「は?」
スクリーンの先では大きく斧を振り上げた機体が静止した姿があった。
メカニックがいないがため音声は切ってある。
動かない画面とファンの音が男の耳に嫌に響く。
そして──
──絶叫。
「はぁーーー!?何がどうなってやがる!ポッドの不調?ざっけんな、こんな土壇場で……!すぐにメカニックに修理を──
そこで、当たり前だが重要な事実に気が付く。
メカニックなんて存在しないことに。
今に来てメカニック0の弊害が訪れた。
「クソッ!ポッドの不調なんて俺には直せねえぞ……アグ、さっさと戻って来い!」
慌てて無線を起動させる男。
しかし、無線機は機械音を垂れ流すだけでまるで繋がる様子を見せない。
軽く叩いてみても小突いてみても撫でてみてもうんともすんと言わない。終いには思いっきり床に叩きつけて叫んだ。
「クソがぁ!どうなってやがる、妨害か!?」
偶然による不調か、外部からの
しかし、それを判断するには時間が無さ過ぎた。
「気を利かせてアグが退場するのを待つしかない……のか?」
自分以外誰もいないメカニック用の机にもたれかかり大きく肩を落とす。
その時、男の脳内には笑顔でWピースをするアグの顔が思い浮かんでいた。
──……。
「いや、無理だな…………業腹だがカエデに任せるしかない……か?」
【////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////】
少し時間は巻き戻り、草原中央。
そこでは今まさに大きく斧を振り上げた機体が静止した姿があった。
その斧は一向に振り下ろされる様子がない。
──ど、どういうことダ……?ドゥーべ、振り下ろす気が一切ありませン。もしやトラブルでしょうカ?
『トラブル?そんな馬鹿な……ドゥーベ、なぜ動かない!』
『いつまで被さってんだよ!』
──ドンッ。
マスクの機体が最後の力を振り絞り、男の機体を蹴り上げた。
機体はそのまま重力に従ってゆっくりと倒れこむ。
軽く土煙を上げて膝を付くドゥーベの機体。
すぐさまカエデは状況を理解し、その手に持つものに腕を伸ばそうと行動を起こす──
──だが、その判断はあまりにも遅かった。
『せやぁあああああああああああああ!』
『何っ!?』
カエデの右腕に一閃が生じる。
『もう一本んんん!!!!』
そしてもう一度、今度は左腕に一閃が生じた。
『不味い!』
弾かれたように機体の両腕をパージするカエデ。
瞬間、起爆スイッチを押したかのように外された両腕は爆散した。
迅速な判断が幸いし、撃破に至らなかったものの爆発の衝撃は0ではない。
だが──
『さすがのカエデ先輩も両腕を失えば怖くないっすね』
『チ、チューリ君、どうしてここに!』
──戦線復帰は絶望的だろう。
カエデの前に二体の機体が立ちふさがる。
流石にカエデの実力でも覆すのが難しい状況。
更に、悪条件はそれだけではない。
「手に入れていたか……」
新たに参入してきた機体の手には身の丈ほどの巨躯を誇る長剣が握られていた。
察するに、バトルアックスとはまた別の鍵だろう。
鍵を持ったチューリと呼ばれるパイロットは。冷静にもう一つの鍵であるバトルアックスとマスクの機体を確保した。
カエデはその様子に軽く目を細めると挑発気味に語りかけた。
『久しいな、チューリ。お前が出てくるとは思わなかったぞ。末っ子のお前がな』
『抜けた貴方に家族扱いされたくないです』
『まったく、どうしてお前たちはそう短慮なんだ……ならどうする?ここで私とアイツを潰すか?』
そういってカエデは未だ動かない男の機体を指さした。
『……遠慮しておくっす』
『……一応理由を聞いておこうか』
『ウチって臆病なんすよね。そこに倒れてる今代のドゥーベさんもいつ起き上がるか気が気がじゃないっすし……せーこーほーでやらせてもらうっす』
『正攻法……まさか……!?』
『ふっ……このスポーツは何もバトルロイヤルじゃないっすよ!』
『ま、待て!』
『待てと言われて待つ馬鹿はバッキーヌ先輩位なもんす!ほら、エルロック先輩も起き上がって!うちのメカニックの腕なら既に八割治ってるはずっす!』
しかし、飛び上がるチューリの機体に待ったをかけたのは仲間であるはずのマスクであった。
『断る!……少なくとも、やつは……あいつだけは今……ここで……!』
『あーもう、このわからずや!』
『それでも僕は……私は……!』
『エルロック先輩……それがドゥーベ先輩の望みなんっすか?本当にドゥーベちゃんのことを思うのなら……せめてあの子への手向けと言うならば……!
こんな不意打ちな勝利に意味がどれほどあるんすか?
試合で死んだあの子に送るのが、首が良いのか決められた勝利が良いのかウチにはわからないっす。
でも、ウチは……ウチは……!
あの子の試合を途中で終わったまま終わらせたくないんす!
ただの妄想癖拗らせた後輩の狂言に思えるかもしれない……でも……でも!
ウチは……あの子には撃破でなく、基地破壊の勝利を手向けたい!
あの試合で、あの子が撃破でなくフラッグアウトを選んだように!』
マスクは何も言わなかった。
しかし、無言でずれていた自らのマスクを被りなおすと口を開く。
『…………私たちは賊人ではない。誇り高き……ドゥーベの……いや、彼女の仲間だ。勝利に変わりはないとはいえ貴賤も重要……か』
『わ、わかって……』
『ついてこい、チューリ君!敵は基地にあり!……あと、私はエルロック先輩ではない!ル・シャ・マスクだ!』
『はいっす!エルロック先輩!』
二体の機体はともに鍵を持ち、ドゥーベ陣営の基地へと標的を変え突き進む。
──う、うォォォオオオーーーッッッ!なにが起こっター!?一瞬で形勢逆転!ドゥーベの機体が突然停止したと思えばチューリ選手がカエデ選手を下しましターーーッッッ!
──もう俺には何がなんだがわからないゼーーーッッッ!
──そして、二つの機体はドゥーベ陣営の基地へと向かっていくゾォ!いったいどうなってしまうんダーーーッ!
──依然として動きのないドゥーベ選手に不安が残りまス。ドゥーベ陣営にメカニックは居ないのでしょうカーーーッ!
──ドゥーベとカエデ選手が実質動けなくなった今!戦況は一対二!しかも、ル・シャ・マスク陣営は鍵を二つも持っているル!一人基地を守るアグ選手はこれにどう対抗するのカーーッッッ!!!
その頃、ドゥーベ陣営の唯一のメカニックはというと──
『あはは~!こんなに川が細いなんて~!』
──暢気にも風車に小川の水をかけて遊んでいた。
【////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////】
場面は再び、ドゥーベ陣営のルームへと戻る。
──プシュゥーーーッ!
白い煙と共に遠隔型パイロットポットの扉が開かれた。
一瞬、期待に満ちた目を送る男であったが、ポッドから出てきた人物を見て男は絶望の表情を浮かべた。
「おいおい、どうした?らしくない表情を浮かべて」
「( ᐛ )」
辛うじて男にできたのはメカニック用に設置されたモニターを指さすことだけだった。
「ん?ああ、アグか。あいつには頑張ってほしいものだ。我々二人が脱落した今、ドゥーベの未来はあいつにかかっているんだからな!」
「( ᐛ )」
「いい加減どうした。答えろ、元ドゥーベ……あ、いやすまん。一般生徒」
「( ᐛ )」
「ん、なんだ?退学者、学院の出口はこの部屋を出て右からの突き当りをまっすぐだ」
ぽんっと肩に手を置くカエデ。
わなわなと震える男に対し、カエデは満面のこれ以上ないくらいの満面の笑みだ。
対して男はその手を振り払うと、己を取り戻したように叫んだ。
「まだ負けてねえ!」
再び肩に手を置くカエデ。
その顔はやはり笑顔だ。
「見苦しいぞ?」
「その笑顔気持ち悪ぃんだよ!ってか見ろよ、あれを!お前と違って俺の機体はまだ片腕を失った程度……チューリってやつが加わったのは痛いが、あの程度ならまだ勝てる!」
「素手でもか?」
「ケケケッ当然!」
「動けたら……の条件がつくがな」
「グギギ……!」
現在のパイロットポットは不正の観点やその他さまざまな観点から一度でもポッドが開くと同じトリニティスポーツ上では再度入室が不可能な仕様になっている。
実はこれはルール上でも記載されており、たとえパイロットポットの不調が治ったところでもう一度男が参戦できるということにはならない。
それは男も理解していた。
そして同時に解決法も見出していた。
理論上の話。机上の空論の話だ。
裏技的な方法ではあるが、機体とメカニックのデバイスをリンクさせることさえできたら物理的デバイス側からの機体制御は可能である。その難易度は想像を絶するが。
しかし、その肝心なリンク方法を男は知らなかった。
知るとすればただ一人……
男はカエデの手を振りほどくと、無線に手を伸ばす。
「アグなら……アグなら……なんとかできるはずなんだ……!無線を……って、繋がれねえんだった……!クソっ無線さえ繋がれば!」
「はぁ、何言ってるんだ?無線はつながってるだろ」
『あ、もしもし?カエデさん?何かあったんですか?』
「ほらな」
「はぁぁぁあああーーーっ!?よ、寄越せ!き、聞こえるか!?アグ!」
『どうしたの?そんな切羽詰まって。あ、もしかして私の声が寂しくなっちゃった?』
「つまらない戯言は後だ。説明は省くが……とにかくピンチだ……お前の力を貸せ」
「…………ふふふ」
「どうした?」
「いや、なんでもない…………良いよ。何を教えてほしいのかな?」
「全てだ」
『はえ?』
「お前のメカニックとしての知識を教えろ……その全てを……五分以内に!」
『えーーーっ!?』
【////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////】
──局面はついにクライマックスーーーッッッ!!!二つの鍵、もとい武器をもって向かう先はドゥーベ陣営!これに対抗するアグ選手は守り切れるのカーーーッッッ!
『チューリ君、見えてきたぞ!』
『わかってるっす!……わかっていたっすけど先客がい居るっすね』
『アグというやつか……いや所詮……所詮はメカニック上がりの数合わせに過ぎない!』
『油断は大敵っす!なにせあのドゥーベの仲間っすからね、蛇が出ても、鬼が出てもおかしくないっす!』
『ドゥーベの仲間……そうか……いやそうだな!思うところはあるが、今は気を引き締めるぞ!』
『うっす!』
二人の機体の先、徐々にあらわになる基地の先端。
そこには、待ち構える一体の機体があった。
『うちらが来ることが分かっていたって風貌っすね』
二体の機体は迎え撃つ機体を監視しながら減速し、やがてその動きを止めた。
マスクはその手にバトルアックス。
チューリの手にはバスタードソード。
二つの鍵を手にじりりとその機体ににじり寄る。
『う、動かない?』
『何を狙っているんだ?』
『……』
しかし、依然として動く様相を見せないその姿に二人は思考を巡らせる。
──接敵、接敵しましタ!しかし、これはどういうことでしょウ!今までの戦闘とは打って変わり互いに慎重に出方を探っている様子でスッ!
『……』
『(何を……何を狙っているんだ!あの機体は!)』
『クソッ!我慢の限界だ。私は先に行くぞ!』
『まっ……』
飛び出したマスクに対し、静止の声が出かける。しかし、すぐにその言葉を飲み込む。
『(先輩には悪いっすけど試金石になってもらうっす!)』
固唾をんで見守る中……激闘の火ぶたが切って落とされた。
──キィンッ!
──ガッ!
──ドーンッ!
──シュバッ!
──キュインキュインキュインッ!
アグの操る機体とマスクの操る機体。
互いの実力は伯仲していた。
『くっ!強い……メカニックの私では……勝てない!』
『このル・シャ・マスクを相手にしているんだ!守ってばかりだと勝てないぞ!はっはー!』
──五分後。
──ドカッ!
──バキッ!
──グシュッ!
──ザシュッ!
──カーンッ!
『ま、負ける?……終われないんだ、私も!』
『その意気や良し!ついてこい!』
──五分後。
──ドカーン!
──ドカーン!
──ドカーン!
『はぁはぁ……
『はぁはぁ……
やるな!!!』』
まさに激闘。
そんな空前絶後の激闘をくり広げるマスク氏の機体を呼び止める者がいた。
『ちょいちょい』
『どうした?チューリ君、下がっていろ、あいつは危険だ。私じゃなければ負けていたかもしれない。本職じゃないと侮っていたがとんでもない。相当の手練れだぞあれは!』
『あー……そっすかー』
──パシッ。
額に手を当てるチューリ。
もう一度真剣な瞳でアグとマスクに目を向ける。
その内心はというと………………
『(こいつら…………
よっっっえーーーーーーーーーー!)』
──なあなあ、なんか……
──お、お前もそう思うか?今までの激戦見てるからかな
──お、おいお前らやめろよ。そんなわけ……
──あっと……とにかク!熱戦を繰り広げるアグ選手とマスク選手!二人とも頑張ってくださイ!
『『やるな!』』
『(どうしてそんな、勇者と心を取り戻した暗黒騎士の胸熱バトルみたいな声出せるんすか!?あんたらさっきから、やってることただのすれ違いっすからね!?軸があってないんすよ軸が……X軸が!さっきからすぐ隣を通過してるだけじゃないっすか!よくそれであんな激しい効果音出せたもんっすね!?)』
そんな心露知らず、二人は熱戦(?)を繰り広げる。
『まあ、良いっす。これで先輩の気が収まるのなら……』
しかし、そんなことも言ってられなくなる事態は起こった。
それはチューリの耳に偶然飛び込んできた観客席からの大きなため息だった。
──は~、なんか残念だな。もしかしてドゥーベの試合も大したことなかったのかな。なんだか、がっかりだぜ。……あれ?でも、曲がりなりにもあいつは先代ドゥーべと拮抗してたよな。もしかしてさ……先代も今代も……そもそもドゥーベって…………大したことない?
『……』
マスクの機体に一本の手がかかる。
『ん?ああチューリ君か、待ってろ!もうすぐ終わるか……
『先輩』
『どうした?、あいつは……』
『先輩、疲れてるっすよね』
『あぁ、しかしあいつは僕のライバル!ここで交代するわけには……』
『せ ん ぱ い
変わってください』
そう言うと、チューリは強引にマスクの肩を引きずり下げる。
その拍子にその手からバトルアックスが外れると、チューリはおもむろにその手に掴み、二本の鍵を手に相対する。
左手にはバトルアックス。右手にはバスタードソード。
超攻撃的な構えだった。
『あ、新手……!でも、あのル・シャ・マスクって人より、強く……ないよね?』
『ははは、そうっすね~』
『ほっ、良かった……』
『んなわけねえだろ』
『へ?』
──ズンッ!
突然の衝撃にアグは全く反応できず、気が付いたときにはボロボロとなった自身の機体が地に伏していた。
そして──
──シャッ!!!
『グゥッ!な、なにこれ……う、動けない!?』
『今楽にしてやるっすよ』
アグの機体の右腕装甲に深々と突き刺さるバスタードソード。
地面に縫い付けられるアグの首筋にもう一本の武器、バトルアックスの斧が添えられる。
そして、数刻もしないうちに、その刃に力を入れると
──スパッ……。
あっけないくらい簡単にその首は飛んで行った。
途端、轟音。
──け、け、決着ゥゥゥーーーッッッ!!!最後はチューリ選手が決めましターーーッッッ!!!やはり強イ!元ドゥーベ親衛隊チューリ選手!!!偶然にも新旧対決となったドゥーベ対決の様相を成した今回のトリニティスポーツ!勝ったのは旧ドゥーベだァーーーッッッ!!!
──さっすが俺たちの憧れ!
──ドゥーベはこうでなくちゃ!
──チューリ!チューリ!チューリ!チューリ!チューリ!
『ふ~、やっと終わったすか~。いや~、強敵だったっすね~』
『う、うむ!チューリ君もそこそこやるようだね!あのアグ選手をあんなにも簡単に……』
『いやいやまぐれっすよまぐれ』
『そ、そうか?……いや、考えるのはよす!それよりも私たちの勝利だ!』
『いや~そうっすね疲れた疲れた』
『それにしてはブザーが鳴らないな……』
『大方カエデ先輩がしぶとく残ってるんでしょう。さっさと基地に止め刺しちゃいましょう!ほら、鍵!』
『お、おお!そうだな!それじゃあ!』
マスクがドゥーベ陣営の基地に受けとったバトルアックスを振り上げる。
『これで、終わりだ……!』
『っす!』
『ケケケッ、それはどうかな?』
──カァンッ!
甲高い音が響くとともにマスクの腕から得物が弾かれる。
大きく弧を描くようにして放物線を描いたバトルアックスはやがて一体の機体の前でその身を突き立てた。
『クッ……!』
チューリの判断は早かった。すかさずその手に持ったバスタードソードを基地に突き立てようと振りかぶる──
──しかし……一手遅れた。
『まあ、そう焦んなよ』
──カァンッ!
『なっ』
『おらよ』
──ドンッ!
男はバトルアックスを拾い上げると同時に弾かれた石を彼女の剣に命中させたのだ。正に神業である。
また、その隙を見逃さずに彼女の背後に回ると背面から強く蹴り飛ばしたのだ。
『『グハァ!』』
そして、その方角には運悪くマスクもいた。
二人して地面に伏した致命的な隙を晒すと、男は見逃さずバトルアックスを投擲し、串刺しにしようとする。
『危ないっ!』
『な、何を……ぐわーーーっ!』
チューリは辛うじて避けれたものの、下敷きになったマスクはそうはいかない。胴体を貫かれたマスクはそのまま爆発を起こすと撃破されてしまった。
『せ、先輩……!くっ、爆発の煙で前が……!』
『ケケケッ、足がお留守だぜ!』
『グッ』
チューリの機体下部に強い衝撃が走る。
無我夢中でチューリは大きく後退を余儀なくされた。
『はぁはぁ……この一瞬でこうも手玉に取られるなんて……ドゥーベちゃんと互角だったってのは本当らしいっすね』
『ドゥーベちゃん?あぁ、ドゥーベのことか』
『そうそう、ドゥーベのことっすよドゥーベさん。はぁ、あんたと話してると頭がこんがらがってくるっす』
『奇遇だな。俺もドゥーベはもううんざりなんだよ』
爆発の煙が晴れ渡る頃……
ようやく、対面した二体の機体。
両方の機体とも満身創痍で、
一方にはバスタードソード──
──一方にはバトルアックスが握られていた。
『いやー、驚きっすね。そんなボロボロな状態でよくあそこまで機敏な動き、冷却どうなってるんすか?あれっすか?メカニックがちょー優秀なんすか?』
『教えてやろうか?少し語りたい気分なんだ』
『いやー、ウチから聞いておいてなんですけど遠慮するっす。だってアンタすっげーめんどくさそーな性格してるっすもん』
『ケケケッ……よく言われる』
──二体はお互いに構えて向かい合う。
この時観客席では、割れんばかりの最高潮のボルテージが高まっていた。
しかし、過集中の領域に入った二人の耳には何も入らない。
──それはいつかの再現のようだった──
──せやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!』』
その瞬間、チューリは軽く後方に動いた。
その瞬間、男は全力で斧を突き出した。
『(勝ったっす!その推力、止まれるわけないっす!うちの見立てではギリギリ、そうギリギリ届かない!綺麗に回避して背中から一撃入れてやるっす!)』
チューリの視界が突然、スローモーションになる。
音速に近い速さのはずなのに、確かにその機体の姿が、その隅々まではっきりと見えたのだ。
『(やっぱりっす!その位置なら届かない!この勝負!貰ったぁぁぁ)ぁぁぁあああーーーっ!!!
……あ?なんで笑って……」
そして、その時ロボットであるはずの男の機体が……確かに……幻覚や妄想でなければ──
──笑ったのだ。
にぃ、と。
確かに笑ったのだ。
──グシュッ!
『は?なんで、ウチの機体に刺さって……届かないはずじゃ……?』
──ドォォォオオオーーーンッッッ!!!
ブオー――――ン……
ブオー――――ン……
ブオー――――ン……
【////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////】
──プシュゥーーーッ!
白い煙と共に遠隔型パイロットポットの扉が開かれる。
目を開けると、そこには心配そうな目をしてこちらを覗き込む大好きな先輩と、不器用だけど優しい先輩の姿があった。
「お疲れ様ですわ、チューリ!」
「チューリ君!お疲れ!くっそーーー!負けてしまった!無念!」
そして、その先にはたくさんの仲間が座っていた。
「お疲れ!」
「よく頑張ったな!」
「次はどうする?」
「その前に焼肉だーーー!」
「まずはあの動きどうやって再現するものか……」
どこかわいわいと騒ぐルームの仲間たち。
そんな姿を見てチューリは素朴に尋ねる。
「み、みんな、なんか軽くないっすか?」
「軽い?」
「い、いやだって……負けちゃったし……ら、エルロック先輩だって!あんなにも激高してたじゃないですか!あんなくっそこっぱずかしい愛の告白しておいて!」
「うぐっ……」
胸を押さえて倒れこむル・シャ・マスク改めエルロック。
既にその顔からはマスクが外れていた。
「チューリ」
「な、何っすか!?」
そんな困惑する彼女の肩にバッキーヌが手を置く。
「今の戦闘を感じてどう思った?」
「何って……いや、アイツ化け物っすよ!?見てましたか!?最後のアレ……多分無理やり機体の可動域あげてるんですよ!?ありゃー相当凄腕のメカニックが付いてるとしか思えないっすよ!」
「そうね……そうですわよね。そして、チューリ!私たちがなぜ戦っていたかわかりますの?」
「え、それは元ドゥーベ組の弔い合戦もとい憂さ晴らし……って、何言わすんすか!」
「そうね、そうでもしないと、私たちはこうして集まれることはなかった」
その時、マスク……いや、エルロックがもう一方の肩に手を置いて語りかける。
「あの時、君が言ってくれたじゃないか。ドゥーベことを思うのならって」
「そ、そんなこと言ったすかね」
「あの時、私は、いや僕たちは全員目を覚ましたんだ。こんなことは意味がないって」
その瞬間、チューリの右手がエルロックの胸ぐらをつかんだ。
同時に彼女の中でなにかが切れた。
「意味がないだって……!ふざけるな……ふざけるな!それで……それでエルロック先輩は満足なんすか!?みんなで綺麗にした館も!お金を出し合って買ったけどクソ不味かった紅茶も!ドゥーベちゃんだって!みんなみんなみんな!あいつに取られちゃったんですよ!?それは他でもない、エルロック先輩の言葉でしょう!?」
「チューリ……」
その瞳には大粒の涙が浮かんでいた。
今まで飄々としていたチューリはその言葉を口にするたびに、こみ上げるものがあるのか嗚咽をこぼし始める。
「ドゥーベちゃんと初めてお風呂に入ったあのお風呂も、えぐっ……カエデ先輩を出禁にしたトイレも、えぐっ……なんかかっこよかった屋根裏部屋も……!全部!入れないんすよ!?」
「チューリ……」
エルロックと、バッキーヌは腕を広げて優しく、チューリを抱擁する。
「全部……えぐっ……全部っすよ……!図書部屋も……えぐっプラモデル部屋も……えぐっ」
「大丈夫、大丈夫ですわ」
「わかってるわかってるんだ」
話すたびに、嗚咽は酷くなり、呂律も回らなくなる。
この時、チューリだけじゃない。
この部屋にいる元ドゥーベの瞳に涙が浮かんでいた。
「ぁぁぁあああーーー!なんで死んじゃったんすよーーー!ドゥーベちゃーーーん!」
「よしよし」
「チューリ……」
チューリ。姓はない。
聖ドゥーベ学院二年生。
元ドゥーベ親衛隊隊員。
親衛隊の中でも最も新参であり、先代ドゥーベと共にチームのムードメーカーを担っていた。
彼女にとって先代ドゥーベとの別れは突然でいて……実感の湧かないものだった。
次々と変わっていくいく優しかったはずの先輩たち。
変わらなかった理由は皮肉にも変わっていく先輩たちの姿を見てのことだった。
自分は変化しないと、自分はいつも通りでいないと。
ウチは末っ子だから……
そんな意地のようなものがあったのかもしれない。
しかし、その意地はたやすく壊れた。
だって、もうみんないつも通りだから……
もう泣いていい。
今度はウチの番だから……
──────。
────。
──。
──この日、先代ドゥーベチームは敗北した。
それからしばらくして……
ル・シャ・マスクチーム改め、
元ドゥーベチーム改め、
ただの名もなきチームとなった人々がとある部屋の前に訪れた。
「いるっすかー!文句言いに来たっすよー!」
異様なのはその顔だ。
誰もかれもがその目をはらし猿のように赤く顔を腫らせている。しかし、それでよかった。
「おう、入れ」
「っす!まあ、勝手にはいるっすけどね」
その部屋に入ると、かつての彼女の上司が出迎えてくる。
「はっはっは!なんだお前らその表情は!まるで猿みたいだぞ!」
「ぐっ、うるさいっすね!この裏切者!」
「変な仮面に乗じて爆発沙汰を起こしたやつには言われたくないなー」
「ぐっ、いや、あれはエルロック先輩が……」
「え!?みんなも賛同してたよね!?」
「まあ、そう騒ぐな。起きてしまうだろう」
「起きる?」
そういうと、部屋の中を覗き込むチューリ。
そこで目にしたのは驚きの光景だった。
「ゲッ……せ、先輩、カエデ先輩。もしかしてメカニックってあれっすか?」
「その通り。どうだ?」
「ははは、ものほんのバケモンじゃないっすか」
「ははは!なんたってドゥーベだからな!」
「ドゥーベかぁ……ウチもなれるっすかね?」
「お、言うようになったじゃないか?どうだ、挑戦しないか?なんならこの後すぐにでも……」
「いやまあ……やめとくっす」
「そうか……そうだな!」
「ったく、凶暴な面ぁしてんのに幸せそうな顔っすね!」
「これがあのドゥーベ……」
「なんだか、気が抜けてしまいますわね」
メカニックの仕事場には沢山の本がうず高く積まれ、最新式のPCとレトロなPCが入り混じる。
絶えず変化する機体の制御にリアルタイムで修正を加える彼らの仕事は下手な力仕事よりもエネルギーを使い、試合後にはパタンと突っ伏するように眠ることが多いという。
ドゥーベと、アグ。
広いデスクを二人占めする彼らの手にはそれぞれ初心者用のメカニック専門書と、上級者用のメカニック専門書が握り締められ。
もう片方の寄り添うように重ねて一つのキーを押し込んでいた。
そうして二人は同じ机の上、身を寄せ合うように瞳を閉じていた。