「どうしよう……」
「ケケケ……心配すんな、アグ。棚から牡丹餅が落ちてきたとでも思えばいいさ」
「本気で言ってるなら怒るよ」
「ケケケ……」
──新ドゥーベ反対。
──今こそ天誅の時。
──歯並び悪いぞ、根暗男。
「見ろよ、アグ。今日日王都の門にだってこんな行列できやしねえぜ」
「それだけ大事な人だったんだよ、あのドゥーベって人」
「ったく、あの女勝ち逃げするのに飽き足らず、クソめんどくせえ仕事置いてきやがって。そもそもドゥーベなんてこっちから願い下げだぜ」
「ならさ……返納しちゃおうよ……。ドゥーベって王冠、いくら罰則が酷くったって死ぬわけじゃないよ」
「退学は勘弁」
「そ……っか……」
はぁ、と男は深い溜息をつきながら窓の外に目をやる。
そこにはデモも書くや(デモなのだが)というほどの不平不満罵詈雑言のプラカードの嵐が目に飛び込んでくる。
好意的な表現はどこにもなく、あったとしてもすぐにぼこぼこにされるのが関の山だろう。
すべての原因は先日、いや、既に数日前の話に遡る。
【////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////】
時間はドゥーベと男の戦闘が終わったすぐ後になる。
【フラッグアウト】の敗北から矢継ぎ早にアグから告げられたその情報は男から勝敗という考えを吹き飛ばした。
「はぁ!?ドゥーベが死んだぁ!?」
「そう、そうなの!私もあんまりよくわかってないんだけど」
「いったい何が原因なんだよ!」
「わ、わからないってば!」
「チッ!行くぞ!」
「どこに!?」
「ドゥーベの野郎のとこだ!」
二人は急いで部屋を出るとドゥーベの元に駆け出す。
その際、奇怪なものを見る目にさらされるのを見るに、どうやら一般生徒には未だ情報が上手く伝わっていないのだろう。
「(あるいは、単にアグの勘違いか)」
男としては勘違いの方が百倍マシだった。当然だ。いくら憎まれ屋であることを自覚していても、新入初日から殺人犯のレッテルなんて張られちゃたまったもんじゃない。
男はドゥーベが所属していたであろうチームのルームを必死で探し出すと、半ば祈るようにドアをあけ放った。
「ドゥーベの野郎はどこっすか!?」
その瞬間、男は吐きそうになった。
初めて受ける目線だった。
いつもの「許さない」だとか「殺してやるだとか」だとか「くそやろー」って目線じゃない。
「……っ、し、失礼します」
「あぁ、君か」
すると、すぐ近くにいた白衣を着た眼鏡を青年が声をかけてきた。
彼は変わらない口調で続きを促す。
「あ、えーと……っすね……いや、なんでもないならいいんすよ、どうやら勘違いだったみたいっすねケケケ……」
「勘違い?」
「いや~、それがっすね?うちの馬鹿、あ、アグって言うんすけど、こいつがまた馬鹿で早とちりで間抜けな野郎でして、ドゥ―ベが死んだなんて言うもんですからね?ケケケッ」
彼はまるで聞こえてないようにふるまった。
「ってか、そうっすよ!あの試合!ったく、あんたらのドゥーベとかいうやつ!とんだ狸っすね!今度こそは負けないっすからね!」
「ああ、うん」
「まあ?俺的にも少しは認めてやらなくはないかな?っすっす!」
「まあね」
「そこんとこどう思うっすか!俺、ドゥーベになれそうっすか!?」
「……」
長い沈黙が訪れた。
男の耳には痛いほどの耳鳴りが響き渡る。
「君には」
「え?なんすか?」
「君にはドゥーベは無理だ」
「は?え、なんすか?いきなり」
その瞬間、声にならない押し殺した鳴き声が響くと、一人の女生徒が飛び出していった。
「へ?」
出ていく名も知らぬ女子生徒を見送った後、振り返った時の情景を男は生涯忘れることはないだろう。
「彼女はお前が殺したんだよ、ドゥーベ」
【////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////】
「何が殺しただ。何がドゥーベだ。俺はただトリニティスポーツを行っただけだ。心臓に持病があるだとか、そのせいでショック死だとか。心臓に突き刺さしたから死んだだとか。知らねーよ。んなもん」
ドゥーベになったはいいものの、手に入れたものは実権のない生徒会長という立場と、高級なのに不味い紅茶の粉、ついでに今にも壊れそうなティーセット。ぼろぼろの屋敷に加えてついてきたのはくそったれなアンチ1万人。
「割に合わねー」と思いつつ、男は勢いよく窓を開け放った。
「捕まれ犯罪者ー!」
「俺たちのドゥーベを返せー!」
「退学しろー!」
顔を見せた瞬間、罵詈雑言の声は一層跳ね上がる。
「知らねーよ、ば――――――か!!!」
そう言って、男は手に持っていたまずい紅茶の粉を振りまいた。
「ぺっぺ!てめえ!やりやがったな!」
「なにこれ!?毒!?」
「ついに本性を現したな!誰か!警察を!」
男は一通り喚いた後、気が済んだのか再び窓を閉め切る。
「ケケケッざまあみろってんだ」
「はぁ……この騒動いつまで続くのかな」
「心配すんなってアグ、どうせすぐ収まるさ……」
「そうかな……!」
アグの瞳に少しばかりの光が灯る。
「いや、流石に今回はダメか」
「そうかな……」
かと思うと、瞳の中の光は再びブラックホールに吸い込まれていった。
そんな彼女の様子はいざ知らず、男は一人部屋を後にする。
「ど、どこに行くんだよ!」
「便所」
ギィ……バタンッ……。
「ふぃ~便所便所」
廊下は外と比べて、ひどく静かだった。
男は自分以外誰もいない廊下を歩き始める。
「ってか、そもそもドゥーベってなんだよ。一生徒に建物なんかやるなよ。ぼろっぼろだけどさ」
辺りを見渡せば、中世を感じさせるバロック調の意匠が施されるも落ち着いた内装が目に入る。
古き良き屋敷──
──うっすらと積もった埃に蜘蛛の巣、所かしこに散らばった書類の山さえ無ければの話だが。
少なくとも今の内装は誰が見てもお化け屋敷だ。
「ってか遠すぎんだろ。便所、まさか和式だけとかいうんじゃねえだろうな」
5分も経った頃、ようやっと件の扉の前に付いていた。
よく言えば趣のある、率直に言えば古ぼけた扉だ。
それが二つある。
男か女か獣人だか亜人だか、昔の名残かわからないが、どこにも区分けする記号のようなものはなく、非常にわかりづらい見た目だった。
「う~ん、どっちにしようかな。か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・り……こっちだぜ!」
直感で選んだのはネズミの前歯のような意匠が施された扉だった。
──バタンッ。
その瞬間、男の目に飛び込んできたのは……!
「久しぶりだな、新入生。いや、ドゥーベといった方がいいか?健在そうで何よりだ」
「はぁ?てめえ誰だよ」
──バタンッ。
男がドアを閉めた瞬間、まったくの同時にドアが開く。
──バタンッ。
「ふざけんじゃねえ、今すぐその醜いものを退けろ」
「ふっ、相変わらず口の悪いやつだ。なにそう身構えるな。忘れたのか?私のことを」
「いや待て……待て!近づくな。わかったから」
「どうした?ドゥーベとあろうものが何をうろたえている。そんな様ではまるで」
──バタンッ。
「ケケケッ…………やべえな、この学校」
男はこの日ほど己の獣人の血を憎んだことはないだろう。
【////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////】
「で、何の用だよ」
「少し離れすぎではないか?」
「それ以上近づいたらマジで殺すからな」
「怖い怖い」
生徒会長室に再び場面は戻る。
どこかすっきりした様子の彼女。男はそんな彼女からソファを10mも離すとそこに座っていた。
アグはどこか希望に満ちた目をして彼女に話しかける。
「えっとカエデさん……?で合ってましたよね!」
「ああ、その通りだ。よろしく」
「はい、よろしくお願いします!」
自然に握手を求められたアグは当然のように両手で包み込む。
「アグ、今日は何も触れるな」
「え、なんで?」
「……知らない方が幸せなこともある」
「私を差し置いて夫婦漫才とはどうやら噂も当てにはならんらしい。」
(どうせ、しょうもない噂だろう)
「まあ、そんなところだ」
「読心きめー」
「読心!?」
慌てて身を隠すアグを横目にカエデは仕切り直すように口を開いた。
「ところで君は」
「あ?」
「いや、言い方を変えよう。
ドゥーベ、君はこれからどうするつもりだ?」
二人の視線が絡み合う。
一瞬の交錯、されどアグからしてみればそれは永い永い永遠の間に感じた。
やがて、男の唇が開いた。
「退位出来りゃやってんだろうがよ。誰だよ、こんな学生侵害、いや人権侵害じみた校則作ったのはよ」
そうしてひらひらと手に持ったのは古い、かなり年季の入った一冊の手帳だった。
「ドゥーベ規則……か。しっかり目を通しているようで安心したぞ」
「退学ならまだしも、書かれてることが物騒すぎんだよ。なんだよ、敗北=死って、今日日少年ドラブーン(グランシャリオの誇る王道熱血雑誌)でも言わねえよ。……てか、逆に聞きたいんだがドゥーベのアレもこれが関係してるとか言わねえよな」
「それはない。正真正銘、アイツの死因は過度な集中によって起こされた循環性ショック、いわゆるショック死だ。それとせめて先代と呼べ、ドゥーベは貴様だ」
「ケケケッ、ドゥーベも焼きが回ったもんだ。まあよく知りも知らねえが」
「先代と呼べと……まあいい。しかし、重要なのは貴様がドゥーベであることただ一つだ」
「あぁ?」
カエデは一層眼光を鋭くして声を低くする。
周囲には極寒の帳が落ち、まるで剣先を喉元に突き付けられているかのように錯覚するだろう。
「ドゥーベでいいんだよな?」
「……」
「無言は肯定と取るが?」
「……ケケケッ知るかよ」
「そうか……」
その瞬間、重圧が一気に解放される。
「しかして、貴様はドゥーベの何たるかを本当に知らないらしい。いやはや困ったものだ、これでは先が思いやられる」
「わからないな。いったいてめえはさっきから何が言いたい?」
「難しい話じゃないさ」
「あ?」
「心底貴様が憎たらしい。ああ、殺してやりたいほどに。口惜しい。貴様がドゥーベでなければ、負けてしまえばすぐにその右目と左目を切り離してやれるのに」
再び、部屋には重苦しい空気が立ち込める。
「ならどうするんだよ?やんのか?」
「いや、私はあくまでドゥーベの親衛隊。クソにも満たない王様にも付き従うのが私のポリシーでね」
「クソまみれはてめーだろ」
「もっとも、私以外はとうに辞表を提出していると思うが、ここに来る途中そういう類の書類を見かけたぞ」
「あぁ、それはありがたいね。で?だから?」
「最低限のことはしてやる。しかし、それだけだ」
「最低限?……なんのk──
──ガシャンッッッ!
轟音……伴う爆風。
包まれる砂煙と乱射する光に視界は全くとれやしない。
煙が収まるころ、その場にいるほとんどが驚愕することになった。
あったはずの窓が、いや壁ごと吹き飛んでいたのだ。
さながら、青空教室。まさしく、事故現場。
「おいおい、何がどうなっ!」
その時、ようやっと男は自身の首に突き付けられた鋭い刃物の正体に気づく。
あわや間一髪、少しでも動けば文字通り喉元がグサリ、男は今頃お陀仏だろう。
首筋に垂れる赤い液体によって吹き出るアドレナリンのままに男は吠えるように叫んだ。
「ふざっけんな、カエデ!」
「おいおい、よく見ろよ。ドゥーベ……私じゃない」
「はぁ!?」
完全に土煙が晴れた頃、そこには一人の珍妙な恰好をした人が立っていた。
「我が名はル・シャ・マスク。お天道に代わり天誅に参った!」
彼?の姿はまるで何かのコスプレのようなものだった。
頭を覆う猫の仮面に体をぴっちり覆う真っ赤なボディースーツ。
腰に巻かれたごてごてしたベルトには機械仕掛けの鈴が付いていた。
首に巻いたマフラーは風も吹いていないのにゆらゆらと重力に抗う。
──そして、その手には煌く細身のレイピアが携われていた。
「おいおい、停学じゃすまないぞ」
飄々とした声色でカエデが嘯く。
その手にはいつの間にか握られていたいつか見た儀礼用のレイピアが握られている。
「ドゥーベ親衛隊筆頭、カエデか……裏切り者め……!」
「人聞きが悪いな。裏切ったのはそっちだろう?」
「賊人め、その剣を除けろ……!」
「こいつを倒したいなら正々堂々勝負をかけるんだな」
「はぁ!?待て待て待て!常識的に考えてこいつは逮捕だろ!そんなやつの勝負受けるわけねーだろ!」
「そうか……」
す……っと、カエデの剣の力が緩む。
男の首筋にレイピアが深く刺さりこんだ。
数瞬の躊躇、しかし迷っている暇はなかった。
「チッ……クソがぁ、受ければいいんだろ、受ければ!」
「だ、そうだが?」
「ふぅむ……正々堂々か……その方がドゥーベ様もお喜びになるのか……?仕方ない、拾え」
「ぶっ!きったねえ……なんだこれ、軍手か?」
「承認した!」
「は?」
ドッッッッッッッッッッ!!!!!
カエデがそう宣言した瞬間地面から割れんばかりの歓声が打ちあがる。
「ま、まさか……」
男が下を見ると、そこにいたのは──
──待ってたぜこの時をよぉ!
──ル・シャ・マスク!珍妙な奴だが、お前がヒーロー!
──血祭に挙げてやれ!
万を超えるアンチの姿だった。
──きっと己の言葉なんてすぐにかき消されることだろう。
「この瞬間をもって、特級権限による86代目ドゥーべとル・シャ・マスク氏のトリニティスポーツの対決を承認する!
試合内容はフットフリースーマンセル!
試合は二二六七に行う!!!また当然のことながら、この試合ドゥーベが万が一にでも負けたのならば!ドゥーベ規則並びに校則のルールに則り、その地位を返上するとともに!この学院を去ることを誓う!」
【////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////】
「フットフリースリーマンセル、小型乙級の機体で行う三対三のトリニティスポーツ……
何々……?互いに用意された基地を守りあうが、基地は特殊な結界で守られており、物理的ダメージを遮断する……
えー!……フィールド上に存在する特殊な武器によってのみ結界を貫通できる……う~よくわかんないよ~!」
「どうしてわかんねえだよ」
──ポスッ
頭を茹で上がらせるアグの頭を叩くと、男はドカッとソファに座り込んだ……「いでっ」……が、何分半壊したソファはどうにも安定しないらしい。背もたれは機能せずそのまま落下しそうになる。
やがて椅子に座るのを諦めたのか、アグのすぐ近くに胡坐をかくと彼女が覗き込んでいた冊子を引っぺがす。
「よーは、全員ぶった押せばいいんだろ?前の時見たくよ」
「あっ、捨てた!行けないんだぞポイ捨ては」
「紙切れ一枚増えたところでもう何も変わらねーよ」
「それは確かに……でもだめだよ」
先の襲撃事件で吹き飛ばされた部屋の有様はいっそ清々しい。
辛うじて残っているのは豪奢な赤のソファでけ。しかしそれも壊れた今、この部屋にあるのは最早瓦礫と二人だけとなっていた。
それでも、ここに二人がいる理由は切実だった。
「で、いつ治んだよ、電気はよ~」
「今日はもう疲れたんだよ!こんなにお月様が明るいんだからそれでいいでしょ!」
「ざっけんな、アグ。さっさとやりやがれ」
「そんな口ぶりでいいのかな?私がいなきゃ君は永遠と電気のない生活か、命を狙う凶悪な男子生徒の住まう監獄(男子寮)に帰らないといけなくなるけど?」
「チッ」
あの事件以来電気系統がやられたのか、はたまた止められたのか。
屋敷全体で大規模な停電が起こっていた。
本格的に屋敷が廃墟と化してしまうのも時間の問題かもしれない。
「はぁ、暇だ」
「暇なら、ルール説明でも見なよ。初めてなんでしょ?ふ、ふ、「フットフリースリーマンセル」そうそれ!」
「ケケケッあいにくとルールは感じる派だからな」
「……納得いかない」
「まあ、アグはいつも通り俺のメカニックやってろよ。それで十分だ」
「ぬぐぐ……」
やがて、アグは思い出したかのように呟いた。
「あれ、二人メンバー足りなくない?私入れても一人足らない」
「あ」
その時男の脳内に一瞬、長い耳をしたおっかない先輩の姿が流れる。
「あ、流れ星」
ふと、見上げるとそこには星が光を帯びて彼方に落ち続けていた。
静寂の夜にポツリ、同じ言葉が繰り返される。
──カエデではありませんように。
────カエデではありませんように。
──────カエデではありませんように。
──よう、遅かったな!お前ら二人しかいないだろう!喜べ、私を入れて三人だ!」
「……」
「初めてのパイロットだー!」
「「いえーーーい!」」
──パシンッ。
乾いた音が響く。
「ケケケ……やってらんねー」