推しの子×俺ガイル 〜愛のある世界〜   作:なさちら

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社長夫婦

 

 苺プロダクション。

 

 そこへ俺やアイ、子供たちも関わるようになってから、随分と長い時間が経った。

 

 最初の頃の印象は、ただの芸能事務所だった。

 

 アイが所属する場所。

 俺が時々顔を出す場所。

 それくらいの認識だったはずなのに。

 

 気がつけば、ここは俺たち家族にとって、大事な場所の一つになっていた。

 

 そして。

 この会社には、俺たち家族にとって欠かせない人物が二人いる。

 

 一人目は――

 

「八幡。これ、今日中に確認してくれるか?」

 

「……了解しました」

 

 苺プロダクション社長。

 

 斎藤壱護。

 

 俺の目の前に資料を置いた男は、相変わらず忙しそうだった。

 社長という立場なのだから当然なのだろう。

 芸能事務所なんてものは、所属タレントが仕事をすればするほど、裏側の仕事も増えていく。

 

 契約。

 スケジュール。

 スポンサー。

 現場との調整。

 トラブル対応。

 

 表舞台で笑っている人間の裏側には、こういう面倒な仕事が山ほどある。

 

 ……まあ。

 

 華やかな世界っていうのは、だいたいそんなものだ。

 

 そして二人目はーー

 

「社長。そっちの資料、私が確認するから」

「ああ、頼む」

 

 斎藤ミヤコ。

 

 現在は苺プロダクションでのチーフマネージャーを務めている。 

 

 二人は夫婦だ。

 仕事中は社長とマネージャー。

 家に帰れば夫婦。

 

 そして――

 

「パパー!」

 

「ん?」

 

 事務所の入り口から、二つの小さな影が走ってきた。

 

「ただいま!」

「ただいまー!」

「おかえりー!!!」

 

 壱護が椅子から立ち上がる。

 さっきまで資料を睨みつけていた男とは思えないくらい、顔が緩んでいた。

 

 幼稚園くらいの子供たち。

 二人とも、壱護とミヤコの子どもだ。

 

「今日はどうだったか?」

「楽しかった!」

「お絵描きした!」

「そうかそうか」

 

 壱護が二人の頭を撫でる。

 片方の髪をぐしゃぐしゃにして。

 もう片方の頬を軽く撫でる。

 子供たちは嬉しそうに笑っていた。

 社長として仕事をしている時とは、まるで別人だった。

 

 ……まあ。

 俺も人のことは言えない。

 家で子供たちに「パパ/父さん」と呼ばれた時の俺も、似たような顔をしているらしい。

 

 ......自覚はないが。

 

「八幡くん」

「何ですか?」

 

 ミヤコさんが俺を見る。

 

「今日はアイちゃんと子どもたちも一緒なんでしょ?」

「はい」

「じゃあ、ちょうどいいわね」

「何がですか?」

 

 嬉しそうにミヤコさんが提案する。

 

「みんな、夕飯食べていかない?」

「......いいんですか?」

「もちろん!」

 

 ミヤコさんが笑う。

 そして、壱護の方も隣で頷きながら、なにやら決心をする。

 

「今日は俺も手伝う」

 

 そんな夫の突然の提案にミヤコさんは戸惑いながらも

 不安げに壱護に尋ねる。

 

「あなたも?」

「ああ」

「……でも、この前カレーを焦がすどころか燃やしてたじゃない」

「今回は大丈夫だ」

「本当に?」

「......多分」

 

 やがて、少し考えて自信がなくなってきたのか

 壱護は俺に向かってお願いをする。

 

「なぁ八幡」

「?」

「俺の監督してくれ」

「やだ」

 

 即答だった。

 

 なんだよ、手伝い役の監督って。

 そもそも俺を何だと思っている。

 俺は料理人じゃない。

 産業カウンセラーだ。

 そもそも料理が得意というわけでもないので、監督と言われても困る。

 

 そんな会話をしていると。

 

「八幡ー!」

 

 奥からアイがやってくる。

 仕事を終えたのか、こちらに向かって軽い足取りで歩いてくる。

 

「お疲れ様。やけにテンション高いな」

「さっきミヤコさんが夕飯一緒に食べようって!」

「今聞いた」

「楽しみー!」

 

 アイが嬉しそうに笑う。

 その笑顔を見るだけで、こっちまで少しだけ気が緩む。

 

「で、今日何食べるの?」

「わからん、だが社長も手伝うらしい」

「えっ」

 

 アイの表情が固まった。

 さっきまでの笑顔が、一瞬で消える。

 

「……大丈夫?」

「おい」

「だって前――」

「今回は大丈夫だ」

 

 やけに自信満々な壱護の様子を受け

 不安な表情のまま、アイが俺に告げる

 

「……八幡」

「何だ」

「念の為、子どもたちの分は出前にしとく?」

「俺も若干考えてた」

 

「おい!お前らなぁ...!もう良い!お前らがーー」

 

 3人のあんまりな言い分に、壱護が遂にヘソを曲げそうになる。

 

 だが、子どもたちは既に。

 

「パパのご飯!」

「楽しみ!」

 

 と大喜びしていた。

 

「……」

 

 壱護は何も言えなくなった。

 自分の子どもたちに期待されたら、流石に親として引き下がれないらしい。

 

 

 まあ、取り敢えず頑張ってくれ。

 とにもかくにも安全第一だけは心掛けよう。

 

 それ以外は知らん。

 

 ⸻

 

 夕方。

 

 事務所下にある斎藤夫妻の家のキッチン。

 

「玉ねぎ切るわよ」

「頼む」

「あなたは肉」

「分かった」

 

「私は何すればいい?」

 

 アイがミヤコさんに対して首を傾げる。

 

「八幡と一緒に子供たち見てて」

「了解!」

「俺は?」

「今のところ、大丈夫そうだから八幡くんも子供たち見てて」

「了解」

 

 ミヤコさんは、料理の手を止めずにそれぞれに指示を出していく。

 相変わらずのシゴデキだ。

 

 一方、リビングでは。

 

 壱護とミヤコさんの子供たちが、ルビーたと遊んでいた。

 

「お姉ちゃん、これ!」

「わぁ!可愛い!」

 

 ルビーが小さな人形を受け取る。

 

「この子はね!アイドルなの!」

「アイドル?」

「そう!アイおばちゃんみたいなアイドル!」

「そうなんだ!すごく可愛い!」

 

 ルビーは人形を両手で持ちながら、嬉しそうに頷いた。

 そこへもう一人の子どもがルビーへ尋ねる。

 

「ルビーちゃんもアイドルになるの?」

「うん!ママみたいなアイドルにね!」

 

 ルビーは元気にアイドルのポーズを取りながら、子どもたちに胸を張って言う。

 その様子に、子どもたちも思わず惹かれてしまう。

 

「かっこいいー!!」

「あたしもアイドルなりたい!!」

 

「……」

 

 そこから少し離れた場所でアクアがその様子を見ている。

 俺はその隣に腰を下ろした。

 

「どうした?」

「……いや」

 

 アクアは少しだけ笑う。

 

「楽しそうだなって」

「そうだな」

 

 視線の先では、ルビーが子どもたちにアイドルのポーズを教えている。

 教えてる側も教わっている側も楽しそうに真似している。

 

「僕も(前回)は、こういうの想像できなかった」

「……」

「家族同士で遊んだり。親の友達の子どもと遊んだり」

「そうか」

 

 アクアは子供たちを見る。

 その表情には、以前よりずっと柔らかいものがあった。

 

「でも......悪くないね」

 

「ああ」

 

 それ以上は言わない。

 言葉にする必要もない。

 

 たぶん、今のアクアにはそれで十分だった。

 かつての未来にはなかったもの。

 

 誰かが家に遊びに来ること。

 子どもたちが笑うこと。

 大人たちがくだらないことで言い合うこと。

 

 そういう何気ない時間。

 それが今のアクアにとっては、少しずつ「普通」になっている。

 

 それでいい。

 

 俺はそう思った。

 

 ⸻

 

「できたぞ!」

 

 壱護の声が響く。

 テーブルに料理が並ぶ。

 

「おおー!」

 

 子供たちが歓声を上げる。

 アイも料理を覗き込みながら嬉しそうに笑った。

 

「美味しそう!」

「だろ?」

 

 壱護が少し得意げになる。

 どうやら今回は成功したらしい。

 

 ……見た目だけは。

 味はまだ分からない。

 

「八幡、食べてみろ」

「俺が?」

 

 壱護が俺に一口目を勧める。

 

「お前の評価が一番厳しそうだから」

「俺を何だと思ってるんだ」

「減らず口しかない部下」

 

 壱護の辛辣な評価に、抗議の視線を向けるも

 割と妥当な評価だと納得し渋々受け入れる。

 

「……まあ、否定はしない」

 

 そのやり取りを見ていたミヤコさんが笑う。

 

 俺は仕方なく箸を取った。

 料理を一口咀嚼する。

 

「……」

 

 うん。普通にうまい。

 

「……うまい」

「本当か!?」

「ああ」

 

「ふう......よかった」

 

 壱護が安心した顔をする。

 

 ……ほんの少し緊張していたのか。

 その横でミヤコが笑う。

 

「あなた、子供たちより八幡くんの評価を気にしてない?」

「当たり前だろぉ!八幡には社長として、いや、年上として少しでも威厳だな」

「はいはい」

 

 そんな夫婦のやり取りを見て。

 アイが俺の肩に寄りかかる。

 

「ねえ、八幡」

「ん?」

 

「楽しいね」

 

 こちらを見上げながらアイは俺に問いかける。

 

「......ああ」

 

 俺も少し笑いながら答える。

 

 肩に感じるアイの重みが、妙に心地よかった。

 たぶん、こういう何気ない瞬間が幸せなんだろう。

 

 特別なイベントなんかじゃない。

 誰かが料理を作って。

 みんなでそれを食べて。

 くだらないことで笑って。

 隣にいる人間の体温を感じる。

 

 それだけで幸せだった。

 

 ⸻

 

「いただきます!」

 

 子どもたちの元気な声。

 

「いただきます」

 

 それに俺たち大人組も続く。

 

 いつもの夕食とは違い、少し人数が多い。

 

 子どもたちとルビーの笑い声。

 アクアの静かなツッコミ。

 ミヤコさんと俺の注意する声。

 アイの楽しそうな声。

 壱護の苦笑。

 

 そんな声が一つのテーブルに混ざり合っており、正直かなりうるさい。

 昔の俺ならこんな状況にうんざりして、すぐに離席していただろう。

 しかし今は何故か不思議と嫌じゃない。

 

 その光景を見ながら俺はふと気づく。

 

 血の繋がりだけが家族じゃないのかもしれない。

 もちろん、俺にとってアイとアクアとルビーは、間違いなく家族だ。

 だけど、その家族を支えてくれる人たちもいる。

 

 壱護。

 ミヤコさん。

 この二人の子どもたち。

 

 この人たちはすでに、俺たちにとって「家族みたいなもの」なのだろう。

 

 いや、もしかしたら「みたいなもの」なんて言葉すら必要ないのかもしれない。

 家族の形なんて、最初から一つじゃないのだから。

 

 ⸻

 

 食事が終わった後。

 子供たちは遊び疲れて、ソファで眠っていた。

 4人とも、すっかり夢の中だ。

 

「……寝ちゃったわね」

 

 ミヤコさんが二人を見る。

 

「今日はしゃぎすぎたな」

 

 壱護も笑う。

 

「ルビーちゃんとアクアくんが来ると、いつもこうなのよ」

「そうなのか?」

「うん」

 

 アイが嬉しそうに言う。

 

「じゃあまた遊びに来てもいい?」

「もちろん」

 

 ミヤコさんが答える。

 壱護も頷く。

 

「いつでも来い」

 

「ありがとう!」

 

 アイが笑う。

 

 俺も眠っている二人(ルビーとアクア)を見る。

 安心しきった寝顔。

 ここが安全な場所だと知っている顔。

 それを見ると、なんとなく胸の奥が温かくなった。

 

「……二人とも」

「ん?」

 

 壱護とミヤコさんがこちらを見る。

 

「いつも、ありがとう」

「……何だよ急に」

「いや」

 

 俺は少しだけ間を置き、照れ隠しまじりに笑って言う。

 

「なんとなく」

 

 壱護が少し黙り

 

「気にすんな」

 

 そう言って笑った。

 

「お前たちが来てくれると、うちの子供たちも喜ぶからな」

「そうね」

 

 ミヤコさんも優しい顔をして頷く。

 

「それにアイちゃんたちが笑ってるのを見ると、私も嬉しいのよ」

「ミヤコさん……」

 

 アイがミヤコさんの言葉を大切に受け止め、笑顔で答える。

 

「ありがと!!」

 

 ⸻

 

 帰り際。

 

「またね!」

「また遊ぼう!」

 

 子どもたちが手を振る。

 ルビーも大きく手を振り返す。

 

「またねー!」

 

 アクアも静かに手を振る。

 

「また」

 

 そして俺たちは玄関を出る。

 夜の空気が、少しだけ冷たかった。

 

 アイが隣を歩き。

 ルビーが俺の手を握り。

 アクアが反対側を歩く。

 

「パパ」

「ん?」

「今日、楽しかったね!」

 

 ルビーが俺に嬉しそうに語りかける。

 

「ああ」

「また来ようね!」

「そうだな」

 

 俺は前を見る。

 

 夜の街。

 隣には家族。

 後ろには、俺たちを支えてくれている人たち。

 

 ――芸能界。

 

 華やかで。

 時に残酷で。

 人の心を簡単に壊してしまう世界。

 これからの俺たちがずっと向き合っていく恐ろしい世界。

 

 俺は仕事柄、その恐ろしい一面を何度も見てきた。

 

 笑顔の裏側にある疲労。

 期待に押し潰されそうになる人間。

 誰にも相談できない孤独。

 

 しかし。

 今の俺たちには支えてくれる温かい場所がある。

 

 家族がいて。

 友人がいて。

 頼れる大人がいて。

 子どもたちが安心して笑える場所がある。

 

 そんな場所を、大事にしていけばいい。

 そんな場所を、もっと増やしていけばいい。

 そうすればきっと、幸せな未来を俺たちは作っていける。

 

「ママ!」

「何?」

「次は斎藤さんの子どもたちとお泊まり会したい!」

「……」

 

 唐突にルビーが提案をしてきた。

 

「いいね!」

 

 アイまで乗ってくる。

 

「アクアは?」

「僕は別に――」

「やろうよ!」

「……まあ、いいけど」

「決まり!」

 

「待て」

 

 あまりにもトントン拍子に話が進んでいくため、思わず俺はストップをかける。

 

 そして、三人に抗議の目線を向けながら言う。

 

「色々言いたいが、俺にも参加の有無を聞けよ」

「何言ってるの?パパは強制参加だよ?」

「......」

 

 あまりの理不尽に俺は黙ってしまった。

 

 そんな俺を他所に、ルビーとアイは楽しそうに話を進めている。

 アクアは呆れたように肩をすくめながらも、どこか楽しそうだった。

 

 どうやら俺の意思に関係なく、次の家族イベントが決まったらしい。

 

 ……まあいいか。

 

 こういう未来なら。

 何度でも、付き合ってやろう。

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