「人間さ~~ん♡」「オタクく~~ん♡」
両隣から、むぎゅ、と強く2人にハグされる。
2人の身体はとても大きいので、顔が彼女達の谷間にすっぽり収まり、自分としては動悸が非常に激しくなってしまうのだが、それを表に出した場合ろくな目に合わないので、目が見えない状態で冷静を装い1人回しを続けていた。
「ちょっと淫魔?そのバカデカ乳を退けてくださいます?」
「お褒めに預かりどーもー。でもどかすのはそっちでしょ?ねー、オタクくん♡」
「ムッフォファフォォイフォフェファファフェフファファイ(どっちも暑いのでやめてください)……」
むわむわと漂う甘い香りで頭がおかしくなりそうだった。
ほら、リーサル計算ミスったじゃん。
「ごめーん」「ごめんなさい」
といいつつ、2人は片方が譲ると信じてやまないため、どく様子ない。
一回強めに言った方がいいかな?
そう思った矢先、真っ暗な視界の中で声がかかった。
「なんだか楽しそうなことをしているね」
ハスキーでニヒルな声。
女性ではあるだろうが、それにしたって可憐さよりかっこよさを印象付ける声だった。
「フォフェファファフィフォウフェフィヘファフ?(これ楽しそうに見えます?)」
「……いや、撤回するよ。君たち、離れた方がいい。カレは怒り気味だ」
かっこいいお姉さん風の声が咎めると、彼女たちは渋々と離れる。
甘ったるい香りから離れられて、新鮮な空気をめいっぱい吸い込み正気を取り戻した後、正面に座る声の主を見る。
魔族特有の高身長。顔はホストかと思うほどイケメンで、背中からは、淫魔さんと同じ形の羽が折りたたまれていた。
その姿を見て、はっと気づいたように淫魔さんが言う。
「インキュバスさんじゃないですか〜」
「……どれだけカレに夢中だったのかな?
気づくの遅すぎないかい?」
あ、この人も魔族なんだ。
魔族は確かハーフでない限り女性しかいないという。
「ああ。種族としては淫魔だけどね。亜種として分類されてる。スピンオフさ」
「そういうとなんか語弊ありそうですけど」
「まぁ、その辺はどうでもいい。どうかな?
一戦」
インキュバスさんはデッキを見せる。
「契約の儀なしならいいですけど」
「そうか。それは残念だ。──えいっ」
掛け声と共に怪しく光るインキュバスさんの眼光を視界に入れた瞬間、自分は──。
「ちょっと人間さん!大丈夫ですか!」
「はっ!」
天使さんの声で目が覚める。盤面を見ると、既にデュエルの準備が出来上がっていた。
「ナニコレ」
「インキュバスさんが目を光らせた瞬間、人間さんが虚ろな感じで『儀ありでやります……』って」
「しかも、負けたらホテル直行にも承諾してたよ!?」
そんなわけないだろ。と、思うが、頭痛に響く頭の中を探ると、なんか……言った気がする。
「これがボクの力さ。魔眼と言ってね。一時的に視力が自動車を運転できなくなるくらい下がり、一日一度までしか使えないが、人を操ることができる」
「それアリなんですか!?」
「承諾は取り消せないよ!
さぁ、デュエル!」
うぐぐ。
そんなのされたらなんでもありじゃないか。
しかし始まったデュエルは引き返せない。
自分が無意識に並べたデッキはどうやらガチデッキだから、まだマシか……。
「キミのことは知っているよ。スライムデッキアウトなんて面白いデッキを使っていたからね」
「残念ながら今日は違うデッキですよ」
先行は自分。
手札から「スライム」を出してターンエンド。
「……なぜ人間さんはスライムを好まれるのですか?」
「多分、オタクくんはオタクくんだから。他のデッキと被るのが嫌なんだよ。スライムデッキはあまり研究されてないし、私たち自分の種族デッキつかうけど、スライムちゃん達ってあまりカードゲームしないから……
……でも、そんな彼がガチって言うデッキだから……あのスライム、きっとただのスライムじゃない。」
「良かった。スライムが性癖という訳では無いんですね」
後ろからとても失礼な会話が聞こえるが無視する。
続く相手ターン。彼女はレッサーインキュバスを召喚。スペックは1/1/1。
手札事故に期待していたが、そんなことは無さそうだ。
続くターン。僕はユニットを出していくが、サキュバスのスピンオフであるインキュバスの戦法はシンプルなビートダウン。
しかも、ターンを渡す事に出せるユニットの火力が伸びていくハイビートタイプ。
性格が悪いサキュバスデッキと違い、順当な強さを持つ。
「さぁ、あの威勢はどうしたのかな?
スライムの欠点は耐久力はあっても打点がないこと。このまま押し切らせてもらうよ」
破壊される度にドローするカードを場に立て、スライムの耐久性を信じて山札を引いていく。
くそ。手札に揃ったら勝つ系のカードとかあればなぁ。
バブルスライムは、破壊されると場にトークンを生み出す。同じスペックなため、壁として超優秀だ。
このカードを、スライム種族サポートカードで使いまわして壁にしたり、『痛み分け』のカードで、バブルスライムを破壊し、相手のカードを除去することで、地道に時間を稼ぐ。
そして、あのカードを、引く………!
「なるほど。いいデッキだね。
防御力も高く、非公開であるドローを積み上げることで戦術の露見を防ぐ……。
そもそもがマイナーなスライムデッキ。こちらとしては対処の法が分からない。
でも、ざーんねん♡」
──牙を剥く。否。それは笑みだ。
勝利を確信した、僕の今後を妄想する笑みを向けて、彼女はカードをプレイする。
「『鳥籠のインキュバス』。効果は洗脳。どれだけ戦闘の耐性が強くても、奪ってしまえば関係ないよね♡」
鳥籠の中にスライムが捕われる。
キーパーツのバブルスライムを失ったことで、僕の盤面は途端に脆弱化。
そのまま彼女の攻撃を通してしまい、ライフがみるみる減少していく。
奇しくもサキュバスさんにした作戦が、今僕に刺さっている。
──なんの因果だ畜生!
「……さて、今ならサレンダーを認めてあげるよ。そしたら──優しくしてあげるし、後ろにいる君たちも参加させてあげるよ」
「「……ッ!」」
彼女達が顔を見合わせたことは、振り向かなくてもわかった。
しかし、僕の予想に反して、彼女たちの──特に、サキュバスさんの声は刺々しいものだった。
「──舐めないでくれる?オタクくんは、私だけのオタクくんなんだから!……負けないで!」
「え、あっ、そ、そーです!
私は信じていますわ!本当に!頑張れ人間さん!」
若干1名焦った声だったが、応援されたとあれば、諦めるわけにもいかない。
ドローをして、未だ豊富な手札で打開策を考える。
複数あるルート。どれもこれも、バブルスライムを失ったことが痛い。
幸いにして時間稼ぎのカードは手元にあるから、それを使えばいいが、それは相手も理解しているはず。
プラスアルファのなにかをしなければ、勝ち目はない。
「──まずは、うちのスライムを返してもらう!」
うちの、という言葉に後ろのふたりが怪訝な反応をしていたが無視する。
手札の「洗脳」を使い、相手の場のスライムを再び自分の盤面へ。そして高コストカード「星屑の弓」を使い、場のスライムを犠牲に盤面のカードを全て破壊する。
場にはバブルスライムトークンがひとつ。
相手の盤面は0。手札も少ないが、相手の余裕は消えていない。
ターンを終えると、余裕な声色のまま彼女が尋ねる。
「驚いた。星屑の弓はかなりのレアカード。いくらしたんだい?」
「……え?これ店主さんから貰ったカードなんすけど、やっぱレアなんですか?」
「──ふぅ。やれやれ。人間くんがこのカードゲームをやる事のリスクを考えていたけど、そういうメリットもあるんだね……」
遠い目をしていた。値段は後で調べよう。
「さて、では終わりにしようか。
ドロー!」
彼女がカードを引く。何が来たとしても心もとない盤面。耐えられるか。
「………ふふ。君のライフは風前の灯。言ったろう?ボクの種族はインキュバス。サキュバスのスピンオフだってね。
君の壁を超えるのは厳しいが、ここは彼女の手を借りよう。
おいで!ミサイルサキュバス!」
「はァ~~~!?ミサイルサキュバス!?」
身を乗り出したサキュバスさんが叫んだ。
知ってるのか!?
「めっっっちゃレアカード!限定販売のやつ!
効果はキャノンサキュバスの方が強いけど、でも自分を墓地に送って相手にダメージを与えられる!」
「──ッ!」
まずい。今の僕のライフはデコピン一発で消し飛ぶ程度。
「さぁ。終わりだよ。ミサイルサキュバスの効果!」
舌なめずりをしたインキュバスさんが、発情した顔で効果を宣言する。
「人間さん!」「オタクくん!」
二人の声が重なる。
僕のライフメーターにミサイルの着ぐるみを着たサキュバスが突撃し、ライフが───。
「ははは!!ボクの勝ちだ!
さぁ今すぐベッドに行って、甘く素敵な夜を過ごそ──」
「─────なに勘違いしてるんですか?」
「ひょ?」
僕の手札が一枚減る。墓地に置かれたカードはスライムではなく、羽の生えた白い女性。
「手札から『守護天使』を発動。このターンの全ての効果によるダメージを0にします」
「「「───っ!!!!」」」
このデッキの明確な負け筋は、『スライムなどの壁を無視してダメージを与えるバーン』だ。
それの対策はスライムカードの類では見つからなかったが、手札から発動する効果であれば、種族の違う天使でも問題ない。
アレだ。『メインカラーでは無いが、トリガーが強いから入れてるカード』みたいなやつだ。
手札事故などを考えるとピン採用だが、大量にドローするこのデッキであれば、ピンでも十分引き込める。
──まぁ、かなりギリギリだったけど。
「人間さんが私を……デッキに入れてくれてる……ッ!歓喜っ!」
「ねぇ!私は!?」
騒ぐ二人を無視して、敵を睨む。
驚いていたようだが、しかし、余裕は消えない。
「……ふ。なるほどね。バーン対策もしっかりしてたと。確かにガチデッキだ。ちゃんとしてる。
でも、その貧弱な盤面でどう勝つんだい?
バブルスライムも、スライムも。どれも火力は0だ。」
「最初に。」
僕が口を開く。
「最初に言いましたよね。このデッキはスライムデッキアウトではないと。」
「言っていたね。」
「すいません。僕、嘘つきました。」
「え?」
「僕のターン!ドロー!
……このゲーム中、30回カードが破壊されている場合、このカードはコストを支払わず、墓地、場、手札のスライムカードをデッキに戻して出せる!こい!『エンペラー・スライム』」
ずももももも。と。
王冠を被った女性型のスライムが現れる。
「確か、相手からの効果を一切受けないユニット……だったかな?
でも、それがどうしたんだい?確かにライフは膨大だが、削りきれない訳じゃない。
僕のデッキには高火力のユニットが複数体いるから──」
「そうですね。あなたの残り15枚のデッキの中に、きっとあるんでしょう。
だから、このカードを手札から使います。
『沈黙の律制者』。ユニットを選択し、そのユニットが場に存在する限り、お互いにユニットの効果を使用できません。」
「……は?」
「更に『宝物の代償』。自分のコストが1増える代わりに、相手はドロー時に追加で1枚ドローします。それを2つ。
だから、毎ターン3枚ドローです」
「ちょっと……」
「更に回復したコストで『リジェネレート』。ターンの終わりにユニットのライフの半分の数値だけ、自分とユニットを回復します。永続です」
「はァァァァァァァァ!!!!???」
ずっと余裕ぶっていたインキュバスさんが、初めて動揺の色を濃く見せた。
というか、慟哭だった。
「………?どういうことですか?」
天使さんがサキュバスさんに尋ねる。
「……つまり、このクソデカ盾を戦闘で、しかもユニット効果を使用せず突破しない限り、相手は5ターン後にドローで自滅する……ってこと。オタクくん、勝ち方がオタク過ぎじゃない……?」
「スライムに攻撃力付与を与えない方が悪い。それがあれば僕もビートで戦いますよ」
「──ええと、これを……でもこの効果使えなくて……じゃあ、ボクの……負け………?」
僕の知る中で、このユニットのライフを1ターンで削りきれるカードは存在しない。
「…………最後まで、戦うよ」
────その後。
インキュバスさんは最後まで果敢に戦った。
しかし、スライムの壁は分厚く、越えられることはなかった。
結果として、スライムのライフが0になる前に、彼女の山札が尽きた。
「……ゲームセット。ボクの負けだ。
やるね。人間くん。」
「対戦ありがとうございました。」
GG。と、周囲から賞賛の拍手が送られる。
「じゃあ僕からのお願いは二度と僕に契約の儀を申し込まないこと!」
「……ふふ。悪いけど、断らせてもらうよ」
「え?」
「……また君と戦いたい。そして、次こそは君を手に入れたい。
ふふ。我ながら熱くなってしまったからね。
今度は君とじっくりやり合いたいな。
また、戦ってくれるかい」
「え、いや。絶対嫌ですけど」
「といっても、魔眼があるから抵抗できないけどね。
さて、ボクが同族に犯されている姿、見たい?」
彼女のデッキから、ずももも、とインキュバスが複数体現れる。
勝者に従わない代償は……自分のデッキに犯されることだ。
「久しぶりだね。君たちに愛されるのは」
彼女はデッキから溢れた何人ものイケメン女性を引き連れて、カードショップには似つかわしくないと思っていた、謎の暖簾の奥へとみんなで向かっていった。
「……僕、この前ここの店長にあの部屋に誘われたんだけど」
「あんまりひとりでここに来ちゃダメなんじゃないですか?」
「私たちと一緒じゃないと、またこんなことになっちゃうから、もうやめてねオタクくん」
さっきまでデュエルしていた人のものと思われる微かな嬌声がデュエルスペースに響いた。
でも多分、ふたりと一緒でも、どうせデュエル挑まれるんだろうなぁ。
また2人の胸に幽閉された僕は、甘い香りで頭を痛めながら、しみじみ思うのだった。
おまけ
『スライムロック』
何故かスライムにまともな攻撃力付与系が与えられないためたどり着いたデッキタイプ。
スライムの壁性能と、相性のいいドロソ、消費した山札はエンペラースライムで回復。
などなど、ぜっったいに相手したくないデッキである。
身内戦含めて今の所負け無しだが、フルバーンデッキには弱い。
『インキュバスハイビート』
ユニット効果でパンプしたり、相手のユニットを奪ったりと、結構トリッキー寄りのハイビートダウン。
ただ、ユニット効果に依存しているため今回のロックカードは致命傷だった。
『ミサイルサキュバス』:一枚9700円
『星屑の弓』:一枚10780円
店長:危険人物