無敗のドゥーベ   作:utAge

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第一群【ドゥーベ】

 無敗のドゥーベと呼ばれる彼だが、公的な記録に現れるのは意外にも年を重ねた頃だった。

 他に伝説と謳われるパイロットやメカニックは星の数ほどいるが、彼らの多くは幼少からその才気の片鱗を見せていた。

 彼が初めてその名を刻んだのは15の春。

 

 グランシャリオが誇る6つの教育機関の一つ、聖ドゥーベ学院での新入生歓迎大会の出来事だった。

 

 聖ドゥーベ学院の伝統行事、新入生歓迎大会。

 当代における新入生最高のパイロットとメカニックを決める最初の大会での出来事。

 

 

 

 

 

 

 トリニティスポーツにおいて圧倒的実力を誇る聖ドゥーベ学院の中でも最高と称される称号【ドゥーベ】。

 

 そんな学院最高への挑戦権を得る公式的な機会はたった二つのみ。

 

 ランキング二位に至るか──

 

 ──学院側が用意した大会において優勝することである。

 

 彼の新入生歓迎大会における結果は【無敗】。

 

 しかし、華々しいスタートを切るはずだった彼は、すぐにそのレースを降りることになる。

 最も素晴らしいゴールという形によって。

 

 

 ──場面転換──。

 

 

 ったく、何が名門だよ。最高なのは施設だけで、中の人間は小石ばっか。原石一人いやしねえじゃねえか」

 

 長身の男が大げさに腕を挙げると、周りから刃物のような鋭い視線が突き刺さる。

 隣に立つ小柄な女はいかにも居た堪れないように身を縮こませた。

 

「ちょっと!声が大きいよ……はぁ確かに優勝したのは凄いけどさぁ。勝った人にも勝った人なりの態度というものが……」

「あ?何か言ったか?」

「ひぇっ、な、なんでもありません!」

 

 ただでさえ分厚いレンズの眼鏡に隠れた瞳がさらに小さくなる。

 男はこれ見よがしに赤いレースで彩られた金色のメダルを振りかざすと、満足げに自慢する。

 

「まあ?俺にとっちゃまだまだ序の口、ってとこか?いや~困っちゃうね~!俺様強すぎて、ほんと、つ・よ・す・ぎ・て!正直まだまだ全力なんてだしてねえのにさ!調子に乗ってるエスカレーダー組は自分で走る本能?どっかに落っことしちゃったんじゃないかな?森に帰省すれば?」

「ちょ!さすがに言いすぎだよ!」

 

 獣人差別ともとりかねないその言動に、周りは一層沸き立つ。

 まるで見えていないかのように男はさらに続けた。

 

「あ、いやすまんすまん。ちーとばかり言い過ぎちまったか?だって、意気揚々と田舎者に本場のトリニティスポーツを見せてやる(キリッ)って言ってたもんだからさ!どんなにすごい……ケケケッ……技術かと思ったら……ケケケッ……俺に瞬殺されてやんの!ケケケケケケッ!やっぱベネトナシュに行くべきだったかなぁ。じっちゃんがあそこは実戦重視だって言ってたし……」

「君……!」

 

 ──キンッ。

 

「待って!」

「「へ?」」

 

 突如響き渡ったその声に意識を戻したころ、二人は首筋を冷たい感触が触れていることに気が付いた。

 女が恐る恐る指先をそこに沿わせると鋭い痛みと共に弾かれるようにして崩れ落ちる。

 

「アグッ!」

「きゅ~」

 

 男は咄嗟に女の名前を呼ぶとその体を支え、にらみつけるように背後を振り返った。

 

「ちょ、待って待って!君たちに危害を加える気はないよ!」

 

 そこには、必死に弁を立てようとする猫耳の獣人が一人立っており、ツインテールと王冠と猫耳が付いた頭はいかにも窮屈そうだ。

 そんな、どこか抜けた様子を見せる獣人に対して男は一層警戒を強めた。その理由は単純にして明快。

 目の前にいる獣人──

 

 そう、彼女こそがこの聖ドゥーベ学院のランキング一位、またの名を……

 

「ドゥーベ……!」

 

 

 

 

「いったいこれはどういうことなんすかね。遅れてやってきたと思ったら今度はお仲間使って新人潰し。当代のドゥーベは将来有望な若者を潰すのが好みだとか?」

「いや~、ごめんね。新入生君。まずは優勝おめでとう……といいたいところだけど……どうやらそんなこと言える状況じゃないね」

「その通り……あいにく俺はできた人間じゃないんで。ま、薄々わかってるかもしれないっすけど。先に言っておくが手を出したのはそっちっすからね」

 

 ドゥーベの隣に立つ長身の獣人を睨みつけながら嘯く。

 

 そう、男が睨んだのはドゥーベでなく、その隣だった。

 狐の獣人だろうか?長い立耳を逆立てその目は、自らから決して離しをしそうになかった。

 

 売り手に買い手。狐の獣人は殺気立ったように再び腰の得物に手を伸ばす。

 

 一触即発。

 

 まさにそんな言葉が似合う現場で合った。

 

「たんまたんま!カエデちゃんも儀礼用の剣から手を放して!新入生君も挑発しないで!次は本気で首行っちゃうよ!?」

「「ふふふふふフフフフフ……」」

「あれ、おかしいなぁ?二人ともさっきからもっと怒ってない?」

 

 片や前門の虎、片や後門の狼。

 挟まれる龍のドゥーベが涙目なのは見間違いだろうか?

 

 あたふたと交互にせわしなく動く彼女の姿を見て、誰が学院最強「ドゥーベ」であると思いつけるだろうか?よくてメカニック。悪くて付き添いだろう。頭の上のこれ見よがしの王冠さえなければ10人見ればその10人が彼女をただの学生と勘違いするだろう。

 しかし、彼女が発する言葉は、彼女の動く姿は、彼女の存在そのものは。

 ただ、そこにあるだけで周りの人間を救うのだ。

 

 

 

 先ほどまで殺気立った魔王城もかくやといった会場は、今ではもう既に軽いギャグ漫画の様相のようにどこかコミカルな空気を孕んでいた。

 そして、ドゥーベと言われる少女はゆっくりと男に近づいて話しかける。

 

「ねえ、新入生君」

「あ?なんだ?」

「勝負……する?」

「へっ……上等!」

 

 もう、これから行われる対決は、殺伐とする勝負でも、世代同士の確執でも、獣人と人を二分する決闘でもない。

 

 新入生歓迎のフィナーレを飾る──

 

 ──新しき青春を告げる大取なのだ。

 

 

 

  ──場面転換──。

 

 

 

 ブオーーーーーン……

 ブオーーーーーン……

 ブオーーーーーン……

 

 生徒ノ皆様二通達デス……

 現在16:00カラ第3屋外アリーナニテ……

 トリニティスポーツヲ行イマス……

 今カラ読ミ上ゲル校舎二イル生徒ハ……

 速ヤカニ退避シテ下サイ……

 

「とうとう始まったか」

「あの、すみません。今来たんですけど」

「なんだお前、新入生のくせに重役出勤とはいい度胸だな。まあ座れ」

「ひえっ、剣!」

「まあ、取って食やしないさ、ほら」

 

 遅れてきたらしい少年は楓の隣のソファに座り込む。

 田舎からやっていたらしいその少年はその柔らかさに驚きながらも、目の前に広がるバカでかいガラスと浮かび上がるスクリーンに目を輝かせる。

 

「す、凄い!僕こんなもの見たことありませんよ!」

「はっはっは、そうだろうそうだろう!我がドゥーベの設備は他の6つの学院と比べても最高と名高いからな!」

「うぐえ」

「どうだ!観戦室一つとってもファーストクラス並だぞ。はっはっは!」

 

 ここは、観戦室の一つ。

 カエデは先ほどまでの殺気立った様相とは打って変わり、いたいけな少年を腕に抱えるながら気を良くしていた。

 

「あの、すみません。確かにすごいのはすごいんですけど……こんなに大きいスクリーン何に使うんですか?」

「そんなのトリニティスポーツに決まってるだろう」

「トリニティスポーツ……?」

「はぁ?……まさかとは思うが、お前トリニティスポーツを知らないのか?」

「えっと、有翼種の専門のスポーツ……とか?」

 

 カエデは信じられないといった表情で腕の中の少年を見つめる。

 キョトンとした少年。カエデは深くため息をつくと頭に手をやった。

 

「いったい、今年はなんなんだ?とんでもなく口の悪い新入生が現れたと思ったら、次はとんでもなく世間知らずな坊やと来た」

「あの、有名なんでしょうか?」

「有名ねえ……お前がどこから来たかはわからんが相当な田舎であることには違いない。トリニティスポーツを知らずに生きたなんて人生半分、いや、全て損してるぞ」

 

 その言葉っを聞いた少年はむっとする表情をするが、次の言葉を遮るようにして楓は再び続けた。

 

「しかし、幸運でもある」

「幸運?」

「そう、幸運だ。なぜなら……」

「なぜなら?」

 

 その時、スクリーンの奥の丘から巨大な人型のナニカがぬっとあらわれる。

 

「お前は今からお前史上最高の興奮を得られるのだから」

 

 カタカタカタ……。

 気づくと、床は揺れ地震と勘違いした少年は咄嗟にソファから崩れ落ちる。

 ずり落ちた少年の目に飛び込んできたのはスクリーンと窓の隙間から見えた広大な青空と──

 

 キィィィ―――――――――――――――――――――――――――ンッッッ!

 

 ──青空を駆ける巨大な人型ロボットだった。

 

『『発進ッッッ!!!』』

 

 その時、オーディオから少し粗目の声色が耳に飛び込んでくる。

 ずり落ちた自分の姿勢を直しながらスクリーンに目をやると、好戦的に目を吊り上げるどこか粗野な雰囲気を纏う青年と、ツインテールの猫獣人がデカデカと映っていた。

 

「い、いったいこれは、なんなんですか!?」

「トリニティスポーツだ」

「だからトリニティスポーツって何なんですか!?」

「まあ、そう焦るな。見てればわかる」

 

 そう言うとカエデはスクリーンを再び指さした。

 画面は既に偏移し、先ほどちらりと見えた人型のロボットを映していた。

 

「で、でかい……!」

「あれでもまだ丙級だがな」

「丙級って……甲乙丙の丙!?あれで一番小さい……ってことですか!?」

 

 ロボットの膝ほどに生えた木々が特別小さいわけではない。いい加減な目算でも軽く10mは軽く超えているであろうその異様に少年はこれでもまだ一番小さいサイズということを信じられずにいた。

 

「まあ、一番小さいってわけでもないがな……っと、見ろ。早速かち合ったみたいだぞ」

「かち合った……って」

 

 少年が再び目を向けると、そこには追っていたロボットとは別の、どこか可愛らしい人型のロボットが立ちふさがっていた。

 

「あれは……」

「ニケだ」

「ニケ……?って言うと勝利の女神がうんたら」

「そういうのは知らん。だが、勝利の女神ってのは正しい。ドゥーベにとってあの機体は正に勝利の女神。共にドゥーベに至った正真正銘あいつの相棒だ」

「相棒……確かに、もう一体と比べるとどこか特別な感じがしますね」

「それはそうだろ、あの新入生が使っている機体、ありゃ汎用機だ。いわば標準ってことだな」

「標準?足の速さとか、小回りのききやすさとかですか?」

「ばーか。そんなものよりも大事なことがあるだろ」

「大事なもの、それは……」

 

 ドォ―――――ン!!!

 カタカタカタ……。

 

「ひゃいっ!……今度はなんですか!?」

「やっぱりそうだよなぁ!ドゥーベェ!お前にフラッグは似合わねえぜ!」

「いったい何だって言うんですかぁ!」

 

 そう言って顔を挙げた先で少年が見つけた光景は正にすさまじいの一言だった。

 

「た、戦っている……!あんなにも巨大なロボットが!」

 

 片や剣と盾、片や双剣。

 どこか古臭い中生代の武器を未来の粋を集めて作ったような巨大ロボットが振り回す姿は昔見た古い映画を彷彿とさせる。

 

 超速をもって繰り出される技の数々はその全てがいなされ、交わされ、鍔ぜりあう。

 そのたびに床は揺れ、スクリーンは揺れた。

 

「あんなロボットが存在するなんて……ってさっきの質問、……まさか武装!?」

「どうだ、興奮するだろう」

「興奮!?とんでもない!あんな素晴らしいロボット、どうしてあんなことをするんですか!?」

「あんなこと?」

 

 その瞬間再び大きく床が震える。

 

「あのロボット一つあるだけで、世界の運送はひっくり返ります!運送、運搬、移動、いや、それ以外にだって!なのにどうしてこんな、」

「戦いなんて……と?」

 

 少年は食い気味に頭を縦に振る。

 

「人はどうして、走るんだろうな」

「走る?」

「歩いたっていいじゃないか」

「は?」

「歩いたって目的地には到着するだろう。早く着きたいなら列車を使えばいいし自転車だってある」

「それは……突然雨が降ってきたときとか」

「グランシャリオに雨は降らない」

「遅刻しそうな時とか」

「うちは全授業オンライン参加が認められている」

 

 すると、少年は弾かれるようにソファから立ち上がる。

 

「それがあのロボットと何の可能性があるんですか!!!」

「やってみたくはないか?」

「?」

「走るなと言われれば走りたくなる。早弁するなと言われれば腹はすくし、屋上は満員。他人の飯で食う方が遥かに旨いし、カップ麺は深夜が一番旨い」

「は……?」

 

「つまり、そういうことだ」

「はぁああああ!?」

 

「まあ、黙ってみろ」

「ふぐっ」

 

 未だ満足していない様子を見せる少年を無理やり隣に座らせるとカエデは再びスクリーンへと目線を向けた。

 

『おいおい、ドゥーベさんよぁ!ちいとばかし不味いんじゃねえのぉ!』

『ふっ、王者ってのは少しばかりハンデが必要なんだ……よ!』

 

 男の機体が放つ直剣の一撃は重くニケの双剣に伸し掛かった。

 弾くようにして交戦するが、大きく後退する機体に周囲からはどよめきが上がる。

 

『うーんドゥーベの特典って何があるの?映画館の割引とかあると嬉しいな』

『余裕だね。最年少で歴代初となる無敗ドゥーベの誕生かな?』

『そりゃ凄い。じゃあ歴代初となる新入生に負けたドゥーベも祝わないとな』

『…………少し、教育が必要みたいだね』

『じゃあどうするっていうんですか?せ・ん・ぱ・い?』

『……』

 

 無言で剣を構えるドゥーベとニケ。

 

 

 

 ──ふたたび起こり始める揺れと振動。

 二人が動くたび、得物が鍔ぜりあう度に、それは音と振動によってダイレクトに観客を刺激する。

 

「……!」

 

 拳に筋が浮かび上がる。

 

 

 

 ドゥーベは操縦桿を再び握りしめ、

 ニケは持っていた双剣を連結させる。

 その手には一本の双頭剣があった。

 

『へぇ、それがアンタの本気ってことか?』

『僕はいつだって本気さ!』

 

 操縦が変わる。

 今までは、軽業師を彷彿とさせる苛烈なヒットアンドアウェイを仕掛けていた。

 

 ──しかし、今は違う。

 まるで長い間、洗練された歴史ある型を流麗になぞるようなどこか美しい操縦だった。

 

 

 

 

 

「動きが……変わった?」

「気が付いたか。ドゥーベの動きが変わったのを」

「これは……どういうことですか?」

「驚くことはない。これが当代のドゥーベだ。あらゆる学問、兵法、武術に精通し、トリニティスポーツ、一般スポーツのすべての項目に甲が付く。ついた呼び名は【最高のドゥーベ】。複数の戦法を切り替えることなんてあいつにとっては朝飯前だ。更に人柄もよく、この学園にあいつを本気で嫌っている人間なんていないと来た」

「そんな……まさに完璧超人じゃないですか」

「完璧超人……か」

 

 カエデはスクリーンの奥にいる彼女に目をやって軽く微笑む。

 

「ふっ、まあ完璧超人なのかもしれないな」

「やっぱり」

「まあ、傷の付いていない宝石よりかはふさわしいだろう」

「へ?」

 

 その瞬間、再び会場が大きく揺れた。

 スクリーンに映っていたのは──

 

『うわぁ~!』

 

 

「「「あははははは!」」」

 

 

 スクリーンに映っていたのは、へっぺり越しになりながら双頭剣をすっぽ抜かすドゥーベが映っていた。

 その間抜けともいえる様相に会場からは笑いが巻き起こる。

 

「ドゥーベちゃん!頑張って!」

「またかよ、ドゥーベ!」

「おいおい、今日はグリス塗り忘れたか?」

 

 

 

『おい、てめえふざけてんのか?』

『ふ、ふざけてなんか……ないよ?』

 

 ギギギ……と、とうに油差しなんて必要ないはずの未来のロボットが油を指し忘れたように振り返る。

 

『お、おまえなんて素手で十分だ!』

『そうか……殺すっ!!!』

 

 

 

 

 

 

「ま、不味いですよ!ドゥーベさん、とんだへまをしちゃいました!このままじゃあの男の人にやられちゃいますよ!」

「ったく、あの馬鹿は……いや、心配するな。あいつはあれでいい。あれがいいんだ……多分」

「多分って……どうしてそこまで言い切れるんですか!?ほら!あんなにも圧されて……圧されて……ない……?」

 

 スクリーンに目をやると、そこには確かに防戦一方となるドゥーベの機体があった。しかし、一方的ではない。

 少なくとも、目立った外傷を受ける様子はない。

 むしろ……

 

「……盛り返してる?……武器を失ったのにどうして……」

「当然だ。あいつはロボット徒手空拳も免許皆伝を取っている」

「それだって武器がないと素手じゃ……」

「お前は何を勘違いしている。あれはロボットだ。それも戦闘用のな。人間と違って生身と武器の耐久度にさほど差はない。むしろ使い捨てのスポーツ用の得物なんかと比べたら生身の方が強度がマシだ」

「えぇ……それにしたって不利じゃ……あれ、よくよく見れば彼の動き、最初と比べて……」

「鈍っている……か、よく気が付いたな」

 

 男の機体は剣のリーチを活かすも、裸のドゥーベを追い詰めかねていた。

 むしろふらふらと揺れるように変則的に繰り出されるドゥーベの攻撃は予想がつかず、一歩間違えれば一気に形勢逆転もあり得そうな展開だった。

 そんな考えが頭に過る。

 

『クソがぁ!』

 

 避けられる。避けられる。

 避ける。避けられる。ガードする。避けられる。避ける。避けられる。ガードする。ガードする。

 

 

 

「すごい、武器も持っていないのに」

 

 さながらまるで掴めるようで掴めない猫じゃらしと猫のように──

 

 ──そして。

 

『しまっ……』

『ラッキー☆戻ってきて僕の猫猫丸IV』

 

 地面に突き刺さっていた自分の得物を引き抜いた。

 自らが放り投げた跡地へと誘導していたのだ。

 

「もしかして……全て計算づくで……!?」

「だったらよかったんだが……」

「へ?」

「う~ん、考えているような考えていないような……行き当たりばったり?」

「どんな感想ですかそれは」

「そんなこと言われてもなぁ、そうとしか……ってそんなことより前を見ろ、フィナーレを見逃すぞ!」

「フィナーレ?」

 

 スクリーンに目をやると、そこには再び双剣に持ち直すドゥーベの機体の姿があった。

 映る男の顎からは大粒の汗がたらりと落ちる。

 

「ここに来て……双剣」

「元気いっぱいなら互角、いや勝つことだって不可能じゃないかもな。だが翻弄され、疲れ切っている今ならどうかな」

 

『はぁはぁ……これが……ドゥーベ……!』

『いや~、強いね君。次期ドゥーベの座は君で決定かな』

『馬鹿言え。くるくる武器を変えたり、道化に徹したり。悪いが俺の趣味じゃない』

『え?……あはは……そうかな、……うん……うん……!そうだろうとも!どうだまいったか!これがドゥーベだ!……とでもいった方がいいかな?』

『…………最後までふざけた先輩っすね』

『あれ?もしかして君って案外素直?』

『俺は元から真面目っすよ』

 

 

 

 

「あれ?二人とも立ち止まっちゃいましたよ」

「スピーカーで会話でもしてるんだろう」

「気になりますね」

「おおかた、ドゥーベに勧誘でもしてるんだろう」

「へぇ…………(チーム名かな?自分の名前を付けるなんてよっぽど自信あるんだな)」

 

 

 

『じゃあ、続きをやろうか……って言ったってその機体じゃーね』

『誰のせいだと思ってるんすか。誰の』

『まあ、標準機でそこまでやれたなら文句なし、合格だよ』

『機体さえ違えば勝てたんすかね』

『それはどうだろうか……ふふっ』

『はぁ~、こりゃ敵わねえか』

『そんなことないよ、きっと君はすぐに僕なんか抜いて強くなるさ。……きっとね』

『一年でそんな強くなれますかね』

『一年……あはは!君面白いね!ほんとに僕に勝つ気でいるんだ!確かに……確かにそうだ!僕って三年生だったもんね!いや~忘れてたよ、そうだ。僕って三年生だった。そうだったそうだった』

『ご機嫌なところ悪いんですけどそろそろ終わらせませんか?』

 

 男の機体ドゥーベの機体に向き直る。

 

『良いよ。この一撃をもって終わらしてあげる……』

 

 剣と盾。

 

 剣と剣。

 

 風の音と循環する液体燃料の音だけが空気を震わせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──せやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 一枚の剣は盾に阻まれ、

 一枚の剣は肩に突き刺さる。

 

 

 そして、一枚の剣は──

 

 ──心臓を貫いた。

 

 

 ブオーーーーーン……

 ブオーーーーーン……

 ブオーーーーーン……

 

 

 

  ──場面転換──。

 

 

 そこは薄暗いガレージのような場所だった。

 中央には青く光る巨大なコックピットのようなものが鎮座しており、部屋の至る所からの伸びた管がそれに向かって伸びていた。

 やがて、白い煙と共にコックピットが開くと晴れ晴れとした表情の男が出てきた。

 

 それは先ほどまで激戦を繰り広げていたはずの新入生であった。

 

「ぷはっ!」

「お疲れ様、どうだった?負けた感想は?」

「はぁ?しっかり俺は勝って……勝って…………」

 

 無言で男にタブレットを見せつけるアグと呼ばれる女。

 奪い取るようにして、食い入るように見つめるタブレットの中には確かに自らの敗北の結果が示されていた。

 

 【フラッグアウト】

 

 

 

 

 

  ──場面転換──。

 

 

 ブオーーーーーン……

 ブオーーーーーン……

 ブオーーーーーン……

 

「きゃあああああ!!!」

「うるさい、女みたいな悲鳴を上げるな」

「だ、だって!ドゥーベさんの機体が……貫通して!!!」

「だからなんだって」

「だ、だって!さっきからオレンジの血が……あれ?オレンジ?」

 

 スクリーンにでかでかと表示された二体の機体は確かに一方が一方の胸を貫通させていた。

 ドクドクとオレンジの液体を流し、見ようによっては血にも見えなくはない。

 

「はぁ、あの馬鹿。ま~た機体をぶっ壊して。私はもう一緒に謝らないからな」

「なんでそんなに冷静なんですか!!!救急車!あれ?消防車!?自衛隊を呼ばないと!」

「お前は落ち着け」

「ふーっ!ふーっ!ふーっ!」

 

 獣人でもないのに毛を逆立てる少年を諭すようにカエデは説き伏せる。

 

「何を勘違いしているか知らないが、ドゥーベは無事だ」

「無事って……直撃ならまだしも爆発なんてしたら……」

「したところでだろう」

「え?」

「したところで、誰も死にはしないぞ」

「だって二人が乗って」

「お前はどこの時代から来たんだ???遠隔に決まってるだろう。どこの世界に殺し合いをスポーツ化させる世界があるんだ」

「た……確かに……」

 

 そう言うと少年はへなへなとソファに崩れ落ちた。

 

「そういえば、判定間違ってますよ。勝ったのは新入生の方です」

「いや、勝ったのはドゥーベだ」

 

 その言葉に少年は再び首を傾げた。

 スクリーンに映っているのは、深々と胸を貫かれ膝を付くドゥーベの機体と、

 ぼろぼろになりながらもしっかり得物を握り締めるもう一つの機体があったからだ。

 

「でも先に倒れたのも動けないのもドゥーベさんが」

「あー、そうか。待ってろ、今からリプレイが流れる」

 

『えー、ただ今の試合。フラッグルールによりドゥーベの勝利となります』

 

「フラッグ?」

「トリニティスポーツ、とりわけ今回の種目。フラッグレースにおいて勝利条件は二つ、先に相手を全滅させるか、先に指定の位置に置かれたフラッグを取ることだ」

「そうだったんですか!?ってか、名前的に後者の方が正規っぽい!……あれ?それにしたってドゥーベさんが旗を取ったシーンなんて」

「確かに、ドゥーベは、取ってないな」

「ドゥーベは?」

「ドゥーベの愛用武装【猫猫丸IV】の7つある変形機構が一つ、自立形態。察するに弾き飛ばされた後、悠々と抜いておいたんだろう」

「ちょっと待ってください!それがありなら最初からドローンなりなんなりで100体でも1000体でも飛ばせば勝てるじゃないですか!」

「理論上はな……しかし、お前本当に面白いな」

「何がですか」

「それはフラッグレースが出来た最初の年に最下位を取った落第生がとった戦法だ。ようやっと現代に追いついたな」

「ぐぬぬ」

「まあ、そう悲観するな。これからだろう人生は」

「そんな大きなくくりにされたくないんですけど……」

 

 少年は再びスクリーンに目をやって黙り込む。

 

「……まあ、時々走るのもいいですよね」

「そうか……そうだろう……!ようこそ少年──

 

 ──聖ドゥーベ学院、トリニティスポーツの名門へ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……おい。来たぞ」

「どの面下げてこれんの」

「誰もお前なんか認めねえのに」

「早く出頭すればいいのに」

「お前が殺した」

「お前が悪い」

「お前さえいなければ」

「……●ねばいいのに」

 

 

 

 

 

「…………前へ」

「……」

「聞こえなかったか!…………!」

 

 クスクス……

 でられるわけねえよ……

 

「……はぃ」

「汝を86代目ドゥーベに任命する」

「……わかり……ました」

 

「ふざけんなー!」

「そうだそうだ!俺たちは認めないぞ!お前なんて!」

「これは悪辣な陰謀だ!正当な手段じゃない!」

 

 ──カラン。

 ──ガラン。

 

 ゴミが宙を舞う。

 

 

 

 

「……これにて第85回臨時ドゥーベ襲名式を終わる」

 

 

 

 

 

 

 

トリニティスポーツ、第28章1項

 ―競技中、競技者が命を落とした時、それが競技の最中であれば内容にかかわらず敗北とする。

ドゥーベ規則第弐項

 ―ドゥーベハ常二勝者ノ元二アル。

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