白なワンピースを着た。

精神も身なりも気合いは十分。最高の状態で紫と共に家を出た。

 

「黄菜子。今日の私の行動は特に貴女の持つ情報に左右されます。期待するわね。」

 

「お任せください。ただ、犯人の目星は付けております故に、紫様の手を煩わせるまでも無いかもしれません。犯人は恐らく霧の──」

 

「あら、頼もしいわね。それなら、私は少しお腹が減りましたわ。何処か美味しい食堂を知らないかしら?」

 

黄菜子は耳を疑った。今朝、自宅で永一の手料理を食べたばかりである。

朝だけで、しかもこの短時間で二食も食べようとはなんと贅沢な妖怪なのだろうか。

 

「お、お任せください!ではお蕎麦はいかがでしょうか。ここからも近くておすすめのお店がありますよ。」

 

 

──大通り近くの蕎麦屋

 

「お、いらっしゃい黄菜子ちゃん。今日は早いな。」

 

「おじちゃん、おはよう!今日はお客さんで来たんだよ。」

 

蕎麦屋の店主は遅れて暖簾を潜った紫の姿を見るなり顔を真っ青にして足を震わせた。

 

「ここが黄菜子おすすめのお蕎麦屋さんなのね。思っていたよりも落ち着いた雰囲気なのね。」

 

「い、いらっしゃいませ。お連れさんは空いているお席へどうぞ。黄菜子ちゃんはちょーっといいかな?」

 

黄菜子は店主の手招きに呼ばれると駆け足で店の奥へ進んだ。

そこには同じく顔を真っ青にした女将さんが店主と二人でわなわなと震えていた。

 

「…黄菜子ちゃん。あの方とは知り合いなの?」

 

「そうだよ。(永一が)幻想入りしてから今の家に住むまでお世話になってたんだよ。」

 

黄菜子の言葉を聞くと夫妻は深呼吸をしてから話し始めた。

 

「驚いたわ、まさか黄菜子ちゃんが知り合いだなんて。あの方は里の大地主様なのよ。」

 

「人間の里の西側は全部あの方の土地。遠目からは見たことあったけど、まさかお客さんとして来店するなんてなぁ……」

 

(紫様は人間に扮している時は地主なのか。)

 

永一と黄菜子が住まう家が早々に二人の管理下に置かれる事になれた理由も納得である。

 

「自信持ってよー。食通のあたしが紹介したんだよ?まさか、あたしの舌を疑う訳じゃないよね?」

 

夫妻は顔を見合わせた。やはり緊張の程は凄まじい物のようだが、強張っていた顔は柔らかくなり震えは無くなった。

 

「これも何かの縁だ。いつも通り気合い入れていくぞ!大地主である前に黄菜子ちゃんの友人だもんな。」

 

「…いや、大主《マスター》だよ。」

 

「「?」」

 

紹介した黄菜子の心境も似たようなものだった。

幻想郷の管理者である大妖怪にして永一の師。その他にも様々な要因が重なり、彼女にとっても紫は大物なのである。

黄菜子は紫が座る座敷席へと向かった。紫は少々大袈裟に何か考え事をしているような素振りをしていた。

 

「お待たせしました。どうかされましたか?」

 

「いいえ。ただ、ここのお蕎麦が待ち遠しくて仕様がないのです。黄菜子が紹介するぐらいだもの。さぞかし美味しいことでしょう。」

 

黄菜子が厨房を見ると、蕎麦屋夫妻も此方を見ていた。

朝から蕎麦屋夫妻には気疲れさせてしまったのは申し訳ない。

 

町人、八雲紫の心臓に悪い闊歩は続く。

 

「お、そこのお着物が似合うお姉さん!うちのお飾りはいかがで……大地主様!?」

 

「まあ、可愛らしい髪留め。うちの橙に着けたらきっと似合うわ。」

 

「こ、この髪留めは小さな女の子に好評です。ただ人気商品で現品限りとなりますが、いかがでしょうか?」

 

「紫様、橙ちゃんは些かお転婆ですのですぐに壊してしまうのでは?」

 

「うーん…それもそうねぇ…じゃあ私が着けるわ!」

 

「「え゙!」」

 

 

──人間の里・路地裏

 

「おいテメェ!イカサマしてるだろ!!」

 

「心外だなぁ?お前が弱すぎて退屈してるこっちの身にもなれ!ま、財布はウマイがな。」

 

「なんだとぉ!?」

 

「おうおう喧嘩か~?」

 

「やっちまえやっちまえ!」

 

一人の男が胸ぐらを掴むと数名のギャラリーが集まる。

昼間から働きもせずに博打して、挙げ句の果てに喧嘩騒ぎなど呆れて物も言えない。

里の西部から東部中心まで一本で行ける近道であるが、少々治安が悪いのが珠に傷である。

 

「紫様、暫しお待ちください。止めて参ります…って、紫様!?」

 

「貴方たち、喧嘩なんてつまらないことやめなさい。」

 

「「な、西の大地主!?」」

 

「やるならとことんやりなさい。バトル・ロワイアルよ!!」

 

「紫様ーーー!!!!!」

 

 

──人間の里・甘味屋

 

紫の自由奔放さに振り回されて数時間。いつの間にか太陽は仰ぎ見る位置にまで達していた。

 

「幻想郷は狭い世界だと思って見くびっていましたわ。人間の里も案外楽しいものね。」

 

紫は上機嫌でぜんざいをつまみながら黄菜子に言った。

対して黄菜子は体力的には問題ないが、紫の行動は常に予想を越えている為、常に気を張り詰めていた。

式神である藍の苦労を身に染みて理解した。

 

「紫様。あたしの言いたいこと、わかりますね?」

 

「勿論よ。こんなお昼時に甘味屋にいるなんてナンセンスだ、でしょ?」

 

「刀匠事件の解決です!ここまでずっとはぐらかされて来ましたが、今回はそうはいきませんよ!」

 

紫はあたかも初耳と言わんばかりの惚けた顔で大袈裟に会釈した。

 

「それは冗談として、少し時間を稼ぐ必要があったのよ。私の計算通りに事を進める為の、ね。それと、黄菜子。貴女、私に対して固すぎるじゃない?今日の目的は貴女との親睦を深める意図もあったのよ。今の貴女の顔、朝よりもいい顔よ?」

 

そう言うと紫は黄菜子に微笑んで見せた。

 

「紫様……」

 

黄菜子は今日あった事を想起した。

 

「・・・正直言って疑心暗鬼です…」

 

「偶然ね。藍も昔同じこと言ってたわ。」

 

「藍様とは気が会いそうです…」

 

 

──人間の里・東門

 

人間の里とそれ以外の境界にはご立派な塀が建てられている。その出入口となっている門の一つがこの東門である。

人間の里の東部に位置する門だから東門と呼ばれ、永一と黄菜子の家は真逆の西部に位置するため、門をまたぐ機会は殆どない。

魔法の森や妖怪の山へ行く際の中継地点となっているせいか、一部では魔境の入り口と囁かれているという。

 

紫と黄菜子は刀匠の潜伏場所、霧の湖へと向かっていた。

 

「刀匠と呼ばれる怪異の正体。掴んでいるそうね。」

 

「チルノという妖精の仕業では無いかと思っていますが。」

 

「70点ね。」

 

「思いの外高得点をくださるのですね。」

 

「じゃあ…60点?」

 

「・・・犯人は掴めている事がわかりました。しかし…」

 

「正体が掴めない…でしょ?」

 

「はい。そもそも氷の妖精という存在が矛盾しているのです。本来妖精は自然の生命力を具現化した存在。生命力を奪う冷気は妖精として存在し得ないんですよ。そして今回の刀匠。妖精の域を超えています。」

 

「やっぱり減点ね。55点。もっとスケールを大きく見なきゃ駄目よ。」

 

紫は人差し指を立てて一度ウインクした。

 

「それじゃあ答え合わせ…と行きたいけれど。」

 

そしてその指を虚空に向け縦方向に切ると、よく見知った不気味な隙間が当然のように顔を出した。

 

「永一と合流してからでも遅くは無いわ。」

 

「?」

 

隙間を抜けるとそこは霧の湖の畔だった。辺りを見回して人影は自分たち以外には存在しなかったが、数秒ほど経つと歪なシルエットの高速移動する物体が降り立った。

 

「随分と遅かったわね。待たせ過ぎじゃないかしら?」

 

飛行物体の正体が永一だという事はすぐにわかった。黄菜子には、自分達の目的地に何故彼がいるのか謎だった。そして彼女は彼の近くにいる忌ま忌ましい三つの人影に気付く。

 

「永一・・・何遊んでるの?店は?留守番は?・・・仕事をサボっているのも有罪だとして、よりにもよって阿呆の妖精どもに唆されていたなんて!職務怠慢とあたしを不快にした、罪状計二犯《ギルティ》!」

 

「「「ギャーッ!!!」」」

 

「待て待て待て待て!!!」

 

鋭い視線に低姿勢の構え。黄菜子の立ち姿が少女から一転してファイターへ変貌する。

怒りを露にする彼女に永一と三妖精はライオンに捕まったシマウマのようである。

絶えそうな声で言い訳にも満たない頼りない弁解を試みるも目覚めた獣は暫く眠らない。

 

「黄菜子、その辺にしておきなさい。形はどうあれ、永一は貴女と同じ答えまで辿り着いたのよ。」

 

紫の的確な助け船に黄菜子は怒りを静めた。

 

「二人とも揃ったところで問いの答え合わせ……と行きたいところだけど、本人がいるのに私がするのも野暮が過ぎるですわね。」

 

紫は隙間から傘を取り出すと、その先を湖の水面に浸けた。

 

「さあ、私の古き友人よ。再開の時よ。」

 

 

──「個体と液体の境界」──

 

その瞬間、風に波打っていた水面は動きを止め、一切の静寂が空間を支配した。瞬きも儘ならない須臾の時間に湖の水という水が氷と化したのである。

氷となった霧はダイヤモンドダストと化し、日光をプリズムのように反射、ひとえに極光の中にいるようだった。

 

眼前の光景に見とれていたのもつかの間、一閃の砕音に続いて地鳴りが響く。

その音を耳にしたサニーは凛々しい表情でスターとルナに提案した。

 

「逃げよう。」

 

「「うん。」」

 

永一が振り向いた時には三人の姿はなかった。正直、今回ばかりは彼も逃げたかった。

 

湖の中心部分のみ氷が溶け、凍った湖面にぽっかりと穴が空いたようにそこだけ湖が復活した。しかし水面の様子は、奇妙にも薄い氷が張っては溶けるを繰り返していた。

その時、湖底から人影が水面へ向かい猛進してきた。人影は勢い余って水面の氷と水飛沫を飛ばしながら水上へ飛び出すと湖の上空にとどまった。その軌跡は歪曲した氷柱となり、その根元にあたる溶けていた筈の湖の中央部は再び凍っていた。

人影、つまり淡い水色の着物に身を包んだ女性は紫を見つけるなり頬を膨らめて言った。

 

「会って早々に水攻めだなんて酷いじゃない!湖底を凍らせてせっかく気持ちよく寝てたのに。文字通り寝耳に水よ!」

 

「紹介するわ。こいつがこの地球上の絶対零度を司る概念にして刀匠の犯人、チルノよ。」

 

「初めまして、あたいはチルノ・・・って、誤魔化すな!!」

 

容姿、雰囲気、何よりも強さ。二人が探し回ってやっと見つけた相手は、確かにチルノではあるものの『チルノ』からはかけ離れていた。

 

「それよりも紫は覚えてる?1000年前の勝負、まだ決まってなかったでしょ?」

 

「あら、まだそんなことまだ覚えていたの?そんな昔の事なんて気にも留めていなかったわ。」

 

「こんな最近の事も忘れてしまうなんてね。所詮は妖怪ってところかしら。」

 

チルノから放たれる圧倒的な気迫。低気温の寒さとは違った悪寒が永一の全身をなぞった。それに対し、黄菜子は全く動揺することなく彼女に言い寄った。

 

「貴女が凍匠ね?氷付けにされると里の人が困るの!やめて!」

 

文字通り身も凍るほど緊迫した空気に正論の一閃。黄菜子の簡潔で的確な注意に対しチルノは少々の動揺を表情に浮かべた。

まさか初対面の相手に注意されるとは夢にも思わない。チルノは困り気味で紫の方を見るも、彼女はチルノの困り顔に笑いを堪えるのに必死だった。

 

「悪気があった訳じゃないんだよ。ごめんなさい。」

 

チルノの捻り出した返事はあまりにも素直であっさりとしていた。

黄菜子もまさか謝られるとは思わない。逆に驚かされてしまっている様子に紫は尚更笑っていた。

 

「ところで、紫が来るのはわかってたんだけどさー。この子たちは誰?」

 

「永一と黄菜子。私の弟子よ。」

 

「土御門黄菜子です。よろしくね!」

 

「土御門永一です。」

 

「黄菜子に永一かぁ。へー、紫が弟子を取るなんて想像がつかないな。それに人間の兄妹だなんて。坊やたち~精々喰われないようにね。」

 

「あら、失礼しちゃうわ。」

 

二人はチルノの快晴のような笑顔に戸惑いながら思った。想像した戸惑い方と違う。特に永一は深く思った。

悪霊、妖怪、超人。今まで彼の人生で出会った恐ろしい力を持つ存在は必ず霊力の流れを持っていた。しかし、眼前の存在には流れが無かった。いや、見えなかったのだ。

三月精がそうだったように、彼は超自然的なものによる霊力の流れを認知出来ない。ただの妖精なら彼の脅威とはなり得ないが目の前の存在は違う。

見える筈の物が見えない、紛れもなく彼にとっては天敵となる恐ろしい存在だ。

 

「それにしてもチルノさんって何者なんです?妖精……には見えないのですが。」

 

「そう?あたいはれっきとした妖精よ。ちょっと最強なだけ。」

 

「なるほど。では、最強なチルノさんは何故幻想郷を凍らせて回ったのです?」

 

「あー。それはあたいの意思じゃなくて、幻想郷の『鍵』のチルノの仕業なんだよね。」

 

凍匠の原因はチルノにして眼前のチルノにあらず。

遥か昔、チルノは現在の幻想郷に当たる場所に分身を置いた。その分身こそ永一と三妖精が探していたチルノである。

彼女曰く、分身を自身に還元したところ、一時的に意識を乗っ取られてしまったのだという。分身チルノは突如手にした正真正銘の最強な力に喜び、感情の赴くままに力を振るった結果が一連の怪異、凍匠の正体である。

しかし、最後の人間の里の凍匠は本体のチルノが意図的に起こしたという。用事が済み幻想郷を去る前に紫に会おうとしたが居場所がわからなかった為、里で怪異騒動を起こして誘き出そうとしたのだという。

 

「──あたいは世界に散ってる鍵を集めて旅をしてるのよ。遥々幻想郷に来たのも『鍵』の回収が目的だったってわけ。」

 

「……あの~チルノさん。今の話を踏まえると頼みづらいお願いがあるのですが。」

 

「ん?これは紫に貸しのチャンスじゃない?あたいに出来ることなら何でも言ってよ。」

 

「仕事の依頼で『チルノ』という妖精を探していて……というより取り返して来いと。」

 

「そんなの駄目に決まってるでしょ。」

 

永一の予想通り即答で断られた。

 

「友人に会う事はあくまでもついで。あたいは『鍵』を回収しに来たの。さっきも言ったけど、君が探してる『チルノ』は鍵。自分の身体なのに返すってのも変でしょ?」

 

「待った!」

 

彼女の言い分は至極真っ当である。自分自身を返せと言われるのも妙な話である。

しかし、彼があっさりと彼女の言い分を飲み込まんとする時、黄菜子は背後から一喝にて口を挟んだのだった。

彼女は懐疑的な目でチルノに問う。

 

「貴女は分身の自分を『鍵』と呼んでたよね?それを集めてるってことは、鍵で閉まっている何かを開くって事だよね?貴女が隠している物は何?」

 

するたチルノの表情は無邪気な笑顔から一変して怪しい微笑みへと変わった。

 

「……真っ直ぐな眼ね。しかもあたいを前にしても全く動じない精神力。本当に人間?」

 

「ご生憎様、褒められるのには慣れているの。話してくれると嬉しいな?」

 

「うーん……いいわ、教えてあげる。あたいの目的、それは本来のあたいを解放すること。今一度、この世界を私の手中に置くこと。人はあたいの世界の事を全球凍結と呼ぶわ。」

 

「「なんだって!?」」

 

永一と黄菜子は驚きに顔を歪めた。

人類が生まれる遥か昔。地球全土は数百万年もの間、氷によって支配された。その時、気温は氷点下50℃まで下がり海底も1000mまで厚い氷に覆われ、その当時地球上に繁栄した生命の殆どは滅んでしまった。

一連の大異変を現代人は全球凍結、若しくはスノーボールアースと呼ぶ。そして、永一たちの目の前にいる「チルノ」はその異変そのもの、地上の冷気という概念を具現化した存在なのである。

 

「それじゃあ地上の生態系は……」

 

「崩壊するわ。」

 

「って事は、美味しいご飯が食べられなくなっちゃう!!」

 

「そっちか!!」

 

黄菜子はとうとう怒りを露にした。彼女の食べ物に対しての執念は神殺しを体言するに相応しいだろう。

 

「世界を手中に、なんて言っても結局は自然の節理よ。人間の君なら心当たりがあるんじゃない?言わばあたいはこの世のリセッター。過ぎた繁栄に制裁を与え、新たなる繁栄を再生することが役目なのよ。まあ気にしないでよ。どんなに早くても君たちの寿命には間に合わないからさ。」

 

チルノは永一を見て言った。人間は文明発展の為に世界を狂わせた事は歪められない事実である。

そこで黄菜子は悪巧みを込めた笑みをニヤリと浮かべて言った。

 

「なるほどね。って事は、あたしたちが『鍵』を取り返したら全球凍結は起こらないし、ちょっと癪だけど永一の依頼も果たされるんだね。こういう事を人間の間では一石二鳥って言うんだよ。」

 

「石が当たる前提で話すのね。そう言えば、人間はこんな言葉も言ってたわ。二兎追うものは一兎も得ず。」

 

「なぁんだ。たった二兎しか追わなくていいんだ。」

 

双方の掛け合いに不穏さが増す。チンピラ同士ならまだしも、妖怪と大自然の権威である。乱闘騒ぎにでもなったら最早誰も止められないだろう。

 

「黄菜子、煽るのもこのぐらいにしろ。チルノさんも乗らないでください。」

 

すると黄菜子は呆れ顔で言った。

 

「全く永一は……チルノの目的を聞いたのに紫様の意図がわからないの?」

 

「紫さんの意図?」

 

(何か考えてたかしら?)

 

偶然か必然か、紫が黄菜子の言葉に対して首を傾げていた事を彼女は知らない。

 

「生態系が崩れるってことは人口も減る。人口が減れば多くの妖怪は力を失い、存在を維持できなくなる。」

 

「未来、幻想郷を揺るがす大異変の首謀者って事になるな……」

 

「そう。だからあたしたちは生態系の全ての為に、」

 

「何としても鍵を取り戻さなければならない。だが……方法はあるのか?」

 

「……」

 

「あるわよ。」

 

声の主は紫だった。黄菜子はその方法に期待したが、直感的に永一だけは恐ろしく嫌な予感を察した。

 

「言いがかりね。あたいが鍵に触れたら最後、鍵を奪う方法なんて無いわ。」

 

「そうかしら?幻想郷には決闘ルールがある。チルノ、貴女も知っているでしょう?」

 

「!!!……まさか、弾幕勝負に鍵を賭けろって言うの?馬鹿馬鹿しい!そもそもあたいにメリットなんて無いじゃないか!」

 

その時、黄菜子は突然高笑いすると、チルノを指差して言った。

 

「逃げるんだ~?もしかしてあたしたちが怖い?最強と言っても所詮は妖精って事ね。」

 

永一は唖然として背筋は氷の如く冷えきった。同時に自分の無力さを恨んだ。

何故なら、黄菜子の挑発は一閃の魔槍と化してチルノの闘争心に思い切り刺さってしまったのだから。

 

「紫の魂胆は見えてるわ。初めからあたいと戦わせて弟子二人を稽古させるつもりだったんだろう?まあ友人のよしみよ。技量に合わせて手加減してやるつもりだったんだ。……だが気が変わった。お前たちはさぞ強いのだろうが、精々あたいから逃げて短い余命を稼ぐ事を勧める。んで、こいつらを氷漬けにしたらお前(紫)だ。いいわね?」

 

「あたしの魔導書にescapeのスペルは無い。あたしは幻想郷の生態系の覇者。治める者は民に讃えられる権利と守る義務がある!!」

 

「面白い愚言だ!二人ともまとめてかかってこい!!」

 

黄菜子の体勢が低くなった時、永一は平和な交渉を諦めた。

純白のワンピース《バトルクロス》を纏った見慣れた少女は再び武神へと変貌した。

真正面。武神は目線に捉えた敵へと一毛の誤差すら生むこと無く真っ直ぐに飛び込んだのだ。

小細工などしない事の証明と、ただ純粋に戦いを愉しみたいことの意思表明だったのかもしれない。黄菜子が拳を引いたとき、偶然か必然かチルノはそれに応えるように拳を差し出した。

瞬間、凄まじい破音が湖上の空間に拮抗する。

 

「ほう、まだ凍らないか!金属性と火属性の混合魔法って所かな?」

 

「ご名答。熱伝導する鋼の籠手に灼熱の炎。氷の貴女には粋な魔法でしょ?ただし……」

 

黄菜子は一度身を引き距離を取った。

 

「冷気も熱だよね。貴女に長時間接触するのは危険。霜焼けになっちゃうかも。」

 

「惜しい。あともう少しで氷漬けにしてやったのに。黄菜子、貴女は楽しめそうね。それに比べてあなたのお兄さんは何をしているのかしら。」

 

戦闘開始直後、チルノに飛び込んだ黄菜子に対して永一の姿は後方の上空にあった。

 

「永一なんて気にする必要無いよ。貴女が今、注視する必要があるのはこのあたし。本当に強いのなら、あたしが驚くような力を見せて欲しいな?」

 

「死に急ぐには早いわ。もっとあたいを楽しませてから死ね!」

 

──氷符『アイシクルフォール』──

 

チルノのスペルカード宣言。その瞬間、黄菜子の体ほどある氷塊が現れた。

黄菜子はそれを一つ一つ確実に避けて行った。しかし、生半可な弾幕ではない。一つ避けるとまた一つ二つ。氷塊は大きさに見合わない狂気的なムーブで彼女を襲う。しかし彼女も負けていない。攻撃をかわしながらも着実にチルノへと近付いていた。

弾道の隙間。チルノへの一直線を黄菜子は見逃さなかった。黄菜子の一撃はあまりにも完璧で呆気なくターゲットを捉えたのだ。

黄菜子の拳を中心にひび割れて砕け散るチルノの身体。プリズムの如く七色に光を反射する氷の塊は、偽物の氷像にしてはあまりにも精巧過ぎたのだ。

黄菜子の背後には氷の太刀を天高く掲げ、不敵に笑う殺気が存在していた。

 

「せっかくの美人像が台無しね。でもまあまあ楽しかったわ。チェックメイト。」

 

──凍剣『グレイサージャッジメント』──

 

チルノのスペルカード宣言。

同時に、チルノは太刀の切っ先を黄菜子へ向けた。

それから一拍の間もなく湖上には別の静寂が生まれた。しばらくすると切っ先から遠く離れた先にある木々の葉がバラバラと散り始めた。

凍匠。その名は突如音もなく斬痕のように冷凍される現象をあたかも「刀匠に鍛えられた名刀の太刀筋」と形容した故に付けられた物だ。

凍匠の目撃者はいない。しかしもし見た者がいたのなら、その一振は、罪人を斬首する裁きの一振と形容しただろうか。

 

そして切っ先の目の前にある小さな身体は散りゆく一輪の花の如く儚く崩れた。

 

「さて、残るは貴方ね。土御門永一……って逃げたか。別にいいわ。貴方にはあたいを満足させられるだけの実力はないしね。紫、次はあんたよ!覚悟しな──」

 

その時、チルノの身体の自由が利かなくなった。彼女が全身に目を向けると、四肢を縛るように札が鎖のように巻き付いていた。

まさかと思い、倒した相手の亡骸を覗いてみると、まさに札の出所はそこであった。

 

「今だ黄菜子!奴を叩け!!」

 

「言われなくてもわかってる!スペルカード!!──」

 

──覇剣『オベリスクカリバーン・氷』──

 

その時、チルノの真下から巨大な氷柱が彼女を突き上げた。空中に舞い上げられてもチルノへの猛攻は止まない。彼女の八方から放たれた柱の追撃。

チルノは氷を操る妖精。札の鎖が解け追撃の柱をねじ曲げようと手をかざすも、柱はチルノの命令に沿う動きはしなかった。柱は彼女に触れた瞬間、初めて凍りついたのだ。

柱の先端は氷なるまでの間不定形に歪み、氷になった時にはチルノの身体をより強固に縛り付けていた。

 

チルノの眼前には浮遊する一つの影。そしてその後ろから小さな影が顔を出した。

 

「サンキュー永一。間二髪の所で助かったよ。」

 

「まったく無茶しやがって……というか飛べないなんて初耳だぞ?」

 

「あたしの戦場は地上なの。」

 

「身代わりとは・・・お前たち……謀ったな!!」

 

「あんたの美人像とやらにも負けてなかっただろ?」

 

永一はチルノに近づくと再び口を開いた。

 

「黄菜子が注意を引いてくれていたのは好機だった。お陰できっちりと準備が出来たよ。あんたの氷の力のトリガーは腕の動きだろ?黄菜子の攻撃を受け止めたとき、スペルカードの発動、そして今。あんたは決まって攻撃方向に腕を向けていた。あんたの氷は厄介だ。腕を封じてしまえば少しは楽に戦えるようになるだろう。黄菜子の魔法には驚かされるばかりだ。一発目は油断しきったあんたをぶっ飛ばし、二発目以降の柱《オベリスク》を氷製と錯覚させること。あんたはまんまと引っ掛かって隙を生んでくれたって訳だ。あんたの触れたものを凍らせる体質。肉弾戦を好む黄菜子にとっては脅威だが、水を凍らせて可動域を無くしてしまえば馬鹿力でも氷は砕けない。これで無事、あんたの技を封じられたって訳だ。」

 

「……永一、お前を放っておいたのは迂闊だった。その通り、あたいはまだ身体の制御が完全じゃない。幻想郷の鍵はなかなかの力らしいわ。だが、お前たちはあたいの動きを封じたに過ぎない。鍵はじきに定着する。その時は紛れもなくお前たちの敗北だ。それまでにあたいを倒せるのかしら?」

 

「倒せるかどうかは正直神のみぞ知る。自称、生態系の覇者様が何を背負ってるのか知らないが、覇者が生態系を守るなら、俺は土御門黄菜子を守ってみせる。故に俺たちに敗北の選択肢は無い!」

 

「自称じゃないし、こんな頼りない男じゃ盾にもなんないよ!でも──」

 

黄菜子は永一の背から柱へと飛び移ると、今までにない程に恐ろしい笑みを浮かべた。

 

「丁度いい時間稼ぎにはなった!」

 

その時、柱の表面に刻印が浮かび上がった。

そのヒエログリフの刻印にはこのような意味の言葉が記されていた。

 

「覇者に統べられし紅き炎。終わり無き再生の光を我に示せ。九柱神《ヘリオポリス》の天頂の眼。王《ファラオ》の命にて其の魔を穿て。王の名は土御門黄菜子。神の名はラー!!」

 

──日符『天照らす天球の眼』──

 

その場にいる者の眼に映る世界は暗転した。闇の世界。それは夜とは違った底知れぬ深さと完全性を秘めていた。

その時、天頂にから一筋の力がオベリスクを照らし美しく輝かせた。

光の先、天頂の大空に大きな鳥が見えた。優雅に飛行する巨鳥の姿を眺めていると、黄菜子は飛び付き瞼を腕で覆った。

 

「何するんだ!?」

 

「馬鹿!見るな!見たら失明するよ!そのまま後ろに10秒間全速力で飛んで!」

 

彼は言われるがまま後退した。湖畔降り立った先は湖畔近くだった。目を開けて見てみると、湖の中央、チルノが拘束されている場所だけに眩むほどの光が指していた。

 

「……なんだこれは!!」

 

「ふふ~ん。あたしの一撃必殺。あらゆる物を焼き尽くし灰すら残さない。祭壇を作るのと南中時刻でしか使えないから条件が辛いんだけどね。」

 

「祭壇……?お前、何か呼び出したのか?」

 

「それは企業秘密。あ、この魔法は霊夢おねーちゃんだけには絶対内緒ね」

 

「???」

 

しばらくすると、闇が晴れ光が消えた。光が射していた場所は黄菜子の言う通り跡形もなくなり、湖に張っていた分厚い氷もその殆どが溶けてしまっていた。

湖に波の音が返ってきた。その時、永一はあることに気付いた。

 

「……って、依頼!もしかして鍵のチルノまで!?」

 

「あ、無事じゃないかも。」

 

「ど、どうしよう……あいつら(三妖精)の仲間、殺めちゃったよ……」

 

「大丈夫よ。妖精は生命の具現。自然がある限りはまたどこからか沸いてくるわよ。」

 

「そうそう。当の本人はピンピンしてるしね。」

 

声の主はいつの間にか真正面にいた。死ぬどころか傷の一つすらも付いていない。

 

「分身(鍵)を使って氷を溶かしたのね。光に隠れて気付かなかったのはちょっと迂闊だったな……」

 

「ご名答。まさか東洋の異界でこんな大魔法に出くわすとは思わなかったわ!」

 

チルノは永一と黄菜子のいる方向に腕を掲げた。

 

「黄菜子、なんか不味そうな雰囲気なんだけど……どうする?」

 

「さっきので魔力使い果たしちゃったし……あーっ!!悔しい悔しい!!!」

 

「おかけでやる気100%だ!さあ、今度はあたいのターンよ。貴方たちにはとっておきを見せてあげるわ!」

 

──全球『パーフェクトフリーズ』──

 

その技はあまりにもシンプルであまりにも反則が過ぎる技だった。完全なる凍結。その名の通り物体をその形のまま、一瞬にして氷結させたのだ。

さざ波の音は一瞬で止み、湖面は再び、波の形を残しながら凍っていた。空から凍結した一羽の鳥が落ちてきた。宙を舞うはずの鳥が波の上に落ちる。矛盾のような現実がそこにはあった。

完全なる氷の世界。その日、霧の湖は一切の命を許さない無慈悲な死の世界の片鱗を見せていた。

 

「アイスバリア。……貴方たちをここで殺すには惜しい。特に土御門黄菜子。あの時、もし全身が凍り付けになっていたなら負けていたわ……あたいは必ずこの世界を我が物にする。それまでにもっと強くなってからあたいにリベンジしに来なさい。さて、次は……」

 

チルノの目線の先、丁度永一と黄菜子がいた場所には氷のドームがあった。パーフェクトフリーズの穴。チルノは二人がいた場所だけドーム状に避けそこに閉じ込めたのだ。

 

「あああああなんたる屈辱!!見せしめに幽閉するなんて!!!」

 

氷のドームは黄菜子の打撃でも破壊できないほど強固な物だった。

 

「まあまあ、負けたけど生きてただけでも御の字って事で──」

 

「まだ負けてない!このあたしを舐めた事を後悔させてやる!」

 

同時刻、怒り心頭の黄菜子と同じく怒りを貯めている者がいた。

 

「往生際が悪いぞ紫!いい加減あたいと勝負したらどうなのよ!?」

 

「勝負ならさっき済んだでしょ?貴女には悪いけど、勝ち越しさせてもらいますわ。」

 

「じゃんけん勝負の為にお前の弟子と戦うわけ無いでしょ!!少しは真面目に答えなさい!」

 

「フェイクに引っ掛かって、拘束されて、最大魔法を撃たれた貴女が勝ち?」

 

「それは手加減したからに決まってるでしょ?弟子なんでしょ?死んじゃうよ?」

 

「しかも最後のアレ。なんて大人げないのでしょう。文句無しの判定負けね。貴女にはじゃんけんがお似合いね。」

 

「ほぉ~~随分と言うじゃないか。なんなら手始めにこの幻想郷をあたいの世界に──」

 

「「「すみません!!!」」」

 

チルノの鋭い目が声の主たちに向いた。三妖精である。

 

「ちっ、チルノを……返してください……」

 

「……は?」

 

威勢のいい声かけに対して肝心な要件は蟻の囁きのようだった。

チルノは冷気を出していなかったが、三人は恐怖でガチガチに固まり完全に萎縮してしまっていた。

 

「サニー……あの人絶対怒ってるわよ……」

 

「そうよ。逃げよう。今なら何とかやり過ごせる。」

 

スターとルナは震えながらサニーに訴えた。サニーは何も言わなかったが、彼女もまた震えきっていた。

 

「……ああ、よく見たらお前たちか。悪いけど後にしてくれる?今は忙しいの。」

 

今のチルノはただの妖精など眼中に無い。視線は依然として強者へ、紫へと向いていた。

サニーは弱かったが、その目の輝きはは決して眼前の強者は勿論、誰よりも強かった。

 

「ダメ!今を逃したら多分チルノとはもう会えなくなる!」

 

「でも、永一さんたちが負けちゃったんだよ!?私たちに何が出来るのよ!」

 

「永一さんたちが負けたからこそ、チルノを取り戻せるのは私たちしかいないじゃない!お願いしたら返してくれるかも知れないでしょ!」

 

スターとルナは顔を見合わせた。お互いに恐怖で引き吊った表情をしていたが、三妖精の意思は一つだった。

 

「そうね。やれるだけやってみようじゃない!」

 

「チルノ、帰ったら家来にしてやるんだから!」

 

三人は小声で「せーの」と合わせると今度は十二分の大声で要件を伝えた。

 

「「「チルノを返してください!!!」」」

 

対するチルノは極めて無関心だった。

 

「……ああ、お前たちか。悪いけどお断りよ。しかもあたいはこの嘘つき妖怪のせいで今すこぶる機嫌が悪いの。お前たちに用はない。帰りなさい。」

 

「帰りません!」

 

相変わらず三人はやはり震えていた。言葉に反して今すぐにでも逃げ出したいのはチルノにも伝わっていた。

だからこそ彼女は不思議だった。単独行動である妖精が三人で群れているのもそうだが、群れの外の妖精にそこまでする義理があるのか、と。

しかし、同時に心中では少し意地悪してやろうという気が沸いてきていた。

 

「あたいの氷は生命をも止めることができる。もしうっかり手が滑ってお前たちを凍り付けにしたらどうなるだろう?おおっと、手が!」

 

三人の立つ地面の真横から巨大な氷柱が飛び出した。

鋭く煌めく氷の刃に三人は怯え身を寄せあっても、足だけは動かさなかった。

 

「……逃げないか。ならこれならどうかな?」

 

──氷符『アイシクルフォール』──

 

チルノの周りから無数の氷の礫が両脇に放たれた。際限なく放たれる氷は弾道を変え、湖上を凪ぐように広がるとやがて鋭い破音を立てながら地面に突き刺さった。

それでも三人は動かなかった。

 

「何故!?何故お前たちは逃げない!?お前たちがチルノにここまでしてやる義理はなんだ!?」

 

三妖精は怯えながらも目はしっかりとチルノを見ていた。

 

「仲間だからです!確かにあいつはバカだし無鉄砲でバカだけど、氷の妖精の癖に暖かい奴なんです!それに……チルノはこの程度じゃ逃げない!ここで逃げたらまたあいつに負けた事になる。だから逃げないし、勝ち越しでなんか逃がさないわ!スター、ルナ、そうよね!?」

 

「こうなったらダメ元ね!最後まで付き合ってやるわ!」

 

「そうね!どうせ妖精だもの。一回や二回の休みぐらいどうってことないわ!」

 

三人は気丈に振る舞っていたが、終始震えていた上に目には涙を浮かべていた。

三人の健気な姿にチルノはもう怖がらせようなんて到底思えなくなった。

チルノは三人の視点の高さになるよう身を屈むと何も言わず静かに三人まとめて抱き締めた。

三人はどういう風の吹き回しかわからず逆に驚いてしまった。

 

「紫。残念だけど今回の勝負はお預けにしといてあげる。命拾いしたわね。」

 

「あら、じゃあ私の勝ち越しで良いわけね?」

 

「……そうね。お前の幻想郷、いい世界じゃないか。」

 

チルノは再び三妖精に振り返るとパチリと一度指を鳴らした。

すると、チルノの身体から冷気が流れ渦巻き、次第に小さな影を象った。そして、煌めく冷気の中から一匹の妖精が三妖精に倒れ込んだ。

 

「「「チルノ!!!」」」

 

本体のチルノは鍵のチルノを撫でると、どこか羨ましそうな目で見つめた。

 

「こいつ、少々無鉄砲なのが珠に傷かもしれないが、よろしく頼んだよ。さあ、もう用は済んだでしょ。早く住み処へ帰りな──」

 

突如、本体のチルノの姿が三妖精の視界から消えた。

高速で突き進む影。武神の眼はまだ死んでいなかった。

 

「黄菜子と永一!お前たち、何故ここに!!」

 

「それだけ貴女の技が穴だらけって事よ!」

 

パーフェクトフリーズの欠陥。それは、二人を閉じ込めたからこそ生まれてしまった滑稽な抜け道だった。

閉じ込められてすぐ、二人は氷のドームと湖上に張る氷には不自然な境界があることに気づいた。ドームの氷は極めて頑丈だが、足元の氷は普通の氷だったのだ。

つまる所、黄菜子の拳が湖面の氷を砕き、道を切り開いたのである。

 

チルノはそのまま対岸近くまで突き飛ばされた。しかし、肉弾戦であの黄菜子とも張り合える戦闘力。不意打ちとはいえ巧く受け身を取っていた。

しかし、受け身を取った場所は彼女にとって最悪だった。

札が張られた地面。そこに触れた瞬間、彼女の全身は氷に磁石のようにガッチリと押し付けられた。

 

「身体の自由が効かない!?」

 

「性質記憶型束縛札。同じ霊力流を持つ物体をくっつけられる便利な術だ。あんたが寝ている所はついさっきあんたが張り直した氷の上だ!まさかお蕎麦屋の依頼ポストを作った時の余りがこんな所で役に立つとはな……」

 

そして、永一は黄菜子の背後に回り背中に触れた。

 

「受け取れ!俺のありったけの霊力だ!」

 

彼の身体中に流れる霊力が全て黄菜子へと注がれる。全ての霊力が切れた所で彼は直立出来なくなり氷上に伏してしまった。

 

「……なるほど、無属性の魔力だね。属性魔法からは外れるけど、確かに受け取ったわ!!」

 

跳躍、黄菜子の身体は大空へ舞った。手のひらを存分に広げチルノに向けるとニヤリと少年のような笑顔を浮かべた。

 

「とりあえず撃つ!黄菜子ビーム!!」

 

壊滅的なネーミングセンスに比例するようにその威力は凄まじいものだった。

湖上は再び眩しく、恐ろしく光った。

三妖精は呆然とそれを眺めながらも逃げることをしなかった。全てを滅ぼす天の火でも、終末の氷でもない。紛れもない生命の光だったからなのかは三妖精のみぞ知る事である。

 

 

戦闘後、何故かチルノはあっさりと敗北を認めた。彼女は、弟子が勝利した口実に煽りを入れる紫に対し少々苛立ちを見せながらも、最後には黄菜子との再戦を誓い、満足そうな顔で幻想郷を後にした。

そのすぐ後、永一は高熱に倒れる事になる。里の生活には一切手出ししなかった紫にしては珍しく、藍を派遣して病臥に伏す彼の代わりに家事を代行した。

ありがたさ半分、藍の料理の腕に悔しさも半分であった。

 

それから数日後。

仕事に復帰して里へ向かうと二人は里民からの称賛の嵐に巻き込まれた。「偶然」にも派手な戦闘だったが故に、気になって湖へ向かった里民がちらほらいたのだという。

「恐ろしい氷の怪異を追い払った実力者」の名を広げた末、何でも屋、猫の手のキャッチフレーズに「悪霊退治」の四文字が増えることになった。永一はあまり乗り気では無かったが、黄菜子の言う通りこの一件を境に仕事が増える結果となったので、野となれ山となれという認識である。

かくして、凍匠騒動は土御門兄妹の完全勝利にて幕を閉じたのであった。

 

 

──自宅・早朝

 

「「「「ごめんください!!」」」」

 

「うるさーい!!目の前にいるでしょ!?」

 

朝早くから賑やかな客がやってきた。三妖精とチルノである。

 

「わざわざ来てもらったところ悪いけど俺たちこれから仕事でな。夕方にしてくれないか?」

 

「いえ、時間は取らせません。依頼のお礼を持ってきたので、それを渡しに来ました。」

 

「なんであたいが手伝わされなきゃならなかったんだ……」

 

「「「あんたは黙ってて!」」」

 

チルノはあの一件の記憶が無いらしい。何はともあれ元気そうで何よりである。

黄菜子は四人から大きな籠を受け取ると、その蓋を開いた。

 

「松茸がこんなに沢山!!舞茸にしめじまである!!栗なんてイガも取ってあるし、見直したわ!やるじゃない!!」

 

その他にも。

食べ物には目がない彼女は、極めて頭の悪い存在と罵っていた者の台詞とは思えない称賛ぶりである。

 

「本当だ、こんなに沢山。」

 

「妖精は義理堅いんです。」

 

「さて、どうだか。ありがたく受け取っておくよ。」

 

「気に入ってくれてよかった!ではさよなら!」

 

サニーがそう言うと四人はそそくさと家を出ていった。

黄菜子はその様子を見ながら呟いた。

 

「妖精も案外、良いところあるじゃん。」

 

永一は籠を見ながら返した。

 

「ワライタケ、ヒカゲシビレタケ……幻覚作用を引き起こす毒入りだ。……マンガみたいな毒キノコ《ベニテングタケ》なんて仕込む馬鹿いるか!!」

 

永一は料理だけではなく、材料の知識も深かった。そして黄菜子の怒りの沸点は、食に関しての愚弄である。

 

「グリモワール、竜滅の記録より抜粋……」

 

彼女の一蹴の跳躍は彼女の身体を逃げる四つの影の背後まで運んだ。

哀れで自業自得な妖精は表情を歪めた。お得意の逃げも隠れも通用しない。彼女たちに出来る唯一の行動はただ一つ。

 

「「「「ぎゃあああああああああ!!!!!」」」」

 

叫ぶことだけだった。

 

「完全解放《マダンテ》」

 

黄菜子は全ての魔力を解放した。

 

 

──To be continued……

 

 

 

 




ご無沙汰です。ミカヅキモです。
今回の話は執筆当初から書きたかった話でした。やっと書ききった!!という気持ちで一杯です。

原作でも二次創作でもバカ⑨と言われてしまう妖精チルノですが、自分はなんとなく東方キャラでも屈指の強キャラなんじゃないかとずっと思っていました(バカじゃないとは言ってない)。
そして大学に入ってとある講義でスノーボールアースについて学んだ時、チルノって全球凍結の妖精なんじゃないか!?と思うようになりました。
パーフェクトフリーズの名前も、最強の妖精という言葉も、一度地球を支配した経験から生まれているとしたら……
その辺は神主のみぞ知る世界ですが、自分はチルノは最強妖精だと信じてます!

その祈りも込めたのが本作中で言う本体のチルノ。永一と黄菜子は何とかして勝利を納めましたが、もし、鍵を集め終え完全体になったなら原作東方のキャラの中でも「最強」と言えるほど強力な存在だと思いながら執筆しました。

それでは、少々恥ずかしい部分ですが、オリジナルのスペルカードの説明です。

凍剣「グレイサージャッジメント」

里を騒がせた凍匠の正体。実はパーフェクトフリーズの練習段階です。氷の太刀が登場していますが、それは里の人間が一連の現象を「太刀筋」と形容した故に生れたものです。概念の存在である妖精は人の認識によって形を変える存在だと考えています。もし、太刀筋ではなく、銃の弾道と形容されていれば、チルノはピストルを持っていたかもしれませんね。
ちなみに、東方本編での登場は、非想天則のチルノの通常攻撃です。

覇剣「オベリスクカリバーン・氷」

オベリスクはエジプトにある戦勝などの記念柱。カリバーンとはエクスカリバーの別称です。作中にもある通り、氷以外にも、水や炎などあらゆる属性に対応しています。
黄菜子が何故オベリスクをエクスカリバーと並べたのか。
比較すると、オベリスクは戦いに勝ったファラオが立てるもの、エクスカリバーは王の血を引いた者だけが持てる剣。
彼女の価値観は実績なのです。王だから抜ける地に刺さった剣よりも、戦勝の印で作ることを許される天を指す剣の方が余程伝説の剣じゃないか、と。
黄菜子はこの世界の王になりたいのです(暴論)。

日符「天照らす天球の眼」

オベリスクの台座に魔力を込めて放つ日属性の大魔法。
このスペカに関してはノーコメントです。言うことは、召喚魔法であることだけです。

全球「パーフェクトフリーズ」

過去に二度起こった全球凍結の正体。瞬く間に世界を止めるチート技です。説明は本文にて。
それよりもわかさぎ姫、大丈夫だっただろうか。

「完全解放」

ネタです。これこそノーコメントです。お空がメガフレアなら黄菜子はマダンテです。

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